Pokémon Serreal   作:桃野

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10.火の用心-④

 校舎3階から階段を下りて、2階にある渡り廊下を抜けて体育館に渡る。

 体育館のアリーナに入ると、中はざわつきに満ちていた。

 柿坂小中学の生徒全員と教職員、それと水研の二人。合わせても100に届かない人数だけど、不安から周囲の人間と落ち着かない様子で話している人が多くて、妙に騒がしく感じる。その騒がしさが、今の状況はそれだけ滅多にない事態であることを表している。

 前にJPアラートが柿坂に響いたのは2年前。それより前は4年前に遡る。平均すると3年に1度ぐらいのペースになるけど、実際にはこれでも多いぐらい。沼津とか静岡とか、そっちの比較的都会の方だと一度も聞いたことのない人も多いと聞く。

  

「爪木先生、お疲れ様です」

「あぁ、すいません。遅れました」

 

 ディベートを見学していた後輩達含め、つい先ほど中3教室にいた全員が体育館に入ると、それに気が付いた何人かの教師が藤次に駆け寄ってきた。その中にはディベートを見学していた後輩たちの担任もいる。自分が受け持つ生徒が目に届かない場所にいたのだから気が気ではなかったのだろう。短い事務連絡を交わし、学年ごとに生徒を分けて人数確認を始めた。

 藤次も同じくが一列に並んだ俺達を指で数える。前から出席番号順に栄吉、陽子、航大、夏海、俺。その後ろに九重。合計6名。

 

「うん、全員いるな……航大、全員真ん中に集めといてくれ」

「わかりました」

 

 確認を終えると、藤次は学級委員長である航大に指示を飛ばし、各学年の担任と共に話し合いを始めた。話の内容は聞こえてこないけど、多分今後の対応について打ち合わせているのだろう。

 ただ一つに気になるのは、そこにいるべき人物が一人いないこと。藤次含め教師陣もそれを気にしているようで、周りを気にする素振りを見せている。

 

「……あ」

 

 程なくして、体育館にゆっくりとした足取りで誰かが一人入って来た。50代ぐらいの女性、長めの茶髪に、よく見る白のジャケット。

 それは、まぎれもなく母さんだった。

 柿坂市立柿坂小中学校校長、鍋田薫。その姿があった。

 一直線に教師たちの輪へ向かい、その輪に加わる。それを見て、ほっと胸を撫でおろす。

 それに気が付いたのか、夏海がこちらを振り返って言った。

 

「悟、緊張してる?」

「いや、そんなことはないけど」

「……私はしてる」

「そっか」

 

 夏海の顔は笑ってる。あくまで表情は。

 何か言うべきかと思って、教師が集まっている方向を見た。すると、丁度話が終わって藤次が速足でこちらに向かってくるところだった。

 少し声のボリュームを上げて、訊ねる。

 

「藤次! もしかして、呼びだされた?」

「ああ。ちょっと行ってくる」

 

 列の前で立ち止まった藤次は、そう気楽そうに言い放った。

 

***

 

「気に入らないなあ」

「気持ちはわかるけどな」

 

 俺の呟きに、宥めるように航大が答えた。

 時刻は14時30分。体育館の中なら自由にしてもいいとのことなので、壁に寄りかかりながら、適当に雑談をしながら時間を潰す。だけども話は自然と今日の話に行きつく。

 気に入らない。何が気に入らないと言えば、当然JPアラートに関する一連の出来事について。

 

「色々難しいんだよ、このあたりの話はさ」

 

 そういって、航大はJPアラートについて詳しく教えてくれた。

 JPアラート。正式名称はJapan Pokémonアラート。

 その名の通り、対象は日本全土。人間が住む自治体であれば、例え半島の先っぽや離島であってもアラートは鳴る。ただ、検知して実際に避難勧告が出るまでの基準だったり、現れたポケモンをどう対処するかについては地域差がある。

