冰演の魔物   作:名無しの権左衛門

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原作P106 アニメ12:18~


今日はバッジテストの日だ!(後編)

 

 

「結束いのりさん」

「はい」

「合格ですよ。おめでとう、よくがんばったね」

「やっt、あ、ありがとうございます!」

 

 採点はすぐに行われて、初級バッジテストを受けに来ていた6人が招聘された。

そうしていのりは、8級まで使われる冊子を受取りみんなのもとへ帰る。

足取りは軽く、これからプログラムも踊れるっ!とこころが沸き立つ思いでいっぱいだ。

 また、最低限の実力を発揮できたので、母親にスケート界へ踏み込む実力があると

一つ示すことが出来たこともいのりの笑顔につながっている。

 

「いのりさん、どうでしたか?」

 

 エントランスロビーで待ち構えていた司達。

彼らは冊子を後ろにかくして歩いてくるいのりに、合否を確認するのだ。

いのりはもったいぶったようにしているけれど、隠しきれない安堵の表情が

すべてを物語っているのに気づかない。

 司や高峰ヘッドコーチは、それに気づいていてもなお、本人の口から

言ってもらいたいので口をつぐんでいる。

 

「受かりました!」

「よっしゃあ! よくがんばった! 偉いぞ、いのりさん!」

「第一関門クリアおめでとう、いのりちゃん!」

「ありがとうございます!」

 

 初めての教え子が初めてバッジテストという公の場で認めてもらえる。

それが司にとって、とても誇らしい気分となった。

 なによりこれからオリンピックへ向けて、プログラムの練習やステップシークエンスを

教えていくことになる。

これから忙しくなりつつも楽しくなるぞ、と満面の笑顔と仕草で喜びを表現した。

 

 いのりは祝福の賛辞を受け取ると、のぞみの元へかけよる。

 

「お母さん、合格したよ!」

「うん、お母さん見てたわよ。よくがんばったわね。

オリンピックへの第一歩なんでしょ? 応援するわ」

「本当!?」

「ただし! 怪我したら許しませんから!」

「うっ、き、気をつけます」

 

 いのりは怪我をしないように今までもずっと気をつけている。

なにせ姉の惨状を見ているから。だから今までウォーミングアップは欠かさなかったし、

みそぎといっしょに筋肉トレーニングやスポーツマッサージを取り組んできた。

それが今功を奏して、肉離れや筋肉痛もなしに氷の上を片足で滑走できている。

 スケートを始めたばかりは、ただ楽しかったのもあった。

しかし片足で基本滑るとなった時、二本で支えきれていた体重が一本に集中。

結果筋肉痛でしばらくまともに滑ることができなかったことがあるのだ。

 

「今日は遅いし、カフェはまた明日ね」

「えー」

「いのりさん、今日はゆっくり休んで、明日みそぎさんに報告しましょう」

「はい!」

 

 いのりのごねりを華麗にスルーするのぞみ。

そして興味の方向を見事に変える司のフォローもあって、いのりは素直に帰ることを決める。

 

 家に帰ったいのりは、LIℕEでみそぎに合格報告をしようかと迷っていた。

そんなときである。上着をハンガーにかけて、クローゼットへしまい込もうとした時

それを発見する。

 金色のペンダント。夕方、木の枝に引っかかっているのを見つけて、いったんポケットの中へしまい込んでいた。

しかし直後、盛大に頭をぶつけて色々弾け飛んでしまったのだ。

おかげさまでこのペンダントのことを、今の今まで忘れていたのである。

 

(ま、まずい……)

 

 バッジテストで見舞われた緊張よりももっと重いものが、いのりの脳内を駆け巡る。

いわゆる窃盗や万引きは、ダメ、ゼッタイと学校で警察官から学んだ言葉が脳内に迸[ほとばし]ったのだ。

 やってしまったことの重さを感じる。今でもこのペンダントの持ち主が、無いないと悲壮な表情で拾ったわたしを恨んでいるのではないか。

 そう信じ込んでしまったいのりは、すぐに母親に盗んでしまったことを伝えようとした。しかし、オリンピックへの道を応援してくれているのに、盗んだことを言ってしまえばどうなるか。明らかだろう。

