水晶の剣   作:あだヒメ

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闇に乗じて、影縫いを

 

『━━《蹂躙砲》発射』

 

【アンティキティラ】の宣言で、瑠璃色の砲弾が黒竜へと撃ち放たれる。直前の足止めにより、もはや回避は叶わない。

 

故に、アクターは防御を選択した。《暗幕開闢》によって作られた影の膜が《蹂躙砲》を受け止める。

 

…止められない。アクターはそう悟る。瑠璃に触れたそばから、影が消し飛ばされていくのだ。いくら影を継ぎ足せどそれは同じで、砲弾の勢いを削ぐことも、その軌道を逸らすことも叶わない。

 

先々期文明より呼び起こされた知性爆弾(スマートボム)にとってその程度は障害ではなく、絶え間なく放たれる固定ダメージが全てを蹂躙する。

 

 

━━━━━

 

 

人は、もっと胸を張って生きるべきである。それが、アクターの人生哲学だ。

人は、誰もが素晴らしい才能を持っている。その才能を、表舞台で余すことなく振るうべきなのだ。

 

だというのに、それらの多くは日の目を見ることなく埋もれていってしまう。

失敗を嫌悪し、停滞を望む臆病な妥協が、輝かしい才能を腐らせてしまうのだ。

 

アクターには、それが耐えられない。そんな在り方は理解できない。

 

━━だから、【マチネ・ソワレ】が生まれた。

 

影を灼くレーザーも、影を操って鎧とする力も、単なる副産物(・・・)に過ぎない。

 

臆病な''日陰者"どもが隠れ潜む影を灼き、引き剥がし、奴らを表舞台へと引き摺り出す。

そのための力が【マチネ・ソワレ】であり、故に、彼は影を消し去る者(シャドーイレイザー)なのだ。

 

そんな【マチネ・ソワレ】が習得した必殺スキルは、これまでとは毛色の異なるスキルだった。

否。もしかしたら、《暗幕開闢(第二スキル)》の時点でその片鱗は見えていたのかもしれない。

 

そのスキルの名は━━━

 

「《暗転(マチネ・ソワレ)》」

 

直後、瑠璃色の砲弾が影を喰い破り、黒竜もろともアクターの肉体を撃ち抜いた。

 

 

━━━━━

 

 

天井のスクリーンに、瑠璃色の蹂躙劇が映し出される。

 

アルムは、その光景をひたすら見つめていた。

アルムの視覚を担う水晶玉は、肉眼と異なり瞬きを必要としない。

アルムはそれを自覚していたわけではないが、無意識のうちにその身体を使い熟していた。

 

それを為すのは、アルムのエゴだ。

 

今のアルムにできることはない。ただ護られるだけの身だ。

ならばせめて、今起きている戦いからは目を逸らさないでいたい。

 

ただそれだけのエゴが、瞬きを忘れるほどの集中をもたらしていた。

 

だからだろうか。それとも、この身体が持つ特性なのか。

 

スクリーンに映る男と竜。

その中に、ぼんやりと光るものが見えた。

 

『《暗転(マチネ・ソワレ)》』

 

━━そして、砲弾が男を貫く直前、それが消えたのも。

 

 

━━━━━

 

 

アクターは、"日陰者"を嫌悪する。

しかし、彼らもまた、素晴らしき才能の塊なのだ。

 

愛すべき存在の、理解し難い在り方。

 

故に、アクターはそれを理解したいと願った。

暗転(マチネ・ソワレ)》はその願望から生まれた必殺スキルであり、

 

 

 

━━━自らの(いしき)を、影に移し替えるスキルである。

 

必殺スキルの発動により、今のアクターは影そのものとなっている。既に肉体は《蹂躙砲》により貫かれた後だが、少しでも形が残っており、影が存在するのならば生存可能だ。

 

スキルの副次効果によって視覚こそ存在するが、影に神経や筋肉などあるはずもない。

しかし、アクターには《暗幕開闢》がある。影そのものを操作するスキルが、影となった状態での活動を可能にしていた。

 

加えて《暗幕開闢》の操作速度は大きく上昇し、超音速にまで達している。

 

《暗幕開闢》の操作速度は、【マチネ・ソワレ】のAGIと等速であり、ガーディアンと〈マスター〉を一つの影に溶かし込む必殺スキルは、変則的な融合スキルの一種だ。

 

