Pokémon Serreal   作:桃野

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5.伊豆の海-③

 ディベート。それは特定の議題に対して異なる立場に分かれて議論すること。

 私達はたった今から、そのディベートに取り組まなければいけない。

 テーマは、『夕日地区の海岸に漂着したヒトカゲは生息地に返すべきか、受け入れ先を探すべきか』。

 手元にあるA4サイズの書類には、概ねそういうことが記されている。

 

 「急だな」

 

 手に取った書類から顔を上げ、そう率直な感想を告げたのは、よく言えば恰幅の良い……率直に言えば太っている。今朝方机で熟睡していたクラスメイト、入田栄吉君。

 彼の大きな声はきっと爪木先生に届いているはずだが、言われた当の本人が気にしている様子は特にない。

 

「……確かに、急ですよね」

「だよな」

 

 彼の言葉には同意せざるを得ない。確かに急だ。

 何が、と言われれば当然手元の書類に記された、『ディベート』について。

 改めて、内容に目を落とす。

 

 『ヒトカゲの処遇については、治療完了後元の生息地へ還す、または里親など受け入れ先を募集するという二案が挙げられる。以上二案の選択を柿坂市立柿坂小中学校の生徒によるディベートにより決定する。』

 

 間違いなく、昨日の件だ。私と鍋田君が爪木先生に連れられて問われた、あのヒトカゲに関する問題。

 この件は私と鍋田君に委ねられた話ではなかったのかとか。そもそも中学生に結論を委ねていいのかとか。結果によって本当に処遇が決まるならそれはもうディベートではなく裁判に近しいではないかとか、さらに言えばそれを授業でやるのはどうなんだ、という諸々をひとまず置いとくとしても。

 

 問題は項番の2、日程。

 

『2032年4月14日(水)、16日(金) 13:30 ~ 15:20』

 

 今日は13日の火曜日。つまり、このディベートは明日行われる。

 13時半からというのは時間割でいう5時間目の開始時刻そのままなので、水曜と金曜の5時間目と6時間目を使い、前半後半に分けて行うということだろう。

 現在の時刻は、13時40分。火曜日の、5時間目の途中。明日の今頃にはディベートは開始しているという段取りになっている。

 私たちに与えられた準備時間は、この授業内と今日の放課後、後はせいぜい明日の昼休みぐらいだろうか。二日間に渡って行われるのだから水曜の放課後から金曜日のディベート開始も含んでいいかもしれない。

 ……いや、だとしても。入田君でもなくとも、急であると言いたくなる。

 

「まあまあ、二人とも。そんなこと言ってもしょうがないじゃん。爪木せんせーだよ」

「それはそうなんだろうけどさあ」

 

 窘めるように斜め前に座る外浦さんが言い、入田君は納得できないとばかりに表情を歪めた。

 外浦夏美、入田栄吉。

件のヒトカゲ、『エイリ』に対して私と同じ『受け入れ先を募集する』を選択した二人。

 私達3人は明日の本番に向けて話し合えという指示のもと、机をくっつけて、面を向けて話し合っている最中だ。外浦さんと入田君が向かい合い、その側面……いわゆる誕生日席に私という形。

 現在教室内には端と端、机をくっつけた二つの島ができている。もう片方の島は言うまでもなく、鍋田君を筆頭とした『野生に返す』を選択した三人。向こうの島、『野生派』の3人はこちらと比べ突然の課題に戸惑うこともなく活発に議論している、ように見える。

 そして、当の発端である爪木先生は教壇の前の椅子を置き、勤務中に堂々とスマホをいじっている。

 2年生の秋にこの柿坂へ転校してきて約半年。3年生に進級した今も変わらず担任は爪木先生だが、彼の奔放というか型破りな性格には時折面食らう。それを仕方ないと言うクラスメイトにも。

 

「……爪木せんせーは色々ちゃらんぽらんだけど、意外と考えなしの人じゃないから、許してあげてね」

「い、いえ。大丈夫ですよ」

 

 私が困惑していることを感じとったのか、外浦さんはこちらに顔を寄せて小声で言った。

 ……爪木先生には普段お世話になっている。多少の無茶ぶりぐらい些細なものだ。

 ただ今回の話は多少で済む問題ではない。何故なら、私だけの話ではないからだ。

 

