水晶の剣   作:あだヒメ

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キアロスクーロ代理戦争

「さて、今度はこっちの番だ」

 

服についた土埃を払ったアラザンは、右手の泡立て器を天高く掲げる。

…しかし、何も起こらない。

 

グレットは、それを、何らかの━恐らくは、【アンティキティラ】を破壊した雹の範囲攻撃だろう━スキルの発動準備だと結論付け、鞘の鯉口をアラザンに突きつけた。ロクなダメージにはならないだろうが、吹き飛ばすことはできる。それにより、アラザンの行動を阻害する狙いだ。

 

そして、刀を使い捨てにした超音速の剣撃を放つ━

 

「《疾封刃━━っ!」

 

━直前、《危険察知》が発動。グレットもまた、鞘を天に掲げた。

しかし、スキルの発動は止められず、刀は遠心力を乗せて天高く撃ち放たれ━空中で砕けた。

 

単純な話だ。先程までの空隙はスキルの発動準備などではなく、雲から放たれた雹が着弾するまでの、単なるタイムラグだったというわけだ。おもむろに泡立て器を掲げていたのも、それを悟らせないためのブラフだろう。

 

規格外の硬さに広域殲滅、さらには狡猾ときた。

想像以上の厄介さに歯噛みしつつ、グレットは次なる装備を取り出す。

 

《瞬間装備》によって鞘に装填された次弾は、一振りの長剣だ。金のラインが走る刀身とは対照的に、黒一色のグリップは極端に短く無骨であり、六角形の鍔があるのみ。これでは持ち手としての役割すら果たせないだろう。

 

そこに、無数の雹が降り注ぐ。

【アンティキティラ】の装甲だけでなく、【遺神】が打った刀すら砕いた雹だ。アラザンは無傷でいられても、他のすべては無事では済まないだよう。

 

「出力1%、《疾封刃雷(タケミカヅチ)》!」

 

グレットが唱えたのは、先程までと同じ必殺スキルの名。しかし、それがもたらす結果は、全く別のものとなった。

長剣は空へと撃ち放たれることなく、

 

グレットの頭上で、長剣の鍔が爆ぜた。

そうとしか思えないほどの勢いで、鍔から六角形の黒水晶が飛び出し、広がり、幾重にも積み重なり、一つの形を成す。

そうして形作られたのは━傘。

 

「【タケミカヅチ】機能拡張用武装"十握剣(とつかのつるぎ)"。━━【入道雲】展開」

 

それは、【遺神】2043-12-03が、その全霊を尽くして鍛えた剣だ。コスト度外視の特注品であり、量産を前提とした刀や装甲とはわけが違う。

主な素材は、衝撃により結晶を生成する金属【アンベラ鉱石】だ。生みの親である【高位錬金術師】とともに世界から失われたそれが【遺神】によって現代に甦り、剣として━否、最強の盾として振るわれる。

 

膨張した【入道雲】に、無数の雹が降り注ぐ。地に着弾した雹が砕け散り、一帯の地面が抉れていく。

それらの轟音が轟く弾幕の中でも、黒水晶の傘布だけは健在だった。

 

【タケミカヅチ】が持つ、物理攻撃に対する絶対防御。その範囲の拡大をコンセプトに制作された剣は、その役割を十全に果たしていた。

 

グレットは、黒水晶の()を構えてアラザンと対峙する。

 

「…おいおい、そっちだけなんか強くねえか?」

 

「"対物理最強(あんた)"も大概だろ?受け切っておいてよく言うよ。…それで━━」

 

相変わらず小揺るぎもしないコック帽で降り注ぐ雹を打ち砕きながら、アラザンは言葉を続ける。

 

「━━肝心の〈エンブリオ〉が塞がった状態で、どうやって私に勝つんだい?」

 

「さあな?どうとでもなるだろ」

 

グレットは、思わず内心舌打ちする。

 

【入道雲】最大の弱点がバレた。

 

 

 

 

 

・【超古代観測所 アンティキティラ】上空

 

「《奪目の咆光(スポットライト)》!」

「SHAAAAAAAAAADDE!!」

 

男がスキル名を叫び、彼を乗せた黒竜がそれに応えて光のブレスを放つ。

男の名は、アクター・シャドーイレイザー。アラザンと共に【アンティキティラ】を襲撃した下手人であり、彼が駆る黒竜…TYPE:ガーディアン・ワールド、【影功類最終演目 マチネ・ソワレ】の〈マスター〉だ。

 

『《ドーン・ウォール》起動』

 

光速のブレスではあるが、相対する【アンティキティラ】も、ただ食らうわけではない。

このブレスを受けるのも四度目だ。首の角度と学習した予備動作から、発射されるタイミングと着弾地点を予測する。

 

