Death, Rain and Birth   作:FOOO嘉

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The week before the rainy day

 

 

星野アクアには幼馴染と呼べる奴が一人いる。

物心付いた時から一緒に過ごすことが多い。

そいつにとっても俺は一番の幼馴染だろう。

 

 

「馬鹿、危ない」

「うぇっ」

 

グイッとフードを引っ張っり、引き寄せる。

思いの外強く引っ張りすぎてしまったのか、そいつはそのまま尻餅を付いて座り込む。

ほんの数歩先には激しく行き交う自動車の海。

そいつの視線の先には一人の女の子が立っている。

トラックのタイヤほどの身長しかない小さな女の子を前にしたトラックはスピードを一切緩めることなく女の子を呑み込む。

 

 

「わぁ!!」

 

情けない声を上げ、見ていられないとばかりにそいつは両手で目を覆う。

思わず溜め息が出た。

馬鹿だな、一歩間違えてたらお前がタイヤの下敷きになってたかもしれないんだぞ。

別に俺は見ず知らずの女の子を見捨てて友達を救ったという訳ではない。

 

「よく見ろ」

「え?⋯⋯あっ⋯」

 

タイヤに呑み込まれた女の子はタイヤに磨り潰されるなんてことはなく、そのまま何事も無かったように突っ立っている。

 

『ごめんねおにいちゃんたち』

 

俺達のやり取りが自分のせいだとわかったのか、女の子は申し訳なさそうな顔をする。

いい子だなと微笑ましさを覚えると同時にあんな幼さで…という事実に胸が苦しくなる。

せめて安心させてやりたくた微笑みながや女の子に「気にするな」と小さく呟いて手を振ってやると、女の子は真っ赤になって手を振り返してきた。シャイな子だ。

 

 

「ったく⋯お前さ幽霊と実体の見分け付くようになれよ、いい加減…」

「ごめんアクア⋯」

へらっと困ったように笑うオレンジ色の頭を軽く小突いてやる。

謝ったってどうせまたこいつは助けようとするのだと俺はとっくに理解している。

コイツのお人好しは生まれ持ってのものだ。お人好しに霊霊威のように等級があるとすれば、さしずめ俺は二十等霊威で一護は四か三等霊威くらいあるんじゃないか。

 

「ほら、さっさと行くぞ一護。今日こそ有沢から一本取るんだろ?」

「わかってるよ!」

「泣かされるなよ?」

「最近は泣いてないだろ!!」

「上段一発で⋯」

「それは4歳の頃の話だよ!!」

「わかったわかった、拗ねるなって。あんま眉間に皺寄せると癖になるぞ」

「うう⋯」

 

一護に手を差し出して立ち上がらせてやると、「いいって自分でやるって」という言葉を無視してズボンに付いた砂を払ってやる。

コイツにとってはお節介な幼馴染かもしれないが、俺にとってはどうしても年の離れた弟のように思えて仕方が無い。

いや、中身の年齢的には祖父と孫でもきかない年齢差なんだけど、それを言ったら一心さんと真咲さんの年齢差なんて⋯⋯ねぇ?

 

 

黒崎一護。

 

一心さんと真咲さんの子ども。現在9歳で俺と同い年。

初めて会ったのは4歳の頃だった。

その頃にはすっかりアイの具合も回復して黒崎医院の世話になる必要は無くなっていたんだけど、俺が死神(仮)として活動するようになったから霊圧にあてられることは無くなっていた。

だけど、「死神の霊圧にあてられなくなったから大丈夫」なんて言える訳が無い。

言えば多分今度は一心さんが病院に連れて行かれる。ヤベェ、凄く見たい。

 

霊圧のことや虚のことを知らないアイやミヤコさんを安心させるには定期的に診察をしてもっともらしいことを説明する必要がある。

というか、寧ろ診察してもらう必要があるのは俺の方だ。

 

 

『これは凄いっすね。雨宮さんの霊圧の高さなら回復すると踏んでたんすけど、想像以上すね⋯アクア君自身の魂が元々高い霊圧を持ってたのかもしれない』

 

 

先日診察室に現れた浦原さんが言うには、二、三十年で魂が修復されれば御の字だと思っていたところ、この星野アクアの魂は既に殆ど修復されているらしい。

現在のアクアの魂は半覚醒の状態で、人間で言えば夢現の意識が続いているという。

 

今こうして俺が思考している意識も曖昧な境界線を経て『星野アクア』と共有しているとか。

つまり星野アクアは雨宮吾郎の保育園時代を最前列の席で見ながら、

 

『このオッサン、いい年して幼児生活エンジョイしてんな』

 

