異世界作家創世録   作:もちまるまめ

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第6話 魔法学校 裏(1)

 

 魔女が王立ロマネスク魔法学校の理事長になってから、王国の魔法は変わった。

 

 魔法とは選ばれし者のみが使える崇高な力である。

 貴族が謳うそんな文句をねじ伏せて、彼女は魔法を誰でも学べうる学問にまで落とし込んだのだ。

 

 曰く、伝統とか格式とか知らんし。

 魔王討伐の功労者の一人でもある魔女に異を唱えられる者はいなかった。

 

 それに伴い、魔法学校の入学規制も大幅に緩和された。

 下は平民から上は王侯貴族まで。学習意欲と魔力さえあれば誰でも魔法を学ぶことができるこの改革は多くの民に喜ばれた。

 

 だが、実情として、平民が魔法学校に入学できたとしても、卒業するのは至難であった。

 

 まず第一に、平民には授業難易度の壁が立ちはだかる。

 なにせ魔法学校の授業は貴族の教育水準に合わせられている。それゆえに、前提として識字能力や相応の学力が求められるのだ。

 

 学校側もバックアップの体制を整えてはいるが、それも万全とは言えない。魔法学校の前段階として、平民でも問題なく通える教育体制の構築が課題となっている。

 

 第二に、学費の問題である。

 学費を払えない平民や一部の貴族は、学校から一定の資金援助が受けられる。だが、その審査も厳しく、おいそれとは下りない。成績上位者であれば返済不要の援助もあるが、そんなものを受けられるのは極一部であった。

 

 しかし、それらの問題も所詮は些末事に過ぎない。

 

 より深刻で、根深い問題があった。

 それが貴族による平民いじめだ。

 

 魔法はもともと貴族が特権的に行使していた。そんな特権性を魔女が無理矢理に剥奪して、貴族の園であった魔法学校に平民が流入したのだ。

 

 貴族がいい顔をするはずがない。

 諍いが生じるのは明白であった。

 

 魔女もこれを危惧して対策を講じていた。校則を設け、罰則を用意し、いじめを徹底的に排除しようとした。

 

 だが、貴族もバカではない。

 彼らは仲間の貴族と徒党を組んで、魔女の目から逃れるようにして、平民の生徒を迫害した。

 彼らにとってはそれが正しい行いだからだ。

 

 平民の平均年間入学者数は全体の四割に対し、卒業者数は例年その半分以下にまで落ちる。

 対外的には学力の遅れや学費を苦にして退学することになっているが、それだけがすべてではないと学内の誰しもがわかっていた。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 ジーンは平凡な少年だった。

 商工ギルドに務める両親の下に生まれ、王都の生家でそこそこに裕福な暮らしをしていた。

 

 そんなある時、ジーンに魔法の才能があることが分かった。

 教会の健康診断で発覚したのだ。

 

 後日、王立ロマネスク魔法学校から入学の案内が届いた。

 そこには魔力が一定以上の未成年者は魔法学校への入学が認められると書いてあった。

 

 ジーンはそれを大いに喜んだ。

 魔法使いといえば、冒険者や騎士と並んで子どもであれば一度は憧れる夢の職業だ。特に最近は魔法使いを題材にした小説が彼の中でブームなのもあって、その憧憬も一入だった。

 

 ジーンももうすぐ一五になる年頃だ。

 来年から徒弟として修業に出す予定だった両親は渋ったが、ジーンの粘り強い説得もあり、入学は無事に認められた。

 

 その日から入学式まで、ジーンは眠れない夜を過ごした。

 なにせ憧れの魔法使いになることができるのだ。待ちきれなかったジーンは近所に住む魔道具店の魔法使いに話を訊きに行った。彼も魔法学校の出身だったからだ。

 

 ジーンが尋ねると、彼は話しづらそうにしていたが、魔法のことについて色々と教えてくれた。

 同級生に先んじて少しだけ魔法の勉強ができたことに優越感を感じて、彼は少しだけ気分が良くなった。

 

 そして時が経ち、入学式の日。

 ジーンは王立ロマネスク魔法学校の校舎に圧倒されていた。

 

