Pokémon Serreal   作:桃野

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9.火の用心-③

出番を終えて、まばらな拍手を受けながら席に座る。ほんの少しだけ耳が熱い。

 

「いい感じだったな、悟」

「……ありがと、助かった」

 

 こっそりと航大が声をかけてくる。短い準備期間でとりあえず発表の体裁を整えられたのは発表の練習に付き合ってくれた航大のおかげだ。

 

「陽子もありがとう」

「別に」

 

 おおよその内容を考えてくれた陽子にも小声で礼を言う。

 本人の反応は淡泊だけど、多分これは本当に気にしてない。むしろ、返事をあるだけ陽子にしては愛想がいい。

 

「それより、まだ終わってないから。前向いて」

 

 首を真っすぐ正面に向けたまま、陽子が言った。

 立論が終わったということは、当然次は『里親派』のターンとなる。

 藤次が『里親派』の方を見ながら進行を促す。

 

「じゃあ次は『保護派』の立論。どうぞ」

 

 促されて、九重が立ち上がった。『保護派』は九重がやるらしい。

 手には何も持っていないが、内容をしっかり覚えているのか、淀みなく話しだした。

 

「私達がヒトカゲ、エイリを保護すべきだと考える理由は大きく分けて二つあります。一つは体力的な問題から。もう一つは今回のように人里に迷い込んだポケモンを保護した事例があるからです。まず一つ目の体力的な問題です。これは単純にエイリの様子を見たこと、水環境研究センター職員の方の話を伺ったうえで野生に返すには衰弱しすぎているのではないかと考えました」

 

 人間を怖がっているという精神的な理由から野生に返すべきだとする『野生派』と、体力的に考えて受け入れ先を探して保護すべきとする『保護派』の意見は対照的だ。どちらが妥当な意見かはこれからのディベートの進行次第だけど、少なくとも九重の態度は堂々としていて、どう見たって俺の発表より優れている。

 内心穏やかじゃない俺を他所に、九重の立論は続く。

 

「二つ目の理由、実際に会ったポケモンを保護した前例について。かなり前の出来事になりますが、今から12年前……2020年のことですね。福島県今浜市にて当時15歳だった少年が怪我をしているポケモン、ピンプクを保護しました。県の農林事務所に通報後治療が行われ、最終的に発見者である少年が受け入れることになったそうです。最終的にはピンプクはポケモンバトルに参加できるまでに回復しました」

 

 九重が言う通りかなり昔の話ではあるけど、ポケモンの保護みたいな話で検索すれば一番上に出てくるぐらい有名な話だ。何でこれが有名かと言えば、確かこの少年がトレーナーとして高校年代で活躍しプロになったから……だった気がする。

 

「これはあくまでも一例ですが、保護され里親の元へ受け入れられて心身共に回復したポケモンは数多くいます。前例もあり、受け入れ先を見つけることは可能です。一つの目の理由と合わせ、保護すべき理由には充分だと考えられます」

 

 以上です、と締めて九重が席に座った。

 

「はい、ありがとう。じゃあ、次は自由討論だな」

 

 間髪入れず、藤次が口を開き、同時に手に持っていたチョークで黒板に書かれたディベートのプログラム、2番の『自由討論』を指した。

 

「相手の立論に対して気になったこと。質問しておきたいこと。相手の発言に反論したい。いうことは何でもいいし、時間制限もほとんど設けない。6時間目終了10分前になるか、気が済むまでやっていい。勿論早く終わってもいい。ただ、最低限2つほどルールは守ってくれ。

 その1,相手を侮辱するような発言は避ける。

 その2,発言したい奴は挙手をする。俺が指名したら話始める……いいか?」

 

 そういって、藤次は俺達6人の顔を見渡す。

 俺は黙って頷く。他の5人からも返事はないが、同意ということだろう。

 

「よし。じゃ、何かある奴はどうぞ」

「はい、夏海」

 

 藤次の待ってましたとばかりに手を上げたのは夏美。元気がいい。勢い良く立ち上がると、思い出すような口ぶりで喋りだす。

 

