フロット村と少年…
僕は食べ物と水を握り、一生懸命口に入れた。
交互に、早く、自らが生きていると証明するように。
僕は生きている。その気持ちを持って、口に押し込んでいく。
そのおかげだろう。痩せこけていた頬は少し張りを取り戻し、唇のひび割れは無くなった。
栄養が回る身体、心臓、そして脳。
僕は、そんな脳で、少し考える。
姉ちゃんは、死から何を伝えたかったのだろう?
最後の教育で、何を伝えたかったのだろう?
こんなことを考える。
いや、考えても意味のないことかもしれない。
そんなものはないのかもしれない。
だけど、これだけは分かる。
姉ちゃんは、僕に死んでほしいとは思っていない。
たくさん迷惑かけて、教わってばかりだったけど…
僕に生きていてほしい。そうやって、応援してくれていたと思う。
死んでしまった今でも。
そして、僕が知りたいんだ。
姉ちゃんは何故死んだのか。誰に殺されたのか。
僕は、死ぬまで姉ちゃんと向き合いたい。
そのために、今は生きるんだ。
「アウルスさん、教えてください」
僕は、目の前の村長を、尊敬の念を込めてアウルスさんと呼ぶことに決めた。
気付きを与えてくれた村長。僕は、この人に付いていく。
そのための一歩。少し怖いが、聞かなければならない。
この言葉を、僕は聞かなければならない。
「フロット村に何が起こったのか。僕は何をすべきなのかを教えてください」
アウルスさんは、小さく呼吸をする。
そして、息を吐きながら…
「分かった、説明しよう」
フィールド魔法、アウルスさんの作戦。
アウルスさんは、フロット村に種を落とすように、ポツポツと話し始めた。
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ある者は農耕に勤しみ、ある者は自宅で悲しみに暮れていた頃。
フロット村に、男たちがやってきた。
男たちは下卑た笑みを浮かべ、村に足を踏み入れた。
彼らが奪ったものは計り知れない。笑顔、愛情、そして──村の誇り。
「フロット村に調査依頼が来ている」という言葉を並べ、侵入してきた男たち。
彼らは、村のすべてを奪い去った。
フロット村は高い山に位置している。群生している広大な林は村を囲み、外部からの風魔法を完璧に遮断していた。
人口は少ないが、侵略者にとって厄介な地形。
そんな土地で、男たちは暴れ始めた。
『フロット村に調査依頼が来ている』
この言葉は、真っ赤な嘘だった。
厳しい土地に侵入するための、醜い嘘。
気付いた時には、もう遅かった。
瞬間、心地良い風が吹いた。
男たちの醜悪な背中を押すように吹いた風。彼らは、そんな風を受け、腰にある懐刀に手を掛けた。
ダン。
同時、落ち葉のように儚く、枯れ葉のように呆気なく村人の首が飛ぶ。
銀白に輝く短剣を鮮血に染め上げ、男たちは多くの村人にこの言葉を突きつけた。
『マルトス・ガルーラは何処だ?』
アウルスの父、マルトス・ガルーラを探して、殺す。
それが、男たちの本当の依頼だった。
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「そういうことだったんですね」
僕はアウルスさんから視線を外し、白い壁に浮かぶ四角い窓から外を見つめた。
かつて緑が広がっていた大地。今は黒く焼け焦げ、風が吹くたびに炭が崩れる。
僕が知っている広大な自然は、炭の匂いと共に、僕の瞳から消えていた。
この焼け野原では、外部からの風魔法を防ぐことは出来ない。
だから、供物を捧げてでもフィールド魔法を張る必要があったんだ。
ゼロ魔力。魔法を使わせない環境を作るために。
僕は、考え込みながらゆっくりと頷く。
そんな僕を見て、アウルスさんが口を開いた。
「正直、ネルフが私に飛び込んできた時、凄く驚いてしまってな」
「……すみません」
本当に申し訳ない。
誰だって殴られそうになったら驚くだろう。
僕は自責の念を感じ、地面を見つめた。
「ふっ、勘違いするな。別に責めている訳ではない」
この言葉に、僕は顔を上げた。
すると、そこには、自信に満ち溢れるように薄く笑う、村長の顔があった。
