Pokémon Serreal   作:桃野

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15.波に消える-①(九重雫)

 4月15日、21時過ぎ。

 

 明日に向けての準備を進めていると、机の片隅に置いたスマートフォンが短い通知音を鳴らした。視線を向けると、待ち受け画面にメッセージアプリの通知が表示されているのが見えた。

 差出人は「Natsumi」。外浦さんのアカウント名だ。

 彼女とは今日、ほんの数時間前に家の前で別れたばかり。何の要件だろうか。恥ずかしい姿を見られたのであんまり見たくない気もするが、率直に考えれば今日の水研の出来事について、ひいては明日のディベートについてのことだろう。

 きっとそうだと考えて、通知をフリックしてパスワードを入力し、メッセージアプリを開く。

 メッセージは短かった。直ぐに返事を返す。

 

『Natsumi:起きてる?』

『九重雫:起きてます』

 

 そんな早寝するタイプに見えるだろうか、と思ったがこういうのは夜にメッセージを送るときの礼儀みたいなものかもしれない。

 一瞬で既読がついて、また一通メッセージが届く。

 

『Natsumi:夜遅くにごめんなさい! 明日のことで教えておきたいことがあって』

 

 やはり、ディベート関連のことだった。一安心して、さらに返答。

 

『九重雫:ありがとうございます』

『Natsumi:今日悟が水研に行くって言いだしてたのか気にしてたよね』

『九重雫:はい』

『Natsumi:多分だけど、陽子のことを教えてもらってたんだと思う』

 

 エイリと対面してすぐ、鍋田君と白浜君は水研のセンター長であり吉佐美陽子の父親である吉佐美光太とともに別室へ向かった。何を聞いたのかはわからないけど、あかりさんではなく態々センター長と話をするのだから、吉佐美さんについて話を聞いていたという話の理屈はわかる。しかし、吉佐美さんはディベートの参加者ではあれどエイリと何か直接の関係があるわけでもない。

 何故、その吉佐美さんの父親であるセンター長に話を聞きに行くのか。

 仮にそれに何か意味があるとしても、本人には訊けないようなことなのか。

 

『Natsumi:これ見てほしい』

 

 その疑問に答えるように、直後に送られてきたのは、短い一言と何かのURLだった。開いてみると、ネットニュースの記事だった。日付を確認すると、2027年12月。5年前の記事、結構前だ。

 タイトルは、『自動車とポケモンの接触事故 1人死亡 静岡県・柿坂市』。

 腹の奥から、気持ち悪いものが感覚がした。まさかと思いつつ、下にスクロールし内容を読んでいく。

 

 ―――12日21時15分頃、静岡県柿坂市の山道で乗用車とポケモンが衝突する事故があり、女性1人が死亡しました。

 ―――この事故で助手席に乗車していた吉佐美夕さん(37)が死亡したほか、同じく乗車していた10歳の女児含む2人も重傷を負いました。

 

 反射的に、開いたタブを閉じた。全て読むことができなかった。

 心臓が痛いぐらいに跳ね上がるのを感じる。

 

「…………」

 

 それから落ち着くまでに、数分を要した。

 息を整えてから、既読をつけたまま変身をしていないことに気が付き、慌てて文字を入力する。

 

『九重雫:これって』

『Natsumi:5年前に陽子が遭った事故の、その記事』

 

 一昨日、火曜日。私は確かにディベートの準備の時間にこの話を触りだけ聞いていた。

 ……でも、この記事は明日に関係あるのだろうか。

 それを問うまでもなく、間髪入れずにメッセージが届く。

 

『Natsumi:記事にはないけど この時おじさんのポケモンが亡くなってる』

『Natsumi:そのポケモンがヒトカゲだったの』

 

「……ヒトカゲ」

 

 吉佐美さんが、ヒトカゲについてやけに詳しかった点はこれで理解した。吉佐美センター長の手持ちにヒトカゲがいた。親の手持ちのポケモンと同じ家庭で暮らし、兄弟のように育つ。そういう経験は、今の時代ポピュラーだ。