 魔法学校の校舎は特徴的な形をしていた。

 真っ白な長方形。飾りも何もない。どこか威圧感があり、あまり魔法学校らしくない外観だ。

 

 ジーンは入学に際して配布されていたパンフレットを読んだ。

 どうやら、この校舎は理事長である魔女が作ったらしい。

 

 パンフレットには、前校舎が戦火で焼け落ちて再建に難航していたところ、魔女が現れて魔法で生み出したと書いてあった。

 

 再建前は伝統と格式を重んじる古城のような外観だったが、魔法で作る際に魔力コストを削減するため、極端に装飾を減らされてこのような形になったとか。

 

 どうやら魔女は合理的な性格らしい。

 ジーンは魔女のその意外な人間性に驚いた。

 

 魔女といえば魔法使いを志す者で知らぬものはいない有名人だ。

 王国の建国当時から生きているとされ、あの魔王を討伐した勇者を師事していたとも噂される。

 

 そんな大人物なのだから、さぞや魔法使いのお手本なのだろうとジーンは思っていた。だが、実際の所はそうでもなさそうだ。

 

 若干のがっかり感を否めない。

 釈然としないままジーンは入学式に向かった。

 

 しかし、沈んだ気分もすぐに上を向いた。

 入学式の最中、ジーンの胸は高鳴りっぱなしだった。

 すべてがキラキラして見えた。

 

 落ち着かなくて、思わず同級生の顔をチラチラと眺めてしまった。

 何人かに気が付かれた。怪訝な表情をされたが、興奮していたジーンはまったく気にならなかった。

 

 この中の何人と友達になれるのだろう。

 ジーンのわくわくは止まらない。

 

 入学式を終えて、彼は学校の敷地に隣接する寮へとやってきた。今日からここがジーンの宿舎だ。

 入寮と通学は選択することができた。

 一等地区に屋敷を持つ生徒のほとんどは通学を選択している。二等地区の生徒も大部分がそうだ。

 

 だが、同じく二等地区に住むジーンは入寮を選んだ。勉強に集中したいジーンが入寮を強く希望したのだ。

 

 割り当てられた個室を眺める。

 校舎と同じく、部屋も簡素だった。だが、掃除は行き届いていて、生活する上で不足はなさそうだった。

 

 明日から早速授業が始まる。

 何ごとも第一歩が大事なのだ。

 授業に遅れないためにも、今から予習しなければならない。

 

 ジーンは頬を一つ叩いて気合を入れると、勉強机に向かった。

 

 これからジーンの学校生活が始まる。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 その日もジーンは校舎裏に呼び出された。

 憂鬱な心を押し殺して重い脚を向ける。

 

 廊下には立ち話に精を出している生徒がいた。

 笑い声が響く。楽しそうだ。彼らの様子を見ていると恨めしい気持ちが湧いてきて、ジーンは咄嗟に目を逸らした。

 

 思い出すのはこれまでの出来事。

 鳩尾にめり込む固い膝。何度味わったかわからない血の味。下卑た笑い声が耳元から離れない。

 

 ジーンはいじめられていた。

 きっかけは些細なことだ。

 授業中に挙手をして質問した。ただそれだけ。

 それが貴族の生徒に見咎められて、些細な嫌がらせが段々とエスカレートしていって、いじめへと発展した。

 

 ジーンも最初は抵抗した。

 だが、無理に反抗したのも彼らの癪に触ったらしい。いじめは加速していった。

 

 ジーンはなぜ自分を虐めるのか聞いたことがあった。

 

 曰く、平民のくせに生意気らしい。

 そのどうしようもない理由に、ジーンは絶望した。

 

 元来、ジーンは積極性に溢れた少年だ。

 興味のあることには一心に取り組み、大人と接することも苦ではない。それ故に虐められる原因を作ってしまったが、彼はその持ち前の行動力で、教員にいじめを告発した。

 

 教員は少し驚いた顔をして、よくぞ話してくれたとジーンに言った。

 親身に話を訊いてくれたことに安堵しつつ、その日はすぐ寮へと帰った。

 明日から本当のキャンパスライフが訪れることを夢見て。

 

 だが、ジーンのいじめは止まらなかった。

 むしろ被害は拡大した。教師の目を気にせず、公然といじめられるようになったのだ。

 