 具体的には都市部だったら周辺30㎞圏内ぐらいに近づくと通知があるが、離島であれば5km圏内までは何もない、みたいな感じで。田舎の方がポケモンが多く、基準を緩くしないとアラートが多発するので、通知基準についてはまあそうだろうと思う。

 問題は、もう一つ。

 『現れたポケモンをどう対処するか』。

 基本的には、地元の警察が対応に当たる。あとは、ある条件下では自衛隊も出動する可能性もある。じゃあ、柿坂みたいな警察の人員が少ない地域の場合はどうするのか。

 答えは、民間人がポケモンの対処を行う。もちろん条件はあって、年齢は18歳以上。トレーナーレベルは最低でも3必要。そして当然、強いポケモンを飼育し所有しているトレーナーであること。そういう人物に自治体から要請を出し、それを受理したトレーナーが現れたポケモンを撃退するか捕獲する。ポケモンバトルが強いだけの、ただの一般人が。

 

「要するに、柿坂みたいな田舎だと、爪木先生みたいな強いポケモントレーナーに頼った方が効率がいいってこと」

 

 航大の説明を理解できないわけではなかった。それでも、納得はできない。

 

「効率どうこうじゃなくて。普通に危ないし、お金がもらえる訳じゃないんでしょ」

「それは確かにな。報酬があっても先生は公務員だし。でも、街や人に被害を与えるまではポケモンに銃を向けるわけにはいかない。法律でそう決まってる。そもそも柿坂みたいな田舎に銃を用意しても無駄になることの方が多いし、やっぱりこうするかしかないんだよ」

 

 人間に人権があるように、ポケモンにだってその生命を守るための権利と、それを定めた法律が存在する。テストに出るぐらい有名なこと。それはわかる。わかるけども。

 

「……」

「それにあれだ。悟は法律とかシステムが気に入らないというより、先生が心配なんじゃない?」

「……心配するのが普通だろ」

「確かに」

 

 航大が笑った。おかしいことは言ってない筈なのに。

 

「ところでさ」

 

 突然、横から声がした。いつの間にか隣に来ていた栄吉だった。

 

「あれとエイリ、関係あんのかな」

 

 体育館の高い天井を眺めながらぼそりといった。

 何に、とはもちろんヒトカゲの『エイリ』と今柿坂に向かって飛んでいるリザードンに関係はあるのか、ということ。

 

「まあ、偶然にしてはちょっとね」

 

 肯定する航大。実際、それは気になるところだ。事実として、ヒトカゲの生息数は少ない。その進化系であるリザードンは尚更。にもかかわらずこんな狙ったようなタイミングで人間の街に姿を現すなんて、関係性を疑わざるを得ない。

 

「やっぱそうだよな。……悟はどう思う?」

 

 栄吉の問いにそうだなあ、と言いかけてふと思い当たる。栄吉は『保護派』。敵……は言いすぎだけどそれでもついさっきまでディベートの対戦相手だった。訊かれたことには答えるべきかもだけど、それは決められた時間の中でやった方がいいのでは、と思う。

 

「さっきの続きなら女子呼んだほうがいいんじゃない?」

 

 壁の反対側、女子が固まっている方を見て言う。固まっているというか、夏海が女子を集めて話そうとしている、というべきか。九重は話を向けられれば返しているが、陽子はそっけないというか、半分ぐらい無視している。滅茶苦茶可哀そう。陽子怖いから何も言わないけど。

 

「そんなんじゃないって。暇つぶしにさ」

 

 栄吉も機嫌が悪い陽子と話したくないだけでは、と思うけどただの雑談であればまあいいだろう。適当に、思いついたことを口に出す。

 

「……まあ、やっぱり関係はあると思う。例えばだけど、リザードンはエイリのいた群れのボスで、逃げたエイリを追いかけてきた、みたいな」

「追いかけて、どうすんの?」

「連れ帰るか、見せしめにするか。それか両方」

「悟、怖えこというなよ」

 

 聞かれたから答えたのに、栄吉は明らかにドン引きしていた。

 

「いやでも、あくまで想像だしさ」

 

