冰演の魔物   作:名無しの権左衛門

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テストクリア報告と敵情偵察だ!(中編)

 さて気を取り直して、間近で敵情偵察と洒落込もうかと更衣室へ赴く二人。

そんな時、ふとみそぎはいのりへ語りかける。

 

「そういえば、いのりちゃん。ペンダントってどういうものなの?」

「え?」

「もしもそれがペンダントじゃなくてロケットだったら、情報があるはずなんだけど」

 

 いのりは二人しかいない更衣室で、件の物を取り出す。

ちゃんとハンカチに包まれていて、少しでも傷がつかないようにと配慮されているのがわかる。

他人の感情に機敏なのもあって、物の損傷が他人の心を壊す遠因になると、いのりは

大事に大事に取り扱っている。

 そうして取り出したペンダントだが、別に変哲のないものであった。

どこをどうみても模様が刻まれた金色のペンダント。

 

 情報がなさすぎてどうしようもなくなった。

すぐに再包装して、バッグにしまい込みリンクへ上がる準備をする。

ここに来たのは偵察と言われたが、スケートリンクに来たのに滑らないのは

おかしい。

 そういうわけで、さっさと滑る準備をする。

その時だ。

 

「あの結束って子と一緒に走ってるアレ、気持ち悪いよね」

「新しく入ってきた先生に取り入ってるの、見てて気味が悪い」

「白い髪に赤い目、みててぞっとするわ。アレ、染めてるわけじゃないんだもの」

「代謝がいいんだから、髪の毛なんて根本から髪色がわかるからねぇ」

「クラブが儲からないからって、座敷わらしでも入れたんじゃない?」

「妖怪憑きってこと? さっさと駆除してほしい」

「ほぼ専属で二人を面倒みないでほしいわ。

高い金払ってるし、才能があるうちの子を専属にしてほしいんだけど」

「そうそう! しかもあいつら11才ときた。ジャンプなんて、

あの光がトリプルジャンプ飛んでるんでしょ? 

今頃の子が、そんなのもできない時点で遅れてんのに」

「才能ねぇ、身体も成長してるんだから、相応にできるもんでしょ。

才能じゃなくて、完全な身体能力ね。先生も見る目がないわ」

 

 と、どうどうとした陰口(?)が聞こえる。

これを聞いたいのりは、目尻に雫を溜めそうになった。

 だがそれとは逆に、みそぎはめちゃくちゃイライラし始めた。

なにせ、先生がスカウトしてくれたその判断を罵倒しているのだ。

私を愚弄することは、司せんせを愚弄するのと同じ。万死に値する、と。

 今すぐにでもスケートブレードをむき出しにして、殴りつけたくなる

黒い感情が溢れ出す。

 

 そして表へ向けて出ていこうとしたその時だ。

 

 凛とした少女がそこにいた。

深夜において一人舞台を繰り広げる氷輪の零下を受けてもなお

煌めく漆黒の絹、新月の寒空に瞬く星たちさえ嫉妬するその輝きは、

いのりとみそぎの感情をすすきの原っぱにかえる。

 

「え、どうしたの!?」

 

 直前まで公共電波にお乗せできない表情をしていた二人に、その少女は

驚嘆せしめる。

身から溢れ出んばかりの雰囲気を真正面から受けてしまったいのりとみそぎは、

しばらく硬直してしまった。

 

「あれ、君、昨日のっ。えと、LIℕE交換する?」

「え、あ、うん、しよう!」

 

 いのりが少女とLIℕEを交換している間、みそぎは陰口が聞こえないように

扉を締めて電気をつける。

あまりの気の昂りに、モザイク必至の表情を出してしまったみそぎ。

リラックスして、わちゃわちゃしている二人に声をかける。

 

「いいなぁ、わたしだけ仲間外れ~?」

「べ、別にみそぎちゃんを仲間外れにしたいわけじゃっ」

「ね、黒バラのお姫様、わたしとLIℕE交換しよ♪」

「(お姫様!?)交換しよう!」

 

 黒薔薇のお姫様は、自身の素性を知らないと出さない反応をしている

みそぎに警戒心を抱かず、朗らかな面持ちのままで電話番号を交換するに至る。

 

「ところで、なんであんな顔してたの?」

「ふふっ、気にしないで♪」

 

 お姫様はリンクで滑る準備をしている間、いのりとみそぎは

彼女を待つためにウォーミングアップを施す。

途中でお姫様も参加して、ラジオ体操を一緒に行う。

 かわったウォーミングアップだなあ、とラジオ体操のことを全く知らないためか

いのりに教えてもらいながら行う。

 

