・【超古代観測所 アンティキティラ】下層
下層の中央に位置する、ただ広いだけの部屋。ホールとして作られたのだろうこの部屋は、
今は、専らグレットのトレーニングルームとして使われている。
グレットは、一体のゴーレムと対峙していた。
スクラップによって組み立てられた不恰好な腕が、重量任せに叩き付けられる。
グレットは前腕を掲げ、真正面からそれを受けた。その腕には、トンファーのような剣が握られている。
細かい鋸刃が、脆い廃材に食い込む。
このゴーレムも、Dec.の作品の一つだ。スクラップの身体が欠けたとしても、中枢たるコアが残ってさえいれば、別のスクラップによって即座に補われる。「気兼ねなく破壊できる」と言う点で、非常に優秀な
「…っし。概ね注文通り、だな」
グレットが握る剣は、名を【
グレットが【原始の鍵】でデータを集め、Dec.がそこから得られた技術でグレットの装備を作成する。そんなギブアンドテイクで、二人の関係は成立していた。
【成神】が保有する能力は「衝撃吸収」だ。流石に出力は
《衝撃吸収》の確認が済み、次のスキルの確認に移る。
グレットは掲げた右腕を振り抜いてゴーレムの腕を弾くと、その勢いに任せ、トンファーさながらに【成神】を回転させる。
「かっ飛べ、《天━━」
部屋全体が、大きく揺れた。部屋の中に、それこそ雷のような音が轟く。
【アンティキティラ】は、そのサイズ相応の超重量を誇る。水上とはいえそれが揺らぐほどの事態となれば、考えられる可能性は二つ。
グレットは、自らをなぎ倒さんと暴れる床に従い、流されるままに部屋を転がって脱出。廊下の壁面に備え付けられた通信機をひったくる。
「おい!」
『残念ながら、私じゃないよ。君の予想通りさ』
可能性のうちの一つは、Dec.の作品が弾け飛んだ可能性。何せ、Dec.が扱うのは体系化されていない技術ばかりなのだ。それらを掛け合わせるなら、部屋が弾ける程度のハプニングは起こりうる。
しかし、本当に残念なことに、今回はそうではないらしい。
となると、答えは一つ。
「敵襲か」
【アルム】の
『〈マスター〉二人。片方はドラゴンの推定ガードナー、もう片方は雲だ』
「雲…テリトリーか?」
『カテゴリー不明、能力は恐らく広域殲滅。"雹"で装甲が持っていかれた』
【アンティキティラ】の外部装甲は、Dec.によって後付けされたものだ。主な機能は幻影を用いた小島への擬態だが、それでも装甲として十分な強度を備えている。それを容易く打ち破れるのならば、敵は並の〈マスター〉ではないだろう。
「悪いな、変なのを連れてきちまったらしい。後で埋め合わせる」
『了解だ。この程度、別に構わないんだけどね」
「俺が構うんだ。じゃあ、とっとと追い返してくる」
『待ちたまえ』
遠ざかっていく声を聞いて、Dec,がグレットを呼び止める。
『私が片方を受け持とう』
「嫌なこった。元凶は俺なんだ。"友だち"ってのは、尻拭いをさせるためのものじゃねえだろ」
『その通りだとも。君はどこまでも正しい』
Dec.は、しかしだ、と言葉を続ける。
『実は、つい先日"新作"が完成してね。試運転の相手を探していた所だったのさ。結果として君を助ける形にはなるだろうが、私は尻拭いなんてするつもりはないよ。それなら文句はないだろ?』
「…アルムは任せるぞ」
『もちろんだとも』
━━━━━
・【超古代観測所 アンティキティラ】上空
曇天の下を、竜が飛翔する。その背に、二人の〈マスター〉が乗っていた。
「なに?亀…?」
女が、【アンティキティラ】を見て口を開いた。
装甲を剥がされた【アンティキティラ】は今や、その姿を白日の下に晒している。もっとも、肝心のお天道様は雲に隠れてしまっているのだが。
「ガードナーかな?ずいぶん大きいけど、アラザンが攻撃し続けてくれれば倒せそうだね」
アラザンと呼ばれた女の前方で、背丈の低い男が竜の手綱を握っている。