と寝ぼけ半分に思っている可能性があるということである。

ヤバい、死にたい。

ルビー(さりなちゃん)が執拗にアイのみならず俺とも一緒に風呂に入るように要求してきていることに俺が唯々諾々と従っていることもバッチリ見ているわけだ。

子供なのをいいことに、推しのアイドルと、推しの少女(の生まれ変わり)の裸を堪能していると誤解されているかもしれないということだ。

良くないぞそれは。ロリコン疑惑は一心さんだけで良い。勇音ちゃんに「先輩って、小柄でスレンダーな人が好みかと思っていましたけど、もしかして単に幼い子が好きなのでは…?清音は浮竹隊長一筋だからダメですよ?」と虚にも見せたことの無い険しい眼差しで睨まれたことを思い出す。

誤解だ!!風評被害だ!!俺は別にロリっぽい子が好きなんじゃなくて、弛まぬ努力の跡が見られる身体が好きなだけなんだ。結果的にそれが細く引き締まってたりする子なだけで!!死神だろうとアイドルだろうと最前線で努力し続ける女の子が魅力的である、そこに何の違いもないだろう!!

 

 

それはともかくとして、俺は浦原さんの話を耳にしてからは一層自分の振る舞いに注意するようにした。学業は今更心配はしていないけれど、星野アクアとしての振る舞いそのものだ。いつ本当の「星野アクア」にバトンタッチしても良いようにしておかないといけない。

 

 

いざ、交代したら誑し込んだ女の子が白刃を手にして囲んできましたとか洒落にならないからな。ま、そんなことあり得ないけど(笑)

 

 

それはともかくとして、一護と友人として付き合うことだって俺なりに気を付けている。

ともすれば、ついついお兄ちゃん風を吹かせてしまいたくなるところをそこそこ年相応に、ちゃんと同い年らしく振舞うようにしているのだこれでも。一護にとっては少々不服だろうが。

 

「いつにもまして凄い気合じゃん、一護」

「俺がみんなを守んなくちゃいけないからな」

 

そういや、泣き虫だったコイツが最近ではあまり泣かなくなってきたのって、遊子ちゃんと夏梨ちゃんが生まれてからだったな。

相変わらず真咲さんにべったりなのは変わらないけど、一丁前に強くなろうとして、男らしさなんてものを意識してるなとは思ってたけど、コイツなりに思うところがあるのかもしれない。

母親と妹達を守れるようになりたいと。

 

「カッコいいじゃん」

「バカにしてるだろ!」

「してねーって」

 

本当にカッコいいと思ってしまった。

母と妹を守りたい、その気持ちは俺にもよくわかる。

けど悲しいかな、中身はすっかり擦れて捻くれて育ってしまったお兄さんな俺にはそれを口にすることはなかなか憚られる。

誰に対してという訳じゃないが、妙な気恥しさがあると言ってもいい。

だからこそ真っ直ぐな目ではっきりと言葉にできるコイツをカッコいいと思ったし、眩しく感じる。

 

(やっぱりコイツと友達になって良かった)

 

一護は良い奴だから、星野アクアにとってきっと友人になって困る奴じゃない。

特に俺に代わって「星野アクア」が生きていくことになった時、霊と無関係でいられる保証はどこにもない。少々打算はあるが、霊のことを共有出来る友人はきっと必要になるだろう。

それに一護自身少し心配なところがある訳だから、同じ物を分かち合える少年同士の友情を育んで欲しいわけですよお兄さんとしては。

 

 

「おーっす!一護」

「おす」

 

一護の手を引きながら考え事をしていたらいつの間にか道場に着いていた。

同じタイミングでちょうど着いたのか、顔見知りの少女が手を振ってくる。

帯で縛った道着を肩から掛ける姿はいつの時代の武芸者だとツッコミたくなる元気な少女にこちらも手を振る。

 

「今日も元気だな有沢」

「アクアも来たの?珍しいじゃん。もしかしてウチに入門する気に⋯」

「なってない。俺は見学。有沢に泣かされる一護の」「泣かないって!!」

「なんだ、つまんねーの。今度こそアクアから一本取ってやろうって思ってたのに」

「勘弁してくれ。小学生の部で全国行く子とやったら死んじゃう」

 

