Death, Rain and Birth   作:FOOO嘉

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First Love Thief

やぁ、俺の名前は星野アクア。

何処にでもいる普通の美少年。御年3歳。

 

 

とおふざけを言ってる場合じゃないが、そうでもしないとやってられない。

 

 

「今のかな…!あの子より全然ダメだった…!」

 

零れそうなほどつぶらな瞳から大粒の涙を流してワンワンと泣いているのは10秒だか5秒だかで泣ける子役こと有馬かな嬢。

大人気の売れっ子大大子役様。将来の大女優。演技の大天才。

などという美辞麗句に彩られてはいるが、要は今一番売れててワガママが肥大化した少女だ。

ぶっちゃけクソガキだ。

アイを愚弄された時はお尻ぺんぺんしてやろうかと思った。

そんな彼女は現在絶賛大泣き中。

秒で泣けるだけあって流石なもんだと感心する場合ではない。彼女の泣き顔自体は特にこれといって思うところはない。

それは彼女の涙をテレビで散々見飽きてるからという意味であって、俺が酷薄な人間だからというわけではない。(人間じゃないけど)

彼女の涙はテレビを付ければ日に一度は目にするので、まぁ今更その泣き顔にありがたみもクソも無いのだが、俺が今現在現実逃避しているのは彼女が演技ではなくおそらくガチで泣いているからだ。

本来ならば、泣いてる子を見ても、多少は胸が痛みはするかもしれないが、他人様の子だし、

親しくないし、そもそもクソ生意気だし。っていうかアイをコネの子呼びしやがったクソガキなので、泣き付かれるまで泣けばいいと放置しているところだ。

 

泣いて泣いてまたいつか泣き止んだらその小さな胸を張ればいいじゃないか、とは有名な歌にもある。

その薄くて未発達で将来も多分そこまで大きくならないであろう小さな胸を張ればいい。

あれってそういう意味なのか。

しかし、今回については俺のせいで泣いているらしいのだ。

甚だ理不尽なのだが、それでも俺のせいらしい。

 

ここで説明をしておくと、俺はアイのマネージャーである斉藤ミヤコさんの双子の息子、アクア君(3歳)という扱いだったのだが、ひょんなことから五反田とかいうおっさんに気に入られて何故かわからんウチに映画に出演することにった。(一心さんはアイ経由で聞いたらしくニヤニヤしながら「観に行くからな」と言ってきた。ヒゲうぜぇ)

こちとら演技なんてやったことも興味も無い。その上、撮影現場に着いてからずっと感じる霊圧の存在に正直気が気でなかった。

だから、覚えたセリフをついつい素で口にしてしまった。

四番隊に居た頃によく卯ノ花隊長への報告の時にやっていた礼儀正しく当たり障りなく、そして丁寧な物腰という身に着いた処世術全開の素の喋りをしてしまったのだ。(だって卯ノ花隊長に詰められるの怖いんだもん)

 

言い訳をさせてもらえれば、決して気もそぞろだったというわけではない。

まぁ、NG出されたって別に構わないとは思っていたが、これで俺にさっさと見切りを付けて、何なら俺なんかより芸能界に興味津々なルビーに鞍替えしてくれればという狙いもあったのだ。さりなちゃん(ルビー)の目指すアイドルへの道としてのスタートが美少女子役でも良くない?

ウチのルビーの可愛らしさをほんの一瞬のアイドルという煌めきで終わらせてしまうのは勿体無い。

アイドル引退後の女優の道だって見据えてしかるべきだと思う訳よ。(ただし、濡れ場とキスシーンはNGな)

 

しかし、物事とは思い通りに行かないもので、俺の素の大人の喋りが監督の求める演技プランにドンピシャ。スタッフ騒然。というか一部キャストさんドン引き。

そして、単なる年不相応な模範的社会人な振る舞いを見せたことを演技の才能の差と勘違いした子役がギャン泣きに至る。

その年で自分の才能や努力について悔し泣きできるのはマジで凄いぞ君?と雨宮吾郎の肉体だったら頭の一つでも撫でてやりたいところだが、生憎とこの肉体は彼女よりも年下の子ども。自分を泣かしてきた年下のガキに慰められても嬉しくもなかろう。

俺に出来ることはただいたいけな幼子のフリをすることだけ。

故に俺は滅茶苦茶困っている。

 

と言っても、単純に女の子に泣かれて困っているわけじゃない。

死神としてはまだまだピチピチの170歳。

自慢じゃないが女の涙なんて慣れっこだ。

 

