その先生と初めて会った時、一目で信用できる人だって思った。
その日はママの収録が早めに終わって(だってママは完璧なアイドルだからリテイクなんてある訳がないもん)、ママと私とミヤコさんとお兄ちゃんとで少し早く上がれたから何処かでアイスでも買って行こうとかそんな話をしている途中だった。
ママが「気持ち悪い」と言い出して、慌ててミヤコさんが車を停めた。
途中で停車したのは収録現場からそこまで離れてない町、程ほどに都会だけどごみごみしていない手頃に落ち着いた町。
ちょうどいい感じに田舎って感じのする町だった。
確か名前は⋯から⋯えっと、そうそう、カラクラチョウ!!(お空の「空」に座席の「座」
の町で空座町って読むんだってあとでお兄ちゃんに教えてもらった。)
そこでママは蹲っちゃって、いつもだったら少しくらい疲れてても元気いっぱい可愛いさ全開の最強アイドルとしての振る舞いを崩さないママが引き攣った笑顔のまま一言もしゃべれなくなっちゃうんだから、本当にびっくりした。
車に酔ったのか、それとも疲れてたのか、理由はわからないけれど、ママの顔色は真っ青で、私はどうしたらいいのかわからなくて兎に角ワンワン泣くことしかできなかった。
我ながら情けないなと、今ではしみじみと思う。ママと私達が一緒にいる姿はあまり見せられないのに目立つような真似をして本当に不甲斐ない。反省。
お兄ちゃんは不安そうな顔をしながらも泣き声一つ上げないんだから、やっぱりさすがだ。
うん、やっぱりせんせは素敵。結婚するしかない。うん。(確信)
それで、せんせのお嫁さんになる確定事項は置いておいて、ミヤコさんもどうすればいいのかわからかくて、オロオロしながらママの背中をさすることしか出来なかったときだった。その人が現れたのは。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」
そう言って、ママの顔を覗き込んで来たのは、ごつくてヒゲの優しそうな男の人だった。
ママの肩に手を置いて、普段なら男の手が指一本でも触れるようなら即座に嫌悪感と警戒心が全開になる私のセンサーが全然反応しなかった。
感覚的なものだけど、それに理由をつけるなら、ママに触れる手が優しくて、少しもいやらしい感じがしなかったからなんだろう。
ママのウルトラ超絶最強の美貌を目の前にしても、全然鼻の下を伸ばすことも無かったし。
(まぁ、それはそれで面白くない。全人類は老若男女問わずマママに惚れるでしょ普通。何?人類じゃないの?人ではない何かなの?)
その人はミヤコさんに「ああ、安心してください。俺はこの先で医者をやってる黒崎って者ですから」と自己紹介をすると、泣いてる私の頬っぺたの涙をごつくて大きな指で優しく拭ってから、ガシガシと頭を撫でてくれた。
こういう頼り甲斐のある優しいおじさんに頭を撫でられるって前世含めて初めかもしれない。(せんせはおじさん認定してないからね。)
オオゴトにはしたくないミヤコさんの気持ちを察したように、その人はママを車の後部座席に乗せると、自分は助手席でナビをしながら自分の病院までママを連れて行ってくれた。
『個人経営のお医者さんで助かったわ』と後になってミヤコさんが社長に話してた。
大病院だったらマスコミが反応したかもしれないけれど、ほどよく田舎の町のお医者さんというのは私達親子にとって非常にラッキーだったんだろう。
そして、ラッキーなことはもう一つあった。
「君、星野アイだろ?それで可愛い女の子がルビーちゃん。⋯⋯⋯⋯ちょっと小憎たらしいボウズがアクアマリンくんだよな?な?アクアマリンくん?」
ミヤコさんが露骨に顔を強張らせた。
だって、ひた隠しにしてたママと私たちの関係を知ってるんだもん、そりや警戒するよね。
私だってもはやこの先生の息の根を如何にして止めるべきかお兄ちゃんに相談しようとー瞬心に固く決めたくらいだ。
だけど、そのヒゲの先生は私たちの緊張を笑い飛ばすように、ニッと笑って言った。
「雨宮吾郎って覚えてないかい?君の主治医だった。俺はアイツの親友でね。アイツから君のことを聞いたことがあったんだ」
その先生が言うにはこういうことだ。
