異世界作家創世録   作:もちまるまめ

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第8話 罪人 表

 

 ご満悦の私である。

 

 我が大作『魔法都市のエピローグ』はあの吟遊詩人によって連日連夜歌われ、今や王都中に広まったといっても過言では無い。

 

 成功を確信した私は詩の元となった原稿を詩人に託して、この物語を世に広めよと言い含めた。

 

 詩人はその足で王都一の商会に駆け込み、そのまま小説としても出版と相成った。

 

 もちろん結果は大成功。

 今となっては『竜騎士の冒険譚』に並ぶ傑作として巷を賑わせている。

 

 いまだに『竜騎士の冒険譚』の名が挙がるのは釈然としないが、いずれはその勢力も下火になるだろう。所詮は処女作。我が原点にして過去の遺物である。着実に進歩する私の物語のスピードに奴はついてこれまい。

 

 私は至極ご満悦であった。

 そんな私の最近の日課といえば、広場に居座って『魔法都市のエピローグ』を読み耽る人々を見て悦に浸ることである。

 

 彼奴らが頁を進めるたびに一喜一憂して感想を言い合う姿を見るのは実に気持ちがいい。

 ようやくこの世界に真なる物語というものを膾炙《かいしゃ》できたと実感できる。

 

 どれ、あの詩人に渡して以降、私もまだ本作を読み返していない。ここはひとつ、改めて物語世界に浸って当時の苦悩を懐古するのも一興か。

 

 そう考えて、私は本屋で装丁された『魔法都市のエピローグ』を買うと、広場に居座る我が読者に混じって読み耽った。

 

 だが、そこに綴られていた物語は、私の想像を下回った。

 

 いや、素晴らしい。それは間違いではない。成長した今の私が持ちうるすべてを叩きこんだ作品だ。過去の作品とは比べるまでもない。読みごたえも抜群で、素直に面白いと言えた。

 

 だが、これが世界に見せつけたかった私の物語世界なのかというと、いささか承服しかねる。

 

 悪くはない。しかし、至る所に粗がある。読んでいてむず痒い。なぜこんな言い回しにしたのだ。今考えるとより良い表現は他にあった。構成も甘い。無意識の妥協が透けて見える。もっと劇的な演出ができたはず。歯痒い限りだった。

 

 腸が煮えくり返りそうだった。

 この程度の完成度で私は悦に浸っていたのか。

 そんなことをするくらいなら新たな物語に着手するべきではないのか。

 

 たった数歩の成長に満足して膾炙すべき衆愚に身をやつすなど言語道断。

 己の本分を思い出すべきだ。

 

 叫びたくなった私は堪らず逃げ帰った。

 そして衝動のままに筆を執った。

 悦になど浸ってる場合ではない。この程度で満足してはいけない。

 

 私は日々を追う毎に成長しているのだ。だからこそ、あの日あの時、傑作だと信じて世に送り出した物語を拙く感じてしまう。

 

 もはや『竜騎士の冒険譚』に限らず、『魔法都市のエピローグ』さえも過去の遺物だ。私がこれまで歩んだ軌跡に過ぎない。終着点を見誤ってはいけないのだ。

 

 私には使命がある。

 この世界に真なる物語を知らしめること。

 そのためには邁進あるのみ。

 今までと同じ。書き続けなければならない。

 

 初心を思い出した私は宿に籠った。

 寝食を忘れて物語に耽り、気が付けばいくつもの紙を擦り減らして、いくつもの夜が明けた。

 

 ――ふと、腹の虫が鳴くのを聞いて、我に返った。

 どれだけペンを握っていたのか。腕を伸ばして筋肉をほぐす。体のどこかがぼくりと鳴った。関節も軋みを上げている。疲労が溜まっていた。

 

 久しぶりに全霊の執筆をしたような気がする。

 部屋には書き損じを含めた我が執念と妄想の欠片がうず高く積まれている。まだまだ書き足りないが、それを見て、少しだけ私は留飲を下げた。

 

 思えば今までの私は糧を得るとともに、心のどこかで余計な余裕を持ってしまっていたのかも知れない。

 

 私の原点は鬱屈した現実からの逃避だ。

 なればその真価は追い詰められてこそ発揮するのだろう。

 