『貴様!!この前一緒に歩いていた女はなんだ!!私だけを愛すると言っていたではないか……ッ…こうなったら貴様を殺して私も死んでやる!!』

『雨宮副隊長⋯私とのことは遊びだったんですか?二人でいつまでも一緒にいようって…嘘だったんですね?…ふふふ…私の斬魄刀⋯綺麗ですよね。これで愛した男の首を斬って自分の首も斬ると来世で二人は幸せになれるんですよ?』

『雨宮先輩酷い⋯ちゃんと期日までに書類出してくれるって言ってたじゃないですか⋯卯ノ花隊長に提出しに行くの私なんですよ?うえぇぇん⋯』

 

思い出すだけでも様々な女の涙を見て来た。まぁ、最後については僕に落ち度があるのだけれど。ゴメンね勇音ちゃん。

そんな俺にとって今更4歳児の涙などそれがどうしたという話なのだが、そうも言ってられない。

 

 

 

あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛憎い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛〜〜〜〜〜〜若さ゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛〜〜〜〜〜!!!私た゛っ゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛〜〜〜〜わ゛た゛し゛た゛っ゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛〜〜〜〜!!!!

 

 

髪を振り乱して上空からこちらを見下ろす虚。

はそこまで大きい訳じゃない。女性型としてはデカいかもしれないが身長は虚としては巨大という程でも無い。

しかし、纏っている霊圧は油断できない。

デカいというよりは悍ましい。

濡れた髪の毛のように纏わりついて離れないようなねっとりとした執念を感じる。

霊圧から受ける印象のとおり、その虚の髪は顔を覆う程長く、骨格も華奢な女のもの。

人と違うのは指先から伸びた血の色をした赤い爪と顔を覆う黒く長い髪から覗く白い仮面。

その奥にある血走った目がこちらを睨みつけている。

睨み付けている対象はわかっている。

 

「やだ!もっかい!!次はもっと上手にやるから!!ねぇ!!お願いだから!!」

 

泣きながらスタッフに懇願している十泣きこと有馬かな。

虚の眼差しは妬ましげに有馬かなをねめつけている。

 

 

あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛憎い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛〜〜〜〜〜〜若さ゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛才能か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛若さ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛〜〜わ゛た゛し゛た゛っ゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛〜〜〜〜!!!!

 

 

……まぁ、動機は聞くまでも無い。

あのヒゲ監督の野郎、「ここは背筋にゾクゾク来るんだよ。この映画を撮るのにこんなにうってつけの場所は無い」なんてドヤ顔してたけど、マジもんじゃねーか。マジもんの心霊スポットじゃねーか。

 

「もう、かなちゃん。かなちゃんの演技もとても良かったじゃないの」

「ダメ!あんなの全然ダメ。あの子と全然違うもん!!」

 

そらピッチピチのヤング死神(170歳)と蕾にすらなってない少女(4歳)とじゃ全然違うわな。

 

「フッ…こいつは予想外のカンフル剤になったな。なぁ早熟」

 

 

顎に手を当て「へへっ、こいつは面白くなってきやがった」みたいな顔をする五反田監督。

うるせぇよ。フッ、じゃねぇよ。早熟ってなんだよ。パンかよ。

監督なんだから自分の撮影現現場を収めてくれよ。後アイの出番増やしてくれよ。それと俺の出演をルビーに差し替えてくれよ。いや、ルビーみたいなキラキラ輝く愛らしい子にいたずらに不気味なキャラの印象を付けるのは得策じゃないか。そういうのはツクヨミみたいな辛気臭い奴が手頃か。

しかも五反田監督、アンタ心霊スポットとか勘付くくらいに霊感高い癖に虚を視認出来ないのかよ。一番めんどくせぇパターンじゃねーか。

 

そんでもって、

 

『ヘイ!!アクア少年!!ホロウが現れたぜ!!!さぁさぁヒーローの出番だ!!!ジャスティスブレスを天に掲げてゴローマンを呼ぶんだ!!!!

ヘイ!!アクア少年!!ホロウが現れたぜ!!!さぁさぁヒーローの出番だ!!!ジャスティスブレスを天に掲げてゴローマンを呼ぶんだ!!!!

ヘイ!!アクア少年!!ホロウが現れたぜ!!!さぁさぁヒーローの出番だ!!!ジャスティスブレスを天に掲げてゴローマンを呼ぶんだ!!!!

