「死神代行…?」
聞き慣れない単語に思わずオウム返しに応えてしまう。
「ハイ、そうなんスよ〜〜」
「「わぁぁぁぁぁーーー!?」」
ニュッと突然生えて来た(生えて来たとしか言い様がない)浦原さんに、思わず叫び声が上がる。
っていうかー心さんまで何で驚いてるんだよ。アンタが招いたんじゃないのかよ。
「あら、こんにちは浦原さん」
「こんにちは、真咲サン」
いつもと変わらない調子でニコニコと挨拶する真咲さんはやはり只者ではない。優しくて美人でおっぱいがデカいだけじゃない。
「ども、ご無沙汰してますね雨宮サン。ここはアクアサンとお呼びした方が良いっすか?」
「別に好きな方で」
屈みこんでへらりと掴みどころの無い笑みを浮かべる浦原さんに思わず身構える。
「やだなぁ〜そんなに警戒しないでくださいよ〜〜雨宮サンの為にこっちは色々用意してきたんスよ」
軽い言葉とは違って帽子から覗く目は至って真剣なものだ。
この人はふざけた振る舞いをするし、ふざけた物も作るが、半端な物を作る人ではない。多分。
だから僕は彼の言葉の続きを待つことにする。
「死神代行っていうのは……まぁ、雨宮サンの場合は(仮称)と思っててください」
死神代行(仮称) ──── なんて怪しい響きだろうか。
「この空座町は『表向き』は大した虚の発生しない地域っス。そして、すぐ近くの雨宮サン達が住む場所も。そして、その影響を周辺地域が少しずつ受けてるんす。なんで表向きはっていうところについては目下調査中ってことで触れないでいて欲しいんスけど。今の時点ではそれは雨宮サンに都合が良いっていうことだけを理解しておいてください」
「一石二鳥⋯ってところですか」
「雨宮サンは話が早いっすね〜〜」
開いた扇子には「ご名答」と書かれている。
この一連のやり取り含めて浦原さんの掌の上のことのようで、少しばかりモヤモヤとしたものが胸の裡にこみ上げるが、あえてそれを口には出さない。
頭でも実力でも到底敵う人じゃないことなんてこっちはとっくに理解している。
「それで雨宮サンに渡したいものなんですがね⋯」「いやいや、ちょっと待ってくれよ」
「どうしたの一心さん」
一心さんが眉間にびきりと皺を刻みながら僕と浦原さんを睨む。
っていうか赤子視点だとこの人マジでゴリラみたいな威圧感あるから止めてくれないかな。
「何が都合が良いんだよ。一石二鳥なんだよ。ちゃんと説明してくれよ。お前らアレか、主語とか目的語とか省いたセリフがプロフェッショナル感があってカッコいいとか思っちゃってるクチか〜〜?」
うわ、めんどくさ。
僕も浦原さんも口にはしなかったけど、露骨にそんな目を向けた。
けれど、ごねた時のこの人の面倒臭さを僕達はよく理解している。
ちゃんと説明した方が多分早いだろう。
「....表向きっていうことは、実際には大したことのある虚が出るっていうことなんでしょ。どういう理由かはわからないけれど、それが瀞霊廷に伝わることが無いのか頻度が少ないのかはわかりませんけど」
「雨宮サンの言う通りっす。雨宮サンも覚えがあるでしょ?貴方が
「限定霊印が打たれてるとは言え、始解を使った虚も居ましたね」
「初耳だぞ吾郎」
「初めて言ったからそりゃそうでしょ」
「てめ⋯」
「副隊長クラスが始解を使う事態。本来なら霊なるものへの影響を考慮したら望ましいことじゃないっすね⋯あ、ども」
真咲さんが淹れてくれたお茶を飲みながら浦原さんが続ける。
「これが偶然なのか、それとも『どこかの誰か』が意図的に引き起こしてる自体なのかは断
言できません。断続的に起きてるのは『何かの実験』なのか」
「どう考えてもそのどっかの馬鹿野郎だろ」
一心さんが苦々し気に吐き捨てる。
真咲さんが気遣わしそうに一心さんを見ている辺りこの二人に関することなんだろう。
「黒崎サンは…聞くまでもなかったですね。貴方が戦った『アレ』もおそらくは関わりがあると見て間違いがないでしょう。ですが、どうせなら利用させてもらいましょう。雨宮さんの霊力の発散も出来るし、便乗すれば尸魂界にもバレずに調査を進めることも出来ます」
「.…なるほど、だから都合が良いわけか」
浦原さんは頷くと懐から副官章によく似た腕章と、チョーク程の筒の束、それからおしゃぶりを取り出す。いや、最後の何。
「まず、この腕章。これは感知される霊圧を限りなく弱めます。そうっすね、大体普通の人間霊としては格段に上等なレベルってところっす。全く遮断しちゃうと虚が寄ってこないですからね。虚にとって警戒の対象ではなくて御馳走だと思わせるレベルっす。腕章とこっちの筒の束は死神の姿の時に身に着けて置いてください」
「これは⋯霊石?」「によく似せた空っぽのものです。いくら感知を抑えても雨宮さんの霊圧は溢れ出るだけで現世に与える影響がデカいですからね。この腕章はアタシが技術開発局に居た頃に戯れに作った霊力を無尽蔵に食らう化け…道具を改良したやつっす。この腕章が口だとすれば、この筒は胃袋だと思ってください。腕章で食った霊圧をこの石に溜め込む。どうせなら貯蓄しておいた方がお得でしょ?いざって時に」
今化け物って言いかけたよね?
