余談だがモンハンデビュー。楽しすぎて辛い。
「はぁ…」
「姉さんお疲れ様」
お茶を淹れてくれた清音にお礼を言って一口飲む。
熱いお茶がお腹の中に落ちて行くのを感じてようやく一息つく。
目処が立つ程には片付いた書類を前に、固く強張った肩を揉みほぐす。
刀を振る機会は他の部隊より少ないからといって四番隊が肩凝りとは無縁かと言えばそうでもない。書類仕事は多いし何より薬剤や医療器具を運ぶことは頻繁だし(あれがなかなか回数が重なると馬鹿にならない)、医療ってかなり体力勝負なのよね。
「ありがとうね清音…十三番隊なのに手伝ってもらって」
「いいよ、副隊長の業務には慣れてるから」
「そうだったね…」
三席の清音は副隊長になりたての私より副隊長の業務に詳しい。私も新米副隊長にしてはそこそこには把握している方だとは思うけど。
「姉さんが副隊長か」
自分で淹れたお茶を飲みながら清音が私の腕の副官章を複雑な目で見る。
これを着けていた人、本来着けるべき人を思い出しているのだろうか。
「…三席だからね…順当に行けば仕方ないよ」
腕に付けるだけの大袈裟な物でもないはずなのに、未だにズッシリと重たく思えて仕方ない副官章を私は指で撫でる。
「雨宮さん、戦死扱いになってるんだよね?」
「生死不明っていう事ではあるみたい。隊長が掛け合って休職扱いにはしてもらえたけど」
私の前任者、四番隊副隊長だった雨宮吾郎は5年ほど前から現世に行ったきり帰って来ない。
彼の霊圧の反応が最後にあったのは3年前らしい。長らく副官代理として副隊長の業務をこなしていた私が正式に副隊長に任命されたのは3年前。
「雨宮さんが虚にやられちゃうなんて考えられないけどなぁ〜あの人四番隊だけど強かったんでしょ?」
ポリポリと金平糖を頬張る清音の言葉に私は曖昧に笑う。
「?弱いの?」
「強いよ間違いなく。だけど、先輩詰めが甘い人だったからね…美人な虚とか子供の姿をした虚なんかがいたらコロっとやられちゃうかも」
「何それ。頼りない〜」
言ってみてから少しだけ「ありそう」と思ってしまった。
色仕掛けには負けないとしても、子供の姿に化けるような虚なんていうのがもしもいたら…彼が子供の額に刀を振り下ろす姿がどうしても私には想像が出来ない。
先輩のことだから何処かでサボってるに違いないと彼の死を信じたくない気持ちもあるのに、同じくらい先輩の優しさ(先輩は甘さと言ってたけど)が彼の命を奪う光景も想像が出来てしまう。
「隊長がさ…」
「浮竹隊長?」
こくんと頷く清音は少し憂いを帯びた目で手の中の湯呑みを見つめる。
視線の先にはきっと彼女が誰よりも敬愛する人の顔が浮かんでいるんだろう。
「隊長がさ、寂しそうなんだ〜雨宮さんよく
十三番隊の浮竹隊長は昔から病弱な方だからか、四番隊士にとっては他の隊長よりも馴染みの深い人だ。温厚で誠実で、とてもお優しい方。
「雨宮さんね、遊びに来たって言っては浮竹隊長の診察してくれたり、私が処方した薬を確認してくれたりしてたの。それに海燕副隊長とも仲良くてさ」
「よく飲みに行ってたんだよね」
一度ご一緒したことがある。
最後には酔い潰れた雨宮先輩を押し付けられたけど。
「朽木さんって、前に話したでしょ?朽木隊長の妹で、海燕副隊長に凄く懐いてた子」
「うん。朽木ルキアさん…だよね?」
「雨宮さん、副隊長が亡くなってからたまに朽木さんの剣を見てあげてたみたい」
「そうだったんだ…知らなかった…」
「雨宮さんは『四番隊の副隊長なんかに剣を教わったなんて朽木隊長に知られたらシメられるから内緒で』なんて言ってたけどね」
「先輩らしいな」
雨宮先輩がふらっと仕事中に姿を消すことは珍しくなかった。サボってはいても仕事は基本的にはきちんとこなすからみんな半ば仕方ないって諦めていたのだけど、もしかしたら、それは私達に変に気を遣わせないようにしてたのかもしれない。
「姉さんは雨宮さんの後輩だったんでしょ。昔からあんな風に面倒見が良い人だったの?色々な意味で有名人だったけど、私が聞いてたの噂だけだから」
「なんか想像が付くなぁその噂」
「優秀だけど熱意が無い。強いのにやる気が無いから四番隊に行った人。私のいた頃はそんな風に言われてたな」
「あはは…先輩結構遊び歩いてたからね。私よく代返頼まれてたし。実は霊術院に入学したのは私が先だったんだよね」
「え!?