AGIに偏重したアクターのビルドが、そのAGIを大きく引き上げていた。

 

アクターが目指す先は湖だ。

この戦場において、最も多くの影が存在する湖の底。

 

そこでありったけの影を掻き集め、【アンティキティラ】を腹から突き破る。

 

もはや、アクターが生き残る術はない。必殺スキルの効果時間である五分が過ぎれば、戻る肉体を失ったアクターはデスペナルティとなってしまう。

故に、狙うは次善の共倒れ。

 

文字通り()の者となったアクターは、湖底を目指して突き進む。

 

━━━━━

 

 

謎の光は消えたわけではない。アルムがそう気付くまでに、時間はさほどかからなかった。

消えたと思っていた光が【アンティキティラ】の床越しに覗いていたからだ。

 

それが男の中に見えていた光と同一であることは、直感で理解できた。

 

その光が、段々と近づいてきている。

速度からして、猶予は数秒。光はアルムにしか見えないらしく、Dec.もそれに気が付いた様子はない。気が付いたとしても、Dec.は【雲外套】の刺繍で体力を使い果たしている。おそらく、対応は間に合わない。

 

この局面、動けるのはアルムのみ。

 

そこまで考えるのとどちらが早かったか、アルムは右腕を前方へと突き出した。

 

 

 

『では、機能についての説明を…と行きたいところだが、その前に前提から話すとしようか』

 

アルムが【雲外套】に袖を通した時、Dec.はその素材となった蜘蛛についての話をしていた。

 

自らの髪が蜘蛛の糸と撚り合わせられた事実に思うところはあるが、大切なのは機能だ。複雑なあれこれを飲み込んで、アルムはその話を聞いていた。

 

話によると、その蜘蛛はステータスを下げる毒と、肉眼でもスキルでも感知できず、受けた攻撃を吸収して跳ね返す糸を持っていたらしい。

 

その性質により、アルムのSTRは常人の域にまで落ち、《看破》なども弾くことができるようになった。アルムは鏡を見ていないのでわからないが、Dec.曰く、光学迷彩によって外見も誤魔化せているそうだ。

 

そして【雲外套】には、糸によるカウンターも受け継がれている。

 

 

 

【雲外套】の形状は、アルムが着ていたものからほとんど変化していない。

アルムの希望によって、フードの裂け目すらも再現されているのだ。

 

唯一明確に異なるのは袖だろう。大きく余った袖が、アルムの手元を覆い隠している。

 

それは、スキルを放つために付け足された砲塔(・・)である。

 

アルムは右手の中に水晶の針を生み出し、袖の布地越しにそれを掴む。

 

数秒の間を置き…その口が、トリガーとなる言葉を紡いだ。

 

 

 

「《黎鳴(れいめい)》」

 

その糸を弾くのは、【雲外套】に吸収されたSTRだ。

 

【雲外套】は生まれて間もなく、故にチャージは不十分。

 

現在の出力は、アルムのSTRのおよそ二倍。亜音速に片足を踏み込んだ程度の速度だ。

 

しかし、それで十分。

 

水晶の針はアルムの手から撃ち出され━━

 

 

 

━━床を突き破って噴き出た影を、寸分狂わぬタイミングで貫いた。

 

アルムは一千と少しのAGIで、超音速の影を正確に捉えてみせた。

新たな視界と極度の集中が可能にした、再現性皆無の絶技である。

 

 

 

そう、貫いた(・・・)のだ。

亜音速程度で貫けるほど、〈上級エンブリオ〉の作り出す鎧は脆弱ではない。であるにも関わらず、貫通したのだ。それは何故か。

 

現在のアクターはただの影。《暗幕開闢》で鎧として固めてこそいるが、スキルを解除すれば元に戻る。

 

突如飛来した異物()に対して、アクターが咄嗟に起こした回避行動…すなわち、スキルの局所的な解除。

 

それが、針がアクターを貫通した理由だ。

 

よってダメージはゼロ。このまま影の全質量を叩きつけ、室内の全てを圧し潰す。

 

アクターは確固たる意志をもって前進し、背後の壁へと叩きつけられた(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

それを為すのは、アルム唯一の固有スキル。

 