有沢たつき。

一護が一番古くからの幼馴染だとすれば、こいつは二番目に古い付き合いになる。

4歳で空手道場に入門した黒崎一護少年を右の上段一撃でギャン泣きさせたお転婆娘だ。

全国少年少女空手道選手権に一護と応援に行ったのはつい先月のこと。惜しくも三回戦で負けちゃったけど、有沢に勝った子がそのまま優勝してるので大したものだ。

余談だが、明らかに判定に疑惑が残る試合だったので個人的には有沢の方が強かったというのが俺の見解である。

向こうは全国でも有名な某空手道場だからね、親や館長の権力も強い訳ですよ。権力という意味では真央霊術院も貴族の子が通っている訳なのでその辺の融通もあったのだろうが、流魂街の出身の小市民としては程ほどの死神ライフを送るつもりだったので気にしたことは無い。

 

「ふん、嘘吐け」

有沢は口を尖らせて俺を睨む。あら怖い。

この年頃の女の子としてはなかなかの眼力だ。一護なんて軽くビビってる。

 

「嘘じゃないって」

「私の突きを全部躱した奴が何言ってるんだよ。全国でも私の拳が一発も当たらなかった奴なんていなかったんだからな!」

 

一度だけ一護の道場に付き添いで見学に行った時に組み手をやらされたことがある。

きっかけは「アンタ、一護よりもヒョロいじゃん。身体鍛えたら?」という有沢の言葉。4歳の頃からの顔見知りで、すっかり幼馴染のカテゴリーに入っていた有沢は持ち前の遠慮の無さでズケズケと言ってくる。ヒョロいのではなくてスレンダーなのだと説明するも納得するはずもなく、道着も持ってないと説明したらすぐに一護が「俺の貸すよ」と善意100%で俺に予備の道着を貸してくれた。

何で予備を持っているのかという疑問については、4歳の頃、一護がたつきに負けて泣いて漏らしたからだ。それ以来真咲さんは一護に予備の道着を持たせている。

入門から五年経つが、一護が負けて漏らしたことなど後にも先にも一度きりっりだったというのに、お母さん大好き一護君は予備の道着を手渡すお母さんの手を突っぱねることが出来ない。

気付いて真咲さん、一護凄く複雑な顔してるから。善意の刃が無垢な少年の自尊心を著しく傷つけていることを誰か教えてあげて欲しい。

そんな一護の自尊心と引き換えに用意されていた予備の道着に着替えたか弱くいたいけな少年星野アクア君は、全国レベルの実力者有沢たつきちゃんの拳に晒されることになった。

ここで適度に手を抜いてやられたフリをするのが無難だったのかもしれない。

大したことのないモヤシ野郎と思われるのは少々癪だが、インテリ少年のイメージを定着させている星野アクア的にはさほどマイナスイメージにもならない。

だが、有沢の余りにも真剣な目を見ていたら、少なくともヘラヘラと相対して良いとは思えなかった。

それは彼女が9歳ながら空手に真剣に取り組んでいることをよく知っていたからであるし、真剣に拳を構える勝気な瞳に不意に懐かしさを覚えたからでもある。

勿論、拳を打ち込むことはしなかったものの、俺は時間切れになるまでとうとう一度も触れさせること無く有沢の拳を避け続けた。

終わった時の有沢の悔しそうな顔。

悔し涙を浮かべながらも決して泣いたり言い訳をしたりしない姿は幼くも立派な武道家に思えた。少なくとも、死神として必要だからという理由で白打を修めた俺なんかよりも遥かにその志は気高い。

 

「逃げ足だけは早いんだよ。逃げ上手の若君って呼んでいいぞ」

「すぐそうやって誤魔化す。ちょっと、一護からも言ってよ」

「アクアが嫌がってるのに無理に誘うなよな。アクア、たつきの言うことなんて気にするなよ」

「うっさいバカ一護。嫌がってないよな?な?アクア?」

「圧」

 

アクア知ってる。こういうのジャイアニズムって言うんだって。「YES」か「はい」しか選択肢を与えないやつだ。

年端も行かない少年少女に取り合われて悪い気はしないけど。

「生憎とウチには習い事してる余裕も無いんだ。悪いなせっかく誘ってくれたのに」

「⋯⋯しゃーないか」

 

全然しゃーない顔してないけど、一応納得はしてくれる有沢。

少々がさつで勝気な子だけど、素直でいい子だ。済まぬたつき。身も蓋も無い言い方をすれば中身は一応護廷の副隊長な訳なんで、そんな奴が小学生の空手で無双するなんて大人げない真似ダサ過ぎて出来るわけねーって。

 

「一護、泣くなよ」

 

一通りの全体練習を終えて、有沢との組手に臨む一護に声を掛ける。

 

「泣かねーって!」

「有沢も頑張れよ」

「サンキュ。一護をぶっ飛ばしてアンタを引きずり出してあげる」

 

いや、やらないって。一護をぶっ飛ばしても泣かせても俺はやらないから。

 