「私が三回生の頃に十数年ぶりの一発合格者が出たって話題になってて、それが雨宮先輩。それで私が四回生になった時には飛び級して同級生に、次の年には六回生にまた飛び級して先輩に」
真央霊術院を一発合格。
入学時点で霊威は八等とも七等とも言われていた。その後、斬拳走鬼いずれにおいても優秀な成績を収め六年のカリキュラムを三年で終わらせた逸材。
だけど、度重なる授業や試験の欠席から留年。霊術院は単位よりもその不真面目な授業態度を理由に留年を言い渡した…というのが表向きの話。退学でも構わなかった雨宮先輩を霊術院側が引き留めたのが実際の話だという。
「私が卒業と同時に運良く護廷十三隊に入隊出来て浮かれてたけど、先輩は八席になってた。ふふ、今でも覚えてる先輩のうんざりした顔」
「ほぉ〜?」
先輩は現世に興味津々だった。
だから現世の担当になりたがっていた。
お互いに護廷入りしたある日先輩はこんなことを言っていた。
『給料面を考えるとやっぱり席官にはなりたいけど、六席とか五席なんて絶対瀞霊廷から離れられないだろうし、俺としてはなるとしても十五席か〜二十席あたりが良いんだよね』
昼休みに久しぶりにご飯でもと誘った定食屋で焼き鯖を箸でつつきながら先輩はそんなことを言っていた。
『先輩そんなこと考えてたんですか…?』
当時の私は仕事に慣れるだけでも精一杯で、先輩がそんなやる気の無い気持ちを抱きながら卒なく仕事をこなしているのが納得できなかった。
『霊術院に入った時点で…まぁ“目的”は果たしたからな。後はそれなりに安全にお仕事出来ればいいよ僕は』
『志が低過ぎる…』
私からすればこの人が四番隊なのも八席なのも詐欺みたいに思えた。この人の実力を知っている私には…
「素っ気無いくせに面倒見が良くて、悪ぶってるのに優しくて涙脆いところがある人かな」
「ほほぉ〜?」
「さっきから何よ、清音!」
「いやいや、やっぱり噂ってほんとだったのかな〜って。お姉ちゃんが雨宮さんと付き合ってたって」
「そ、それは違うから!誤解だからね!!先輩とは腐れ縁で…あの人散々女の子取っ替え引っ替えだったの見てきたし、あんな女たらし」
「刑軍の彼女との別れ話で苦無持って追いかけられてた話本当だったりする?」
清音の引き攣った顔に頷く。
アレは先輩が悪い。
別れた経緯を聞いて私だって苦無を持っていたら投げつけてただろう。メンヘラホイホイなのか、メンヘラ製造機なのかはわからないけど、あの人が円満に別れてるのを聞いたことがない。
「うわ〜〜やっぱそうなんだ。やっぱり男の人は誠実で大らかでなくちゃ」
「浮竹隊長みたいに?」
「そうそう…って、姉さん!!」
真っ赤になった清音に少しばかりしてやった気になる。さっき揶揄われたお返しだ。
「さ、清音はそろそろ戻らないと。もう、こっちは大丈夫だから」
「またいつでも呼んでね」
「ありがとう」
清音が立ち去って、静けさが水のように染み込んでいく。
窓から差し込む緋色の光に目を向ける。
沈む太陽が空を真白い執務室を赤く照らす、斜陽の影が少しずつ赤を蝕むように覆い尽くして行く。
「先輩…今どうしてるんですか?」
『卍解のことは勇音ちゃんにしか見せてもいないし教えてもないから』
先輩が眼鏡を拭きながら世間話のように言った言葉を、私は上手く飲み込めなかった。
どんな話の流れなのかはよく覚えていない。
確か私の三席就任のお祝いを先輩の邸宅でしてた時だ。私のお祝いなのに何故か私が料理を作ったのをよく覚えている。お酒も食材も先輩持ちだったのだけど妙に腑に落ちなかった。
『今後使うつもりは無いし、使わないなら無いのと同じだろ?』
『そんなの…もしかして、気にしてるんですか?アレは先輩は悪くないです!だから不問にされて…』
『四十六室の決定とかどうでも良いんだ。僕が嫌になった、それだけ』
先輩は俯きがちになって薄く笑う。
辛うじて笑顔の形になっただけの泣きそうな顔に何も言えなくなる。
先輩の眼鏡のレンズに映る私の顔は酷く歪んで見えた。
『僕は自分の卍解が好きじゃないし、使いこなしたいとも思えない。そんな腰抜けには副隊長だって過ぎた立場なんだよ。だからさっさと俺を蹴落として副隊長になってね勇音ちゃん。俺は三席あたりで勇音ちゃんをサポートするから』
わざと意地悪っぽく笑った顔が、痛みを堪えてる子供のように見えて胸が潰れそうになった。
「…三席になってサポートしてくれるんじゃなかったんですか?……嘘吐き…」
・虎徹勇音
四番隊副隊長
実は吾郎の先輩だった。
雨宮くん呼びから雨宮先輩呼びになって、吾郎が留年したから最後はまた同級生になって一緒に卒業。
呼び名の先輩は既に染み付いてしまった。
とある出来事で吾郎が卍解を使うところを見てしまったため、卒業後の吾郎が八席になった時には「なんで(卍解使える)この人が八席に?」と思ったが、卍解を忌避する理由も知ってるため何も言えず。
なお、吾郎が彼女と長続きしない理由は勇音を構いまくるせいも割とある。
・虎徹清音
十三番隊三席
吾郎に対する印象は「海燕副隊長の飲み友達で、朽木さん(ルキア)の指導役を海燕副隊長から引き継いだ義理堅い人。だけど女癖が悪い」というもの。
故に姉は男の趣味が悪い。
浮竹隊長しか勝たん(確信)
・吾郎の元カノ
二番隊。刑軍。苛烈にして厳格かつ情が深い子。
白打の実習で吾郎と知り合う。後にあることで落ち込んでいるところを吾郎に慰められて付き合うことに。
吾郎は彼女が立ち直ってきた頃に「もう大丈夫だよね。俺みたいな甲斐性もやる気も無い男なんかじゃ貴女には到底釣り合わないし」と何もかもが不釣り合いな自分が側にいるべきではないという吾郎的には善意で別れ話を切り出した結果、ド修羅場になる。
クズ男、女の敵だと思います。