ていうか、さらっととんでも無いこと言ったなこの人。
一心さんも同じ感想なんだろう、さっきまで興味深げに見ていた腕章から真咲さんを庇うように距離を取りやがった。
これを身に着ける俺の気持ちを少しは察しろおっさん。
後、いざって時ってなんだよ浦原さん。
やたらと不吉じゃないか。
「それで、このおしゃぶりは赤ちゃんでいる時に咥えておいてください。それだけで星野サンの霊力酔いは解消されると思いますから」
「むぐっ」
そう言うなり問答無用でおしゃぶりを口に突っ込まれる。
「ぷぷぷっ⋯よく似合ってるぞ、ごろ⋯ぐひひひ」
煩いよヒゲ。
「名付けてま⋯霊封環っす」
語呂悪。
今、絶対魔って言いかけたろ。魔封環って言おうとしたろ。
しかも腹が立つことに、本当に霊力がこれに吸い込まれてるのがわかる。
くそう、物はちゃんとしてるのが腹立つ。
「さて、雨宮サン。ちょっと死神の姿になってくれますか?」
そう言って義魂丸を渡される。
いやいや、これ1歳児にはかなりデカくないか?
「窒息死してニュースにならないだろうな?」
「あ、大丈夫っすよ。義魂丸は基本的に肉体がどんな状態でも嚥下出来るように作られてるんスから」
「ま、そういやそうか。ちなみにその義魂丸って赤ちゃん用?」
「雨宮さんの使ってた義魂丸っす」
「トムかよ!赤ちゃん用とかないの?」
「?何言ってんすか?」
「何言ってんだ吾郎?」
不思議な生き物を見るような目で浦原さんと一心さんが首を傾げる。
おっさん二人のキョトンとした仕草が凄く腹が立つ。
「いや、僕が今まで使ってたのをそのままにしたら不味いでしょうが。全然赤ちゃんらしくないからおかしいって。不気味過ぎるだろ」
僕の義魂丸って標準的な成人男性の常識、礼儀作法のあるタイプ(名称「トム」)だぞ。
百歩譲って「チャッピー」(女性死神一番人気)とかなら赤ちゃんに入っても何とかなりそうだけど、これは流石に厳しいのでは。
「何言ってんすか?」
「何言ってんだ?」
「「今でも十分不気味でしょう(だろう)」」
ハモんなムカつく。
「お前が突然普通の赤ん坊みたいになった方が不気味だろう」
「雨宮サンは既に不気味な赤ちゃんなんで、そのまま義魂丸で十分イケますって」
「ふざけんな!!」
イケました。
アイもミヤコさんも微塵も疑いもしなかったよチクショウ。
アイに抱っこされて連れて行かれる
久々の感覚に一瞬、胸がいっぱいになる。
柔らかな檻から抜け出るような爽快感と微かな喪失感。
「よっと」
クロサキ医院の屋根へと飛び降り、診察室の床に着地する。
赤ん坊の肉体に慣れきっていたせいか、視界が突然高くなったことに微かに戸惑う。
「本当にアクア君の中から出て来たんだよね〜でもこっちの姿もカッコいいよアクア君!!」
「できればこの姿は吾郎って呼んで欲しいな真咲さん」
「了解。ゴロちゃん」
「面白いっスね。赤ちゃんの中から雨宮サンが出てくるのは絵面がヤバい」
「見たい見たい!!俺だけ見られないの寂しいんだけど!!あと俺の真咲に色目使うな
盛り上がる二人とは別の意味で騒がしいー心さん。そういやー心さんは今の身体になってからは霊感の類が消失してるんだっけ。
「真咲ばっかりズルい〜〜」と甘えた声を出すキモイヒゲは置いておいて、俺は久しぶりの死神の肉体の感触を確認する。
気のせいか若返っているというか小さくなっている気がするんだが…
「気のせいじゃないっすよ。アクア君の魂に自分の魂を分けてる状態の雨宮サンの霊圧は普段の雨宮サンよりも弱くなってますからね。その影響で外見年齢も少しばかり幼くなってるんす」
浦原さんの見せてくれた鏡(いや、死神の姿映せるとかどうなってんのその鏡)を覗き込むと確かに若返っている。
真央霊術院を卒業したくらいの頃だろうか。
「それでも十分すぎる程の霊圧っスけどね」