せんせはどうしてママの前から姿を消さなくてはいけない事情が出来てしまったけれど、ママのことが心残りだということをこの黒崎先生に話していたのだと。
もし、何かの縁で知り合うことがあれば力になって欲しいって。ミヤコさんはまだ警戒していたけれど、ママはせんせが自分のことをずっと気に掛けてくれていたことが凄く嬉しかったみたいで、何かくすぐったそうに笑っていた。(写真に残しておけなかったのが非常に悔やまれるくらい可愛かったのだけれど、何かモヤモヤする)
病院に着くと出迎えてくれたのはびっくりするほど綺麗でおっぱいの大きい女の人。
ママよりは年上っぽいけれど全然若いお姉さん。なんと黒崎先生の奥さんとのことだ。
しかも私達と同い年の子どももいるっていうのだから、驚くというか寧ろ引いた。ロリコンだよね。うちの社長といい、ロリコンが多すぎない?あ、せんせも私というフィアンセがいるからロリコン?でも同い年になったから問題無いのか。
先生がママを診ている間、私はミヤコさんに抱っこされていた。
お兄ちゃんは先生の奥さんの膝の上に乗せられて、何か色々と話しかけられていた。
ぎゅっと抱き締められて、大きな胸を顔に押し付けられている時の顔が満更でも無かったのを私は見逃さなかったよ?せんせ。
待っていたのは30分も無かったと思う。
ママはさっきまでの真っ青な顔が嘘みたいに元気いっぱいの顔で診察室から出て来た。
「ただいま〜〜アクア〜〜ルビー〜〜〜心配かけてごめんね〜〜〜」と私達を抱きしめてくれた。私は安心の余りまた少しだけ泣いてしまった。
その後はお兄ちゃんもちょっと熱っぽいっていうことで、黒崎先生はお兄ちゃんの診察もしてくれた。
ママの時より長かったけれど、特に何もないみたいでママも私も一安心した。
結局ママの体調不良は過労と寝不足だったらしい。点滴を打ってもらったママは凄く体調がよさそうだった。
後日、社長が黒崎先生のところにお礼を行ってきたらしい。
二人がどんな話をしたのかは知らないけれど、お酒を飲んでべろんべろんになった社長をミヤコさんがブチ切れながら迎えに行ってたのだからきっと気が合ったんだろう。
先生の腕の良さというよりも、人柄的に信頼が出来て、しかも私たちの事情を知っている町医者というのは苺プロ的にも主治医として理想的だったらしい。
それからはママも私もお兄ちゃんもみんなお世話になっているのだ ──── 「クロサキ医院」に。
「もうすぐ1年になるんだよな。アイちゃんをウチで診察してから」
「痛ぇよ一心さん。もっと優しく撫でろ。赤ちゃんだぞ僕は」
ぐりぐりと撫でてくる手を払おうとするが、ゴリラと繊細な赤子の手では比べるまでも無い。
「もう、意地悪するのは止めなさいよ。かわいそうでしょう!!こわかったねアクア君?」
「うん、僕こわい真咲さん。ヒゲゴリラがゴリゴリしてこわいよ」
真咲さんが僕を抱き寄せて慰めるように頭を撫でてくれる。
ヒゲゴリラと違って壊れ物に触れるように、優しく滑らかな手付きだ。
嫌だわ〜〜ほんっと死神ってガサツなんだから。
「真咲ぃぃぃ!?吾郎を抱っこするの禁止だって言ったよな!!」
「よしよし。もう大丈夫だからね?ヒゲゴリから守ってあげるからね?」
「もしもーし!そのヒゲゴリはもしかしなくても君の素敵なダンナ様のことかな〜真咲〜?」
「ホントダメなヒゲゴリよね〜?」
「ね〜」
「真咲さ〜〜ん!?」
「だって、アクア君可愛いんだもん」
「えへへへ」
「騙されるな真咲ぃ!!そいつの中身はお前のひいひい爺さんよりも年上だからな!!」
アンタはそんな俺より遥かに年上じゃねーかロリコン野郎。
「一護のオレンジ色の髪も可愛いけど、アクア君の蜂蜜色の髪もとっても素敵で可愛いわ〜〜お顔もお人形さんみたい。ちゅっ」
「ああぁ!!」
役得役得。
ハハっ、ヒゲざまぁ。
美人で優しくておっぱい大きくて若い奥さんに抱っこされてキスされるなんて死神時代でもなかなか味わえなかったな。赤ちゃん最高。
暫くの間、歯噛みするヒゲを尻目に温かくて柔らかくていい匂いを堪能すると、ようやく少しだけ落ち着いたのか、ヒゲ⋯じゃなかった一心さんが「ごほん」とわざとらし咳をする。
ていうか「ごほん」って口に出して言ったぞこのヒゲ。