アルムが後天的に生まれ持った力だ。

 

 

「《御魂結(みたまむす)び》」

 

 

壁に突き立った針から光が伸び、糸となって影を縛り付ける。

非実体となり針を避けたところで、その針から逃れられるはずもない。

 

「縫う」という行為は、布を針で貫通した先にあるものなのだから。

 

その糸がもたらす効果なのか、影の操作もできない。

《暗幕開闢》の解除もできず、もはや詰みとでも言うべき状況。

いくら影を束ね、体積を増そうと、HPそのものが増えるわけではない。鎧を砕く一撃を受ければ即死である。

 

「お手柄だよ、アルム君!」

 

そこに追い打ちをかけるように、跳ね起きたDec.が銃器をアクターに突き付け、床に開けられた穴からは鋼の獅子…【フォー・フォーカス】まで飛び出してくる始末だ。

 

悪態の一つでも吐きたい所だが、生憎声帯は肉体と共に捨ててしまっている。

 

「私たちの、勝ちです」

 

アクターは文句も言えぬまま、鋼鉄の爪に引き裂かれた。

 

 

━━━━━

 

 

泡立て器が、グレット目掛けて振るわれる。

一見ふざけているように見えるが、空気抵抗を減らし、敵を引き裂くその構造は極めて合理的だ。

 

数度の攻防でそれを思い知らされたグレットは、バックステップでその一撃を回避する。

 

【タケミカヅチ】が使えない今、グレットは防戦一方だった。

 

「さあさあどうした!どうとでもなるんだろう!?」

 

「うるせえ!準備があんだよ!」

 

そんな問答をしているうちに《瞬間装備》のクールタイムが終わった。

 

グレットが取り出したのは【成神】だ。雹が降り注ぐ今、【入道雲】の庇護下から出た武器は砕けてしまう。それを考慮しての選択だ。

 

それはアラザンも承知していた。

 

故に、刃先を前にして振るわれた【成神】を避けられなかった。

咄嗟に腕で受けると、鈍い金属音(・・・)が響く。

 

無傷ではあるが、殴り飛ばされはするのだ。アラザンは数メテル後方へと下げられる。

 

雹の弾幕の中で、その無茶をどう通したのか。

その答えは、グレットを見ればすぐに分かった。

 

「…へえ?」

 

「あんた、【魔剣聖】か」

 

グレットの握る【成神】が、激しく燃え上がっていたのだ。

熱された鋼が、雹を触れる前に融解させていた。

 

「チッ、無傷か。つまり『雹の攻撃中は防御力が下がる』とかじゃないわけだ」

 

赤熱する【成神】を構え、グレットがそうぼやく。

 

「まあいい、お前のジョブは分かった」

 

そして━━

 

「…お前、【重騎士】だな?」

 

自らの仮説を口にした。

 

「おいおい、ウソだろ?たった今私を殴り飛ばした所じゃないか」

 

その仮説を、アラザンは鼻で笑う。当然だ。【重騎士】はその性質上、非常に鈍重だ。スキルなしの一撃で吹き飛ぶ重量である以上、その線は極めて薄いと言えた。

 

しかし、グレットは自らを疑わない。

 

「それがお前の〈エンブリオ〉だろ?体重を肩代わりする、ってところか。アホみたいな防御力と広域殲滅だ。そうでもなきゃリソースが足りねえ」

 

「もう一度聞くぞ。お前は【重騎士】だ。違うか?」

 

《真偽判定》がある以上、下手な誤魔化しは無意味。故に、アラザンは簡潔に答える。

 

「ご名答。よく分かったね?」

 

TYPE:レギオン、【協担竜鱗 バハムート】。それが、アラザンの〈エンブリオ〉たる雲の名だ。

 

文字通り"鰯雲"である【バハムート】は、基本スキル《我身装担》によってアラザンの装備重量を肩代わりする。

 

重騎士のデメリットを打ち消す《我身装担》と、それを雹として解き放つ《破城墜》による攻防一体のスタイル。

それが、アラザンのビルドだ。

 

「斬った時に分かった。その袖と帽子、金属だろ?」

 

その通り。極度に圧縮された【超硬ミスリル】が、アラザンの装備の主な素材である。

 

「まあ、決め手は腰のそいつだな。…四十二染なんてよく買えたもんだ」

 