「あれ、これって意外と……」

「あったかくなるよね!」

「これがラジオ体操だよ。明日から一緒にやろうよ!」

 

 学校から大須スケートリンクまで結構距離があるので、

いのりやみそぎほど早く来れない場合もある。

また、途中下校してリンクに入り浸ることもある。

だからこの提案は嬉しかったけれども、お互いの境遇をよく知っていないので、

断るしか出来なかった。

 

「え、えーっと、わたしってここがホームリンクじゃないんだ。

だから遠くてさー」

「そうなの!?」

「ようこそ大須スケートリンクへ! わたしたちのホームリンクはここなんだ!」

 

 みそぎは誘いを断ったという事実に引け目を感じている少女を、

暖かく歓待する。

 遠いなら仕方ないし、なによりホームリンクじゃないなら使い勝手もわからないはず。

ここは先輩として、いのりちゃんと一緒に教えてあげなくちゃ!、となにやら奮起しているぞ。

すでに涙も怒りも消え去ったいのりとみそぎの表情を見て、

お姫様は二人とともにスケートを滑ろうと決意する。

 

「あ、そうだ。わたしの名前は……えーと、みそぎって呼んで!」

「じゃあ次、私はいのりっていうの!」

「みそぎちゃんにいのりちゃんね、わたしは光だよっ! 

ていうか、いのりちゃんって、最初のときと性格違くない?」

「あ、いやー、あのときはちょっと焦ってて」

「いのりちゃんね、昨日がバッジテストだったんだよ」

「ほんと!? ねぇねぇ、何級!?」

「えっ、しょ、初級……」

「初級! いいじゃん! これからもっとスケートが楽しくなるよ!」

「そうなんだ? ねーねー初級クリアすると、どんなことができるようになるの?」

「私は初級をクリアしたら、ジャンプとかいろんなことができるようになったよ。

ほら、プログラムってやつ」

「「ああ!」」

 

 いのりとみそぎは、光から初級をクリアしたらどんなことができるのかを

詳しく聞く。しかし、時間がなくなってしまうことに気づいたみそぎが、

いのりと光の手を掴んでリンクへ赴く。

 

「あ、光ちゃんよ!」

「今日はここで練習するのね、私の子と一緒に滑ってくれない?」

「次の――――」

 

 みそぎが連れている光に目が眩む井戸端のネズミども。

あいも変わらず口うるさく、自己中心的な歯に衣着せぬ濁流を浴びせる。

しかし光が応えるそぶりをみせず、引きずられ仲間にいのりがいることに

バツがわるくなる。 

 みそぎこそ、一瞥すらくれてやらずに、さっさとスケートリンクへ向かう。

なお、引きずられていたいのりは、気が気でなかったようだ。

 

「滑ろう!!」

「そうだね!」

「じゃあ、最初は軽くストローク行ってみよっか!」

 

 初級をパスしていることを知った光は、容赦なくスケート用語を口に出し

先行してすべる。年長者としてスケートの先達として、

ここまでたどり着いてみなという教育をする。

なお初級であるいのりと一緒にいるみそぎのことを知らない光であるが、

友達なんだからクラブの子でしょと勝手に思っている。

 あながち間違いではないが、公式にいうとまだ習い始めて二週間程度である。

そのため、ちょっとした認識の齟齬が発生しているが仕方ないのかもしれない。

 

「すごい! 速いよ、光ちゃん!」

「良い筋肉してるよね、あとで触らせてもらえないかな?」

「……え、嘘だよね?」

「……」

「無言で手をワキワキさせないで!?」

 

 光は無言で近寄ってくるみそぎから全力で逃げるが、

今までみそぎがいのりとスケートで遊んでいた中で試行錯誤したスピードスケート

の技を使って徐々に追い詰めていく。

 

「いやいや、なんで追いつけるの!? 初級でしょ!?」

「スピードスケートってご存知?」

「ゼッタイなんか違う!」

 

 ストーカーと化したみそぎに驚きつつも、いのりと行う謎のコンビネーションで

ついに追いつかれてしまう。

だが抱きついて確保というのは普通に危ないので、速度を緩めて追撃終了とする。

 なお光は初級という習いたての子が、自分に追いつけるという事実に驚愕するとともに、冷え切っていた闘争本能に火が付く。

 

「身体が温まったみたいだし、ジャンプしてみる?」

「お、いいね! いのりちゃんもやってみようよ!」

「う、うん! 最初はどうするの?」

 

 本当ならばスピンやステップから順番にやっていって、

見様見真似でやっていこうかなと思っていた光。

しかし先程見せてくれた意外性で、もしかしたらジャンプもできるんじゃ?と

淡い期待を乗せている。

 そういうわけで、早速初級の子に対して残酷なジャンプから行く。

少々大人げないが、火を焚き付けてしまったため仕方がない。

 