ヘイ!!アクア少 ──── 』

 

 

ウゼェ…

浦原さん特製ブレス(お面ライザーの変身ブレスを模した虚感知機)がけたたましく鳴っている。いやわかってるよ。もう目の前にいるからね。いつも思うけどゴローマンってなんだ。アクア少年が呼び出すって、召喚士俺、召喚獣俺じゃねーか。

 

 

 

あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛若さ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛〜〜〜〜!!!!

 

虚がぎょろりと首を巡らせた。

その視線は天才子役が泣いているのを少しばかり心配そうに見ている最近母性が育ってきた我が母と、その膝の上に座って「ははは、重曹ザマぁ。ママとせんせを侮辱するからだ」と天才子役のギャン泣きを肴にオレンジジュースを飲んでいる可愛い我が妹。さりなちゃんホントあの子役嫌いだな…

 

 

あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛憎い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛〜〜〜〜〜〜若さ゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛美゛し゛さ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛狡゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛〜〜〜〜!!!!

 

 

 

「ゲッ⋯」

才能も若さも嫉妬の対象なら、そりゃあ美貌も嫉妬の対象になってもおかしくはないないな。

なんて感心している場合じゃない。美の女神(アイ)可憐過ぎる天使(ルビー)のコラボレーションを前にした虚はそちらへと興味を向け始めた。

なるほど、確かに数においても質においても有馬かなより嫉妬すべき対象だ。

不味い、何とかこちらに注意を向け直させなければ。十泣き(有馬かな)を見ると泣き付かれてきたのか勢いが衰え始めた。おい、もう少し頑張ってくれ。お前なら出来るだろう。

クソッ、どう贔屓目無しの客観的な目線で見たとしても有馬かな一人と星野アイ&ルビーでは後者に目を奪われるのは疑う余地すら無い。

 

あの虚を嫉妬させるにはどうする?

 

若さ

 

才能

 

美貌

 

あとは他には……あった。

 

 

「こっち来て」

「えっ!?」

 

突然の行動に驚愕と困惑を隠せない周囲の大人達が制止する間も与えず、戸惑う有馬かなの反応も無視して彼女の手を握ると、俺は虚への注意は怠らずにそのまま走り出す。

 

向かう先はできるだけ人気が無くて、静かなところがいい。

 

 

あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛男゛ぉ゛ぉ゛〜〜す゛る゛い゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛男゛の゛子゛ぉ゛ぉ゛狡゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛〜〜〜〜!!!!

 

 

 

思った通りだ。

嫉妬塗れのあの虚のことだから、さっきまで泣いていた嫉妬の対象が大切にされたり、ちやほやされたり、男と良い感じになれば間違いなく嫉妬の炎を燃やすだろうと睨んだ通りだ。

背後で驚いたように「あらあら」と目を丸くする(アイ)と、その膝の上から呪怨のような目を向けてくる (ルビー)のことはひとまず置いておく。

 

今はただ、虚をあの二人から引き離さなくては。

その一心で走り続ける。

 

 

 

***

 

 

 

「ハァッ、ハァ⋯ちょ、ちょっと何よ!」

 

ある程度離れたところで有馬に手を振り払われた。

虚の姿は見えない。長い裾を引き摺るようにして歩いていたからそこまで早くはないと思っていたが、当たっていたらしい。だが霊圧は確実に近づいてきているのを感じる。

 

 

「よし」

「よし、じゃないわよ!何よアンタ。なんか私に文句でもあるの!!」

 

有馬は泣き腫らした目で睨み付けてくる。

さっきまで泣いてたくせにすぐにここまで強気になれるの凄いなコイツ。

愛する母と妹から注意を逸らすための囮にしましたとは言えない。

さて、どうするか。

有馬の目には敵愾心と警戒心がありありと浮かんでいる。

彼女から感じる霊圧に乱れがあるのは、今の彼女が情緒不安定だからという訳だけではないだろう。

おそらくはあの虚のせいだ。

有馬が俺の演技に嫉妬や劣等感を抱き、それがあの虚を呼び寄せ、あの虚の持つ負の霊圧が有馬を更に不安定する。

だとすれば、これは人間(アクア)ではなく死神(ゴロー)の領分だ。

 

「大丈夫だよ」

「キャツ」

 

有馬の身体をそっと抱き寄せる。

背中をゆっくりと摩ってやりながら、彼女の耳元に囁く。

 

「僕のは演技でもなんでも無い。ただ僕の素をあの監督が面白がっただけだよ」

「何よ…なぐさめてるつもり?」

「事実を言ってるだけ。本当に凄いのは泣くほど悔しいと演技に対して思える君の方だよ。だからお願い、泣かないで」

「…泣いてない!」

 