「えーと、エイリちゃんはかなり弱っていると言ってましたね」

 

 ちゃん付けって。

 それはさておき、確かに言った。手元にあるカンペの一行目にも書いてある。

 正面に座っている俺が頷いて肯定すると、夏美は発言を続ける。

 

 「具体的には、どのような様子でしたか? もう立ち直れないように見えましたか?」

 

 なんか、夏海が敬語なの違和感あるな。

 夏海の発表を聞きながらそんな場違いなことを考えていると、クラス中の視線が何故だか俺に向いていることに気がついた。

 

「あ」

 

 実際に水研でエイリを見たのは『野生派』では俺だけ。つまり夏海は、俺に対して質問をしたのか。

 慌てて一昨日、水研で見たエイリの姿を思い出す。

 薬の匂いのする処置室。ガラスの向こう側で苦しむエイリ。

 うまく言葉は出てこないが考え込むのは審査員に印象が悪いとのことなので立ち上がり、とりあえず思いついた言葉を口に出してみる。

 

「……正直に言えば、そこまでエイリの様子を見れたわけじゃないです」

「うんうん」

 

 夏海が相槌を打つ。それでもいいから、話してみろと目が語っている。それで少し落ち着いて、出来る限り昨日のことを思い出してみる。

 

「でも、少し目が合っただけで凄い怯えて、目を逸らされました。まあ、上手く体が動かせないみたいだったんですけど」

「動かせなかったとは?」

「……えっと、包帯でぐるぐるに巻かれてて、手術台みたいなベットにうつぶせで寝ていて、寝ているけど体は震えていて。あと、炎は思ってたよりも小さかったけど燃え移らないように固定されてた。それと」

「それと?」

「爪が切られてた」

 

 うつ伏せになっていたから見えづらかったけど確かそうだった。ヒトカゲの手には爪はない。でも足には左右三本ずつ鋭い爪があるはずで、それが短くなっていたから不便そうだな、と思った覚えがある。

 

「ほんとに?」

「いや、嘘は言わないから……あかりさん、合ってますよね?」

 

 記憶違いはないはず。でも、訊かれると不安になる。なので確認を取ろうと審査員席のあかりさんに呼び掛けた。

 

「うん、合ってる。けど……」

「こら悟」

 

 あかりさんは小さく頷いてから肯定してくれるが、藤次がその言葉を遮った。

 

「審査員に話しかけちゃダメだろ」

「あ。……ごめんなさい」

「ああ。うん。ありがとうございました」

 

 謝って、素早く席に座る。苦笑いの夏海も同様に着席した。

 

「よし。じゃあ次」

「うい」

「はい、栄吉」

 

 仕切り直して、次に栄吉が手を上げる。藤次に指名されてから、ゆっくりと立ち上がり、たっぷり間をとって口を開く。

 

「野生に返すって言うのがそっちの主張なんだよな。そもそもエイリがどこから来たか、どこに住んでたのか。それが分からないとどうしようもないと思うんだけど」

 

 どうなの、と。栄吉が言ったその疑問はいたって当然のもの。野生に返すのなら、どこかに返すつもりなのか。

 これに関しては、どう答えるかは決めている。

 航大が立ち上がる。

 

「現状、わかりません。ただ、伊豆諸島のどこかだとは思っています」

 

 昨日の5時間目、航大の言葉を思い返す。

 

『多分向こうはこっちが何を言うにかかわらずエイリの元の生息地について訊いてくるはず。多少の推測はできるけど現状特定のしようがないから、「わかりません」と言うつもり』

 

 結果、予想通りとなった。

 『伊豆諸島のどこか』という推測は、航大が立てたもの。エイリの生息地の特定は現在できない。ただエイリの、ヒトカゲの生態と特徴を考えていけば予想は立てられる……とのこと。

 