「まずはシングルトウループね」

「おっけー!」

「あ、これならできるよ!」

 

 シングルを軽々飛んでいく公認初級と初級の友達。

このトウループというジャンプは、飛ぶ時に左足のトウをついてジャンプする。

初心者は多くかつ安定して回りたくて、氷を強く打って飛んでしまう。

 たしかにこうすれば、不安定でも飛べてしまう。しかし、トウというのはスケートシューズのエッジのカーブの先にあるギザギザの場所で飛ぶのだ。

これを毎回氷に勢いよく打ち付けると、足首を痛めたりリンクに穴を開けて、

他の人に大きな怪我をさせてしまうのだ。

 

 また、トウに力を入れるということは、トウを突くとき重心や体力をそこへ持っていくことにもなる。つまり、体力が切れやすくなったり、綺麗で安定した

トウループができなくなってしまうのだ。

 

「よし、綺麗にできた!」

「いいよ、いのりちゃん!」

「おっ、いのりちゃんもみそぎちゃんもやるね~!」

「でしょでしょ~?」

 

 最初に光が飛んで、次にみそぎ、最後にいのりが飛ぶ。

光が発案者なので最初に飛ぶのだが、次に飛ぶのはみそぎが先である。

べつにいのりが先に飛んでも良いのだが、緊張をなくして綺麗に飛ぶため

みそぎが先導した。

 そしていのりはというと、星屑を煌めく雲海に流星の如く駆け抜ける、と

めちゃくちゃ感動して必死に光とみそぎのジャンプを脳裏に焼き付けていったのだ。

 

「次、シングルアクセルジャンプ!」

 

 左足のアウトエッジで前方に滑りながら、右足を振り上げ左足のエッジで踏み切る。

遠心力がついた右足を左足でブロックして右回転し、1.5回転して後ろ向きに右足で着地する。

通常のジャンプより1.5回転しなければならず、他のジャンプと違って前に滑らなければ

ならないので難度が高い。

 特に問題なのは、一番質量が大きい右足の振子の力をすべて使えないことだ。

そこで回転に必要な左足を一気に右足へフォアクロス(前方交差)し、

伝導を変化させずそのまま腕と頭を使って回転慣性に加えいれる。

 

 角運動量が良ければ、高くジャンプしながらよく回転できる。

逆に勢いをつけすぎて遠心力をうまく伝導できず、高くジャンプするだけになる

ということにならないよう注意しないといけない。

 

「光ちゃんすごい! エッジが深いよ!」

「うん! 進入角が深くて、うまく角運動が出来てる!

たしかに、これならよく飛べるよね!」

「いやいやいや、二人とも本当に初級以下なの?

ふたりとも姿勢がぶれてないし、中心点もずれてないんだけど!」

 

 めちゃくちゃ褒めてくるいのりとみそぎに、光は謙遜しつつも二人の

技術力を褒める。初級とは?と笑顔の裏で、煮えたぎる熱い思いが渦巻く。

 なにせ光が所属しているフィギュアスケートクラブ(FSC)は、

名スケート選手を輩出しつづける名港ウィンド。

ここには光には劣るものの、世代最高を務められる多くの才能が集まっている。

 だがしかし、そんな才能たちを圧倒する闇の帳がかけられ、

光り輝こうとする黎明や爛々ともゆる星海をも暗雲でかきけす

天才という災禍があらゆる可能性を潰す。

 

 だというのに。

 

「楽しい!」

「シンクロナイズドスケーティングでもやってみない?」

 

”女王様気取りがそんなに楽しいの?”

”お、名誉FSC会員じゃん。いまさら弱小と一緒に滑る気になったの?”

”どーせ貸し切りしてんでしょ? そっちで滑りなよ”

 

「どうしたの?」

「次はダブルジャンプだよね、さあ飛ぼう! 今すぐ飛ぼう!」

 

 光は心配そうに顔を覗き込んでくるいのりと、ジャンプの対戦みたいに

奮起するみそぎを見て、悪意の幻覚が霧散していく。

 

「ね、ね、光ちゃん。私が最初に飛ぶから!」

「やった! みそぎちゃんのジャンプだ! 光ちゃんも見てて、

すっごい綺麗なんだよ!」

 

 いのりは光の手を掴んで、みそぎのジャンプを横から見れる位置へ移動する。

繋がれた手は冷たいけれど、たしかに温かい。

心地が良い環境が、自分の知らないナニカを解かしていく。

それと同時に、眼の前で行われたそれに、胸が高鳴るのだ。

 