 なるほどと思いながらも、ふと思い当たる。

 火曜日。ディベートの準備を行う時間の中で、ポケモンに関する事故で吉佐美さんは母親を亡くしそれによりポケモンが嫌いになったという話だったはずだ。

 その話と、たった今メッセージで知ったニュースとの内容は、私の中ではいまいち整合性が取れない。

 それは、吉佐美さんが嫌いなのが「ポケモンそのもの」だということ。家族同然だったヒトカゲが亡くなったことにショックを受けたということがきっかけでポケモンそのものを嫌いになるのは少々不自然だ。事故を起こしたポケモンを嫌いになる、ならともかく。

 可能性としては、嫌いになったきっかけは別にあるか。それとも。

 

『Natsumi:それでね 誤解しないでほしいんだけど陽子はポケモンが嫌いってわけじゃないの』

 

 やっぱりそうだ。入田君は誤解していたみたいだけど……亡くなったヒトカゲのことを知らなければ無理もない。彼から見れば、ポケモンが原因で怪我をして、母親を亡くした。だから吉佐美さんはポケモンが嫌いになった。そう見える。

 外浦さんが知っているのは、やはり彼女と特別親しいからだろうか。

 そして、外浦さんから細かくメッセージが送られてきた。

 

 それは、5年前に起きた本当のこと。

 

 事故の詳細。ヒトカゲの名前が『フレン』であること。そのフレンが、どうやって亡くなったのか。

 外浦さんは、出来る限り簡潔に説明しようとしているのが読み取れた。それでも、一文一文を読むたびに動悸がした。

 ……死というものは、遠くにあっても恐ろしい。

 一通り読み終わってから、お礼と、確認を返す。

 

『九重雫:ありがとうございます』

『九重雫:でも、これを私がそれを知ってしまって、大丈夫ですか』

 

 こうして誤解を解くならば、入田君が私に『吉佐美陽子はポケモンが嫌いである』と説明した時点で訂正しておけばよかった。

 外浦さんがそれをしなかったということは、過去のことについて迂闊に人に話していないということ。

 

『Natsumi:悩んだけど』

『Natsumi:陽子のことと今回のディベートがどう関係するかよくわかんない』

『Natsumi:でも九重さんならもしかしてって』

 

 送られてくるメッセージを眺めながら、それは買い被りだと感じた。私だって今の話と明日のディベートがどう関連するのかなんてわからない。確かに、無関係とも思えないが。

 

『Natsumi:それに』

 

 返答に悩んでいると、次のメッセージが届く。

 次の一文を見て、私は息を呑んだ。

 

『Natsumi:悟の思い通りにはしたくない』

 

 一瞬だけ表示されて、直ぐに消えた。

 後には、『メッセージが取り消されました』とだけ残される。

 

『Natsumi:ごめん 今のは忘れて欲しい』

『九重雫:わかりました』

 

 今のは、どういうことだろうか。

 思い通りにはしたくない。鍋田君は、一体何をしようとしてるのか。

 吉佐美さんの過去の事故が、関係しているのか。もしくは、それ以外にも何かあるのか。

 少し考えて、ふと思い当たる。今日バスに乗り込む前に彼はこう言っていた。

 

 『なんとなく、想像していることがあるから、それを確かめに行こうと思って』。

 

「訊きに行く」ではなく、「確かめに行く」。

 そして、個別処置室を出ていこうとするときには『見たいものは見れた』とも言っていた。

 彼は、一体何を『確かめた』?

 考えていると、返信が来た。内容を見るに、今日はもうお開きらしい。

 

『Natsumi:色々ごめん 明日またよろしくね』

『九重雫:こちらこそ。おやすみなさい』

『Natsumi:あと悟シバくときは呼んでね 協力するから』

『Natsumi:おやすみ!』

 

 最後にスタンプがポンと送られてきたので、同じくスタンプを返す。

 ……シバくって、何?

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