仮面ライダーアステラ   作:赫牛

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星の輝き

 2005年、4月24日。その光は、この街を覆う様に降り注いだ。

 その光景を見た者によると、強烈な光を放つ何かが(そら)から降ってきて、それが突然弾けたのだとか。そして弾けた粒は七色の光を放って、夜空に虹の軌跡を描いた。

 今までに前例を見ないこの現象を後に人々は『星の矢』と名付けた。その正体は隕石だとか宇宙人だとか言われているけど、どれも人々の想像でしかなかった。人々の記憶に焼き付いた星の矢は、しかし一切の痕跡を残さずに消えてしまった。

 その星の矢は、それは綺麗だったと、誰もが口をそろえて言った。

 

 

 

 

 

 星の矢はただ降り注いだ訳ではなかった。

 その名の通り、撃ち抜いていった。

 動物を、植物を、無機物を。

 人を。

 星の矢は、一切の痕跡を残さなかった。

 でもその影響は、この街を確実に蝕んでいった。

 

 

 

 

 

「震えてる」

 

 地面が震えている。木が震えている。

 僕の震えが伝わって。触れたものを震わせて。

 全部が揺れている様で、変に気持ち良い。

 この波の元は僕の中にあって、自分が世界を動かしている様な、錯覚。

 自分が世界の一部になれた様な、錯覚。

 

 

 

 じゃあなんで。

 僕は震えているんだろう。

 

 

 

花鹿(かじか)ー!」

 

 陽子(ようこ)ちゃんの声だ。

 眼を開けると階段を駆け下りる陽子ちゃんの姿が見えた。息遣いは荒く、そこそこの距離を走ってきたのかもしれない。別に気にしなくて良いのに。

 人目も気にせず全力疾走した陽子ちゃんは、僕の元まで来ると膝に手を置きぜえぜえ息を吐く。

 

「ごめん、待った?」

「あ……寝てた」

「寝てた?こんなくそ暑いのによく寝れたね」

 

 笑われてもどう反応すれば良いんだろう。木陰だから別に暑くないし。丁度セミの鳴き声もしなくなってきて寝やすかったし。

 

「てかあのおっさん、何が簡単ですよ、だ。滅茶苦茶めんどくさかったんだけど……花鹿はどうだった?」

「何個か書いてない」

「えー?空欄のままは止めときなって。適当でも良いからなんか書いといた方が良いよ?明日のは全部埋めてから出しなよ?」

「……うん」

 

 単位の心配をしてくれているのは分かっているんだけど、でも何書けば良いか分からなかったから何も書かなかったのだから、急に言われてもできるかな?適当って、何書けば良いんだろう?

 

「じゃあ帰ろっか」

「うん」

 

 もたれていた木に腕を突いて立ち上がり、リュックを背負おうとする。

 

「あ、待った、木くず付いてる」

 

 陽子ちゃんが僕の背中をぱんぱんと払って、言葉通り木くずがぽろぽろと落ちていった。

 

「ありがとう……」

「ちゃんと気にしないと駄目だよ?昔からこう言うの無頓着なんだから」

「……うん」

 

 陽子ちゃんは偶にお母さんになる。別に嫌じゃないし、気にしてくれるのは嬉しいけど、それでも進路まで変えさせてしまったのは凄く申し訳ない。

 歩き出し、数歩歩いた所であっと気付く。

 

「どうした?」

「今日、どこか行ったりする?」

「あー、今日はバイトだから、だから大丈夫だよ」

 

 そっか。

 

「分かった」

「うん……頑張ってね」

「ありがとう」

 

 やっぱり陽子ちゃんは話が早くて助かる。

 

「でもちゃんと勉強もするんだよ?」

「……分かってるよ」

「ほんとにー?」

「ほんとに!」

 

 やっぱり陽子ちゃんはお母さんだ。

 

 

 

 

 

 私が目を開けると、一面の星空が広がっていた。眩しくて、綺麗ないつも通りの星空。

 ひどく体が軽い感覚がする。寝そべっていた体を起こすと、生温い風が穏やかに吹き付けてくる。

 空の下には街が広がっていた。煌びやかで、ぎらぎらしていて夜の中でも存在を主張する様に眩しい。

 見覚えの無い、街だ。

 時計は7時を過ぎた所を指していた。腕時計は5時半で止まっていた。

 明かりに照らされた公園には私以外誰もいなくて、静かで、寂し気だ。

 

「どこ?」

 

