今日はいい日になりそう!
ルンルン気分でステップを刻む女子小学生は今、大須スケートリンク(名古屋スポーツセンター)へ向かっている。施設名でわかるだろうが、彼女はリュックサックにスケートシューズを携えロビーへ向かう。
「瀬古間さん!」
「よく来たね、いのりちゃん」
そしていのりと言われた少女は、カバンをがさごそとなにやらおぞましいものを取り出した。にぱーと太陽のような朗らかさで取り出したソレは、
北米大陸の土壌改善を行っている魔物である。
いわゆる分解者にして、土の神様。そう、ミミズだ。漢方でもある。
十匹までならまだ可愛いと思うが、それ以上はハリガネムシを凌駕する
気持ち悪さだ。砂場で猫の糞を触るのと同じくらいと思えばわかるだろうか。
「ねえねえ! あの子来てる!?」
「もちろん。十分くらい前に来たよ」
「ほんと!? ありがとうございます!」
ぴゅ~っと北風小僧の寒太郎と思わせる素早さで、女性更衣室で着替えてリンクへ向かう。リンクへ向かう前も逸る気持ちを抑えながらも、ちゃんと靴紐を結ぶ。
さあ、いくぞと立つと、リンクの方で歓声があがる。
この時間帯は放課後に滑る子どもたちが中心であるため、結構閑散としている。
特に少女が小学五年生であるというのにも関わらず、部活のようなクラブに所属していないのも拍車をかけていた。
つまり、この時間帯に歓声が上がる理由はなにか。
「あの子だ! はやくはやく!」
いのりという少女はただその誘蛾灯に誘われる。
走ってきたがために暖かくなった体で、静的運動ができるがそんなことも
忘れて見入る。
リンクには趣味で来ている子やプロになろうとするひよこがよちよちと、
行脚しているさなかであるのだが。
まさか、制限時間がある中で足を止め、ソレを羨望する眼差しは一点のみである。
それは雪か。閃光か。一陣の風か。スピカか。
この公共の場所は今、たった1人のための舞台になってしまっていた。
長いまつ毛、長く濡羽の対照と思わせる白銀の枝垂れ、双眸には真紅の彩りが
瞬く。相貌は誰しも感情では計れない、本能で知らしめられる端麗さ。
きめ細やかな肌は彫刻のようで、まさしく絵から出てきたような子どもだ。
また誰しもがスポットライトを譲ってしまう圧倒的な光りを、
其の子は乱れ撃つ。
偶然ではない、才能という殺戮兵器を民間人に振る舞う独裁者。
それはまさしく、世界だった。
「あ!」
ウユニ塩湖の白鳥は己の怜悧さを価値を推し量れないかわず共に知らしめたが、
視界の中に映るソレを見やると木漏れ日のような顔を見せる。
深雪に埋もれた遭難者が真夏のサーフィンへヒアウィゴーするかのように、
いのりへダイレクトアタックする。
「みそぎちゃん!」
「いのりちゃん!」
家族のような、久しぶりに出会った親友を想う包容を交わす。
先ほどまでの空気はなんぞや、と周囲の無理解な大人共がのたもう。
鮮烈な舞踏は氷上が見せる表情の側面でしかない。
ソレにもかかわらず、夢を見て仕方がない。夢が見たくて仕方がない。
いつの間にか一般市民が使うただの遊び場になった。
いのりはみそぎと呼ばれた子と共に、スケートリンクを駆ける。
「いのりちゃん、とっても速くなったね」
「みそぎちゃんのおかげだよ~」
いのりは思い返す。ここへ初めて1人で来たときのことを。
あのときもシューズとともにスケートリンクへ来た。
最初は支払いに関してドッタンバッタンだったが、そんなときに
助け舟を出したのがみそぎである。
「みそぎちゃんってあの時から全然かわらないね」
「ありがと。いのりちゃんは私と違って、前よりも明るくなったね」
みそぎはいのりが同胞[はらから]だろうと見て、一つの提案をする。
実はロビー受付の瀬古間さんが、小鳥を飼い始めたことを世間話で聞いていた
みそぎはその小鳥の中にはシリアルではだめな種類がいることを知っていた。
これを交渉材料にして、新鮮で元気なみみずというニッチな需要を満たすなら、
スケートリンク代をまかなえるのではないか、と。
この提案は瀬古間さんをほっとさせ、今日だけみそぎが持ってスケートリンクでの
体験スケーティングを行ってもらったのだ。
「みそぎちゃんと滑るの、とっても楽しいんだ!
