遠距離恋愛中の元担当トレーナーが妹を担当することになって情緒がやばい誘導ウマ娘の話   作:CK/旧七式敢行

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デビューの日

秋の開催初日となるその日、京都レース場の誘導ウマ娘控え室では芦毛のウマ娘が赤いジャケット姿で鏡の前に立っていた。

鏡の前で何度も自分の姿を確認するヤマニンアピールの耳は不安げに動いている。

「ア~ピちゃん!」

「ひゃわぁっ!?」

全く警戒していなかった背後から声をかけられ、ヤマニンアピールは飛び上がった。

「すごい緊張してるね」

声をかけた先輩でヤマニンアピールの指導役のラッキーブレンは苦笑いを浮かべる。

「そりゃしてますよ!」

今日、ヤマニンアピールは初めて誘導ウマ娘として本バ場入場を先導する。

「アピちゃん顔が般若みたいになってるよ。スマイル、スマイル」

得意げにウインクする先輩のユルさに少しだけヤマニンアピールの表情がやわらいだ。

パドックに出たヤマニンアピール達誘導ウマ娘

にも、カメラが向けられた。

すでに出走メンバーのパドック写真を撮り終えたファン達はすぐに見慣れない誘導ウマ娘に気づいた。

「あんな子誘導にいたっけ?」

「芦毛、めっちゃ綺麗じゃん」

「ネームプレートに若葉マークついてる! 新人さんかな、がんばれー!」

ざわめきに混じって聞こえる暖かい言葉にヤマニンアピールの耳が少し落ち着いた角度になった。

「モテモテだったねぇアピちゃん」

地下道に入ると、隣で隊列を先導するラッキーブレンが小声でささやいた。

「京都レース場、第1レースはジュニア級未勝利戦」

本バ場入場の音楽とともにヤマニンアピールとラッキーブレンの誘導するウマ娘達はコースに出た。

 

 

