冰演の魔物   作:名無しの権左衛門

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教わるのってむずかしい!

「黙らせました♪」

「おお! その何クソ根性こそ、スケーターに必要な心だ!

いいよ、かっこいいよ!」

「みそぎちゃんかっこよかった!」

「ふふっ、ありがと」

 

 つっけんどんな表情で煽りつつ、贔屓してもいいだろう?という強者感満載な芝居を打ってきた。まだ氷の女王然でレリゴーしているからか、妙に艶めかしい流し目をくれてやる。

 あーまだ変わってるー、といのりは無傷でスルーしている。

子どもがあんな表情するのは大会だけでいいよ、と心中穏やかじゃない司もはよ戻ってこいとひと声かけた。

 

「さて、明日からと言いたいところだけど、もう少し見ておきたいことがある」

 

 司がみておきたいのは基礎中の基礎、スケーティングだ。

基本的に競技におけるスケートは、片足で滑りもう片方の足は氷につかないようにしないといけない。そこで見ていて気持ちがいい滑りが最低限できているか、というのを今のうちに確認したいのだ。

 なにせ次の日から司もアシスタントコーチとして、いのりやみそぎ以外の子も見ることになる。少々時間の余裕がある今だからこそ、このスケートリンクの端っこを使って確認できるのだ。

 

「じゃあ一度円を描くから、いのりさんはこの円に沿うように滑ってみて」

「はい!」

 

 するっとコンパスで描くように、軽々と氷にエッジ痕をつける。

本当ならもう少し広く取ってやりたいが、まだ一般営業の時間だ。

成功が確約されているであろう才女らのサンクチュアリを作り上げるのは、

流石に無理がすぎる。

 用意ができたいのりはみそぎから教えられた技術”ストローク”を使って、

一定の感覚で足を交換し滑らかに蛇行を行う。

トップスピードになる前に目的地へ到達する。

 

「おお~」

「先生、どうしたの?」

「いや、いのりさんはすでに一流のスケート選手だなってね。

よし、あなたにはコンパルソリーフィギュアをやってもらうよ」

「こんぱ……?」

「Compulsory figures。リンクに書かれた模様に沿ってエッジをすべらせる競技だね。

フォアクロスをやりながら、きれいな滑り方を学んでいこう!」

「わかりました!」

 

 コンパルソリーフィギュア。1990年に廃止された競技で、ただただ地味な作業を見ていてエンターテインメントさに欠けるといわれた。

ただエッジの扱い方や体重移動などの細やかな技術が見て取れ、

腿上げフリーレッグと同じく基礎練習に取り入れているところが多い。

 また、バッジテストの初級周辺も、その技術を求められているので

おろそかにすることは、スケートを嘗めていると見て取れるものだったりする。

 

 いのりがフォアクロスをしながらエッジで描かれた円を丁寧になぞっていく。

千里の道も一歩からと進みだした少女に、羨望の眼差しを向けるみそぎ。

ずっとリンク外から眺めているのも気落ちがしそうだったので、

氷上へ舞い戻ってくる。

 

「司せんせー、私もなぞってもいいですか?」

「うん、もちろんだよ。ちょっと場所を取れなかったから、怪我に気をつけて」

「わかりました!」

 

 いのりが路側帯から外れないように踏ん張っている自転車になっているが、

みそぎは平行棒へ乗っては滑るスケボープレイヤーのようだ。

司はこの端っこで急遽行った基礎練で、いのりとみそぎの得意分野がわかってきたらしい。手で拍子を作り、氷を蹴るリズムをつけながら差異を味わう。

 自転車は小回りできず軸がぶれて速度が落ち、線から脱落していく。

かわってスケボーの方は小回りが得意なようで、ライン上のアリアを高らかに歌っていた。

 

「みそぎちゃん、どうかな?」

「良いと思うよ? ちゃんとさげられてる」

「やったっ……ね、少し速くしてみる?」

「いのりちゃん、今は司せんせがコーチだよ?