「あー、回転足らなかったー」

「おしい! こういうのって、えーとなんとかグレート」

「ダウングレードね。あと25度足りなかったよー」

「あ、あのさ、みそぎちゃん」

「ん、なぁに?」

 

 光は失敗したとして燦然とした天稟の演舞を見せつけられる。

それは光の網膜に焼き付き離れないのと同時に、全身に熱がこもり

足に力が入っていく。

 

「そ、それってさ、まさかなんだけど……」

「うん! クワドロトウループだよ?」

 

 柔らかな微笑みと表現できるかもしれないが、光はみそぎの表情を

挑発ととらえた。

 

 氷の女王? じゃあ、その玉座から引きずり堕としてやんよ。

 

 次世代の扉が開かれてしまった。

瞳孔が開かれ眼前の後輩を見やる。

畏怖? 戦慄? 驚愕? いやいや、そんなちゃちなもんじゃない。

 同世代にライバルはおらず、光の一強時代と世間で持て囃され

先達も危機的な状況に陥っている、とマスメディアが危機感を煽る。

 

「あ、できた! トリプルルッツ!」

「いいよ、いのりちゃん!」

「すごい! こっちに移籍したいくらい!」

「スケートリンクが遠いって言ってなかったっけ?」

「そうなんだよね……」

 

 隣には誰もいない。圧倒的強者に学び、氷上の絶対強者に立つ。

孤高のスケーターとして歩んできていた光に、突如出現した一等星。

今まで星雲にまぎれていた原始星は、いつのまにやら青色巨星へと成長していた。

 

「毎日スケート練習があるから、光ちゃんのホームリンクにはいけないかな」

「でも、週に一回休む日があるよね?」

「いのりちゃん、それはだめ。早く一緒に大会で競い合いたいんだ」

 

 軽くステップを踏みながら会話をする。場所取りもあって、一箇所にいることはないが

最終的にフォアクロスやバッククロスで集合するので、

離れていても会話したい時に戻ってこれるのだ。

 更に光が大会で使用したステップをしては、いのりとみそぎが真似して

うしろにべったりくっついていくというスピードスケートをする。

 

「うーん、みそぎちゃん」

「何かな、光ちゃん」

「ジャンプなんだけど、なんかずれてない?」

「ほんと?」

「うん。私はトウジャンプする前の進入で膝を曲げて腕を伸ばして上体を倒すの。

で、左のフリーレッグを後ろに伸ばして、進入角45°をトウでつく。

そして、上体を軸足とI字になるように起こして、フリーレッグを軸足に

フォアクロス。腕も折りたたんで着氷したら、腕を伸ばしてバランスを取るの。

もちろん頭は回転する方向に曲げてね」

「あ、そっか。みそぎちゃんって、腕と脚の遠心力だけ使ってるから身体がぶれてるんだ」

 

 いのり・光・みそぎの三人は、お互いの時間が取れないから今を一所懸命に遊びつつ、

切磋琢磨することに決めたようだ。

得意なことを伸ばしつつ、三人で違和感があったところに意見を出し合って

少しずつ改善していく。

 基本は全員が同じことをしつつ、スピンやステップを自由に行う。

そして光がフリープログラムで行うようなエレメンツ構成で滑るので、

それに合わせて合流しジャンプしていく。

 

 一番最初に研究対象になったのは、みそぎのトウループ。

光から見た第一印象は、軸がぶれている。

力技と角運動にたより、遠心力が技を乱す。

スケーティングや演舞を重視し、ジャンプをおろそかにしたのがよく表れていた。

 またいのりもアイスダンス選手の司仕込みであるスケーティングやみそぎ仕込みの

バレエや舞による所作・視線・姿勢は完璧だった。

しかしまだまだジャンプが荒削りで、うまく力を伝導できていないことが判明。

 

「いや、すごいね。ぶれっぶれなのに、なんでクアドロとかトリプルできるの?」

 

 素人が教本や手本に従って学んだ結果、細かい技術がないまま飛べてしまっている現状。

それと反比例するかのように、光はすべての所作がトップクラスだ。

特に予備動作が少ないのにジャンプを軽々と飛んだり、スピンによるトラベリングもなく

遠心力を抑え込む筋肉が発達している。

 特に驚愕するのは、ビールマンスピンやI字スピンだ。

フィギュアスケートは筋肉や精神的忍耐力も必要だが、特に注目されるのは柔軟性。

 