彼らは、【アルム】を狙う〈マスター〉である。
「そうか?お前等にゃ荷が重いと思うがなあ」
「「は?」」
跳躍で空中に躍り出たグレットが、会話に割り込んできた。グレットは煙を上げる【タケミカヅチ】に刀を納め、抜刀の構えを取る。
「出力1%、《
「チっ…なんなんだアンタ!?」
必殺スキルを乗せた超音速の居合を、竜はバレルロールで回避する。しかし、あまりに急な回転だ。手綱を握り、回転の指示を出した男に問題はなくとも、何の備えもしていなかったアラザンにはなす術がない。
アラザンは竜から振り落とされ、グレットと共に落下していく。
「アラザンっ!」
男は、己の判断ミスに歯噛みする。その意思に応え、竜はその場で急停止した。そして、急降下によってアラザンを回収しようとして━━━またしても急停止。
『おっと。行かせないよ。君の相手は私だ』
直後、【アンティキティラ】から放たれたレーザーが竜の眼前を焼いた。
地上と上空。二つの戦場で、それぞれの戦いが始まった。
・〈サヴェナ湖〉湖畔
同時に、グレットとアラザンが墜落する。【タケミカヅチ】で衝撃を吸収できたグレットとは異なり、アラザンは勢いそのままに頭から落下した。
普段ならば水を求めてモンスターが集まる湖畔だが、周辺一帯に降り注いだ雹によってそれらは樹木ごと叩き潰され、今はグレットとアラザン以外には何も存在しない。
「あれで死んでくれりゃ助かったんだが…」
「あいにく、硬さには自身があるもんでね」
服の埃を払いながら起き上がるアラザンは、全くの無傷だった。例えレベル500の前衛だろうとただでは済まないはず(実際、グレットも【タケミカヅチ】がなければ死んでいた)の衝撃を受けてだ。
「にしても、いいファッションだな。
アラザンの装備は、一言で言うならば
それらの装備は一切風に靡くことをせず、まるで銅像と相対しているかのような違和感を抱かせる。
「ご明察。随分と値は張ったけどね」
さらに、アラザンが《瞬間装備》で取り出したのは…巨大な泡立て器。
メイスだろうか、とグレットは考えた。
「"
さながら武人の如く行われた名乗りは、その見てくれとは裏腹に、武士道精神に基づくものではない。
相手にも名乗りを促し、そこから情報を得るための行為である。
「"
「"最強"ねぇ。大層な二つ名じゃないか」
「そうか?謙虚さには自信があるんだが」
それを知った上で、グレットはその誘いに応じる。こちらも武士道精神などとは関係がない。相対する敵にブラフという選択肢を示し、僅かでも敵の思考を増やすための行動だ。
さらに言うならば、不敵な態度で精神的優位に立つことも狙いの内に含まれている。
互いに名の知れた準〈超級〉などではない、無名の〈マスター〉だからこそ成り立つ、小手先の小細工だ。
「それが虚勢かどうか、わたしが確かめてあげるよ!」
アラザンは地を蹴り砕いてグレットとの距離を詰め、見てくれの鈍重さに反した速度で泡立て器を振り下ろす。
そこに合わせるように、グレットが刀の柄頭を突き出した。
無音。
〈エンブリオ〉のもたらす奇跡が、音もろともその衝撃を無とする。
「《
【タケミカヅチ】が秘めし衝撃が解放され、泡立て器をかち上げる。
「出力2%、《
そうして生まれた空隙に、神速の居合が叩き込まれる。
超音速の居合は、反応すら許さずにアラザンの首筋を捉えた。
吸収からの反射、そして居合。一連の流れが体に染みつくほどに繰り返した、グレットが持つ「必殺」の一つである。
その流れの中で、グレットを驚愕させた要素が二つあった。
一つは、二度目の《疾封刃雷》…居合の威力が、グレットの記憶よりも
もう一つは、極めてシンプルだ。
「2%、ねえ。出し惜しみとは、随分と余裕じゃないか」
グレットの居合を受けて
それはすなわち、グレットの「必殺」が、アラザンの無防備な首筋すら断てなかったことを意味していた。