「二人ともケガすんなよ」

「うん」「おう」

 

小さな身体に気合を漲らせる二人の姿に思わず笑みが零れてしまう。

一丁前に戦いに臨む緊張感と高揚感を浮かべる横顔は気付けば随分と大人びてきている。

変わってないようで4歳と9歳じゃ全然違う。赤ちゃんから抜けきっていないと思っていた顔は少しずつ男の固さと女の丸みを帯び始めている。

死神の緩やかな年月に比べて、人間の時間はなんて早く流れるのだろう。

その成長は、薄く引き伸ばしたような死神の時とは比べ物にならない程に濃密に感じる。

あと3年もすればこの二人はさりなちゃんと同じ年になる。そう思うと感慨深いものを感じずにはいられない。

幼馴染であるが気分はすっかり保護者だ。

 

 

「⋯⋯また勝てなかった」

道場からの帰り道、一護は何度目かの溜息を吐く。結局、今日も一護は有沢から一本取ることはできなかった。

三本やって三本とも鮮やかなー本負けを喫した一護は行きの気合の入りようとは打って変わってしょぼくれている。しおしおという表現がピッタリだ。

哀れなくらい顔までしおしおになって肩を落とす一護の背を軽く叩いてやる。

 

「いや、結構惜しかったぞ。この分ならそう遠くない内に一本取れるって」

「そうかな⋯全然そんな気しないよ」

「俺はお世辞は言わないよ」

 

これは本当。実際、あわやという場面は何個もあった。

一護は目がとても良い。反射神経も上々。

ただ有沢への苦手意識や女の子に拳を向けることへの抵抗感が咄嗟の時に身体を固くさせている。要はビビッて身体が縮こまってしまう場面がところどころある。

ただでさえ優しい一護は、妹まで出来たせいで女の子を守るべき者として認識していると俺は睨んでいる。

そして、苦手意識についてだが、4歳の頃から負け続けてるからこっちも中々根深いだろう。というかファーストコンタクトで上段一発でギャン泣きさせられてるんだから最早トラウマなんじゃないだろうか。

ャン泣きさせられてるんだから最早トラウマなんじゃないだろうか。

だけど、それを言葉にして伝えたところで意味はない。まだ幼い一護がどれだけ俺の言葉を咀嚼して落とし込めるか分からないし、下手をすれば意識するあまり全体の動きを悪くさせてしまうかもしれない。冷たいようだけど、一護自身で解決すべきことだろう。

 

「丁度いいじゃん。来週は真咲さんが送り迎えしてくれるんだから、初勝利を見せてあげられるんじゃないか?」

「アクアも来るの?」

「いや、どうしよっかな⋯雨が降ったら行かないかも。面倒くさいから」

 

雨というのは冗談だ。一護にばかり構っているとウチのお姫様(ルビー)が大層ご立腹になってしまう。

今日だって「せっかくのお休みなのに〜〜!!最近せんせ一護君にばっかり構ってる!!」と散々ごねられたのだ。

それについては最近マンガで覚えた「許せルビー、また今度だ」で良い感じにおでこをこつんとしておいた。ルビーのリアクション的に中々誤魔化すのに有効そうな手だ。今後とも使っていこう。

 

「なんだよ、それ⋯アクア来ないのか」

「拗ねんなって」

 

口を尖らせる一護に苦笑する。決して言葉にしないけど、寂しいのだろう。

兄貴ぶろうとして、妹や母親を守ろうと男らしく決意して見せたりしても、やっぱりまだまだ甘ったれな奴だなと少し微笑ましくなってしまう。

「勝ったら教えてくれよ。ジュースおごってやるよ」

「本当!?」

「嘘は吐くなよ?真咲さんに聞けばお前の嘘なんて一発だからな」

「そんなことしないよ!!」

 

少しは元気が出てきたようで、内心ほっと胸を撫で下ろす。

しょんぼりした顔で帰ろうものなら、お兄ちゃん大好き妹ちゃん達が随分心配するだろうし、一心さんは揶揄いまくって最悪一護を泣かせかねない。

あのヒゲ、何であれだけ長生きしてて、人の感情に敏い癖に子どもとの距離感測るのだけはクッソ下手くそなんだろうなマジで。

 

「ま、天気良かったら応援しに行ってやるよ」

「うん!!」

 

 

 

次の週、天気は雨だった。

俺は季節の変わり目で風邪を引いたルビーの傍に付き添っていたから一護の応援には行けなかった。

 

 

雨が降って俺は行けなくて、嘘から出た実になってしまった。

 

 

 

 

 

そして俺はその日行けなかったことを無限に後悔することになる。

 

 

 

 

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