「はあ」

 

 入田君が教室の端にいる爪木先生にも聞こえるほど大きなため息をつき、やってられないとばかりに摘まんでいた書類を机の上に放り投げる。

 

 「話は分かった。ヒトカゲが海岸に流れ着いて、そいつをどうするか俺らが話し合って決めろってことだろ。それも審査員まで呼んで、大々的に。話の流れはわかったよ。わかったけど……何で、こんなことやんなくちゃいけねえの?」

「ちょっと、いくらなんでも態度悪すぎ。授業の一環だと思えばいいじゃん」

 

 投げやりを通り越し、乱暴な物言いを外浦さんが咎めるが、当の入田君はさして気にした様子もない。気だるそうに頭の上で手を組む。

 

「ただの授業なら文句言わねえよ。だって、これは昨日九重と悟が呼び出されて頼まれた話なんだろ」

「そうですね。昨日の時点ではクラス全員でのディベートなんて話はなかったです」

「だろ? なのに俺らを巻き込んでるのがおかしいって話。……これ多分、最初からそのつもりだっただろ。なら最初からそう言えっての」

 

 外浦さんが目を丸くしながら首を傾げる。

 

「え。何で分かるの」

「だって審査員いるんだろ。水研の職員。そんな都合、昨日の今日でつけられるわけないじゃん」

「あー……確かに」

 

 項目5、『勝敗は担当教員1名と水環境研究センター職員2名の多数決により決定』。確かにそう書いてある。

 昨日顔を合わせた水研職員、相生あかりさんを思い浮かべる。爪木先生とあかりさんの間で審査員やディベートについて話していた記憶はない。それはあかりさんが審査員ではないからなのか、事前に話がついていたからなのか。現時点はどう考えることもできるが、私としても入田君と意見は同じだ。この話の速さはどうにも事前に決まっていたとしか思えない。

 ……何故爪木先生は私たちにその事実を伝えなかったのだろうか。『ちゃらんぽらん』だからか、それとも。

 私が考えを巡らせていると、

 

「栄吉君がやる気ないのは十分わかった。けど、ディベートはちゃんとやってね」

「はいはい」

 

 いつの間にか外浦さんと入田君はまあ仕方がないという空気になっていた。面倒だが、それでもやるしかないという具合に。

 実際、学校のイベントなんて大抵面倒くさいものだがやらない方がもっと面倒なことになる。私だって別に、このディベート自体に乗り気という訳ではない。ヒトカゲの命に関わる問題だから適当にはやれないと思っているだけ。

 話がまとまったのなら、それに越したことはない。

 教室の壁時計に視線を向ける。授業開始から5分経過。そろそろ話を進めるべきだろう。

 

「じゃあ、意見を出していきましょう。まずは立論から……」

「あ、待った」

 

 音頭を取ろうとしところで、ストップがかかる。入田君だ。

 

「はい、なんでしょう」

「そもそもなんだけど。九重、ディベートやったことある?」

「はい。前の学校で何度か……あ、経験ありませんか」

「うん、ない。だから正直流れとかなんもわからん。できれば教えてくれ」

「わかりました」

 

 そういうことなら先に爪木先生が説明すべきだった思うが、仕方がない。

 筆箱からボールペンを取り出し、配布された書類の裏にディベートの簡単な流れを番号に分けて書きながら説明をすることにする。

 

 「えー、ディベートの基本的な流れとして、まず先行が立論を行います。今回で言えば、『私たちはほにゃららという理由でエイリの受け入れ先を探すべきだと考えました』という感じに。次に、相手側のグループがそれに対して反対尋問を行います。立論でよくわからなかった部分などを確認する、というフェーズですね。ここまで終えたら今度は立場を入れ替えて立論と反対尋問をもう一度行ってですね、次に反駁というフェーズに」

「あー、ごめん九重」

 

 またもや話が遮られる。声のした方を向くと、今度は教室の前方、教壇の前に居座る担当教諭、爪木先生だった。

 