「村の皆は、襲撃者に対し怒りを燃やしている。歯を食い縛り、戦うことを決意している」
アウルスさんは、間を作るように一拍呼吸をして、ゆっくりと言葉を続ける。
「物流を整え、経済的に村を豊かにした英雄…私の父。皆の決意はそんな英雄が亡くなったからであり、私の力ではない」
僕は、アウルスさんの父を知らなかった。
親も居なくて、僕が会話をしていたのは姉ちゃんとエマだけ。
ボクシングしか取り柄のない僕。そんな僕を変えてくれたのは、言うまでもない。
目の前にいる、今も生きている村長だった。
「たった一人。しかし、私は自信を持って言うことが出来る。強き少年を変えることが出来た。村長として、大いなる戦いを前にして、大きな責任を果たせた…とね」
強き少年。この言葉が俺に放たれた時、こう感じた。
『嬉しい』って。
もしかしたら乗せられているのかもしれない。それでも、姉ちゃんとの時間は無駄じゃなかった。そう感じることが出来たから。
だから僕は、アウルスさんの言葉をすんなり聞いたんだと思う。
もしも、その言葉が作戦の中核、一番危険な役割を任されるための伏線だったとしても。
「ネルフ、お前の役割は…」
僕は、拳を握りしめる。
拳の骨が浮き出て、少しだけ赤くなる。
そんな拳に降ってきた役割は…
「剣。私を守る、私とフロット村の剣だ」
これが、僕の役割だった。
『剣』ざっくりとしすぎていて、僕には役割が理解出来なかった。
詳しく聞こう。そう思って、言葉を探すように、口を小さく開けた時だった。
ダンっ
僕とアウルスさんしか居なかった部屋。
その部屋の扉が勢いよく開く。
そこに居たのは、オレンジ色の髪をした、眉間に皺を寄せた少年だった。
敵か?そう思い、僕は体を強張らせ身構える。
そんな中、隣のアウルスさんが立ち上がり言葉を放った。
「べリクス、どうした?」
「兄上!今回の作戦の中核は僕のはずです。その子供ではないはずです!」
べリクスと呼ばれる人物が、僕に人指し指を向ける。
指を向けられた僕は動きを止め、思考だけを回した。
アウルスさんに向けられた兄上という言葉。
同じ髪色。もしかして…
「アウルスさんの、弟さんですか?」
「あぁ、私の弟だ」
アウルスさんの後ろで、弟さんが舌打ちをする。
僕、嫌われてるな。
「ベリクス、作戦の中核にはネルフも入れる。これは頼みではない。『命令』だ」
「くっ、命令…分かりました。兄上」
ベリクスさんの不満げな顔。
呆気に取られている僕に、アウルスさんが口を開いた。
「ネルフ、お前も作戦の中核に他人が居るのは怖いだろうが。安心しろ。私の弟は強い」
僕は、小さく頷いた。
別に、不満も不安もなかった。
アウルスさんの弟だ。弱いということは無いだろう。
そもそも、僕の考えなんて関係無い。役割、作戦の中核。僕は、それを遂行するだけだ。
アウルスさんは気を取り直して、ゆっくりと口を開く。
「お前たちを作戦の中核とした戦争。徹底抗戦だ」
言葉が村に響く。
その日、フロット村をフィールド魔法が覆った。
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「あれ~?フロット村に生き残り居るらしいから魔法撃ったのに、弾かれてんじゃん」
一人の細身の男が、軽口を叩く。
その言葉に、酒を飲みながら近づいてくる男。
「魔力を弾くフィールド……あれは、ゼロ魔力か。やり手が居るな」
男が言葉を放つ。
その男は目元に古傷を残し、身長は二メートルを超える巨漢であった。
そんな男が、フィールドを見て分析する。
分析しながら、甲冑を着る。
「だが、大したことはねぇ」
大きく息を吸って……
「お前ら!やり残した仕事を終わらせに行くぞ!」
巨漢の声に、耳を塞ぐ細身の男。
その後ろで、多くの男たちが、下卑た笑みを浮かべながら立ち上がる。
「あーあ、隊長本気じゃん。こりゃ、終わりだな~」
細身の男の声。
立ち上がった男たちは歩み始める。
向かう先は…
『フロット村』
小さな小さな村が、命を賭けて迎え撃つ。
フロット村の襲撃と逆襲。
大切な者を失った者たちが、命を賭けて、剣を、拳を、握りしめる瞬間であった。