冰演の魔物   作:名無しの権左衛門

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レッスン二日目! 回る、すっごい回るよ!(後編)

 

 彼は思う。スピンができたのでスケーティングをコーチしたり、と

アイスダンスをやってきた経験を使って指導をしている。

だがコーチのレベルが、選手に合っていないのではないかと。

 ただ今後のスケートで必要とされるプログラムの構築は、

経験者でなければ不可能だ。

関係者への連絡や音掛けというのも、貸し切りでなければ不可能。

徐々にレベルを上げて、選手をリンク貸し切りまで持っていくのが

今の仕事と割り切る。

 

「……」

「やっぱりレベルが高いわね」

 

 隣にいる高峰瞳ヘッドコーチが、本日行われるクラブの貸し切りに参加すべくやってきていた。

色々と司とともに観察していたが、レベルが高すぎて指導レベルが追いついていない。

他にやれることはあるか、と自分を追い込んでいる司を見て声をかけ続ける。

 

「せんせ! ちょっとこっちきてください!」

「え、ああ」

 

 みそぎが司の手を取って休憩室へ連れて来る。

どうしたんだと思って、なすがままにされるとそのまま椅子に座らせられる。

状況が飲み込めない司は、背筋を伸ばして其の場で待つことに。

 座ったと確認したら、みそぎが肩を叩きほぐす。

いのりもやってきて笑顔で、足をほぐしていく。

 

「え? いのりさんにみそぎさん、何をやっているんですか?」

「コーチの仕事♪」

「私達、いつもじゃないけど時間があるときに、スポーツマッサージを

実施してるんです!」

 

 ふんす!と自信満々の指圧を行う。

小学生同士なら効果があるかもしれないが、筋肉フェチの司にあんまり効果がないようだ。もんでダメなら圧迫もあるが、そんな体力なんて残っていない。

休憩中にマッサージを行うことで、筋肉のしこりや関節のこわばりをほぐし

怪我の防止に繋げることができる。

 そしていのりに同伴しているのぞみが、司にいのりとみそぎが

一緒に見ている”スポーツマッサージのやりかた”という本を手渡す。

 

「これは……」

 

 コーチに求められるのは技術や企画力ではあるが、振り付けは振付師に頼むし、

疲労回復や肉体のコンディションを見抜くにもそういう専門職の人が必須である。

 だが、このクラブは小さく、司もコーチとしてはまだ若輩。

選手としてやっていた実績があったとしても、人は常に相方の瞳のほうに集まるばかりで

司の方によってくることはなかった。

 そういう経緯もあり、知り合いといえば加護一家とアイスダンスを習っていた同期くらいしか思い当たるものはなかった。

 

「そして大事なのは!」

「ビタミンAを含まない鉄分やミネラルの摂取!」

 

 経口補水液の0S-1を取り出し、お腹がタプタプにならないよう注意して飲む。

また自分たちで実施し始めた栄養学の最低基準の食材など、いろんなものを司へ見せる。

低糖高タンのささみや鶏の胸肉を使った食事やひじき、ツナ・レバー・

小松菜・ほうれん草・アサリ、といった筋肉が欲しがっている食材を

ノートに記している。

 

「「まずい!」」

「ははは、そりゃそうさ」

 

 眼の前の二人が笑顔で、なおかつ必死にフィギュアスケートで

勝負をしようとしている。二人が俺を選んでくれた。

その気持に応えなければならない。

 司は自分の予想範疇を軽々と超えていく二人。

圧倒的なポテンシャルに、司のコーチとしての成長が追いついていないことを

内心焦った。

 

「せんせ、どうしたんです?」

「先生?」

「いや、なんでもないよ! あ、ほら、時間だ。さあ、次は

軸足を安定させるための体幹トレーニングだ!」

「……」

 

 高峰瞳は司を後ろから心配そうに見る。

そしてリンクへ先に入る子どもたちに続いて司が、

リンクインするとき彼女が声をかけた。

 

「司くん」

「なんですか、瞳さん」

「焦らないで、まっすぐあの子達の目を見てしっかりと先導しなさい」

「っ、わかりました!」

 

 いのりとみそぎは晴れやかな表情の司を見て、ようやく雲間から太陽が

差したと悟った。直ぐに司コーチの声に反応し、今後行うであろう

音合わせのための拍子打ちに音感をあわせていく。

 1拍、2拍、3拍。低く嘶く銀[かね]の刃が、結晶でできた写実的な光芒を震えさせる。

逸り、焦り、先ゆくものが後追いものに慄くが、それすらも燦々と輝く

栄光への捧げ物にする。

 

「いのりさん、こうそくスピンは最初から足を伸ばしちゃだめだ!