「さて、少々真面目な話するぞ吾郎」
さっきまでの馬鹿面が一転して、一心さんが真面目な顔になる。
「アイちゃんがあの日体調不良になった理由は話したよな?」
「うん。酔ったんだよね」
「ああそうだ」
あの日、アイの体調不良の理由は一心さんから聞かされた。
アイには過労と睡眠不足という「嘘」を吐いた上で、点滴を打った一心さんは俺を呼び出した。
アイは点滴で体調が回復したと思っている。
栄養剤を打ってもらったと思うのも無理はない。
しかし、実際のところは打ったのではなくて「抜いた」のが正しいのだ。
『吾郎⋯だろ?浦原から話には聞いてたが⋯マジで赤ん坊になったんだな』
『お久しぶり⋯って程でも無いか、僕ら死神にとってに3年や4年なんて。それで、僕を呼
び出して再会を喜ぶっていうだけじゃないんだろ?』
『おう。本当なら久しぶりに一杯⋯とやりてぇところだが、お互いそうもいかねー身のようだな、残念ながら』
互いに死神姿なら飲みに繰り出すのもありだろうが、お互いそうもいかない。
残念という言葉は多分本心なんだろうけど。
『で、浦原からあらかじめ貰っておいた点滴でさっきあの子から抜いたんだよ⋯お前の霊力を』
アイの体調不良。霊力を抜く。
その理由にすぐに思い至った。
『まさか⋯!僕の霊力に酔った?』
一心さんは頷く。
『お前はそんな身体になったから気づいてねーのか、そんな余裕も無いのかはわからねーが、今のお前に限定霊印は⋯無い』
──── 限定霊印…
死神の中でも特に強大な霊力を有する護廷十三隊の隊長と副隊長は現世に来る際、現世の霊なるものに不要な影響を及ぼさぬよう体の一部に各部隊の隊章を模した印を打つ。
僕達隊長格の霊圧はこれで通常の二割程になる。
『いくら欠けた赤子の魂を修復する為に霊力を割いてるとしても副隊長クラスの霊力はその程度で収まるものじゃねぇ。俺のように浦原の生み出した義骸なら遮断することも出来るがお前の入ってるのは人間肉体…それも赤ん坊の肉体だ。ましてや限定霊印がされてない副隊長の霊力とあっちゃ身近な存在に影響が出ない方がおかしい』
少なくとも
そのままアイの子の魂と一時的に融合した訳だが…それからは戦うどころか死神の姿になってすらいなかった。だから僕の意識から消えかけていたのだ。
「僕の限定霊印が消されたのって結局僕が死亡認定されたからってことなんだよね…勇音ちゃんが副隊長に任命された時点でそうだろうなと思ってたけど」
「勇音ちゃんヒィヒィ言ってるみたいだぜ?」
「大丈夫だよ。彼女は自己評価がめちゃくちゃ低いだけで有能だから。何なら僕が副隊長だった頃から副隊長の仕事を把握してたし」
何だか遠い昔の事のようだ。
よく叱られてたっけ。「雨宮先輩。現世の番組見てないで仕事してください。手が止まってます。あと執務室に私物ばかり持ち込まないでください。酒瓶隠してるのわかってますからね!」なんて手厳しい子だった。
「そこで話は戻るが、お前が側に居るせいでアイちゃんは霊力酔いに悩まされることになる。しかし、お前が近くにいることであの子の霊傷が治ってることも事実だ」
アイは嘗て双子をその身に宿していた時に
包みを破かずに中の饅頭を食べることは出来ないし、ストローを刺さずにパックの中身を飲むことは出来ない。
僕がこの赤ん坊に入り込んだ理由にはそれもある。
「お前があの子の側から離れる訳にはいかねー。かといってお前の霊圧が強すぎるせいであの子の体調は崩れやすくなる」
「つまり、定期的に霊力を何らかの形で発散させておけってこと?」
「察しが良いじゃねーか」
いや、そこまで前もって言われたら想像はつくでしょ。勿論そんなツッコミは入れないけど。
「なぁ、吾郎。お前、死神代行やらね?」
・虎徹勇音
四番隊副隊長雨宮吾郎の死亡が正式に認定され、三席兼副隊長代理から副隊長に任官された。
吾郎とは真央霊術院時代からの付き合い。
いい加減なところがある吾郎に世話焼きつつも、吾郎に鍛えてもらったりもするので仲は良い。
そして、そのせいで吾郎のことが好きな女性から目の敵にされた。(逆もまた然りで、吾郎も勇音のことが好きな男連中の恨みを買っていた。)
吾郎が死んだことは信じていない。