泣いとったやんけ。

 

「うん、そうだね。君に泣かれると⋯その、凄く困る」

 

虚が反応しまくるし。

 

「……ふーん…アンタは、わ、私が泣くの…イヤ?」

「うん。可愛い子には泣くより笑っててほしいかな」

 

一般論としてそうだろそりゃ。

 

「可愛い⋯」

 

有馬の声が落ち着いてくるのを感じる。

霊圧も安定してきた。

摩るのと同時に霊圧でそっと魂を刺激してやる。回道という程の大したものじゃない。治療中に暴れたり、不安定になって取り乱す患者を何とか落ち着かせられないかと模索した結果身

に着けた小細工でしかない。勇音ちゃんには軽々しくやるなと叱られたっけ。小細工に頼るべきではないというのはその通りなんだけどさ。それは隊長や勇音ちゃんみたいな才能のある人の傲慢てなもんで。

要は霊圧で相手をリラックスさせる訳だ。コツさえ掴めば誰でも出来る、はず。

 

「私、スゴイ⋯?」

「うん。僕なんかと比べるだけ失礼なくらい凄いと思う」

「⋯そ、そうよね。私スゴイんだもん」

鼻声で強がりを口にするのは生意気というよりもいじらしくて思わず笑ってしまった。

 

「何笑ってるのよ!!」

「ゴメンゴメン。やっぱり君は笑ってた方がいいよ」

 

涙を安売りする女はあんま男に受けないしな。何か涙が軽く見えるし。ここぞという時に女の涙を使える子の方が色々な意味で強い。

五番隊の雛森ちゃんなんて良い例だ。あの子かなりのしっかり者だし、鬼道の達人だから間違いなく女傑の類なのに見た目はめっちゃ可憐な乙女だからな。それで、時々失敗してこっそり悔し泣きしちゃうんだもん、それもこっそりしきれてないもんだから、たまたまそれを目にした野郎達は心を打ち抜かれるよな。

性質が悪いのはナチュラルにそれをやるから憐れな犠牲者を次々と生み出してる。吉良君とか。

 

 

 

あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛可゛愛い゛男゛ぉ゛ぉ゛〜〜す゛る゛い゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛き゛ゃ゛わ゛ゆ゛い゛男゛の゛子゛ぉ゛ぉ゛狡゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ア゛タ゛シ゛も゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛〜〜〜〜!!!!

 

 

ショタコンかい。

嫉妬の理由そっちか。

業が深すぎるだろう。そりゃ虚だから業は深いんだろうけどさ。

なんて言ってる場合じゃない。

 

 

「コレ良かったら食べる?」

「何これ…飴じゃない」

「うん。泣いた後には甘い物欲しくなるでしょ」

「こども扱いしてんじゃないわよ…でも、貰ってあげる」

 

こどもじゃないですかぁ〜〜やぁ〜だぁ〜、と内心ツッコミつつ手渡す。

 

そして俺も一つ、と言っても取り出したのは飴ではない。

ただ、目の前で唐突に俺だけロにすると不自然だと思ったからだ。

 

「アンタのはちょっと違うのね」

「ま、ね」

 

コイツ目敏いな。

そんなことを思いつつ取り出した飴⋯のように見える義魂丸を口に放り込む。

 

 

瞬間、包み込まれていた物から引き離されるような喪失感と枷が外れたような開放感。

そして何よりも力が湧き上がることへのささやかな全能感に見舞われる。

 

 

 

え゛ぇ゛っ゛

 

 

一閃

 

 

虚の戸惑いの声を背後に聞く。

 

 

き゛ゃ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!

 

 

虚の絶叫が聞こえる。

斬り落とされた右腕を抑えた転げ回る虚のすぐそば、足元には有馬かなと星野アクアがいる。何事かを話している様だが、義魂丸(トム)は上手くやっているらしい。

 

死神に戻った時に一気に上がる視界の高さにも随分と慣れたもんだ。そんなことを思いつつ斬魄刀に着いた血を振り落とす。

 

 

 

痛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!

 

この虚が綺麗な女に嫉妬する虚なのか、芸能界という輝かしい舞台に立つ者に嫉妬する虚なのか、そもそも満たされている全ての者に嫉妬する虚なのかはわからない。

或いはそれらの嫉妬深い霊を食らって行った成れの果てなのかもしれない。

 

だが、そんなことはどうでもいい。

 

 

「アイとルビーまで標的にされかねないからな。悪いけど容赦はしない」

 

 

斬魄刀を虚に向ける。

 

 

 

「時間が無いから、速攻でやらせてもらうわ……

 

 

        ()て』

 

 

 

斬魄刀が俺の口にした解号に呼応して姿を変えていく。

 

 

 

             錆刀(さび)

 

 

 

 

鍔元から切先まで余すところなく錆びた刀。

 

『今の』俺の斬魄刀「錆刀(さび)」を突き出し、瞬歩で虚の懐に潜り込む。

 

虚が俺に向けて残っていた左腕を振るうより先に、その孔に錆刀をするりと通す。

 

 

 

 

ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!

