Death, Rain and Birth   作:FOOO嘉

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眩しい貴女

貴女は誰より優しくて

誰よりも罪深い



Solar eclipse

 

 

真咲さんが、黒崎先生の奥様が亡くなられた。

 

 

葬儀で対面した真咲さんは生前と変わらずとても美しい姿だった。

健康的だった肌艶は蠟のように白く、同性から見てもドキッとするような瑞々しい唇は固く結ばれていたけれど、それ以外は美しいままだった。

交通事故という言葉から連想される無惨さは真咲さんの遺体には少しも見当たらなかった。

それが、遺体が清められたからなのかは私にはわからない。

夫であり喪主でもあった黒崎先生は葬儀の間、一度たりとも涙を流さず、毅然とした態度で葬儀を取り仕切っていた。

その姿は、こう言っては失礼になるけれど、普段の愛妻家ぶりを目にしているだけに少し意外だった。

もっと泣き喚いて取り乱すのではないか、葬儀に向かう車の中で壱護とそんな心配をしていた。

だけど、決して彼が悲しんでいない訳ではないことはすぐにわかった。

怪我も限度を超えると痛みを感じなくなるという。

痛みから自分自身を守る為に脳内麻薬が出るのだ。

葬儀を取り仕切る黒崎先生の表情はそんな聞きかじりの知識を私に思い出させるほど彼の瞳には覇気が無く、まるで目の形に空けた孔のようだったから。

強い人だ。

黒崎先生はとても強い人なのだろう。

最愛の人を喪って、深く悲しむ程に情が深いのに、その悲しみに膝を屈することが無い程強い人なのだ。

 

一目見て惨いと思ったのは一護君の方だった。

大きな目は赤く腫れ上がっていた。

きっと何度も何度も涙を拭ったのだろう。

泣いては目元を擦って、泣いては目元を擦って。そうして何度も繰り返して。

男の子とはいえ、まだまだ幼く柔らかな肌が赤く腫れている様は見ているだけで胸が締め付けられるようだった。

まだ4歳という幼さ故に人の死を理解しきれていない遊子ちゃんや夏梨ちゃんとは違う。

幼いながらも人の死を理解し始めることが出来るのが9歳という年齢だ。

 

もしかして彼が泣いているのはただ母親を喪った悲しみだけではないかもしれない。

 

真咲さんの死因は交通事故。

それも一護君を庇ってのものだったらしい。

詳しい状況は聞いていないけれど、発見された時一護君は血塗れの真咲さんに守られるように抱き締められていたのだそうだ。

だとすれば、彼の胸中には幼いながらも自責の念があるのかもしれない。

 

何て皮肉なことなのかしら。愛情深い母親としての行動が、幼子の心により深い爪痕を残すなんて。

 

 

薄墨を引いたような空に昇っていく白煙を見上げる。

真咲さんの遺体が今まさに焼かれているのだ。

あの綺麗で若々しい彼女の身体が無情な炎に。

 

真咲さん。

この数年で彼女は私にとって所属事務所のアイドルの専属医の妻から、子を持つ親としての先輩であり同じ年の娘を持つ友人へと変わっていた。

一人娘の育児に悩む私の相談に彼女はよく乗ってくれていた。

息子に加えて双子の娘を育てている彼女の方が大変だったはずなのに、彼女はそんな苦労を少しも滲ませず、寧ろ子が多い自分の方が得していふとでも言うように明るく、快活に、そして温かく私の吐露する悩みや不安を受け止めてくれた。

 

 

『何言ってるのよミヤコさん。アイちゃんなんていう困ったお転婆娘のママをしてるミヤコさんの方がよっぽど凄いよ〜!!』

 

 

冗談めかして笑う真咲さんのそんな笑顔に私は何度救われただろうか。

太陽のような笑顔だった。

そう、太陽。

アイとは違う意味で真咲さんは太陽のような人だった。

眩し過ぎて直視できない、近づきすぎると焼かれてしまうアイのような強い太陽光とは違う、野原で日向ぼっこをする時に感じる穏やかで安心する日の光を放つ女性だった。

 

 

 

 

 

 