 ジーンは教壇に立つ教員を見つめた。

 彼はゴミくずを投げつけられるジーンのことを無視して授業を進めていた。

 

 ジーンには信じられなかった。昨日見せてくれたあの優しい微笑みは嘘だったのか。

 失望と困惑に満ちたジーンは見逃さなかった。

 ジーンを見つめる彼の口元は、確かに嗜虐的な形に歪んでいた。

 

 その日以降、彼が大人に助けを求めることはなくなった。

 だからといって、同級生にも助けを求めることはできなかった。

 

 クラスにいる平民出身の生徒はジーンに近付こうともしない。

 彼らはジーンがいじめられている場面に遭遇すると、痛ましそうな視線を向けて、そそくさとその場を立ち去る。

 

 貴族出身の生徒のリアクションは半々だ。

 見てみぬふりをする者と、手を差し伸べようとする者。

 特にいじめられてすぐの頃はいろんな生徒がジーンに手を貸した。暴力から庇い、私物が紛失した時はおさがりをくれた。

 

 だが、それもいつしかなくなった。

 悲しみと寂しさを抱えながら入学して数か月が経った。この頃にはジーンもようやく生徒たちの力関係を把握した。

 

 どうやら、ジーンをいじめている生徒はかなり高位の貴族らしい。

 一応の校則として、学内では特権的階級は意味をなさないことにはなっているが、そんなものはとっくの昔に形骸化している。

 

 他の生徒がジーンを助けるのが不愉快だったのだろう。

 いじめの主犯格が圧力をかけたに違いない。

 たとえ学内で権力を大々的に振るえなくとも学外では違う。逆らえばどんな報復が待っているかわからない。

 

 口惜しそうに去っていく、かつて手を差し伸べてくれた彼らを見て、ジーンは伸ばしかけていた手を引っ込めた。

 

 ジーンは夢と希望を抱いて魔法学校に入学した。

 だが、今となってはその全てを打ち砕かれている。

 

 夢は所詮、夢であり、身の丈に合わない希望は力ある者によって奪われた。

 ジーンは何度覚えたかわからない諦観を噛みしめて、校舎裏に足を踏み入れた。

 

 そこにはいつもの二人組がいた。

 同じクラスの男女グループ。

 嗜虐的な笑みを浮かべてジーンを見下している。

 

 彼らはジーンに歩み寄ると、固く拳を握った。

 そしてその拳をジーンの腹部に叩きこんだ。

 

 内臓を抉られるような痛みと共に、彼の学校生活は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学してから半年が経った。

 依然としてジーンに対するいじめは終わらない。

 

 むしろ、高位貴族の二人はいじめに対してマンネリを感じてきたのか、ここ最近は様々な趣向を凝らし始めた。

 

 始めこそ、教材やローブを捨てられたり、校舎裏に呼びつけて痛めつけたりしていたが、最近ではどうやって忍び込んだのか、寮室を荒らしたり、ジーンを使って魔法の実験をしたりしていた。

 

 ジーンの心は限界だった。

 脳裏に彼らの下種な笑みがこびりついて離れない。

 

 授業中は針の筵にされて、休憩時間にはことある毎にサンドバッグにされる。ようやく寮室に帰りついてもそこはもはや安息の地ではない。一度侵入されているのだ。寝込みを襲われてもおかしくはない。命の危険すらある。たとえ恐怖に耐えて寝入ったとしても、夢の中にまで彼らはジーンをいじめにやってくる。

 

 深夜になると飛び起きて、汗だくの身体を拭いて再び床に就く。

 毎日続くその円環に、彼の心は段々と追い詰められていった。

 

 だが、それでも、ジーンは退学をするつもりはなかった。

 なぜなら彼には、まだまだこの学校で学びたいことがあるからだ。

 今ここで辞めれば、魔法使いへの道は永遠に閉ざされてしまうだろう。ジーンにはそれが耐えられなかった。

 

 そしてなにより、我儘を聞いて快く送り出してくれた両親を思うと、今ここで夢を諦めるわけにはいかなかった。

 

