君の背を追いかけて   作:ハーヴァ

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前へ、歌いながら

詩音はレッスンに向かう決心を固め、姉・凛音にそのことを伝えようとした。普段から忙しい凛音に気を使いながら、少し躊躇して言葉を選んだ。

 

「お姉ちゃん、ちょっと話があるんだけど…」

 

凛音は雑誌を閉じて、詩音を見つめる。普段から鋭い目をしているが、今は冷静でありながら、どこか優しさを感じさせる目で詩音を迎えてくれた。

 

「うん、どうしたの?」

 

詩音は一瞬黙り込むが、深呼吸をしてから続けた。「今日、レッスンがあるんだ。事務所で練習してくる。」

 

予想外の反応に驚きながらも、凛音は微笑みを浮かべて頷いた。「レッスンか、頑張ってるね。」

 

少し考え込んだ後、凛音が静かに言った。「私も気になるから、ついて行ってもいい?」

 

詩音は驚きと嬉しさがこみ上げてきた。「お姉ちゃんも来るの?…うん、一緒に行けたら嬉しいな!」

 

「じゃあ、決まりね。」凛音は軽く笑いながら言った。

 

二人が駅に到着すると、朝のラッシュが少し落ち着き、ホームは日常的な風景が広がっていた。ガヤガヤとした人々の足音や会話、駅のアナウンスが響く中、詩音は周囲の視線を感じて少し恥ずかしくなった。特に、凛音がいると、その存在感が周りに伝わり、他の乗客の目が少し集まる。

 

「お姉ちゃん、やっぱりみんなが見るね…。ちょっと恥ずかしいな。」と、詩音が小さく言うと、

 

凛音はその言葉に微笑みながらも、落ち着いて答えた。「慣れれば大丈夫よ。みんなも気にしていないと思うよ。」

 

駅の改札を抜けると、慌ただしい音がしばらく続くが、少しずつ周りの音が遠くなり、二人は静かな空気の中を歩き続けた。詩音はその静けさに、少しだけ安心感を覚えた。

 

電車に乗ると、車内は比較的空いていて、穏やかな空気が漂っていた。二人は窓際の席に座り、ゆっくりと車窓を眺める。凛音がふと問いかけた。

 

「今日、レッスンで何をやるの?」

 

「発声練習と歌の練習だよ。」詩音は答えたが、内心は少し不安だった。「でも、まだ不安だけど頑張るつもり。」

 

凛音はその言葉に穏やかな笑顔を浮かべた。「きっと大丈夫。私も応援してるから。」

 

その言葉に、詩音は少し力をもらったような気がした。これから始まるレッスンのことを思うと、胸が高鳴り、同時に緊張が押し寄せてきた。

 

事務所に到着すると、詩音の胸はドキドキと高鳴り続けた。レッスンという新しい挑戦に対する期待と、不安が入り混じっていた。凛音が隣で静かに歩いていると、その安心感が詩音の緊張を少しずつ和らげてくれる。

 

「緊張してる?」と、凛音が穏やかに尋ねた。

 

「うん、ちょっとだけ。でも、お姉ちゃんが一緒だから大丈夫!」詩音は少し元気を取り戻して答えた。

 

「その気持ち、よく分かる。でもどんなことがあっても、私はずっと応援してるから。」凛音は微笑んで言った。

 

その言葉が、詩音の心に少しだけ余裕を与えてくれた。

 

「じゃあ、いってらっしゃい。私は、社長に会ってくるわ。」レッスン室に入る前に凛音はそう告げるとスタスタと進んでいってしまった。

 

レッスン室に入ると、自然光が差し込む明るい空間が広がっていた。トレーナーは優しい笑顔で迎えてくれた。「発声練習から始めましょう。リラックスして、声を出すのが大事です。」

 

レッスンが始まると、詩音は最初に深呼吸をしてから、トレーナーの指示に従って発声練習を始めた。静かなスタジオの中で、詩音の声が響き渡る。最初は少し硬さが残り、声が引っかかる感覚があった。トレーナーはすぐにそのことを指摘した。

 

「詩音さん、リラックスして。声を出す時、体全体を使っているか意識してみて。肩の力を抜いて、腹式呼吸を使って。」

 

詩音はうなずき、もう一度深く息を吸い込んでから、ゆっくりと声を出してみる。今度は少し音が安定したものの、やはり高音部分で声が震えてしまう。トレーナーはさらにアドバイスをくれた。

 

「高音を出す時は、喉に力を入れすぎないようにね。声を出すイメージとしては、空間に声を広げるような感じで。」

 