【アンティキティラ】の機械音声に従って、その尾から身体を伸ばした白鉄の巨龍が、寸分狂わぬ位置に闇の障壁を張った。

 

黒竜の光と、白龍の闇。正反対の二つが衝突し━━━すり抜けた(・・・・・)

光線を防いだのでも、光線に破壊されたのでもない。物理攻撃以外には有効なはずの障壁が、一切機能していない。

 

ブレスはそのまま直進し、【アンティキティラ】の足元に着弾した。

しかし、それが狙いを外した訳ではないことを、【アンティキティラ】はよく知っている。

 

【アンティキティラ】の球状の三脚のうち、着弾地点にあった一つが爆ぜた。これも同じく四度目。障壁の属性などを変更した過去三回の試行と同じ結果に終わった。

四度ブレスを受けた脚はまともに機能せず、沈むことこそないが、機動力は大きく削られた。

 

『あー、聞こえているかな?』

 

そこに備え付けられたスピーカーから、機械音声ではない肉声が響く。

 

『君たちの目的は特典武具だろう。どうだ、私と取引をしないかい?」

 

「取引?」

 

『ああ。私は【遺神(ザ・レガシー)】…生産系超級職だ。君たちが手を引いてくれるのなら、特典武具よりも質のいい装備を、オーダーメイドで製作しようじゃないか。当然、二人分用意するし、メンテナンスも請け負うよ』

 

アクターの《真偽判定》に反応はない。なんらかの偽装がされている可能性も否めないが、真実ならば破格の取引だ。特典武具と違って自動修復こそしないが、同等以上の装備を二つ得られるのならば十分にお釣りが来るだろう。

 

考えるまでもなく、アクターの答えは一つだった。

 

「断る」

 

『へえ。何故だい?』

 

連れ(・・)と『特典武具を獲る』って決めたからね。それだけは譲れない」

 

それは、非合理的なこだわりだ。しかし、彼らは決してそれを曲げない。なぜならば、効率だけを考えてプレイするゲームなど、微塵も楽しくない(・・・・・・・・)からだ。

彼らにとって〈Infinite Dendrogram〉はただの遊戯(ゲーム)であり、故に彼らは、そこに合理性など求めない。

 

『素晴らしい!初志貫徹、とても好ましく思うよ』

 

そう言うDec.の声はひどく上機嫌で、スピーカー越しに拍手の音すら聞こえる。

 

『だが、私もこの子を死なせる訳には行かなくてね。申し訳ないが、ここで死んでもらうよ』

 

拍手の音が止み、その宣告と同時に白龍がレーザーを放つ。

 

「くっ、《奪目の咆光》!」

「SHAAADDDDEッ!!」

 

黒竜は空中で身を捻ってそれを回避し、アクターの指示に従って五発目のブレスを撃ち放つ。

 

━━〈マスター〉より仮説の提言。検証のため武装変更…選択(セレクト)

 

『《スモーク・スクリーン》起動』

 

それに対して白龍が放ったのは…ただの煙幕。

本来よりも範囲を狭めて用いられたそれは、空中に色濃い影を落とす。

 

直後、その中心にブレスが着弾(・・)した。

 

 

 

『なるほど。影以外のものを透過し、影に着弾することで本体にもダメージを与える、というわけだ。なかなか面白い能力だったよ』

 

【マチネ・ソワレ】の能力特性は「影」である。煙幕の内に生まれた影が、影のみを灼くブレスを遮ったのだ。ブレスを受けた影は散ってしまうが、そんなものは、いくらでも補充できる。

 

五回の試行の果てに、【マチネ・ソワレ】のブレスは完全に攻略された。

 

『では、反撃に移るとしよう!』

 

煙幕越しに放たれた徹甲弾が、散り行く煙もろとも黒竜の右翼を撃ち抜いた。

 

 

━━━━━

 

 

「聞いたかい?君じゃなきゃダメなんだそうだ。ああ、実に一途で素晴らしいとも!」

 

【アンティキティラ】の最奥で床に寝そべるDec.は、心底愉快そうに笑う。茶化してこそいるが、Dec.は心の底から、アクターの在り方を好ましく思っていた。━それこそ、特典武具の一つ程度なら譲ってしまえるほどに。

 

「…Dec.さん」

 

アルムのその言葉は、その姿に対する呆れから来るものではない。

 

「わかっているよ。君、戦いたいんだろう?正確には、自分だけじっとしているのが納得いかない、というべきかな」

 

「━すまないが、それはできない」

 

「…っ」

 

アルムは、この敵襲の原因である。本人もそれを理解しているからこそ、何もしていない現状に耐えられないのだろう。

Dec,は、それを理解している。しかしDec.にも、そうさせる事のできない訳があるのだ。

 

「『アルムは任せるぞ』と、グレットに頼まれたからね。他でもない彼からの頼み事なんだ。何としても果たさなくては」

 