それにね、瀬古間さんにも教えてもらってるの!」
「お~」
みそぎはいのりからお姉さんがいて、スケートもやっていたことを聞いている。
そこからお姉さんのやっていたことを基礎のレベルまで下げて、
このレベルをやれたらこの演技がやれる・この動きをしたらこの大会でやった動きが完成する、と手取り足取りで教えてきた。
またみそぎが他の習い事で来れない日も、瀬古間さんがみそぎに頼まれたいろんな
練習メニューを実施していったのだ。
幸いにもそれの指示がみそぎの言伝のものだと思っていないようだ。
「次はどうする?」
「えっとね、ジャンプじゃなくてみそぎちゃんのやってる舞を覚えたい!」
突然のことに心音が興奮で高鳴る。
小さい子は集中が散漫になりやすいが、集中したときの爆発力がすごい。
本来ならその爆発力という貪欲さは、周囲の環境を利用して知恵や知識を学ぶことに使う。しかしいのりが特殊な事情を抱えていることを、みそぎは付き合うたびに
わかってしまう。
だからこそ、いのりの大切な時間を習得が難しいジャンプで終わらせて良いのか、と
友達思いなところを見せる。
しかしそれとは別に脳裏では、千葉のガス田のように沸き立つ思いを抱かせる。
今にでも違法ガス圧で発破される刹那であった。
「いいの? フィギュアは西洋の舞しか受け付けられないんだよ?」
「で、でも、私はみそぎちゃんに助けてもらってるから……」
「無理しなくていいよ。さあ、バレエを学ぼう?」
「みそぎちゃんってバレエもできるの!?」
いのりはみそぎの器用さに声を失う。
実際に声を出せないわけではないが、こういう演技をするからどうこうするということを
事前に通達するとあら不思議。いのりはみそぎが行う舞の手、腕、肘、体、重心、目線、
いろんな所を見ていく。
この舞を見て周囲の知る人は息を呑む。
世界[レベル]が違うと。一瞬でも気を抜くと人間離れした容姿に、
魂やこころを奪われなにもかもが空に放り投げられる感覚を覚えてしまう。
それを知れば、もう後には戻れない。
そんな正気とは思えない動く絵画を間近で見続けたいのりは、
どこに重点を置いているのか、採点する人がどんな所に意識が向くのかというのを
見ていく。特に指先……ではなく、体の動だ。
いのりはみそぎから女の子の動きは、腰から動くものであるということを
教えられている。
これを鑑みて、腰から指の先までの流動的な美をどう表現しているのか。
常に動いているから採点者は、相当な動体視力が求められている。
これに関していのりは、心配そうな声を上げるが人類の叡智、
【スローモーションカメラ】で物理的に解消できることをみそぎから
伝えられた。
「みそぎちゃんって、一瞬で別人になるよね」
「そうだね。だって、私が主役なんだから」
ムチのようにしなる腕が立体を描き、体がY軸を回して腰を0点へ据える。
スケーティングの痕は幾何学的彫刻のように、氷上を自身の世界を彩るだけのキャンパスに仕立て上げる。
今日もまた1人、リンクを降りていく。
今日もまた1人、リングへ上がる。
「このままいけば、光ちゃんみたいに滑れるかな?」
「うん、滑れるよ」
「やった!」
いのりの表情[にちじょう]はみそぎの氷上[せんじょう]は堕ちて逝く。
「じゃあ、光ちゃんに追いつきたいなら、クラブに入ってプロにならないとね」
「あー」
現実を教えられたいのりは、しゅんとなってしまう。
今までいろんなことを培ったいのりは、この力を発揮したいと思っている。
それでも一番必要な大人の協力を取り付けられていない現状、
夢物語でしかない。
大人に察しては不可能だ。小さな子同士でも無理なんだから、声を上げるしかない。
そして親はすべての決定権をもっている。
子供の可能性に掛けたいと想う人もいるだろうが、結局は金がかかる。
ぶっちゃけスケートよりもそれを塾や別の習い事にかけたほうが格安であるし、
人生80年時代に人材を使い潰す業界は先が短い。
今は憧れが優先されているが、それがなくなれば真っ先になくなる競技だ。
ロシアなどの北国は国が後援しており、アメリカは上位数%のお嬢様しかできない
競技と化している。
はたしてこれは、競技といえるのか?