「ママ…」

 

きゅっと握り返してくる小さな手にハッとなる。

 

「ん?どうしたの?」

つぶらな瞳が不安げに私を見つめている。

 

「ゆずちゃんとりんちゃんのママ、かえってこないの?」

 

微かに首を傾げると、私によく似てふわふわと柔らかく、私よりも薄い亜麻色の髪が揺れる。

余りの可愛らしさに微笑ましく思う気持ちと、我が子を忘れて物思いに耽ってしまっていた申し訳なさで胸が苦しくなる。

 

「どうしてそう思うの?」

しゃがみこんで目線を合わせてやると、ほんの僅かに不安気な瞳が安堵の色を灯す。

幼いながらも悲しみを感じ取っているいじらしさが愛おしい。

「あのね、ゆずちゃんたちのママがずっとねてるからね、どうしておきないの?ってアーちゃんいたの。そうしたら、アーちゃんがもうおきないんだよって。ゆめをみてるのってきいたの。そしたらね、ずっとそうなんだよって。もうかえってこないんだよって」

 

瞳に泪の膜が張る。

 

「アーちゃんね、すごくいたそうなかおしてたの」

 

くしゃりと悲し気に顔を歪ませる。

優しい子だ。大好きなお兄ちゃんが悲しそうな顔をしているのを見るのが辛かったのね。

アクアはいつもこの子の前では声を荒げることなんてなく、優しく穏やかに接してくれている。実の妹のように、それこそ実の妹がやきもちを焼くほどに。

いつも自分を愛して可愛がってくれる優しいお兄ちゃんが初めて見せた悲しげな表情は、この子に一体どれ程のショックを与えたのだろう。

 

「ミヤコさん…」

「アイ?」

「真咲さん死んじゃったんだよね…一護君を守って」

「ええ。立派だわ」

 

白々しい。口では彼女の母としての行いを誉めておきながら、本心はどうしても讃える気になれないのに。

 

「私ね、凄いなって思ったの。自分の身を呈してでも子供を助けるってホントにあるんだって。そんなお母さんドラマやマンガでしか知らないから。私のお母さんだったらそんなこと絶対してくれないって。だけど真咲さんは出来ちゃう人なんだよね。それって心から一護君を愛してたから出来たことなんだよね」

 

鉛色の雲に溶けていく白煙を見上げるアイの横顔は初めて見るものだった。

 

「私に出来るのかな。アクアやルビーが危ない時にそんなこと。想像したら出来ないこともないんだよね。あの子達を亡くしても生きたい気持ちも無いから。でもさ、多分そうじゃないんだよね。特別生きたいと思わないから代わりに死ぬとかじゃないんだよね。泣いてたんだよ、娘ちゃん達。真咲さん言ってたの。『ルビーちゃんに負けないくらいうちの子達可愛いから、大きくなったら3人でアイドルになったりして』って。それ良いな〜見てみたいな〜って私思ったんだ。真咲さんやりたい事いっぱいあったんだよ。だって生きてることが凄く楽しそうな人だったんだもの。なのに死んじゃったの。子どもの為に死ねるかとか、死んでも構わないからとか、そんなこと考えずに出来たんでしょ?凄くカッコいいし、羨ましい…だけど…」

 

くしゃりと綺麗な横顔が歪む。

 

「何か苦しいよ。泣いてるあの子達見てると胸のところがギュッて痛くなる。もし、あんな風に泣いてるのがアクアやルビーだったらって思うだけでめちゃくちゃ苦しくなるの」

「アイ…」

「変かな…私がもっとちゃんとした人間だったら素直に泣けるのかな?」

 

涙は出ていないのに、それは確かに泣き顔だった。

 

 

 

 

「変じゃないわ。それで良いのよ。真咲さんは間違ってない。母親として誇るべきことをした…けど、あの子達はこれからも悲しみ続ける…だから正しいなんて言えない。真咲さんだったら褒めないでってきっと言うわよ」

 

「そっか…」

 

 

 




・ミヤコさんの娘
 遊子、夏梨と同い年
 ママが大好き
 アクアも大好き
 パパのことはそうでもない
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