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

 カレーが入っていた皿をシンクに置いて水に浸し、洗剤を少し垂らす。冷蔵庫からペットボトルを取り出してコップに中身を注ぎ、一気に喉に流し込む。ペットボトルを仕舞って、コップもシンクに置く。

 今日はお母さん、遅いな。忙しい日なのかも。

 まあもし僕が出ている間に帰って来ても、過度に心配する事は無い……と思う。

 支度をして、帽子を被る。玄関を出ると生温い風が肌を撫でていった。

 取り敢えず、いつも通り。

 いつもの道を歩き出す。

 バイクは楽だけど、夜には煩すぎるから、だから歩く。バイクで走り回った時は、警察の人に注意されてしまった。散歩なら迷惑はかけないと思う。

 それにゆっくりの方が気付きやすい、気がする。

 どんなに見えて、どんなに聞こえても、走るよりゆっくり歩きながら、煩い中じゃなくて静かな方が、見やすいし聞きやすいのは皆と一緒だと思う。

 でも急がないといけない時もあるから、そう言う時はバイクが欲しい。ポケットの中からいつでもバイクが出せれば良いと思うけど、残念ながら科学はそこまで進歩してない。

 前の方から騒がしい声がして視線を移すと、遠くで男達が数人、何やら大声で言い合っている。喧嘩してるんじゃなくて、楽しそうに笑い合っている。

 何があんなに楽しいんだろ。

 眩しい。

 眼がちかちかするから、見ない様に顔を背けて、気にしない様に通り過ぎる。ちらっと見られた気もするけど、多分もう気にされてない。やっぱり帽子を被ったのは正解だったかも。

 

「ん……」

 

 全身がざわざわとする。そして次の瞬間、山の方から風が吹いてくる。かなり強くて、飛ばされそうになった帽子を深く被る。あっという間に通り過ぎた風の行方を眼で追うと、夜空が見えた。

 今日は、やけに綺麗な星空だった。

 

 

 

 

 

 ここはどこ。

 そして私は誰。

 問いかけても答えは返って来ない。自分の中に正解が無いのだから、それも当然だが。

 トイレの鏡に映った顔は自分だと分かった。何と言うか、ぴんときた。

 こう言う状態を表す言葉があった様な気がするけど、全然浮かんでこない。忘れてるか、勘違いか。どっちでも良い。そんな事を考えても、肝心の『何も思い出せない』問題は解決しない。

 と言うか、こんな辺鄙な所に一人でいたら普通に危ない。

 普通に助けて欲しい。

 一先ず、山から下りる事にした。

 大層な公園があるにも拘わらず、碌に舗装もされていない道を歩く。ごつごつしてるし、暗いし、時々吹く風に髪が巻き上げられて木の枝に引っ掛かるしで、数分前の自分の決断を呪った。ついでに髪が長い事も呪った。私は何を考えて髪を伸ばしていたんだ?

 戻る選択肢は無かった。何も無い所で寝たくなかったのと、下りが上りになるのがめんどくさかったから。

 

 そう思って下り続けてどれだけ経ったか。

 疲れた。

 夜の山道を行くのは思っていたより気が滅入って、休みたいと言う気持ちが強くなっていく。

 だからふと見つけた洞窟につい入っていってしまったのは仕方の無い事で。

 取り敢えず、ちょっと休憩しようと思った。

 洞窟の中はひんやりとしていて、火照った体にはちょっと強い刺激だった。鳥肌が立って、吸い込む空気が心地良い。

 

「ん?」

 

 入ってきた方とは反対側が明るくなっている事に気付く。頭を捻り、洞窟って普通奥は暗いよなぁと思い至る。案外短い洞窟なのかと思ったけど、とてもそうは見えなかった。

 と言うか、すぐそこが外でも今は夜なんだから明るくないのでは?

 もしかして、誰かいてその人が持ってきた光源だったりする?だとしたらラッキーかもしれない。

 希望的観測を胸に、光に誘われる様に進む。

 しかし進んでいく内に、別の物が大きくなっていく。獣臭いにおいと、妙に鼻につく変なにおい。この先に進むのが嫌になってくる様な、そんなにおい。

 戻ろうかと葛藤しつつそれでも体の動くままに進んでいると、光が一段と強くなる。

 光源の正体はランタンだった。置かれているのではなくどう見ても転がっている様にしか見えないが。

 勝手に倒れたのかもしれないけど、これが放置されている事に嫌な感じがして、今度こそ足を止める。

 汗が頬を伝う感覚。ランタンの前で固まっていると、今度は音が聞こえてくる。何かを舐める様な、無理矢理啜る様な、耳障りな音。

 その音は、すぐ近くで鳴っていた。視線を少し上に向けると、何が音を出しているのか分かった。

 黒い毛むくじゃらの背中。太い腕で何かを抱きかかえ、舌でそれを舐め回す。見た瞬間、クマと言う動物の存在を思い出した。山の中で一番会いたくない動物である事も。

 つまりやばい。

 