『ヒトカゲは、森林には住めない。まあそうだよね、炎のしっぽが燃え移って山火事になっちゃうからな。餌も燃えるんだから、とても生きていけない。まあ、これはヒトカゲに限らず炎タイプのポケモンは大体そうなんだけど。主力のわざが使えないってことで、生存競争が不利になるからね』

 

 そういう話は授業でも習った記憶があるし、普段見かけるようなポケモンに炎タイプはほとんどいない。

 

『そして、日本は領土の70%ぐらいが森林。これがどういうことかわかる、悟?』

 

 そこまで前振りしてくれれば分かると、俺は自信満々に答えた。

 つまり、「日本にヒトカゲは生息していない」と。

 

『ほとんど、が正解な。少しはいるよ。まあ、本州にはいないけど』

 

 大体合ってた。

 ともかく、ヒトカゲなどの炎タイプのポケモンは住める場所が限られている。よって、特定はできなくともある程度絞ることができる、というのが航大の話。

 

『炎タイプのポケモンは大体、砂漠とか火山みたいな植物の少ない場所に住んでる。ヒトカゲもそう。日本は森林と海がほとんどだけど、火山は多い国。だから、ヒトカゲが少数ながら生息している場所はある』

 

 その一つとして挙げられるのが伊豆諸島。伊豆半島の南東方向にある島々で、総数は100以上あり、その中には活火山がある島も含まれている。

 ヒトカゲが生息していると確認されている場所で柿坂に一番近いのはこの伊豆諸島らしい。住所は東京だけど。

 問題は、島が100以上あること。大島、神津、式根、三宅、伊豆鳥島……。活火山があってそれなりに大きな島だけでもこれだけある。だから、絞れても特定は難しい。

 じゃあ、不味くね? 大分不利じゃん、と俺は思った。

 ただ、航大はこうも言っていた。

 

『今の話が不利な話かと言えば、まあそう。でも大丈夫、具体的な手段が不明瞭なのは、向こうも一緒だから』

 

「成程ね、ありがとうございました」

 

 栄吉は航大の返事を予想していたのか澄ました顔で着席し、航大もそれに倣った。

 ついさっき俺は、立論で『ヒトカゲを受けいれるためのトレーナーレベルが高く、受け入れ先を探すのは難しい』という話をした。

 野生派はどこにエイリを返していいかがわからない。

 保護派は誰にエイリを受けいれてもらえばいいのかがわからない。

 困っている点が本質的には一緒で、だからお互いに余計な追及はしないし、できない。

 逆に言えばこの問題を解決できれば相当有利にディベートを進めることができるわけだけど、この短い準備期間でそれも難しい。

 ……つくづく、何でこんな急にディベートなんて始めてしまうのだろう。

 

「他にはあるか?」

 

 話をややこしくしている張本人、藤次が改めて保護派に訊ねる。

 静かに手を上げたのは、九重。こういう時は満を持して、というのだろうか。すっと立ち上がり、マスクを触って位置を整えてから口を開く。

 

「仮にエイリの受け入れ先が見つかっても、それが最適な選択になるとは限らない。そう仰っていましたね。これは、エイリの受け入れ先が彼女に対して不適当な対応を行う可能性があり、里親を探すことが彼女のためになるとは限らない。そういう意味なのかと思いました。もし、そうであるなら」

 

 そこで九重は言葉を区切って、俺達野生派3人の顔を見渡す。

 

「エイリに対して起こりうる不適当な対応として、どのようなケースがあると思いますか?」

 

 応じたのは陽子だった。勢いよく立ち上がると、そのままの勢いで喋りだす。

 

「一つ、食性に適さない餌を与えられるケース。ヒトカゲは昆虫などを好んで食べる肉食寄りの雑食。これを理解せず生野菜や果物しか与えないということが考えられる。一般家庭で飼育されがちな小型ポケモンは草食だったり既製品のペットフードで済むことも多いから、こういう勘違いは多い」

 

 事前に聞いた話では、これに加えて餌用の昆虫を触りたくないという理由で生野菜と果物で済ませようとするトレーナーもいるとか。

 陽子は一拍置いて、さらに続ける。

 