詩音は少し戸惑いながらも、言われた通りに試してみた。次第に、少しずつ高音がスムーズに出るようになった。しかし、音程が微妙に外れることがまだあった。詩音は自分の歌声に対して、内心で不安を感じていた。

 

「もう少しだけ、リズムに合わせて練習してみようか。」トレーナーが言うと、詩音は頷いて次に進んだ。

 

歌の練習が始まると、歌詞を口に出しながらメロディを追っていく。最初は言葉が詰まってしまう部分があり、リズムを合わせるのも難しく感じた。しかし、トレーナーは優しく、何度も同じ部分を繰り返し練習するように促した。

 

「リズム感を大事にして。焦らず、歌詞の意味をしっかり感じながら歌ってみて。」

 

詩音は歌詞を心で感じながら歌うように意識を変えた。歌うたびに、少しずつメロディが体に馴染んできたような気がした。しかし、まだ音程が外れることが多く、特に高音部分で自分の声が震えてしまう。トレーナーはその都度優しく指導してくれる。

 

「焦らないで。あなたの声には力があるから、今はその力をしっかりと使う練習をしていこう。」

 

それでも、何度やっても完璧にはいかない。詩音は途中で何度も心が折れそうになったが、凛音の言葉を思い出して、もう一度気持ちを立て直す。「どんなことがあっても、私は応援しているから。」

 

その言葉に勇気をもらい、詩音は再びトレーナーの指導に耳を傾け、集中して練習を続けた。徐々に声の安定感が増してきて、音程が外れた瞬間も少なくなった。少しだけ自信が湧いてきた。

 

「素晴らしい!今のはよかったよ。」トレーナーがにこやかに言うと、詩音は驚きとともに顔を上げた。「本当に?少しずつうまくなってきたってこと?」

 

「うん、あなたの声は自然で、すごく力強い。まだ完璧じゃないけれど、その力を使えば、必ずもっと上手くなるよ。」

 

詩音はその言葉を胸に刻み、次のフレーズへと進んだ。トレーナーが指示するたびに、自分の声が少しずつ変わっていくのが感じられた。最初の不安や緊張は少しずつ和らぎ、自信が芽生えてきた。

 

「音程を外すことも、歌詞を忘れることもあるけれど、それでも前に進んでいくことが大事。自分を信じて。」

 

詩音はその言葉を胸に、最後のフレーズを歌った。音程も安定し、震えることなく歌い切った。トレーナーは嬉しそうに拍手を送ってくれる。

 

「お疲れ様!今日は大きな一歩を踏み出したわよ。」

 

その言葉を聞いた詩音は、心からの笑顔を浮かべた。まだ完璧ではないけれど、少しずつ自分の成長を実感できた瞬間だった。

 

レッスンを終えて、事務所を後にした詩音は、凛音に会うために向かう途中、アイドルとしての道を歩む決意を新たにしていた。どんな困難も、姉や応援してくれる人たちがいれば乗り越えられると信じ、これからも前を向いて進んでいこうと思った。

 

「お姉ちゃん、お待たせ!」と、詩音は明るく声をかけると、凛音の前に立ち止まり、ちょっと恥ずかしそうに笑った。

 

「お疲れ様、詩音。」凛音は優しく微笑みながら、妹の頭を軽く撫でた。「今日のレッスンはどうだった?」

 

詩音は目を輝かせながら、「すっごく大変だった!今までやったことのないことだったから何すればいのか分からなかったし。けれど、お姉ちゃんを超えるためにこれからたくさん、練習するんだ!」と答えた。その顔に浮かぶ笑顔が、凛音にはとても眩しく見えた。

 

「そうか、大変だったね。」凛音は微笑み返し、ふと詩音の手を取った。「それじゃ、早く家に帰ろうか?多分、母さんが夕飯を作ってくれている時間だろうからね。」

 

詩音はその言葉を聞くと、嬉しそうに頷いた。「うん、母さんの料理が楽しみだな!いつも美味しいし、なんだかすごく元気出るんだよね。」

 

凛音は微笑みながら、「そうだね、母さんの料理はどんな時でも力をくれるよ。」と言って、詩音の手を優しく握り直した。「今日は何を作っているかな?」

 

詩音は首をかしげながら、「もしかして、お姉ちゃんが好きなぶり大根とか?」と尋ねると、凛音は少し驚いた表情を見せてから微笑んだ。「それはいい予想だね。でも、何でも楽しみにしているよ。」

 

二人は家路を急ぎながら、心地よい会話を交わしていた。夕暮れの中、家に向かって歩くその道が、どこか温かく感じられる瞬間だった。

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