水晶の剣   作:あだヒメ

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糸を束ねて、命を焚べて

正解だ(・・・)

 

「…へっ?」

 

一瞬、アルムは何を言われたのか理解できなかった。

それなら【遺神】とは一体なんなのか、これまでの説明に意味はあったのか。超級職とは、凄まじい力を持つもの。あらゆる者の憧れであるはずなのに。

「何もできない超級職」という矛盾した存在が、アルムを混乱させる。

 

「ロストテクノロジーというものは、一つ蘇らせるために何十年もの歳月が必要になる。私が就くまで【遺神】が空席だったのも、必然と言えるだろうねぇ」

 

当然だろう。メニューを一つ用意する(探す)のに数十年もかけていては、料理人が務まろうはずもない。

アルムは、その言葉の中に妙な引っ掛かりを覚えて━━━目を見開いた。

 

「…でも、Dec.さんは【遺神】になれている」

 

そう、矛盾しているのだ。そんなことはありえない。

 

上級職以上のほとんどのジョブには、明確な就職条件が存在する。

【遺神】であるDec.も、例外なくその条件を満たしているはずだ。

「ロストテクノロジーを扱う」超級職が定める条件を満たしているのだから、ロストテクノロジーを扱えないはずがない。

 

「…驚いたな」

 

Dec.は数秒唖然とした後に、顎に指を当てて頷く。

 

「そう。私は"ロストテクノロジーの再現"という難題を成し遂げられたからこそ、【遺神】の座に就いているわけだ。そして、それを可能にするものこそが━━━」

 

そんなものは、アルムの知る限り一つだけ。

〈マスター〉の象徴である、彼らのみに与えられた無限の可能性。

 

 

 

「「━━━エンブリオ」」

 

二人の声が、ぴたりと重なった。

 

 

〜〜〜

 

『これより、当機━━TYPE:ガーディアン・ラビリンス、【超古代観測所 アンティキティラ】の運用マニュアルを再生します』

 

部屋の天井に、一つの映像が投映されていた。

それは後から"記録"したものではなく、最初からそこに…Dec.の〈エンブリオ〉にデータが存在したもの。

 

すなわち〈エンブリオ〉の自己紹介(チュートリアル)である。

 

五度目の進化時に、スキルの確認のために開かれたのが最後。それ以降死蔵されていたそれが、説明の手間を省くためだけにメモリの奥から掘り起こされていた。

当の本人は説明の必要がなくなり、空いた口でローテーブルの上のカレーライスを頬張っている。

 

『当機が保有する特性は"過去の観測"。そのための映像記録装置が【原始の鍵】です』

 

機械音声に名前を呼ばれ、それに反応するかのように、映像に二匹の機械亀が映る。

 

一方は【原始の鍵】。ただし、投影された姿は金貨程度の大きさで、天井の淵も淵に追いやられていたが。

 

その原因がもう一方だ。「アンティキティラ」の文字とともに、天井をふんだんに使って映し出された巨体。大樹の如き鋼の四肢の上に、大陸すら想起させる甲羅が聳えている。

 

『【原始の鍵】は任意の座標で起動し年代を設定することで、その当時の映像を記録します。当機はリソースを対価に、記録された映像の保存・再生・編集を行います』

 

「アンティキティラ」が画面(天井)の左下に追いやられ、その分のスペースに一連の流れの図解が浮かぶ。

 

『当機が保有するスキルは━━━』

 

「【アンティキティラ】、止めだ」

 

Dec.の声で、機械音声がぶつりと途切れた。

 

「…さあ、作業を始めるとしようじゃないか!」

 

 

 

 

 

「ということで、まずは君の髪を"彼"に食わせる」

 

「…は?」

そう言ってDec.が手で指し示したのは、先程までカレーライスの皿が乗っていたローテーブルだった。

アルムは自らの口から「ついに気が触れたのか」という言葉が出るかと思った。目だけでなく、頭までイってしまったのかとも思った。

 

しかし、どうもそうではないらしい。

先程までローテーブルだと思っていたものが、静かな駆動音を立ててその姿形を変えていく。

 