 今日からまた私の成長は始まるのだ。

 初志貫徹を胸に、私は物語を紡ぎ続けよう。

 

 そのためにも身体を壊しては元も子もない。

 ここらで小休憩というのも悪くはないだろう。

 腹が減っては執筆できぬ。

 これは同志が遺した言葉だ。

 

 夜風に当たるため、私は宿を出て中央広場に向かった。

 あの広場では夜になると露店が引っ込んで屋台が顔を出す。串焼きや肉団子、焼き野菜が主だ。

 

 特に串焼きなどは食欲をそそるタレの匂いが宿の方まで香ってくるのだ。思い出すだけで涎が出てくる。再び腹の虫が鳴った。今夜の晩飯が決まった。

 

 そんなことを考えているとき、ふと気が付いた。

 どうにも街の様子がおかしい。

 

 以前は夜半でも観光客が街を賑やかしていた。だが、今となっては喧騒も鳴りを潜めて、どこか空気も澱んでいる。

 道行く人々は疎《まば》らだ。表情も暗い。

 そこに私の知る王都の活気はなかった。

 

 だが、そんなこともあるだろう。

 気にせず広場へと向かったが、道中で変な連中に絡まれた。やれ目が合っただの、ガンを飛ばしてきただの、身ぐるみを剝がすなど。男たちが汚い声で汚い言葉を発した。

 

 久しぶりの不埒漢である。私は裏路地に奴らを誘き出して潰した後、しっかりと財布を抜き取った。

 

 だが、妙であった。その一連の行動には何もおかしなことはない。妙なのは奴らと出会った場所である。

 

 不埒漢は表通り、すなわち往来のど真ん中で不貞を働こうとした。

 こんなことは初めてである。

 

 王都の衛兵は優秀である。揉め事があればどこからともなくすっ飛んでくる。それを恐れて不埒漢も裏路地の人目につかない場所で不貞を働く。それが常であったが、どうにも彼奴等は常習犯のようである。

 明らかな異常事態であった。

 

 そう考えると街の空気も納得である。

 出歩いていたらいつ絡まれてもおかしくないのだ。観光客が寄り付くはずもない。かつての活気は死に絶えたようだ。

 

 おそらく、何らかの要因で衛兵が機能しなくなったのだろう。戦に駆り出されて人手が足りないか、はたまた国の内部で何かあったか。

 どちらにしろ、治安の悪化は自明である。

 

 屋台で買った串焼きを齧りながら、私はすっかり人気《ひとけ》の少なくなった広場で考えた。

 

 少しばかり世俗から離れただけでとんだ様変わりである。

 末世のような空気を感じて、私は少し心が躍った。

 

 このまま国が終わってしまうのか。それもまた一興だ。一国の滅亡など早々目の当たりにできるものでもない。それこそ王宮に火の手が上がるやもしれない。その時は再び同志の元を訪れるのもいいだろう。

 

 広場の中央ではスリを働こうとした男が袋叩きにされていた。周囲の人々も騒ぎ立ててしきりに煽っている。

 野蛮な光景だ。私はそれを肴に串焼きを食べた。

 

 しばらくすると衛兵がやってきた。

 しかし、その態度も案の定といったところか。

 かったるそうに歩いている。やる気のやの字もない。形だけの聴き込みを行って、ボロ雑巾のように男を引き摺って行った。

 

 なるほど、まったくもって意欲を感じられない。

 王国が滅亡するなどという与太もあながち嘘とは言い切れない。

 

 その時にふと、思いついた。

 現在、王都の治安は最悪だ。犯罪者が跳梁跋扈している。そして衛兵も最低限の仕事はしているらしい。であるならば、留置所はきっと満員御礼であろう。失われた王都の活気はそこにあるに違いない。

 

 だとするとこれは絶好の機会である。

 犯罪者見学に行こう。

 

 思い立った私は残った串焼きを頬張って、早々に広場を後にした。

 

 かねてより罪人というものには興味があった。

 どんな罪を犯したのか、いったい何を想って為したのか、世俗と切り離されて、いったい何を想うのか。

 

 興味は尽きない。これまでも話を聞けるものなら聞きたかった。だが、なかなか機会が巡ってこなかったのだ。

 