 言い訳するみたいに言うと、それに航大が反応する。 

 

「見せしめの話はともかく、群れのボスかもしれないって話は本当かもね。伊豆諸島のどこかから来たと考えるなら、あのリザードンはそこから飛んできたってことでしょ。しかも一匹で。相当力のある個体なのは間違いないと思う」

「おお」

 

 栄吉が感嘆の声を出す。

 

「悟の言う通り、想像の域は出ないと思うけどね。他にも、いくらでも考えられる」

 

 思いがけず仮説が一つ出来上がってしまったけど、実際は何の証拠もないし、俺自身この説こそが正しいとは思っていない。他に、何が考えられるか。

 エイリ、ヒトカゲ、リザードン。追いかけてやって来た。

 いくつかのワードを思い浮かべて、一つ考えを思いついた。

 

「エイリとリザードンは、親子だったりして」

 

 リザードンは群れのボスかもしれない。エイリはその群れの一匹なのかもしれない。だとすれば、二匹は親子だとしても何の不思議もない。想像に想像を重ねた思いつきだったけど、二人からの反論はなかった。

 航大が成程と呟いてから、

 

「うん、むしろそっちの方があり得そう。想像だけど、自分の子供がいなくなったからあちこち飛び回って、柿坂が見える所までたどり着いたみたいな感じで」

 

 そういってポケットから出した自らのスマホを指差した。画面には、JPアラートの通知が未だ残っている。

『緊急速報 東京都からの発表 2032/04/14 14:22 伊豆半島沿岸に危険性の高いポケモン出現。直ちに頑丈な建物の中、又は地下に避難して下さい。

 対象地域:東京都 静岡県 ポケモン名:リザードン』

 

「そして、これが鳴ったと」

 

 画面を覗き込みながら、栄吉が笑う。

 

「うわ、迷子探しでこんな大ごとになっているかもしれないって、とんでもねえな。というか、実際に親子だったとしてもちゃんと親子だってわかるもんなんかな。俺、正直ポケモンは種族が一緒なら全部同じ顔にしか見えねよ」

「よく見れば結構わかるよ。それに、遺伝子検査とかあるしね」

 

 遺伝子検査。頭の中には綿棒で口の裏をぐりぐりするやつしか思い浮かばないけど、そういうことがポケモンにもできるらしい。

 ふと、今日のディベートの内容を思い出す。ヒトカゲの血縁関係、それがわかるのであれば。確信を持つために、航大に訊く。

 

「……航大。それ、結果次第でディベートの内容大分変わってこない?」

「そうなるね」

 

 栄吉に悪いから口には出さないけど、『野生派』にとって有利な方向に。

 航大はスマホをしまい、未だ話し合いを続ける先生たちを見ながら言う。

 

「多分今日はもう授業は中止で、家に帰らされると思う。で、ディベートの続きは予定通り明後日になるのか、それとも延期になるのか……とにかく、その調査の結果は大きく影響するはず」

「調査云々って、捕獲出来たらの話だろ。もし逃げられたら?」

 

 興味深そうに話を聞いていた栄吉が、怪訝そうな顔をして訊ねる。

 

「それは大丈夫じゃないかな。先生が呼びだされたってことは。リザードンが姿を現したか、必ず来ると予測できるかぐらいの状況になったのか、ということの筈。そうなっているのなら……」

 

 何かの確信を持っているかのように、はっきりと航大は言った。

 

「先生がそこらの野生ポケモンに負けるとは思えない」

 

 事実、その通りになった。

 後に聞いた話によれば、16時過ぎに爪木藤次の手でリザードンは捕獲され、身柄はその場で県警に引き渡されたとのこと。直ぐにその情報は町中に行き渡り、避難勧告は解除された。体育館に避難していた柿坂小中学校の生徒は保護者の迎えを待ち、順に帰宅。事態は無事に終息した。

 詳細は、夕方のローカルニュースで数分流れたと、翌日航大が教えてくれた。事態の解決に貢献した個人の名前は、伏せられたままだったらしい。

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