ボールがあればOKなサッカーが、世界的に強いのも頷ける。
そういうわけで、いのりは親に聞いてきた。
「ダメだって……」
「あちゃー」
みそぎもクラブの伝手がないので、そんな状態で言ってもダメなのは当然だと
後悔した。さて、気分を落ち込ませたらやること、それはなにかな?
そう、滑ることだ。
ほぼ毎日滑っているが、それでもいのりは光という目指している選手に追いつくために、みそぎと共に特訓をしている。
「今日はいのりちゃんこなかったんだね」
「みそぎちゃん、あの子も色々あるんだろう」
「それはそうですよ。あ、そうだ。これ」
みそぎが取り出したのはお金だ。
子どもにもたせておくのはおかしいくらいの大金。
親御さんの教育はどうなっているんだ、と言われるような光景だ。
しかしここには今、みそぎと瀬古間さんしかいない。
「いのりちゃんの分です。瀬古間さんがご自身の給料で誤魔化しているのは
知ってますよ?」
「ど、どこで」
「ふふっ、女の秘密です」
それを言われちゃかなわんと瀬古間さんは頬を少しかいて、みそぎからお金をもらう。
いわゆる売掛金なので、そのまま現金処理される。
そして払い終わったらリンクへ向かう。
今日は滑る練習ではなく、最近いのりが熱心に受けているダンスの練習だ。
みそぎは二種類の舞を踊れる。
一つは大きな動作で小さな感情を表現し、もう一つは小さな所作で大きな感動を心象に与えること。
彼女は動と静の加え方が得意だ。
フィギュアスケートはスケーティングやジャンプ、決められた筋道で駆ける
狭い競技だ。だがそこにかける情熱や技術は多くのものを用いる。
基本はバレエだったり物理現象を手玉に取ることが多いが、みそぎは
風に乗りながら静の美しさを見出し、静寂で見せる小さくも大きな所作が
印象を変えると信じてやまない。
その日は通常営業が終わるまで居座った。
「はあ、世知辛い」
ある日。身長が186センチというのっぴんぐトーテムボーイが、名古屋の大須スケートリンクをおとずれた。
アイスダンスのショーを行う人になりたかったようだが、もともと需要がそこまでない細い道。憧れは止められないが、常に現実が立ちふさがるのだ。
結局彼も資金難という現実に阻まれ、旧知の仲がいる名古屋へやってきた。
この日は感傷をなぐさめるという意味で、たまたま訪れていただけに過ぎない。
「やっぱりクラブ探しからだよー」
「良いクラブねー、私のほうでも探してみるよ!」
「おねがーい」
少女ふたりの楽しそうな声を聞きながら足元を見つつ階段を上がっていく。
「はいミミズ!」
「あ、ありがとうね、いのりちゃん」
「え、なんなのあの子」
「優しい子なんですよ」
いや、そんなこと聞いとらんし……とドン引き状態で、リンク入りをする。
ふと彼は思う。そういえば、珍しい髪色の子だったなと。
事前に有酸素運動をしていたので、静的運動を行い全身の筋肉をほぐしていると
突然大歓声が背中を打つ。
あまりの事態に靴紐を中途半端にして現場へ赴く。
今の時間帯は基本的に中学生はいない。つまり先程の少女を含め、放課後の時間的に小学生が多いのだ。それに中学生で芽が出なかった子は引退をしているか、クラブへ入り本気で上を目指すものが多い。
たまに趣味でスケートをするだろうが、部活動のいずれかに在籍していないと評価が落ちるのでありえないことだ。
「一体、何が─────」
絢爛舞踏。雪と華が舞う。
一つ一つの所作が最高点。白い髪の子は細部までが非現実と謳う。
もう一人は粗はあるが小さな子がおろそかにしがちなスケーティングをこだわっており、
腕や脚がブレない。落ちない。そして、傍らの雪と舞っている。
またジャンプは小さな少女(いのり)が二回転サルコウ+三回転ループを、
白い髪の子は三回転ルッツ(q)+三回転トウループを行いハイドロブレーディングを行う。
楽しそうにアイスダンスとシンクロナイズドスケーティングを2つ合わせて25%薄にし
た感じだ。
フリースケーティングプログラムを見て、彼は胸に熱い思いを抱く。
「は、ハハ、嘘……だろ?」
先ほどスケートリンク施設入口でクラブがどーのと言っていた二人が、
まだスケートの世界の入口にさえ立っていない!?