アルムは、それを理解できなかった。アルムの見た限りでは、Dec.とグレットの関係は腐れ縁、もしくは友人と言ったところだ。そのどこに、そこまで必死になる要素があるのだろうか。

 

「…ふむ。少し、グレットの話をしようか。元より戦闘は【アンティキティラ】に任せ切りだからね」

 

アルムの心境を察してか、Dec.が口を開く。

 

「…彼はね、"無償の善行"が大嫌いなのさ」

 

 

 

「けれど、彼は超がつくレベルのお人好しでね。彼の身体は、困っている人がいれば勝手に動いてしまう」

 

「だから後から『あくまでも自分のためにやったことだ』とか『これは貸しだ』とか言って、"無償の善行"をなかったことにしようとする。心当たりはあるだろう?」

 

心当たりがある、などという話ではない。そもそも、グレットとの初対面からしてそのパターンなのだ。命を救われた記憶は、アルムの記憶に強く焼き付いている。

 

「もちろん、"無償の善行"を受けるのも大嫌いだ。だから、貸しを返されるのもひどく嫌う。なにせ、彼は『身体が勝手に動いただけ』で、何もしていないからね」

 

そこまで聞いて、アルムは思う。死ぬほど面倒臭い。

勝手に貸し付けておいて、返済は一切受け付けない。出力される行動が"無償の善行"でなければ許されない暴挙だ。

そして、気が付いた。

 

「…そんな人が、頼み事?」

 

そう、そこだ。人に何かを頼むというのは、すなわち"無償の善行"を受けるということ。話を聞く限りでは、そんなことをグレットがするとは思えなかった。

 

「まあ、ここに置いておくだけでいいというのもあるんだろう。それでも、彼からの頼み事なんて初めてのことなんだ。これで、どうして張り切らずにいられようか!」

 

 

━━━━━

 

 

右翼が根本から千切れ飛び、【マチネ・ソワレ】の体勢が大きく崩れる。

 

「この程度…っ!」

 

アクターが右手を大きく振ると、それと同時に、翼の断面から影が湧き出した。影はその形を変え、より大きい、新たな翼となった。

変化したのは右翼だけではない。もう一方の翼も影で補強され、爪からは影の刃が伸びる。

 

【マチネ・ソワレ】の第二のスキル…《暗幕開闢(カーテンコール)》だ。

周囲の"影"を纏い、簡易の鎧とする。HPが回復することはないが、止血と欠損部位の補完も可能だ。

 

《奪目の咆光》が攻略された今、遠距離での撃ち合いは無意味。そう判断し、より近接戦闘に特化した形態で【アンティキティラ】を切り崩しにかかる。肥大した翼により上昇した速度で、【アンティキティラ】との距離を一気に詰めた。

 

しかし、そのまま白龍の傍を抜け、【アンティキティラ】に肉薄することは叶わない。

 

宙を駆ける鋼の獅子が、黒竜の軌道に割り込んできたのだ。黒竜は金属製の牙による噛みつきを影の爪で受けるが、獅子は影へと牙を突き立て、喰らい付いて離さない。

 

その停滞が、あまりにも致命的だった。

 

『━━━《集合知の白(フラクタル・ヴァイス)》起動。』

 

獅子の背後で、白龍がその顎門を展開する。その先にあったのは、七連装リボルバーを七つ並べた、四十九連装という馬鹿げた機構。

 

【遺神】式煌玉獣、等級(グレード)懐古趣味・特注(オールド ワン)…天竜式煌玉龍(・・・)玄武之代行者(バサルト・エージェント)】。

 

それが、白龍の名だ。

"映像の処理"という能力特性上、演算能力に長けた〈エンブリオ〉である【アンティキティラ】。【玄武之代行者】は【アンティキティラ】に接続することで、その演算能力によって操作される。

自律稼働する煌玉蛇でも、人が操縦する煌玉竜でもないが故に、煌玉龍。〈マスター〉に代わり、敵を打ち滅ぼす代行者だ。

 

そして《集合知の白(フラクタル・ヴァイス)》は、【玄武之代行者】固有の機構だ。四十九連装リボルバーの各薬室には空間拡張が施され、それぞれ異なる兵器が内蔵されている。

 

出力不足、強度不足、根本的な欠陥など、さまざまな理由により実用化に至る事のなかったもの。かつて猛威を振るったが、強大な敵に敗れてしまったもの。それらの叡智の光を【遺神】の力で甦らせ、束ねるが故の"白"。

 

今回選択された兵器は、後者だった。

先々期文明末期、"化身"により打ち砕かれた超兵器の一つ。

 

 

 

『━━選択(セレクト)。《蹂躙砲》、発射』

 

獅子が黒竜を手放し、後ろへと跳ぶ。

 

【瑠璃之蹂躙】の主砲が、黒竜へと撃ち放たれた。

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