 そんな折に現れた好機。逃す理由はなかった。

 

 手始めに先ほどの衛兵を尾けた。すると、奴らは王都の正門近くにある詰め所に入った。

 

 大方、地下に小規模な留置場があるのだろう。

 当たりを付けて忍び込む。予想通り、そこには地下へと通じる扉があった。鍵がかかっている。

 

 別の部屋に回って衛兵たちの様子を窺うと、奴らは呑気に酒盛りをしていた。ご丁寧に鍵束も放置されている。見事な仕事ぶりであった。

 

 私はいとも簡単に鍵束を掠め取って、留置場への扉を開いた。

 階段を降りるたびに饐えた臭いが鼻腔を刺す。思わず眉を顰める。空気も澱んでいた。罪過の匂いだ。

 

 階下に着いた。最後の扉を開ける。

 とうとう罪人たちとご対面である。

 

 見渡す限り、牢は満員。その全てが男であった。

 奴らは突如として現れた私に面を喰らった様子だったが、すぐに調子を取り戻すと、下卑た言葉で喚き始めた。

 

 なるほど、これが罪人の姿か。

 私はいかに冒険者という生き物が上品だったのか思い知らされた。

 

 まるで醜悪なゴブリンだ。鉄格子を揺すって激しく音を立ててがなり散らしている。年端もいかない私を弱者だと決めつけて怖がらせたいのだろう。愚か極まる。理性のかけらもない獣以下。この光景だけでも彼奴等の罪人たる由縁がわかるというもの。

 

 しかし見目だけで判断するのはよろしくない。彼らにも言葉がある。これまでの人生で一度も有効活用されなかったであろうそれの使い方をこの私が直々に教えてやることにした。

 

 一番手前の牢を開錠する。足を踏み入れた。

 男は気色の悪い笑みで気色の悪いことを言っていた。それを無視して締め上げる。苦悶の声は言葉とはみなさない。

 しばらくすると、彼は態度を一変させて快く詰問に応じてくれた。

 

 それを何度か繰り返す。五度目にもなると、色めきだっていたゴブリン共も落ち着いていた。代わりに情けない怯懦が漏れていた。

 

 私は淡々と聴きこみを続けた。

 回数を重ねるごとに、私は足取りが重くなる。

 彼奴等の心境が怯え一色なら、私の心境は失望一色であった。

 

 どいつもこいつもしょうもない罪だった。窃盗や恐喝、殺人未遂に強姦。わざわざ話を訊くまでもなかった。時間の無駄である。沙汰を待つまでもなく、私が断罪してもいいくらいだ。

 

 特に強姦魔に関しては救えない。命知らずにもこの私に襲い掛かってきたのである。もちろん、徹底的に潰しておいた。もはや再起不能であろう。死ぬがよい。

 

 いい加減、鼻も曲がりそうだった。この場所は目にも鼻にもよくない。最悪だ。早く出たくて仕方がない。

 私は溜息を漏らしながら最後の牢に手を掛けた。

 

 そこにいたのは憔悴し切った男だった。シャツから覗く腹には包帯が巻いてある。重罪を犯したのか、足枷まで嵌められて厳重な拘束だ。

 

 他のゴブリン共とは様子が違った。なんというか、静かだった。

 思えば、この男だけは最初から喚き散らしてはいなかった。他とは違う雰囲気に、私の期待は高まった。

 

 私は男にこれまでの生い立ちと、なぜ罪を犯すに至ったのかを訊いた。

 

 男は少しだけ黙考すると、粛々と語り出した。

 

 男の生い立ちはなかなかに面白かった。ここにいるゴブリンたちに比べて、という但し書きは付くが。それ故に、特別に興味を惹かれるようなこともなかった。

 その罪過を聞くまでは。

 

 男は裏の組織に所属する末端の構成員だという。つい先日、男は組織から依頼を受けて、貴族の邸宅に侵入した。そこにあるとあるブツに細工をするためだと言う。

 そこで男は恐るべきものを見た。

 

 ――竜だ。

 ――身体を丸めた幼い竜が、檻に閉じ込められていた。

 