浦原さんのくれた腕章と筒の束を腰に巻く。
こうしてみると昔付き合ってた隠密機動の子が持ってた苦無の束を入れたホルスターみたいだな。
あの子可愛いんだけど気が強くて嫉妬深かったっけ。浮気の疑いを少しでも持つと襲ってきて⋯ってそれは今はいいや。
「そんで、死神の姿になってどうすればいいんです?虚とでも戦えと?」
「勿論そのための準備っスよ」
久しぶりとは言っても所詮は1年や2年なんて死神からすればブランクと呼ぶ月日でもない。アクアの身体から抜け出た直後はともかく、僕の感覚は既に死神の頃のものへと戻っている。
とはいっても違和感があるのは赤ん坊生活に自分が思う以上に馴染んでしまっているからだろうか。
「雨宮サン。貴方今斬魄刀の声聞こえないでしょう?」
「⋯⋯あ」
違和感の理由にようやく気付く。
そういえば常に語り掛けてくる愛刀の声が聞こえない。
「死神として戦ってもらう必要は勿論あります。けど、雨宮サンには卍解を会得し直せとまでは言いませんが、最低限始解には目覚めてもらわないといけません。忘れましたか?空座町には
「すみません浦原さん」
「いやっすね〜ギブ&テイクなんすから。こういう時は謝らないでくださいよ」
なるほど。浦原さんにもやはり何か思惑があるわけだ。
おそらく、彼が調査をしようとしている「何か」と、それを引き起こしているのは一心さんが言っていた「どっかの馬鹿野郎」になるわけだ。
(さしずめ俺は時間稼ぎってところか)
呆気無く死ぬ囮なんて用意しても、すぐに次を探さないといけなくなる。
なんて、そんなひねくれたことを考えてみたところでどうでにやはり割に合ってはいない。
浦原さんの掛けた手間とコストがだ。
恐らくは、ある程度露悪的に振舞わないと照れ臭いからなのかもしれない。
或いはそうやって人をおちょくるのが好きなのか。
どっちもか。
浦原さんに連れられて来たのは「浦原商店」という少々怪しさの漂うごくごく普通の、というか今どきレトロ過ぎる駄菓子屋の地下であった。
あの小さな駄菓子屋の地下にどうやってと問いたくなるほどに、渺茫たる大地が広がる。
空を見上げれば地下であることを忘れてしまいそうな程に青空が広がっている。
本当に地下だよな?
浦原さんのトンデモ技術については今更驚いても仕方が無い。
先代十二番隊隊長にして技術開発局創設者としがない四番隊副隊長とではそもそも死神としてのスペックが違いすぎる。
蜥蜴に恐竜のスケールを理解しろっていう方が無理がある。
そんな考えても仕方が無いことに時間を費やしている暇は俺には無い。
どかりと地面に座り込むと、胡坐の上に斬魄刀を置く。
刃禅
斬魄刀と対話をする為に死神に伝えられてきた形。
瞳を閉じると俺は一つのイメージを浮かべる。
瞼の裏に広がる闇。
瞼の裏にだけ広がるのではない。
自分を形作る境界線の外に広がる闇
地平線が見渡せる程拾い闇を想像する。
地平線すら見えない昏い闇をそこに見出す。
もっと固く、冬の湖のように澄んだ闇を。
もっと暗く、夜の湖のように濃い闇を。
もっと深く、湖の底のように重い闇を。
一歩ずつ踏み出す。
一歩踏み締めたら二歩目を、二歩目を踏み出したら三歩目を踏み出す。
ゆっくりと一歩一歩を踏みしめていく内に爪先から少しずつ自分の足が闇に染まる。
自分の足と闇の境界が見えなくなる。
爪先から足首、足首から膝、膝から腰へと闇が深くなっていく。
それでも歩みは止めない。恐れることは決してない。恐れてはならない。
死に携わる神を名乗る僕たちは闇を畏れはしても恐れてはならない。
闇と己の境界が見えなくなったとしても、大したことではない。
闇に呑まれたわけではない。闇も僕らも同じものだ。
闇を思い浮かべ、闇の中に足を踏み入れ、闇と自分を溶け合わせる。