まずは折り曲げ、徐々に伸ばしていくように!」

「はい!」

 

 いのりは持てる実力と演技してくれた司・今まで手本にしてきたみそぎの演技を、

脳内で再生しながら同調するように身体へ慣らしていく。

すでに1時間目の訓練で、だいぶ体力を消耗させてしまった。

だが、本番でくらう緊張と重圧の中だと、思うように実力が出せなかったり、

思った以上に体力を使ってしまうこともある。

 現実の最低は小説よりも予想外に、思い違いで大きな災禍として

自身に降り掛かってくる。

この程度のストレスでやめるならば、もとからスケートなんてやっていない。

 

(く、小さく、小さく……!)

 

 こうそくスピンは同じ足でアウトサイドエッジとインサイドエッジを駆使して、

レベルや基礎点を稼がなければならない。

集中が切れれば軸足がずれ、足首や膝に非効率な力が伝導し重篤な怪我へつながる恐れがある。

それが実の姉を襲ったのだから、人一倍注意する事柄だ。

 

 どんなに苦しくても、わたしはオリンピックで金メダルをとって

皆に認めてもらいたい。

みそぎちゃんが、瀬古間さんが……。二人のおかげで私は今、

アイスダンスで世界に挑んだ先生に学べている。

 こんな幸運なんてことはないんだ。

絶対にものにしてみせる。まずは初級のバッジを狙う!

 

 

「司せんせ♪」

「な、何かな、みそぎさん」

「また私と一緒にしっぽりする?」

「あー! 司先生! みそぎちゃんといかがわしいことしてる!」

「ちょー!? してないしてない!」

「もぉ、せんせったらだいたーん♪」

「いや、ほんと、シャレになってないですから。勘弁してください、みそぎさん」

「こら、みそぎちゃん、いのり。司先生を困らせないの」

「う、ごめんなさい、ママ」

「すみませんでした!」

「私じゃなくて、先生に謝るの」

 

 司先生は覚えた。始まりと終わりに、みそぎが話し掛けてくると

大体よくない事が起こると。

いのりとみそぎに謝罪されたが、みそぎは土下座しそうになったので慌ててやめさせようとした。

するとだっこして、みたいなことを言い出したので、素直に手を取って立ち上がらせる。

 不機嫌になったみそぎは、司としっぽりしたいからとりあえずコメダ喫茶店へ行こうと提案。言い方ァ!と突っ込む気力さえなくなった司は、

堪忍してやという罪人の気持ちで連れ込まれることになる。

 

「ママ! わたしもしっぽりする!」

「しっぽりの意味わかってるの?」

「わかんない! でも、のけものにされるのは、なんだか嫌なの!」

「よし、突撃しましょ」

 

 一緒の席に同伴する、司・みそぎ・のぞみ・いのり。

端からみると、どうあがいても子連れの片親にしかみえない。

だが、これから行われるのは、現実的なしっぽりである。

 

「「二日目終了、かんぱーい!」」

「こぼれるわよ?」

「ああ、二人の笑顔は天使だなあ……」

 

 随分いじられてしまった司だが、今後初級になって最初の実績を得られる

事になったら、まずどんなジャンプを飛べば良いのかを聞かれる。

初級になれば地方大会に出られるが、そこはじしんの弾みになるので

1トウループができれば万々歳だ。

 しかし、これから稀代の天才少女、光を目指しているいのりが

手っ取り早く実績を得るには、圧倒的な蹂躙をしなければならない。

 

「いのりさんはだいたいダブルジャンプは飛べるんだよね?」

「はい。全部のダブルができます。でも、まだトリプルアクセルができません」

「大丈夫。初心者でそこまで出来てる人なんて、あなたとみそぎさんしかいませんよ」

 

 事実である。それでも光とみそぎという圧倒的強者が同世代にいるので、

いのりのなかでは自分が上位に行けない雑魚と思ってしまっている。

現状だとこの自信のなさを解決することが出来ない。

まずは初級のバッジを取ることに集中してもらって、プログラム

のことはいったん部屋の押入れの中へしまい込んでもらう。

 スタートを始めた第一歩だ。焦っても良いことはないよ、と司は

自分にも言い聞かせるように言う。

 

「いのりちゃんもせんせも焦りすぎだって。もっと踏みしめていこうよ」

「みそぎちゃん……大好き、結婚して!」

「18になるまで、出直してきなあ!」

「「いぇーい!」」

「はは……」

 

 それ、俺が言ったやつじゃんと内心呆れてしまう司。

そしてみそぎの一言で、いのりと司の焦りを解きほぐしたことに感謝するのぞみ。

いのりの心境を替えたみそぎは、家庭内の環境も少し変えるほど影響がある子だ。

今回も助けてもらったな、と独りごちるのであった。

 

 

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