「そこまで細かくやらなくていいわ。……そうだな、簡単に立論を主張して、そのあと自由に議論する時間を作って、最後に互いに結論を言って終わる。この流れで行こう」

「はあ」

 

 確かに、この短い準備時間でフェーズごと詳しく内容を考えるのは難しい。それはわかる。しかし、そういうことは最初に伝えておいてほしい。または書いておいて欲しい。そう思いつつペンを置く。

 

「ということらしいです」

「……なんかごめんね、九重さん」

「俺も謝るわ。すまん九重」

「い、いえ。大丈夫です」

 

 謝られてしまった。怪我の功名、といえばいいのか。妙な連帯感が生まれつつある。

 納得のできない部分もあるが、それでもやれといわれたことはやるべきだろう。改めて話を進めることにする。

 

「じゃあ改めて立論から考えていきたいんですが、何かありますか」

「そうだなー。ならまずは例のヒトカゲがどんな子なのか知りたいな。私達は実際に会ってないから」

「そうですね。じゃあ……」

 

 昨日聞いたこと、見たことを思い出しつつ話していく。

 曰く、性別はメス。年齢はおおよそ3歳ぐらい。ポケモンとしては成人といってもいい年齢ではあるものの、進化せずヒトカゲのままであることを考えるとレベルは低い……というか、バトルが得意タイプではないだろうのこと。

 腹部に擦過傷の跡があり、発見時胃の中はほぼ何も入っておらずかなり衰弱した状態であり、金曜の昼に保護してから3日間、大半の時間を眠って過ごしているらしい。

 眠っている時間が多く、近づくとかなり怯えた様子を見せるためコミュニケーションは困難。

 以上が相生さん、ではなくあかりさんから聞いた『エイリ』の概要。

 話を聞き終えた外浦さんが、うんうんと頷く。

 

「成程ね。3歳ぐらい、お腹に怪我を負っている、今は起きてられないぐらい弱っていて、起きていても怯えられるから近づけない、と。

 ……ちなみになんだけど、この子って間違いなく野生のポケモンなの? 誰かの手持ちだったのが逃げ出したとか」

「それは間違いないそうです。データバンクに記録がなかったそうなので」

 

 それも昨日相生あかりさんに訊いている。

 ポケモンを手持ちにする際には、必ずポケモンの種族、個体名、年齢、全身写真、果ては遺伝子情報に至るまで細かいパーソナルデータを国のデータバンクに登録する必要がある。

 遺伝子情報を基にデータバンクに問い合わせた結果、該当するものはなかったと。

 登録をしないまま違法所持されていたポケモンである……なんて可能性はなくもないけれど、それは今回考慮する必要はないとも言っていた。現状わかりようがないし、そうだったとしても野生に返すか、受け入れ先を探すか。どちらかの対応をすることは変わりないから、とのことだった。

 静かに聞いていた入田君が、不思議そうな表情で言う。

 

「そもそもさ。ポケモンの怪我なんて一瞬で治せるのになんでそのままなんだ。直してやりゃいいじゃん」

「その理由もデータベースに登録がないからですね。登録のないポケモンを治療システムで治すのは違法なので、地道に治療するしかないんですよ」

「え、そうなの?」

 

 入田君の疑問には、外浦さんが答える。

 

「そりゃそうでしょ。モンスターボールに入ってないんだから」

「あ、そうか」

 

 ポケモンというのは不思議な力を持つ不思議な生き物ではあるが、何より特異的なのはモンスターボールの中に入れ治療システムを通せばほとんどの傷病を治せてしまうことだ。これは、原作であるゲームそのもの。この特異性によって、ポケモンバトルという競技は成り立っている。

 ただそのシステを通じた治療は、誰かの手持ちとして登録してあるポケモンに対してのみ行えるものだ。

 ポケモンを捕まえ、登録を行ずにモンスターボールに入れて持ちに加えるという行い。それは、偽札を刷るのと同等に罪深い行為であると聞いたことがある。

 まあ、今は関係のない話だ。

 外浦さんがそれた話を戻すように切り出す。

 