 震える声で、男が呟いた。

 それを聞いた瞬間、胸に湧き上がった情動を表現する言葉を私は知らない。

 

 竜である。

 あの生物の頂点に君臨する、生きとし生ける伝説の存在。

 そんなものが、この王都に囚われているのだと言う。

 

 真っ先に虚言を疑った。

 だが、男の言葉には真実味があった。その目に映るのは本物の恐怖だ。それを欺瞞だと言い張ることはできなかった。

 

 私の心境は複雑の一言に尽きる。

 竜に会えるかもしれないという喜びと、竜が人ごときに捕まるはずがないという憤り。

 

 それほどまでに、竜は私にとって特別な存在だ。

 我が物語世界には必ずと言って良いほど登場している。『竜騎士の冒険譚』など最たるものだろう。

 

 そんな竜が矮小な人間に囚われているという事実が、私には納得できなかった。

 

 しかし、こんなところでうじうじと悩んでいても仕方がない。

 かくなる上はその邸宅に侵入してその真偽を確かめるまでである。

 

 王都に訪れて一年近く。もう十分に堪能しただろう。たとえ騒ぎになったとしても出奔すれば問題はない。新たな門出を竜と共に迎えよう。

 

 取り敢えず、この留置所で訊いた目ぼしい話について書き記そうと、裾をめくって背中に手を伸ばす。私はいつも腰に巻いたベルトの背中側に畳んだ羊皮紙を挟んでいるのだ。

 

 だが、今日に限って切らしていた。

 私としたことが痛恨であった。

 

 そうしてもたついていると、男が続けた。

 

 曰く、近いうちに大規模な競りが行われるらしい。そこで竜は商品として出品される可能性がある。

 

 会場は魔法学校。侵入は困難を極めるが、一度突破されて警備が厳重になっている邸宅よりかはマシだろう。

 

 男はそう語り終えると、首を差し出して、ひと思いにやってくれ、と言った。

 

 真面目に何のことだかわからなかった。何をひと思いにやるのだろう。私はただ詰問をしていただけである。まるで今から私が殺すみたいではないか。

 

 自慢ではないが、私は殺人を犯したことはない。結果的に至ることはあるかもしれないが、手を下したことはないのだ。

 

 無視して立ち去ろうとしたが、ふと思った。

 真偽のほどは定かではないが、この男は私に有益な情報をもたらしてくれたのだ。

 信賞必罰。ここはひとつ、寛容な心で褒美を取らせねばなるまい。

 

 私は差し出された首を無視して、男の足枷を踵で叩き割った。

 

 そして好きにしろ、とだけ残して早々に留置所を出た。そろそろ鼻が限界だったのだ。

 

 竜には是非とも会ってみたい。私の憧れというのもあるが、間近で観察して、竜のすべてを我が糧にしたかった。

 

 竜のことを識《し》るチャンスなど滅多にない。

 それもこれも、もとを正せば王都の治安が悪化したおかげである。好機が好機を呼んだ形だ。

 王国滅亡万歳。私は叫びたくなった。

 

 階段を上り終えたところで、不意に、人の気配を感じた。

 考え事に没頭していた私は顔を上げる。そこには、ナイフを振りかざした男がいた。

 

 紙一重で避ける。そのまま締め上げようとするが、返す刀で反撃された。

 

 今までの不埒漢とは違う。その筋の者だと理解できた。

 

 だからといって関係ない。

 振りかざされる刃のすべてを躱して、懐に潜り込む。

 そのままタマを潰して、痛みに悶えたところを壁に叩きつけた。

 

 血反吐を吐きながら男は失神した。

 その男は闇に紛れるような黒い装束を纏っていた。衛兵ではないのは明らかだ。だからといって、公的な機関の人間かも怪しい。

 

 先ほど聞いた話が脳裏をよぎる。

 それこそ、裏の世界に生きる暗殺者然としていた。

 

 どちらにしろ私には関係がない事だ。

 何らかの目的で留置所に侵入していたのだろう。

 私と鉢合わせたのが運の尽きである。

 

 身包みを剥がして金目の物を抜き取ると、私は留置場を後にした。

 

 頭の中は竜のことでいっぱいである。

 果たして、どう動くべきか。

 悩ましい問題だった。

 

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