遠距離恋愛中の元担当トレーナーが妹を担当することになって情緒がやばい誘導ウマ娘の話   作:CK/旧七式敢行

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離れ離れのバレンタイン

「あ~、もう疲れたぁ!」

ヤマニンアピールも含め、更衣室に戻ってきたウマ娘達は真冬だというのに汗ばんでいた。

練習用のジャージを脱ぐと、うっすらと湯気が見えるくらいだ。

「アピちゃんも災難だね、一年目から査察に当たるなんて」

開催のない時期に順繰りにやってくる視察では各部署の業務の様子や現状について報告するのだが、誘導ウマ娘にとっては普段あまりやらない隊列での行進をやらされて緊張する頭痛の種でもあった。

「どうせなら、早いうちに経験した方が良いと思います」

「ポジティブだねぇ」

来週の視察では環境整備やマニュアルの確認といった事務的なところから、歩き方や身だしなみに至るまで事細かにチェックが入る。

ヤマニンアピールを含めた誘導ウマ娘たちは今日も午後に練習用のバ場をいっぱいに使って日が傾くまで練習してきたところだ。

「アピちゃんは今日はまっすぐ寮に帰る?」

「今日はちょっと樟葉に寄り道していこうと思います」

樟葉は京都レース場から電車で10分のショッピングモールのある駅だ。

「あれ、アピちゃんが樟葉に行くなんて珍しいね」

「ちょっと、買いたいものがあって……」

言葉を濁すヤマニンアピールの耳の動きでピンときたラッキーブレンはにやりと笑った。

「はっはぁ~ん、なるほどね。じゃあ私も一緒に行こうかな」

「えぇっ!? いや、構いませんけど……」

「チョコでしょ?」

ヤマニンアピールは無言で頷いた。

 

 

バレンタインフェア真っ盛りのお菓子売り場は年齢も性別も幅広い客でごった返していた。

「いやー、想像の倍は人が居るね」

「ちょっと、予想してませんでした」

平日の夕方なら並ばずに買えると思ってやってきたヤマニンアピールは出鼻をくじかれて耳を力なく伏せる。

「で、どういう系買うの? 本命なんでしょ?」

「ほっ!? いや、そういうわけじゃ……ありますけど……」

しどろもどろになるヤマニンアピールにラッキーブレンが畳みかける。

「というか手作りじゃなくて良いの?」

「現役の時それで失敗してるので……」

まだ現役で障害を飛んでいた頃のバレンタイン、ヤマニンアピールはトレーナーに渡そうとしたアップルパイを焦がした苦い思い出がある。

「まぁ王道は手作りか高級ブランドのだけど、やっぱりバレンタイン限定の味とかデザインのやつが喜ばれると思うよ」

先輩のアドバイスを神妙な表情で聞いたヤマニンアピールはガラスケースの前で30分近く悩んだ末、ようやく決心した。

選んだのは一輪のバラをかたどったデザインチョコレートと、一口サイズのアソートが入ったバレンタイン限定ギフトだ。

「お会計が3090円になります。お持ち帰りでよろしいですか?」

「いえ、配送で。バレンタインに間に合いますか? 東京なんですけど」

「東京ですね、確認しますーー大丈夫です! 本日の受付でしたら13日に間に合います」

「ではお願いします」

ラッキーブレンはぶんぶんと嬉しそうに揺れるヤマニンアピールの尻尾を見て微笑む。

「ふっふぅーん、いやぁアピちゃんいいもの見せてもらったよ」

「は、恥ずかしい……」

「だってアピちゃん値段を見比べて耳がパッタパッタ動くんだもん。可愛すぎるでしょ!」

「言わないでください! うぅ……」

 

 

「ぜんたーい、止まれっ!」

号令とともに行進していたウマ娘達がピタリと止まる。

「気をつけっ!」

かかとを合わせて背筋を伸ばす。

「礼っ!」

30度の角度で頭を下げる。

「休めっ!」

「理事、講評をお願いします」

ヤマニンアピールを含め、休めの姿勢をとった誘導ウマ娘達の視線は視察に来たURA理事に注がれる。

「はい、皆様の日頃の練習の成果を見せていただきました。これから春の天皇賞、京都大障害と京都レース場でも大きなレースがあります。緊張している現役のウマ娘達を優しく導いてあげてください」

理事はもう一度全員を見渡す。

「ウマ娘同士、緊張は伝わるもの。堅くなりすぎず礼儀正しく美しく、これからも頑張ってください」

と、所感と激励の混じったコメントで締めくくった。

視察が終わると、ようやく張り詰めた空気が和らいだ。

「はへぇ~、緊張したぁ~。毎度のことながら理事会の視察は寿命が縮むよ」

「なんかもう軍事訓練とかパレードですよね」

更衣室で私服に着替えながらヤマニンアピールはラッキーブレンの愚痴に付き合う。

「しばらくヒマになるし、アピちゃんも代休溜めないうちに実家とか行ったら?」

「実家はすぐじゃないですか」

京都とヤマニンアピールの実家のある名古屋は新幹線に乗れば日帰りでも往復できる距離だ。「確かにアピちゃんは東京というよりトレセン学園に用があるもんね~?」

「う……」

図星を突かれたヤマニンアピールは赤くなりながら耳を伏せる。

「今日の打ち上げ、何時からだっけ?」

ダウンコートに袖を通したラッキーブレンに聞かれ、飲み会の知らせを確認しようとヤマニンアピールはスマホを開く。

「確か18時だったと思うんですけど……」

ヤマニンアピールがスマホのロックを解除すると、LANEに通知が来ていた。

「いっけない、私ID忘れちゃった! ちょっと待ってて」

「はい、待ってます」

アプリを開くと『トレーニングのあと限定チョコレートパイ食べに行ったよ~!』というテキストとともにデコレーションされた写真が送られてくる。妹のヤマニンマリーンとトレーナーが仲よさそうにチョコレートパイを食べている。

黒いもやのような感情が湧いたヤマニンアピールはすかさずトレーナーにメッセージを送った。

「今日はバレンタインですね。送ったチョコレートは届いてますか?」

『美味しくいただいたよ、すごい綺麗なデザインだし味も上品だった』

すぐに既読がつき、返信のメッセージが浮かぶ。

『マリーンの次走はゆきやなぎ賞の予定だけど、応援これそう?』

「アピちゃん、いま耳がすごいことになってたけどなんか嫌なことあった?」

「えっ!? いや、別に……」

いつのまにか伏せていた耳を無理に起こし、ヤマニンアピールは平静を装う。

「私が相談に乗れることなら何でも言ってね、仲間なんだから」

「はい、すみません心配かけちゃって」

手早く「いきます!」と流行りのゆるキャラのスタンプで返信したヤマニンアピールはコートのポケットにスマホをしまった。

 

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