「とにかく、エイリちゃんのことはよくわかったよ。じゃあ、九重さんがこっち……ええと、『里親派』とでもいえばいいかな。こっちの意見を選んだ理由も訊いていい?」

「勿論。私がガラス越しに見た限りでは、彼女の姿は憔悴しきっていて、とても野生に戻れるようには見えませんでした。だから、里親なり保護してもらえる場所を募るべきじゃないかと思ってこちらにしました。……外浦さんは?」

「私? 私はなんというか。何かしら事情があるのなら野生に返すよりも誰かの元で育ててもらった方が良いんじゃないかってぼんやり思って……ご、ごめん。それだけかな」

「いえ、そんなことないですよ」

 

 詳細も聞かされず、じっくり考える時間もなかったのだから、意思を持って選べているだけ立派だろう。これが普通のディベートであれば、実際の意見とは違う立場でディベートを行うことだってある。何もおかしいことはない。

 しかし外浦さんはそうは思わなかったようで、誤魔化す様に話を入田君へと向ける。

 

「……で、栄吉君は? なんでこっちにしたの」

「数合わせ」

「は?」

 

 そう素っ頓狂な声を上げたのは外浦さんで、私は声すら出なかった。

 何かなんだわからないといった様子の私達の顔を見比べて、説明を求められていることを察した入田君は面倒くさそうな表情を浮かべる。

 

「さっきさ、『野生派』か『里親派』で分かれたろ。挙手で」

「そうだね」

「採りましたね」

 

 5分前のことだ。確かにそういう流れだった。

 

「で、先に『野生派』から聞かれたじゃん。で、本当は俺は野生に返した方が良いんじゃないかって思ったから手を挙げようとしたんだけど。でも先に陽子と航大が手を挙げたから、やめてこっちにした」

「……数合わせって、つまり?」

「そう、俺が野生の方で手を挙げたらその時点で4対2じゃん。 空気読んだの」

「そんな理由!?」

 

 大きな声で驚いた外浦さんが、しまったとばかりに口を抑える。

 外浦さんは『そんな理由』と言ったが、私は妙に納得していた。確かに、鍋田君は挙手するまでもなく『野生派』なのだから、そこで入田君まで挙手してしまったらその時点で『里親派』は数的不利を背負いながら戦うことになる。別に陣営内の人数で勝敗を決めるわけではないが、審査自体は審査員の多数決で、その基準は主観によるもの。印象が大きく左右する。入田君はそう考えた。合理的で、悪くないとすら思う。……言わないが。

 

「栄吉君らしい、といえばらしいけどさ……」

「自慢じゃねえけど、どっち選んでもあんまり役に立たないし。それにさ」

 

 呆れるような外浦さんの視線を受け流す様に、入田君は教室の対角線上にいる三人のクラスメイトの方へ視線を向けた。

 

「ぶっちゃけ、向こうのがメンバー強いし。そん位はしないと。まあ、九重じゃなくて主に俺らが悪いんだけど」

 

 弱気な発言だが、確かに気持ちはわかる。

 外浦さんと同じく、こっそり向こうのグループを見る。視線の先に、短髪の好青年。

 あちらには、何といっても白浜君がいる。彼は口も回るし、人望がある。ディベートにおいて人格は切り離されるべきだけど、その発言力は自然と強くなるだろう。それに彼は頭が良い。事実として、成績はこのクラスでトップ。彼は『満点が取れる人』だ。勉学という部分においては、とても敵わない。

 加えて、もう一人の吉佐美さんも手強いだろう。

 普段は物静かな方であるが、一度口を開けば鋭い言葉を飛ばしているイメージがある。……その対象は私ではなく、鍋田君だったり外浦さんだったりと、要は付き合いが長く気心の知れた中で交わされるものであるという注釈は吉佐美さんの名誉のために付け加えておく。

 ともかく、彼女は口喧嘩がとにかく強そうなタイプで、正直少し怖い。成績も悪くないし、あの二人がいる時点でこちらの分が悪い。

 だからこそ、私が頑張らなければいけない。

 そう考えていたから、

 

「何といっても、悟がいるからなあ」

「だよね。私、ちょっと自信ないよ」

 

 二人の言葉が、何より意外だった。

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