緊張しっぱなしの誘導業務を終えたヤマニンアピールがようやく控え室に戻れたのは13時を過ぎてからだった。

スマホのロック画面にはLANEの通知が浮かんでいる。卒業するアピールと入れ替わりでトレセン学園に入学したデビュー間近の妹、ヤマニンマリーンからのメッセージだ。

『お姉ちゃん、誘導ウマ娘デビューの写真ウマッターに流れてきてたよ!』

というメッセージとともにウマッターにアップされたヤマニンアピールの誘導ウマ娘姿の投稿をスクショした画像が送られてくる。

『あ、そうだお姉ちゃん。私もこの間の選抜レースでトレーナーが決まったんだよ!』

「ほんと? 良かった!」

『いま近くにいるからビデオ通話にするね』

というメッセージが来るやいなや、ビデオ通話の着信でスマホが震える。

「えっとブレン先輩、通話しても大丈夫ですか?」

「ん? いいよー、私らはどうせ午後は待機だしね」

ラッキーブレンに許可を取ってから、ヤマニンアピールは通話ボタンをタップした。

「もしもし?」

『お姉ちゃん休憩中にごめんね、でも早く伝えたくて!』

「そんなにすごいトレーナーなの?」

ウマ娘の才能を十分に発揮させるには、トレーナーの素質だけでなくウマ娘との相性も重要になってくる。

たとえ敏腕トレーナーでも、ウマ娘と気が合わなければ契約解除ということもある。

『じゃーん! 私のトレーナーの富岡さんです!』

「トレーナー!?」

はたして画面に映ったのはかつてヤマニンアピールの担当トレーナーを引き継ぎ、中山大障害制覇まで導いた恋人の富岡だった。

『アピール……久しぶりだな。元気か?』

「あ……えと……元気です……」

気まずそうに頭をかく富岡と驚きと嬉しさで耳と尻尾が好き勝手に動くヤマニンアピールの間に沈黙が流れる。

『何から話せば……そうだ、マリーンのデビューは来年の予定なんだ。京都デビューならその時会おう。マリーンも一緒で』

「はい」

興味津々で聞き耳を立てていたラッキーブレンは「マリーンも一緒で」の瞬間に一気にしおれるアピールの尻尾の動きを見逃さなかった。

『あははは、お姉ちゃんびっくりしすぎでしょ!』

「マリーン! なんでこういう大事なこと先に言わないの!」

画面に表示されるのが妹に戻り、ようやくアピールはまともに口がきけるようになった。

『だってトレーナーさんがマリーンから伝えてくれっていうから……あっ逃げた!』

背後でトレーナー室から遁走する富岡を追いかけようとしたマリーンが通話を切った。

「通話終了」の表示された画面を手にヤマニンアピールが呆然としていると、やり取りを聞いていたラッキーブレンが両手をワキワキと動かしながら迫ってきた。

「アピちゃ~ん? 先輩に隠し事してな~い?」

「ちょっと風にあたってきます!」

ひらりとラッキーブレンをかわしたヤマニンアピールは控室をあとにする。

「あっコラあんたも逃げるんかい!」

そうは言いつつも深追いをしないのがラッキーブレンだ。

廊下に出たヤマニンアピールはスマホを握りしめたまま、深呼吸を始める。

「すぅ……はふ……ふぅっ……」

3つ数えて、3つ止めて、3つかけて吐く。

まだ障害レースを走っていた頃、トレーナーから教わった呼吸法で心を落ち着ける。

ーー会えるんだ。

 

 

年が明けて冬の京都開催も終盤に差し掛かった1月26日、ヤマニンアピールはいつもより念入りに身だしなみを整えていた。

「アピちゃん、先行ってるね」

「はーい」

ラッキーブレンに続き、ブーツの汚れを払ったヤマニンアピールはブラシを棚に戻してパドックへ出る。

上のはからいで彼女はこのレースの誘導ウマ娘に抜擢された。

たまにはURAも気の効いたことをするね、とラッキーブレンは言っていた。

パドックに出ると、キンと冷えた風がヤマニンアピールの芦毛の髪を包んだ。

「京都レース場第6レースはクラシック級メイクデビュー京都。11人によって争われます」

出走メンバーが続々と紹介されていく。

自分の番でもないのに、ヤマニンアピールの心臓は早鐘のように脈打っていた。

「5番、ヤマニンマリーン」

ようやく呼ばれた妹の名に思わずヤマニンマリーンの口元が緩んだ。

目の前をキャンターで駆け抜けていく体操服姿のヤマニンマリーンは軽く手を振って発送地点へ向かっていく。

『以上11人、発走までしばらくお待ち下さい』

 

 

ヤマニンアピールが誘導ウマ娘控室に戻ると、先に戻っていたラッキーブレンが缶コーヒーを差し出してきた。

「いいなぁアピちゃん、妹のデビュー戦を誘導できるなんて」

「なんか、私のほうが緊張しちゃいました」

控室のモニターには人気上位ウマ娘の返し馬の様子が流れている。

5番のゼッケンをつけたヤマニンマリーンもその中にいる。

「でもアピちゃんの妹なら京都は合ってそうだよね。トレーナーもアピちゃんと同じなんでしょ?」

中山大障害制覇へ導いた功績で、彼女の妹は同じトレーナーに任された。

「いいなぁ~、姉妹で担当トレーナーが同じなんてドラマチックで」

「いいんですけど、これからまた忙しくなるって言われちゃって……」

「あらあら~、そっかそっか。アピちゃん妹にヤキモチ焼いてるんだ~?」

「ちょっと先輩! 声が大きいですって!」

茶化されて赤くなるヤマニンアピールの背後のモニターにはスターターが壇上に登り、赤い旗を掲げる様子が中継されていた。

「始まるよ、アピちゃん!」

聞き慣れてきたファンファーレにヤマニンアピールもすぐに振り向いた。

ーーがんばれ、マリーン。

 

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