 その日もジーンは登校する準備ができた。

 扉の前に立って頬に一つ気合を入れる。

 いつもより力を入れていたにも関わらず、痛みをさほど感じない自分の慣れと成長をぼんやりと感じながら、ジーンはいつものように登校した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教員がクラスメートの名前を呼んだ。

 呼ばれた生徒は返事をして粛々と教壇へ向かう。

 数枚の紙束を受け取ると、それらをさっと眺めて渋そうな表情を浮かべた。

 そしてそのまま席に戻って前後の友人とあれやこれやと騒ぎ立てる。

 教員がそれを注意するも、彼らは小声でしゃべり続けた。

 

 今日は前期試験の答案返却日だ。

 先ほど答案用紙を受け取った彼の結果は振るわなかったのだろう。

 ジーンの背後では怨嗟の声が響いていた。

 

 そんな生徒に対して、ジーンは余裕の態度を崩さない。

 彼はこのテストに対して絶対の自信があった。

 

 なにせジーンにとってこの魔法学校唯一の癒しは勉強だ。

 魔法を学んでいるときだけは嫌な現実を忘れられる。

 それ故に、すべての教科において、日々の予習復習は欠かさなかった。その上、入学してから初めての試験なのだ。ジーンはいつもの勉強以上に気合を入れて試験に臨んでいた。

 

 ひとり、また一人と名前が呼ばれていく。

 悲喜こもごもの喧騒が教室を満たしては教員の注意と共に沈んでいく。

 

 そしてジーンの番が来た。

 教員がジーンの答案を手にもって、ピタリとその動きを止めた。

 内心わくわくとしていたジーンはその様子を不思議に思った。

 

「ジーン、来い」

 

「はい」

 

 名前を呼ばれてジーンの困惑は一層に深まった。

 声のトーンが低かったのだ。まるで腹の底から響かせているような、怒りを抑えた声だ。クラスメートも静まり返っている。

 

 異常な緊張感をもって、ジーンは担任と対面した。

 目尻を吊り上げた教員は、答案をジーンの眼前に突きつけて低い声で唸った。

 

「おい、お前。どうやってカンニングした?」

 

「え?」

 

「とぼけるな。見てみろ、お前の点数。平民のお前がこんな点数採れるわけないだろう!」

 

 そう言って教卓に叩きつけられた答案が散らばる。

 ジーンが見てみると、ほとんどの教科で百点満点。そして一枚だけ九十九点があった。

 一問ミス。間違いなくケアレスミスだ。

 

「おい、黙ってないで答えろ!」

 

「あ、えと、がんばって勉強して......」

 

「ふざけるなッ!そんなわけないだろう!さぁ答えろ、どうやってカンニングしたんだッ!」

 

「いえ、ボクはそんなカンニングなんて......」

 

 とてつもない剣幕で詰められて、ジーンは困惑した。

 本当にカンニングなどしていない。あまりにも身に覚えがなさ過ぎた。

 

 そもそもこの魔法学校では試験をする際、教室全体に理事長たる魔女謹製の結界が張られる。これにより、試験中はありとあらゆる角度から監視され、魔法の行使を制限される。もし万が一、カンニングを行おうとする者がいた場合は即刻検知され、即座に単位取消処分となる。

 

 試験前の注意喚起では、教員本人がこの結界を欺いてカンニングに成功したら単位をあげてもいいと冗談を言っていたほどだ。

 

 見習い魔法使い未満のジーンにそんな結界破りが出来るはずがない。

 

 それは教員本人もよくわかっているだろう。

 ジーンがそのように訴えても、その教員が引き下がることはなかった。

 

「いいや、そんなはずはない!お前はいつかやる奴だとは思っていた!正体を現したな小汚い平民めッ!」

 

「いや、そんな、落ち着いてください先生......」

 

「黙れ!言い訳など聴きたくもない!」

 

 教員は激昂のままジーンの胸倉を掴んだ。

 ジーンは間近で教員の眼を見た。爛々と輝いた瞳の奥に、妄執が渦巻いていた。

 

「いいか。放課後になったら私の研究室に来い。きっちり絞って吐かせてやる」

 

 そう言い残すと、教員は残りの答案用紙を教卓に残したまま教室を去った。

 ジーンはそれを呆然と見つめていた。

 

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