グレットが指差す先には、アラザンのベルトに差された鍔のない脇差があった。その周りには包丁やナイフが差され、脇差をファッションの一部として馴染ませていた。

 

その名は妖刀四十二染の一振り【罪襲(つみかさね)】。四十二染でも珍しい脇差の妖刀であり、装備者に高いステータス補正を与える。

 

決して装備を解除できず、持ち主が命を奪う度にその体重を増していくのが妖刀たる所以だ。

 

グレットはDec.に付き合う中で、その制作現場を見たことがある。その記憶が、アラザンの能力を突き止める大きな手がかりとなった。

 

「私としちゃ、そっちの装備の方が気になるんだけどね。総額でいくらになることやら」

 

【魔剣聖】は器用貧乏を地で行くジョブであり、ステータスは前衛系ビルドのおよそ半分ほどまで落ちる。

 

しかし、アラザンはこの戦いの中で、グレットのステータス不足など感じなかった。

その差を埋めているだろう装備品は、アラザンにとっても興味深いものだった。

 

「友だちに生産系の【神】がいるんだよ。ま、要はコネだ」

 

「羨ましい限りだ…よッ!」

 

アラザンは地を蹴り、殴り飛ばされた分の距離を詰める。しかし、眼前に生じた炎の壁を前に足を止めた。

 

「《フレイムウォール》」

 

グレットは【魔剣聖】である。手札の多さは上級職でも屈指だ。天高く聳える炎の向こうから、どのような魔法が飛んでくるか分かったものではない。

炎そのものよりも、そちらを警戒した結果の行動である。

 

そして、瞬く間に炎の壁が消え━━

 

━━アラザンは、それが悪手だと知った。

 

「さあ、お望み通りの最大出力だ!」

 

【タケミカヅチ】を構えたグレットが、燃え盛る鯉口をアラザンに突き付けたのだ。

その上空には、赤熱する【入道雲】があった。

 

壁の向こうで黒水晶の傘布を燃やし、天へと撃ち出したのだろう。

【入道雲】はその形状故の空気抵抗ですぐに停止するが、それだけの猶予があれば十分だ。

 

「出力20%━━《疾封刃雷(タケミカヅチ)》ッ!」

 

そこから、炎を帯びた刃が放たれる。

 

赤く燃える刃は、雹を灼き融かしながら突き進む。

 

【バハムート】の雹をひたすらに浴び続けた【タケミカヅチ】は、かつてないほどの衝撃をその内に蓄えていた。

 

弾速は超々々音速(・・・・・)。AGIにして、百万を軽く凌駕する。

 

 

 

だが、甘い。

 

【罪襲】と【重騎士】のコンボにより、アラザンの防御力も同じく七桁の領域に踏み込んでいる。それだけの硬度差があるのなら、刃が一方的に砕けて終わりだ。

 

故に、アラザンはそう口にしようとして…言葉が出ないことに気が付いた。

 

自身の目の前で一瞬炎が揺れ、消えていく。

その中に、一筋の闇が見えた。

 

「《リーダーブレード》━━闇属性」

 

声だけでなく、身体まで動かない。呼吸をしようとして、そこでようやく気が付いた。

 

 

 

 

 

生物の防御力を無視する闇属性の刃が、アラザンの喉を貫通しているのだ。

 

頸椎を断たれてしまっては、デスペナルティは避けられない。

 

おそらく、剣に灯る炎は《リーダーブレード》ではなく、単なる魔法なのだろう。魔法で剣を燃やし、その上から《リーダーブレード》を重ねたのだ。そこまでは理解できた。

 

しかし、なぜ。

声の出ない口で、アラザンはそう呟く。

 

生物特攻の闇属性と言えど、七桁の防御力をゼロになどできない。傷付くことはあれど、貫通にまでは至らないはずだ。

 

その疑問を聞いて…否、「見て」と言うべきか、グレットは口を開いた。

 

「少しでも傷が付くなら、あとは速度でブチ抜ける。簡単だろ?」

 

それを聞いて、アラザンは苦笑する。

 

あまりにひどい暴論だ。しかし、実際にそれで喉をブチ抜かれているのだから、文字通り何も言えない。

 

そして、アラザンはデスペナルティとなった。

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