 かの有名なフライングシットスピンやそこから行うキャノンボール、

そしてレイバックスピン・ビールマンスピンと身体が柔らかくないとできない

努力の証を求められる。

これらは上位の難度の技であり、大量得点の大元になっている。

 また柔らかいだけでなく、遠心力が常にかかりながら姿勢をきれいに保ちつつ

自分の柔軟性を示さなければならない。

筋肉に力を入れると固くなり、関節が動かなくなってしまう。

そうなれば高難度の技である上記のスピンをすることができなくなるのだ。

 

「姿勢制御の賜物ってやつだね」

「そうかな~?」

 

 こうして三人で滑っていく。お互いに知らないことを知りつつ、既存の力をアップデートして新たな力にする。

危機的状況で出会ったいのりと光は、お互いに意識しつつ遊んだ。

そしてそんな楽しそうないのりを見て、みそぎは少しさびしそうだけど少し引いて見守っていた。出るときは出て、譲るときは譲る。

 今回光と縁を結んだのはいのりだ。いのりをたてるのが、みそぎの役割だと思われる。

しかし一歩引いたところで、気を遣われていると感じたいのりはみそぎの腕を引っ張って

隣へ立たせるのだ。

 

「ね、明日も来るの?」

「うん。今週いっぱい、ここで滑るんだ!」

「へー、そういえば光ちゃんって、一日何時間練習してるの?」

「えーとぉ、深夜とか早朝、早退したり……まあ、たくさんだね!」

「おおー、光ちゃんに勝つにはそれくらいやらないとダメかー」

 

 次の貸し切り練習のために、一般営業は終了する。

本来ならば光も貸し切り練習のために、スケートリンク周辺で滞在しなければならない。

だが先行で予約が取られたりしているためか、貸し切り練習をするための1枠を

取ることが難しいようである。

それも相まって、今日の練習はこれで終わりになっている。

 そして荷物をまとめて帰るかーって更衣室から出た時、

司がズザーっとフェードインしてくる。

 

「いのりさん、みそぎさん!」

「つ、司先生……」

「あ、司せんせ」

 

 いのりとみそぎはまずったという表情をする。

特にいのりは司がメインコーチなので、なおさら表情を暗くしてしまう。

なにせ今日は偵察の日。名目上は休みだけど、ここにやってきたということは

お知らせ内容に同意したということだ。

 事前通達事項を無視するというのは、社会から爪弾きにされる

行動の一つに捉えられる。

 

「いのりさん! あなたのジャンプすごかった! 3Lz[トリプルルッツ]を飛べるように

なったら次の大会で最大の武器になるよ!? バッジテストも6級くらい余裕だね!

みそぎさんも最高だ! 4T[クアドロトウループ]なんて、

からだの負担が大きいからやめろって言われるのに、全く負担に見えないあの軽やかさ!

まるで妖精だ!」

 

 いのりは思っていたのと違う反応で、驚いてしまう。

なにせコーチの約束を二度破ってしまったのだ。少しお咎めが出るかもしれないと思った。

表情の他に口周りや目の向きを探っても、負の感情は見えない。

 負の要素よりも、感激の要素が強い司。そもそも今日は休みと伝えているので、

指示がどうのとかまったく気にしていないようだ。

それはそれとして、すこし寂しかったのもあるみたい。

 

 なんせ、いのりのジャンプの安定を、コーチである司自身ではなく

光とみそぎが手伝って完全無欠にしてしまったんだから。

もちろん悪く言うつもりはない。この不出来な汚名を、

プログラムやエレメンツで返上してやると心のなかで熱を循環させている。

 

 みそぎはというと、素直に4回転を褒めてくれることが嬉しくて腕に抱きつくのだ。

だいたいこういう大胆な行動は、必ず世間体がよろしくないことを言われるので

司の身体がピシッと動かなくなってしまう。

 

「司せんせ、それってプロポーズ……?」

「うわぁ、司先生ってロマンチストなんだね」

「え、そういう……関係だったの……?」

「明浦路先生?」

「司くん。不祥事はやめてって言ったはずよ?」

(ああ、間が悪い……)

 

 顔を赤らめながら言うみそぎ、ドン引きじゃなくて素直に感心するいのり、

初めて出来た友達であり最大のライバルが急に男にすりよる姿が頭にズドンとくる光、

いつの間にかお迎えにあがっていたのぞみ、次の貸し切りに参加するために訪れた

高峰ヘッドコーチにこの場面を見られてしまう。

 

 本当に哀れだ。

 




光さんといのりさんの関係性は、あまり変化していません。

kisane様、訂正の程ありがとうございました。
一応みそぎは、光に対して調子乗るんじゃねえ、光が私を追うんだよって態度なので、後背とのダブルミーニングなんですが、やりすぎでしたかね?
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