私に聞いちゃいけないと思う」

「あ、そっか。ごめんなさい」

「まだ最初だから、少しくらい許してくれるよ」

「うー、この後がこわい」

 

 司はそんな会話が聞こえたがまだまだ新米のコーチであり、

ノウハウはまったくない。

それに自分に合っているコーチングを模索している最中だ。

変に関係がこじれたら、今後一生後悔するだろう。

 一応手拍子してるんだけどなーと思いつつ、

通常速度1.5倍であるみそぎと1.2倍のいのりに苦言を伝えることはなかなか難しい。

 

「今日はこれくらいにしようか」

「「はい!」」

 

 前進左回り、前進右回り、後退左回り、後退右回りをおこない、どこまで腕が耐えられるか。

インナーマッスルが鍛えられているようで、ほとんど腕が落ちなかった。

初心者とは一体何なのか。関係者一同が頭お抱えになられる案件だったりする。

 

「あ~づがれだ~」

「お疲れ様」

 

 慈しみの声色でがんばるいのりの汗をふいてあげるみそぎ。

そんなみそぎになすがままにされるいのり。

友達であると端から見える睦まじさだが、翌々考えてみればおかしいところがある。

 それこそ、どこで疲れたのかということだ。

初心者は初めてのフォアクロスや長時間の後退スケーティングに、精も根も尽き果てる

のだがそういう雰囲気ではない。

 

「えーといのりさん」

「はい! すみませんでした!」

「ええっ!? まだ何も言ってないよ!?」

 

 レギンスや厚手の靴下を履いていたとしても、靴擦れや疲労で炎症を発していることもない。

 

 そうだ。と司はなにかに気づく。

練習途中から会話がなく、ひたすら喰入るように原画を睨みフィギュアを刻む。

 

「司せんせの言う事を無視して、私といつものようにしてしまったんです。

どうか、いのりちゃんを許してくれませんか!?」

「あ、そうか……。うん、いのりさん」

「はい!」

「明日から本格的にてっぺんを掻っ攫う訓練をします。

俺を信じてついてきてほしい!」

「はい! 絶対に疑いません」

 

 

 レッスンが終わっていのりが母親と帰り、みそぎも帰路につきクラブの時間が始まるその時までアイスパレットが来場者へ戦慄をもたらすアカシックレコードとなる。

初心者どころか今まで関係者にかかずらうこともなくこんな技量を持つ。

普通に考えればありえないことだった。

 司は、この短時間でフォアクロスの精度とストロークの効率を上げたいのりに度肝を抜かされる。

ソレと同時に全くブレないフィギュアを描ききったみそぎに、

身震いを覚えてしまう。恐怖じゃない。

 

 自分以上に”持っている”彼女を、担当できためぐり合わせと幸運を噛み締めているのだ。

 

「瞳さん、いのりちゃんのお母さんは来ましたが、みそぎちゃんのご両親は来ましたか?」

「それが電話で確認できないのよね」

 

 取得できたデータを書き綴っていると、ヘッドコーチである高峰瞳がずっと携帯電話(Ipad)をいじっているのをみてどうかしたのかと聞く。

今回が初めてのクラブ来訪だというのに、契約書類に保護者の名前が同じ名字でなかったり、印鑑も天神姓でみそぎの名字と違う。

 これが昨今でよく言われる、夫婦別姓というやつか!?と最近の潮流に驚きを隠せないようだ。

 

「しかし天神ですか」

「天神……天神……どこかで聞いたことがあるような?」

「えーと、あった。”天神後援会”?」

 

 一般営業が終了する時間、普通のサラリーマンが電車でグロッキー、

渋滞でグロッキーになってお家のベッドやソファへフライハイしている頃。

みそぎが書いた電話番号は、すでに誰もいない”天神後援会”のものであった。

 

「ま、まさかと思うけど……」

「みそぎさんって政治家の娘?」

 

 其の結論に至った時、この話題は今後一切口にしないように決めたのだった。

こういうのはだいたい一般人には、どうしようもないほど根も闇も深い。

関わらず変わらずみそぎへ接することが決まった瞬間だ。

 

 




DMM版メダリストのP70-72で、すでに3日も経過しているんですよね。
考えるな、感じろっていうのが視覚情報中心の漫画では仕方ないんですが、
やっぱ気になっちゃうんですよね。
数話ほど、この行間を書きます。流れが遅く申し訳ありません。
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