そこまでイメージが至ることが出来れば、精神は自然と斬魄刀と向かい合うことになる
周囲には何もない。
少なくとも僕の抱くイメージの世界はとてもシンプルだ。
湖のような冷たい闇の中に僕と、もう一人が向き合う。
「……久しぶり」
僕の目の前に佇むのは錆納戸色の着物に身を固めた一人の女だった。
光一つつ差さない闇の中であるのにも関わらず、それ自体が淡い光を放つように白銀の髪が闇の中でぼうっと光る。
腰まで伸びた白銀の髪の隙間から零れ落ちそうな程大きな紅玉の瞳でじっと僕を見つめる。
見つめると言うより睨み付けるか。
その表情は恨めし気な、明らかに僕を責めるものだ。
まるで連絡一つ寄越さぬまま数日も家を空けた夫を咎める妻のようで…いや、あながち間違ってないのか。
「久しぶり菫」
「貴方は誰?吾郎なの?吾郎なのに吾郎じゃないわ。どうして?貴方は誰?アタシの吾郎じゃないのね」
「少し説明が難しいけれど、君が心配をするようなことじゃない。僕は僕さ」
「だったらどうしてそんな形なの?今の貴方は吾郎のはずなのに吾郎じゃない色が見えるわ。声も顔も貴方なのに違うのはなんで?匂いも違う。魂の形も酷く歪だわ⋯その抱えているモノは何?それのせい?」
「そうなのかもしれないけれど信じて欲しい。君が言うモノは僕の一部でもあるし、僕が背負うと決めたモノなんだ」
「知らないわ。知らないわ。そんなことアタシ知らない。アタシに何も言わない吾郎なんて知らない。貴方なんて吾郎じゃないわ」
「拗ねないでくれよ。君が怒る気持ちはわかるし、それに言い訳はしない。だけど、どうしても必要だったんだ。君は僕が自分自身の気持ちに蓋をして、自分に嘘を吐いて、心の軋みから目を逸らしながら生きろっていうのか?そういう僕で良かったのかい?」
キュッと唇を噛んで、女が僕を睨む。
我ながら卑怯な物言いだ。
「そんな言い方ズルいわ⋯そんな風に言われたら私は何も言えないってわかってるくせに」
「ゴメン。君を困らせたいわけじゃない。ただお願いしたいんだ。もう一度僕と一緒に戦って欲しい」
「⋯⋯嫌よ」
「菫···」
「貴方が吾郎だとは認めるわ。だけどアタシの全てを捧げた人は雨宮吾郎ただ一人。それは今の混ざり物になった貴方じゃない。他の魂にアタシを触れさせるなんてまっぴらよ」
「流石に君は潔癖だな。そういうところが気に入ってるから僕からは何も言えない。じゃあどうする?」
そこで女は ──── 菫は諦めたように重い溜め息を一つ吐いた。
「⋯貴方が貴方じゃない貴方であるというのなら、アタシもアタシじゃないアタシなら⋯構わないわ」
何を言わんとしているのかすぐにわかった。
当然だ。ここは僕の心の中。
僕と斬魄刀の心が溶け合う場所。
通じ合ってさえいれば言葉さえ必要としない場所だ。
だけど、僕は言葉を用いた。彼女も言葉で応じた。
それは変わってしまった僕として仕切り直すことでもあり、暫くほったらかしにしてしまった彼女への謝罪でもあるのだ。
人と人だってそうだろう。
心で通じ合ったと思っても、言葉を疎かにしていく内に心がすれ違うことは珍しくもない。
言葉にすることが全てじゃない。
言葉だけじゃ足りないこともある。
だけど、まず言葉にすることが大切だ。
繋がっているはずの心を確かめる為には言葉が必要だし、言葉に表しきれないければ態度で示すことで心を繋ぎ直し、強固にする。
だから僕は態度に移す。
僕の言葉に彼女が言葉で応えてくれた。
彼女の気持ちに今度は僕が態度で応える番だ。
「 !!」
「ありがとう」
強く彼女を抱きしめる。
よく知る彼女の匂いと温もり、霊圧を感じながら、もう一度耳元で「ありがとう」と繰り返す。
「.....教えてくれるかい?『君』を呼ぶ名を」
彼女の手が背中に回される。
そして、彼女は僕の耳元でそっと呟いた。
「──── 錆刀」