「二つ、適度に外に出さない。睡眠をとるのはモンスターボールの中で問題なくとも、定期的に外で運動をさせなければ今まで野生として暮らしていた『エイリ』にとってはストレスになる。これはほぼすべてのポケモンに当てはまるけれど、室内ではほぼボールの外には出せないヒトカゲにとっては特に注意する必要があると思う」

 

 言いながら、陽子が天井を視線を向けた。天井に設置された、小さく白い火災報知器。ちょっと部屋に出すぐらいじゃ問題ないだろうけど、火が家具に燃え移りでもしたら大ごとになる。うかつに室内でボールからは出せないし、もっといえば外に出す場合でも注意が必要だったりする。

 

「三つ、水場で体を洗わせる。よくある間違いでヒトカゲはしっぽの炎が消えると命を落とすなんて話があるけど、実際そんなことはない。でも、ヒトカゲが水に漬かるのを嫌うのは本当なのに、『しっぽの炎が消えても死なない』ということを『水に漬からせても問題ない』と誤って解釈するトレーナーがいる可能性は否定できない」

 

 ヒトカゲの体表の汚れを落とすなら、霧吹きなどで体を湿らせてから拭くか、布を軽く湿らせて服とかできるだけ水分を体に当てない配慮が必要であるらしい。ちなみに、実際にやってみると滅茶苦茶熱いとか。

 

「これらの間違った飼育でストレスを与えることでポケモンがどんな影響を及ぼして、どんな反応を返すのか。九重、この説明はいる?」

 

 一気に喋り終えた陽子が、確認するかのように九重に訊き返した。

 

「いえ、結構です」

 

 首を横に振る九重。納得したのか、席に座ろうとする。

 その時、陽子がふと思い出したかのように「ああ」と呟いた。そして、

 

「一つ忘れてた。四つ、ポケモンバトルをさせられること」

「……ありがとうございます」

 

 それだけ付け加えるように言って、席に座った。遅れて九重も。

 今のやり取りで、教室内の温度が低くなった気がした。

 

「…………」

「よし、ありがとう。じゃあ、次」

 

 教室が静まり返って、数秒。藤次が何もなかったかのように次に行こうとする。

 

「それだけ?」

 

 陽子が座ったまま、藤次の承認を得ようともせず、まくしたてるように陽子が喋り始めた。はっきりと、九重の顔を見ながら。

 

「私は、受け入れ先を探すということはヒトカゲがポケモンバトルをさせられる可能性を提示したつもりなんだけど。それについては何も思わないの? 九重が昨日見たヒトカゲは、怪我が治れば元気にポケモンバトルができますって、そう思ってるの?」

 

 まくしてられた九重は一切動じず、静かに再度起立した。

 

「……肯定も否定もしません。ただ、受け入れ先とエイリの意思によると思います」

「あんたは」

 

 怒気の含んだ声を、陽子が発しようとしたその瞬間だった。

 教室内で、けたたましいサイレンが鳴った。徐々に広がっていくような、不快感のある音。それも一つの所じゃない。教室内のあちらこちらから鳴っている。

 藤次の方を見る。音の一つは、藤次のスマホから鳴っていた。

 一瞥して、藤次が教室内を大きく見渡してから、サイレンに負けないぐらい強く言う。

 

「全員。直ぐに廊下に出て体育館に避難しろ」

 

 その指示に反応して、教室内の人間は一人残らず立ち上がり、ドアに近くにいた順に廊下へ向かう。

 そのサイレンを、俺は知っている。俺だけじゃなく、全員知っている。定期的に避難訓練があって、その度に効く音だった。住民や施設に被害を与える恐れのある、危険性の高いポケモンが対象の市町村に侵入することが予測された場合に緊急で伝達されるシステム。この音は、そのシステムによって発される音声。

 

 その名も、JPアラート。

 

 一斉に教室を出る途中で藤次のスマホの画面をのぞき込む。

 赤色の文字に表示されたポケモンの名前は。

 

 『リザードン』。

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