これは損失だ。だが自分にできることは、ない。
いや、今から行くところにクラブがある。
そこの名刺を渡そう。
彼は才能が潰れそうな所を見てしまう。かつての自分を見ているかのようだ。
しかしまだ彼は夢を諦めきれていない。
せめて、近くで見られたらと思ったのだ。
「き、君たち」
「なんです?」
「はー疲れたー」
彼は靴紐を結びスケーティングができるように準備万端で氷上へ赴く。
そこで改めて見ると、小さい。が、目の奥に見える焔は、小さな少女のほうが強大だ。
対して白い髪の子はどうだ?
吹雪の中に佇むかさこ地蔵のようにどうじていない。
彼の経験上、高身長故に子どもをビビらせてきた。
現に彼女の隣にいる小さな少女は怯えて、白い髪の子の後ろに隠れてしまう。
「おr、僕は明浦路 司といいます。クラブがどーのっていってたから、知り合いのクラブの名刺をあげるよ。
よかったらこの名刺に書いてある連絡先に電話して、相談してみてね」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます。ところで、あなたは知り合いのクラブのコーチでは
ないのですか?」
「あー、一応派遣ってことに」
「私、そこにしよう!」
「あ、ずるい! わたしもみそぎちゃんと一緒のところにする!」
に、と白髪の子は司に微笑みかける。
まさかマッカーサー、逃げられたいのか?
「気に入ったクラブがあれば好きにして良いと言われてますが、司先生でなければ
私は表舞台に立ちませんので」
「ええ!?」
白髪の子の流し目が司に突き刺さる。ついでに小さな少女の視線も突き刺さる。
そして、時間帯も合わせて、いのりとみそぎは同スケートリンクのクラブを訪れることになる。
司は高峰瞳に、ルクス東山のアシスタントコーチを後ろ髪を引かれる思いもある中、
先日の二人の子たちの期待に背けないということもあって中途半端な覚悟のまま
了承してしまう。
そんなときだ、簡単なスカート一式と荷物を担いだ白髪の子と小さな少女が母親同伴でやってきた。
「司せんせ♪」
「うっ」
「えーとルクス東山の高峰さんと明浦路さんですか?」
「司先生ー! よろしくお願いしまーす!」
「ちょ、いのり!」
「大丈夫だよ、ママ。私、みそぎちゃんと一緒にオリンピックを独占するから」
「あ、うん、じゃあ、契約書類を……」
「いやいやいや!? 誘った側だから嬉しいけど、うちでいいのか!?」
暗い雰囲気だったいのりの母親は、いのりのガンギマリな表情を見てすでに達観の
域だ。
最初というのもすでに何年前だろうか。姉が怪我をしてからのことだろうか。
それともいのりのスケートをしたいという願望を潰して諦めさせて、これからの人生を
ちゃんと暮らしていけるようにサポートしようとおもったころか。
学校外の共通の趣味を持つ子ができたからか、思いは一層強くなったように思えるのだ。いのりはみそぎによく相談していた。
どうすれば姉と同じようなスケート選手になれるか。
それは不可能を可能にすることが最初の一歩。自分の人生を相談できないのに、
自分の命を潰して魂を費やし心を削る競争生活なんてできるわけがない。
そう諭しては共に世間を驚嘆させ、肝を寒からしめてみせようと画策し
いのりは母親へ”黙って俺に投資しろ”という感じで宣言する。
で、一度だけクラブ先へ行って、色んな理由をこじつけようとしたが、
いのりの覚悟とみそぎの司コーチへの指名ということもあって断りきれなかった。
またコーチがなにやら驚いているが、さっさと契約しようぜと言う始末。
「馴れ初めは?」
「私達がシンクロナイズドアイスダンスを踊ってるときに、世界――取ろうぜって勧誘してきたんですよ。それも、熱い目で。キャー!」
「キャー!」
「「……」」
「ちょ、瞳さん!? 奥さん!?」
妙なハイテンションでいのりがみそぎにインタビュアーをして、かしましいことを行っているがそれを冷たい目で睨みつける保護者と高峰。
冤罪っぷりを披露した後、直ぐにバッチテストを受けるか話し合うことに。
「そういえば、みそぎちゃんはいのりちゃんと一緒に司先生に指導してもらう?」
「何言ってるんですか?」
「へ?」
「私、今年は在籍するだけで飛びませんよ?」
「「「えええええええええ!!!?」」」
FOOOO! OPをこの話書いてるときにずっと聞いてたけど、全く飽きない!