「っ……」

 

 背を向けて逃げようとする。それがいけなかった。

 私の足がランタンを蹴り飛ばし、硬い音が洞窟内に響く。蹴っ飛ばした体勢のまま固まった私の視界の端で、クマがこっちを見たのが分かった。眼だけがぼうっと光っていて、それから出ている真っ直ぐな光線が私の目を射抜く。

 数瞬の後、クマが立った。そしてクマが抱えていた物が軽い音を立てて落ちる。

 それはクマじゃなかった。

 クマの面影はあるけど、明らかにシルエットは体格の良い人のそれで、手の爪が光を反射して赤く光っている。

 血が付いているのだ。

 そしてクマの脚元に落ちたそれを見る。

 どう見てもそれは、人間の頭蓋骨だった。

 

「あ……あ……」

 

 頭が真っ白になるけど、思考はすぐ色彩を取り戻す。クマもどきが吠え、こっちにのそのそと歩いて来たからだ。

 逃げないと、喰われる。

 クマもどきに背を向け、一心不乱に走り出す。

 

 

 

 

 

 ——。

 

「なに?」

 

 何か、聞こえた気がした。

 遠くから、確かに僕だけに呼び掛ける様な、声?

 耳を澄ませる。けど余韻が反響して上手く聞こえない。

 諦めよう。

 

 

 

 花鹿——。

 

 

 

「お母さん?」

 

 

 

 

 

「はっ、はっ……はっ……」

 

 息も絶え絶えに、しかし整える暇も無く走り続ける。重い足音と、草木をかき分ける音、獣の息遣いがそう遠くない場所から聞こえてくるからだ。

 順路など無い。道無き道をあてどなく、急き立てられるままに逃げる。時間の感覚も無く、ただ早く終わってくれと、それだけを祈る。

 急に道が開ける。そして目の前には明らかに人工物、半壊した白い建物があった。

 ここなら、隠れられるかも。

 迫ってくる音が決断を早める。つんのめりながらも階段を昇り、建物に飛び込む。

 中には何も無い。いや、正確には違う。カラーコーンや鉄パイプ、木材が無造作に置かれている。どこかに隠れる事ぐらいならできそうだ。

 把握し、そして一歩踏み出そうとする。けどその足は止まった。

 誰かが、向こう側にいた。

 ぽっかりと開いた穴から差し込む月光に照らされて浮かぶシルエットは、クマもどきとは違って小柄だった。Tシャツと短パン、帽子を被った、耳までかかるくらいの黒髪。

 どう見ても、人間。

 

「違った……」

 

 その人が言葉を発する。小さくて、か細い独り言。

 

「え?」

「あ、いやっ、その……」

 

 私が問いかけると、その人は俯いてしまった。もう少し問答したかったけど、後ろから唸り声が聞こえてきて我に帰る。

 

「こっち、隠れて!」

「えっ」

 

 咄嗟にその人の手を引いて壁の後ろ、入り口から見えない様に隠れる。同時に砂を踏みつける、ざり、と言う音。

 手で口を塞ぎ、呼吸音を漏らさないようにする。不思議そうに私の様子を見るその人にも、手で塞ぐように促す。

 私を見上げる茶色の目は大きく、背は幾分か低い。小柄な少年の様な、そんな印象。

 すぐ近くから獣の唸り声がする。私達がいる近くを通り……止まった。

 漏れそうになる息をぐっとこらえる。獣のにおいが漂ってきて、鼻をつんと刺激する。汗が頬を伝い、垂れてくれるなと願いながら只管に待つ。

 暫くして、また足音がしだす。それが段々遠ざかり、そして聞こえなくなった。

 少し待って、震える手を放して深く息を吸い込む。新鮮な空気が肺に届けられて、全身の力が抜ける。

 そして、気が抜けた。

 轟音。私達の目の前の壁が突如破壊され、さっきのクマもどきが飛び込んできた。コンクリートの破片がぱらぱらと降りかかる。そしてクマもどきが私を見て、走ってきた。

 

「いやっ……!」

 

 クマもどきの腕を躱す……正確には避けようとして転んだの方が正しい……が、クマもどきはまた私を狙う。

 今度こそ爪が振り下ろされようとする瞬間、クマもどきの動きが止まる。

 