 

(そ、そうだ。みそぎちゃんに相談っ)

 

 変なことを考える前に、友達に相談する。今までやってきた深い思い込みをなんとか防ぐため、とっさに思い出したのが相談すること。

こういうときのためにLIℕEを交換したわけじゃないけど、きっとみそぎちゃんなら

相談に乗ってくれるはず。

 

『こんばんわ! 相談があるの』

 

(てが、てがふるえる……)

 

 恐怖と緊張、バレた時の蔑んだ目。友達じゃない人の言葉も、いのりの心をかき乱すには十分な威力をもつ。

それが友達から発せられたら? 

負のイメージで想像が凝り固まる。ますます最悪の状況が、思い描かれる。

 

(お願いっ、あ、既読ついたっ)

 

 どんなことが書かれるのか。開口一番バッジテストのことじゃなくて、相談。

完全に落ちたみたいなことを書いてる、とこの一瞬で気付いたがもう遅い。

デジタルタトゥーは半永久的に残る。消したとしても情報の残滓が漂い続ける為、

誰かに拾われる可能性が高い。

 ネットリテラシーを道徳の時間で学んだにも関わらず、

浅慮な思考で書き込んでしまったと後悔しか残らない。

 

(どうしよ、どうしよう、ああ、どうしよう)

 

 刹那。呼び出しの鈴がなった瞬間に、コンマ1秒で出る。

 

「みそぎちゃん! あのね!」

<こんばんは、いのりちゃん>

 

 切迫したきもちが、その声を聞いた瞬間霧散する。

安堵だけでなく、緊張と恐怖の非日常がようやく日常に戻ったと精神が安定したようだ。

電話越しでもわかる普通。ただ普通に接してくれる。何もただ、話し掛けてくれるだけでなんと心地いいのか。

 

<バッジテストどうだったの?>

「え、あ、えーと、それは内緒!」

<内緒かー残念だなー>

「うぐっ、あ、明日、明日言うからっ!」

<ふふっ、楽しみにしてるね>

 

 それからいのりは優しく声をかけてくれるみそぎに、今日のバッジテストのことをいう。どこが難しかったのか、どういう順番でやるのか、本当にいつも通りでなんとかなったと。

いのりが成長したことをこんこんと伝えられるみそぎは、電話越しでもその声色で察することが出来た。上ずった悲鳴を聞いてなんぞやとおもいつつも、ただいつも通りで接したみそぎ。

 そんなみそぎのいつもどおりで、いのりが自分を取り戻すことが出来た。

そして話題は叢[くさむら]で、綺麗なペンダントを見つけてお姫様みたいな女の子にも会ったことを伝える。

 

「そ、それでペンダント、持って帰ってきちゃって」

<じゃあ、明日、わたしと一緒に返しにいこっか>

「か、返すって」

<きっとペンダントを探している子も、まだあきらめきれないと思ってるよ>

「そうだよね……。えと、明日、一緒に行ってくれる……?」

<もちろん!>

 

 いのりが重篤な思考の海へ落ちていったことなのに、

みそぎとおしゃべりするだけで自然と声に出せた。

なお、いのりがみそぎのよくわからないテンションを回避するための言動を、

そのお姫様みたいな女の子に言ったことは割愛されている。

 

 すでに情けないのに、さらなる羞恥をかさねたくなかったのだ。

 

「それじゃ、また明日スケートリンクで!」

<うん! おやすみなさい、いのりちゃん>

「おやすみなさい……みそぎちゃん」

 

 

 いのりは携帯を耳から外して、勉強机の上に置く。

そして大きなため息をつく。

やっと大きな使命の一つを完遂したかのような、清々しい表情をした。

 

 これ以上のことは考えず、楽しい明日のためにすぐに布団の中へ入り込んだ。

暗闇を抜けた先にあったのは、希望の光。

それが今、いのりを照らすのだ。

 

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