黒鉄の四つ足は展開して一回り太くなり、獣の四肢に。鋼色の天板は三分割され、両端の二つが丸みを帯びて胴を形成する。

残る天板から尾となる部分だけが後方へと回転し、残りが箱を折るようにして獅子の首となった。

顔の外周を囲うように入ったスリットからは無数の黒いケーブルが伸び、後方へと流れて鬣が現れる。

 

「紹介しよう。神話級特典武具(・・・・・・・)、【機縁万成(きえんばんじょう) フォー・フォーカス】だ」

 

【フォー・フォーカス】は直立不動のまま、緑色のレンズでアルムを観察する。

 

「効果の最大化のために、君の素材…髪がそれなりの量必要でね。そのために、彼のスキルで量を確保しようと言うわけさ」

 

「…わかりました」

 

Dec.は我楽多の山に突き刺さっていた鋏を引き抜き、アルムに手渡した。

アルムはそれを受け取るとフードを脱ぎ、最も長い毛束を軽く引っ張り、その根元に開いた刃を当てがう。

 

ざっと小気味いい音を立てて、水晶の髪がアルムの手に垂れかかった。

「髪は女の命」などという言葉もあるが、元よりアルムは命を契約の対価に差し出している身だ。今更躊躇うことではなかった。

 

「レディーの髪を切ったんです、高くつきますよ?」

 

しかし、それでも、恨み言混じりの軽口くらいは叩かせてもらいたいし、Dec.はそれを是とする人物だと、アルムは短い付き合いの中で学んでいた。

 

「…ああ、勿論だとも。私の持てる技術の全てを出し尽くし、その値に見合うだけの品を用意してみせようじゃないか」

 

アルムが水晶の毛髪をDec.に手渡し、Dec.が受け取ったそれを【フォー・フォーカス】の口に押し込む。

 

「【フォー・フォーカス】、《再構築》だ」

 

了解(Roger)

Dec.の命令で、【フォー・フォーカス】がアルムの髪を嚥下する。

嚥下とは言っても、【フォー・フォーカス】は単なる機械。消化する訳ではない。体内でその組成を解析し、純粋なリソースを元に同一の物質を構築するのだ。

その汎用性から一週間というクールタイムを課せられたスキルが、惜しげもなく使用される。

 

そして解析を終え、下顎が真下にスライドする形で開いた口から、糸巻きに巻かれた毛髪が飛び出す。

 

「あの…絵面、どうにかなりませんか?」

 

「…だそうだよ」

 

『…』

 

糸巻きが口の中に引っ込み、背中がスライドして開く。

そこから、体内に消えたばかりの糸巻きが飛び出した。

 

 

〜〜〜

 

 

「さて、始めようか」

 

【フォー・フォーカス】の背に座ったDec.は、軽く息を吸い、瞑目する。

 

 

 

「━━迷える森の子羊が、歯牙を欠かんと行き着いた、己が血肉を()に刻み、裂けぬ鎧とする妙技」

 

先ほどまでの、やたらと気の抜けた調子ではない。決して大きくはないはずの声が、雑多な部屋に凛と響く。

 

それは、かつてレジェンダリアに存在した技。

装備者の体毛で防具に刺繍を入れることで、装備者が装備した時のみ強力な効果を発揮する、戦う術を持たない羊毛種族が生き残るための技術。

 

「━━()はその技を継ぎし者。かつて潰えた灯火を、遥か過去より呼び覚ます、旧き叡光の担い手」

 

ただでさえ弱く数も少ない羊毛種族から、さらに細かく分かれた者達が編み出した技術は、彼らの死滅と共に容易く潰えてしまった。

 

遺神(ザ・レガシー)】は、その無情を許さない。

 

「━━"羊毛種族の刺繍紋"、お借りしよう」

 

それこそが、【遺神】の奥義《旧き叡光の担い手(つなぐともしび)》だ。

偉大なる先人に対する最大限の敬意を、詠唱という形で謳い上げる。

 