 

 

 

木々を揺らすような絶叫が木霊する。

けれどもその声は決して人に聴かれることはない。

誰にも気付かれることなく、嫉妬と憎しみと苦痛に塗れた声を上げながら虚が塵の様に散っていく。

 

 

「しんど」

 

帰ってアイとルビーに癒されなきゃ。

消えて行く虚を尻目に一つ息を吐くと俺は星野アクアの肉体へと戻った。

 

 

 

***

 

 

 

「いや〜〜アクアってばスミにおけないな〜〜女の子にすぐにお手付きしちゃうなんてね〜誰に似たんだろう」

「なぐさめてただけだから。俺のせいで泣かしちゃったし」

「せん⋯お兄ちゃんの浮気者⋯」

「話聞いてた?そういうのじゃないって」

 

帰りの車の中は控えめに言って地獄でした。

揶揄う母と詰問する妹にサンドされる状況、僕はこれをご褒美と言える業の深さは生憎と持っていない。

にやにやしっぱなしのアイの質問を適当にはぐらかしつつつ、小さな腕の何処にと問いたくなる程の万力の如き力で腕に抱き着いてくるルビーを宥めることに帰りの道中は費やされることとなった。

厄日にも程があるのでは?

 

 

 

***

 

 

同時刻、帰りの車中で有馬かなは手元の台本に記載された一人の名前を指でなぞっていた。

 

「アクア⋯一人前に芸名なのね⋯」

 

星野アクア。

自分よりも一つ年下の男の子。

聞いたことも無い素人子役。

コネに違いない。

実力の差を思い知らせてやろう、そう思っていた自分を完膚無きまでに叩きのめした男の子。

 

そして、無様にも泣き喚いていた自分を抱きしめ、優しくなぐさめてくれた男の子。

 

彼は自分に飴をくれた後もずっと優しかった。

『美味しそうに食べるんですね』『そうやって笑っているととても愛らしいですね』『有馬さんはしっかりした子なんですね』と何故途中がら敬語に変わったのかはわからないが、彼は一貫して優しく紳士であった。

間違いないと、かなは確信する。

あの男の子は自分に惚れている。

今日初めて会ったのだから一目惚れだろうか。

いやいや、自分の姿をテレビで観ない日は無い。ならば彼はずっと前から憧れていたのではなかろうか。きっとそうだ、そうに違いない。

そう考えればすべての行動に辻褄が合う。

 

彼は自分に憧れていた。

そして、幸運にも共演する機会に恵まれた。

彼は自分に意識して欲しくて全力で演技をした。

しかし、予想外にもそのせいで自分を泣かせてしまった。

 

そう、自分が大好きな女の子を泣かせてしまったのだ。

だから彼は慌てて自分を慰めたのだ。嫌いになって欲しくないから一生懸命に。

そうでなければ、あんな少女漫画にしか出てこない口説き方をするはずがない。

 

なんて可愛いのだろうか。お可愛らしいことだ。

きっとあのセリフの数々も精一杯背伸びをしていたに違いない。

 

かなの頬が薔薇色に染まる。

 

 

「星野アクア⋯覚えたわ」

 

 

 

 





・【錆刀(さび)】
解号は「起て」。
始解の形は錆びた刀。
『現状の』雨宮吾郎の斬魄刀。
本来の斬魄刀◼️は潔癖で束縛気質の強い駄々っ子である。潔癖故にアクアの魂と混ざり合った吾郎を素直に受け入れる事に強い抵抗感を抱き、妥協として「錆刀」という偽りの自分を設けた。

具象化した姿は錆納戸色の着物で細身の身体を包む、長い銀髪の少女。
吾郎は卍解を会得しているので、当然彼女を屈服させている。



・義魂丸「トム」

男性死神に広く使われるが、技術開発局の職員(女性)は支給の際にさり気無く対象となる死神を見て支給の可否を判断する。
若かりし頃の六車拳西がトムを使用した際の不気味さから義魂丸の性格をある程度考慮する向きとなったのだ。

要は、キャラ考えろということである。
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