そうして受け継いだ…否、借り受けた力を振るう限り、【遺神】は他のあらゆる生産系超級職を凌駕するのだ。

 

Dec.は、右手側に位置する糸巻きからアルムの髪を引き出す。続けてその隣に置かれた空の糸巻き(・・・・・)から何かを引き出すような仕草をすると、それらを撚り合わせ、一本の糸とした。

 

今回素体として用いたのは、手慰みに形だけが作られ、未完成のまま死蔵されていた外套。サイズの調整などでいくらか手を加える必要はあったが、元より【神】の作品だ。未完成故に特筆すべき能力はないが、その品質に非の打ち所などあろうはずもない。刺繍で能力を刻むのだから、それもむしろ好都合だった。

 

その外套の裏地に、Dec.は煌めく糸で刺繍を刻んでいく。

刻む紋様は付与する能力を決める。ここを間違えれば、当然思った通りの装備にはならない。

それぞれの紋様を繋ぐ糸は、細ければまともに動作せず、太ければロスが生じて性能が低下する。

紋様同士が近すぎれば、干渉を起こしてこれまたまともに動作せず、遠ければそれだけロスが増えることになる。

 

文字通り、一糸の乱れも許されない絶技。

 

Dec.の意識の全ては、それを為す指先に向けられていた。

玉のような汗を拭うことも、開きっぱなしの口を閉じることもせず、瞳孔の開いた目をさらに見開いて刺繍というただ一点に打ち込んでいる。

 

『ああ、作業の邪魔だけはするなよ?』

 

グレットの言葉がアルムの脳裏をよぎるが、邪魔なんてできるはずがない。どれだけ邪魔をしようが、この集中は削げない。アルムにはその確信があったし、何よりも、その熱量を目にして、水を差そうとは思えなかった。

 

 

〜〜〜

 

 

Dec.の指が、止まった。

カランと乾いた音を響かせて、その手から針が落ちる。

 

「━━━はっ、はっ、は…ぁっ」

 

呼吸をも忘れて没頭していた作業を終えて、Dec.は思い出したかのように息を荒げる。針を取り落としたことも気に留めず、右手の甲を額に当てて天を仰ぐ。

そして、左手を高く掲げた。その手が掴むものは、黒い外套。

 

「【朝露の雲外套(ディムブレイク・ファーコート)】、完成だ…!」

 

裏地に施された無数の刺繍が部屋の光を反射し、外套の隙間にきらりと輝いた。




・"羊毛種族の刺繍紋"
かつての羊毛種族達が、戦う力を得るために編み出した技術。
彼らの羊毛(+任意の素材)で刻んだ紋様は羊毛の持ち主が装備しなければ起動せず、その条件により出力を向上させている。
羊毛種族のMPが多ければ、当然その羊毛も魔力を多く含んだ上質な素材となる。
そのため、彼らが適切を持つ【生贄】をもフルに活用することができた。
「裂けぬ鎧」といえば聞こえはいいが、羊毛種族には高位の素材を入手する術がなく、「装備を壊れづらくする」くらいしかできることがなかっただけ。
難易度が高く、継承者が少なかったこの技術は、羊毛種族がその数を減らしていく中で潰えた。

・空の糸巻き
何も巻かれていないのではなく、糸が見えないだけ。巻かれているのは【ランパート・パントマイマー】の糸。

・【ランパート・パントマイマー】
体長2メテルほどの、ショッキングイエローの体色が特徴的な蜘蛛のモンスター。最大の武器は探知系のスキルにも反応しない不可視の糸で、周囲一帯に張り巡らせた糸で獲物を絡め取る。
捕らえた獲物は糸で簀巻きにした後、牙で毒を注入する。牙の毒腺から分泌される毒は、獲物の抵抗を封じ、生きたまま新鮮な状態で保存するための【衰弱】と、獲物の姿から巣の存在を気取らせないための透明化の効果を併せ持つ。
また、糸で衝撃を吸収・反射することによるカウンターも可能。
その名は、獲物と糸とを積み上げて築いた不可視の(城壁)を渡り歩く姿に由来する。
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