「ん……うう……」

 

 さっきの子が後ろからクマもどきを抑え込もうとしている。目をぐっと瞑り、歯を食いしばる、必死そうな表情。

 無茶だ。

 私が思った通り、すぐに振り解かれ、クマもどきはその子に狙いを変える。

 そしてクマもどきの爪が、その子の脇腹を引き裂いた。

 衝撃で吹き飛ばされたその子は壁に立てかけられた幾つかの鉄パイプに激突する。金属がぶつかり合う音が反響し、聴覚からの情報を遮断する。ずるずると壁を伝いその場に崩れ落ちたその子は、苦しそうに震えると、そのまま動かなくなった。

 死んだ?

 呆然としている私に、クマもどきが視線を移す。

 

「ひっ……!」

 

 どうにか立ち上がり、逃げようとする。しかし途中でまた躓き、地面に倒れる。

 クマもどきはゆっくりと近づいてくる。逃げられそうなのに、石の様に固まった体は動く素振りを見せず、鋭い牙に纏わりつく涎と、血に濡れた爪をしっかりと視認してしまう。

 私も、ここで死ぬのか。

 

 からん、と軽い音がした。

 その音の方を、私もクマもどきも見る。

 続いてばらばらな足音。重い体を引き摺る様な、足音。

 壁の陰から、さっきの子が姿を現した。

 血が溢れる脇腹を押さえ、浅い息を吐きながら、しかし確かにクマもどきを見ている。

 クマもどきが唸る。その瞬間その子は歩みを止め、息を一つ吐く。そして目を閉じる。

 突然、光が灯る。その子の腰の中心辺りに、薄い水色の光が生まれていた。

 再び開いたその目は、真っ赤に光っていて。

 そして音が奏でられる。

 

 

 

「変身」

 

 

 

 言葉と共に腰の光は輝きを増し、光が目を支配する。水色に塗りつぶされた世界の中で、その子がゆっくりと、真っ直ぐに立つのが見えた。

 やがて光が徐々に弱まっていく。それにつれて焼き付いた視界も元通りになる。

 

 そして目の前にいたのは、およそ人と呼べるものではなかった。

 黒い手足、肩や胸を覆う、白い鎧の様なもの。身体を走る、水色の光。腰には白く細い何かが巻き付き、中心にさっきと同じ光が灯っている。

 そして銀色の口、顔の中心から伸びる二本の水色の角。大きく真っ赤な眼。

 人型だが、人ではない、クマもどきと同じ何か。

 星の様な、輝き。

 

 白い何かは右脚を踏み出し、体勢を低く、右腕を地面に触れさせる。それを見たクマもどきが構えた瞬間、走り出す。目で追えるぎりぎりの速さで走る何かはクマもどきに肉薄する寸前で右に跳び、壁を蹴って弾みをつけて横からクマもどきを蹴り飛ばす。壁をぶち抜いて倒れたクマもどきを何かは眼で捉え、着地した体勢から再び走り出す。今度はクマもどきに掴みかかって壁に押し付け、振りかぶって何度も拳を撃ちつけていく。抵抗するクマもどきの反撃を両腕で掴み、膝蹴りを腹に撃ち、脇腹を蹴って地面に転がした。

 立ち上がったクマもどきが吠える。そして頭からの突進。さっきまでの動きからは考えられない様な速度で進み、咄嗟に受け止めた何かをそのまま押しながら壁に激突する。壁は崩壊し、クマもどきと何かは外に投げ出された。

 

「あっ……!」

 

 思わず立ち上がり外に出る。今の内に逃げる事なんて頭に無かった。目の前で起こっている戦いを最後まで見届けたかった。

 クマもどきと何か、両者とも地面に倒れ込み、しかしすぐに立ち上がる。クマもどきの唸りと、白い何かの鋭い息が聞こえてくる。

 同時に走り出す。クマもどきが振り回す腕を何かはしゃがんで避け、方向転換して振り向いたクマもどきにパンチを繰り出す。

 一つ、二つ、三つ。次々とパンチがクマもどきを撃ち、最後の一撃がクマもどきを吹き飛ばす。

 クマもどきがよろよろと立ち上がろうとする。その隙に何かは左脚を引き、姿勢を低くする。何かの全身に走る水色のラインが発光し、右脚も強い光を発し始める。

 そしてクマもどきが体勢を立て直した瞬間、白い何かは両脚を揃えて高く跳躍する。

 重力に従い落下する中、右脚を伸ばし、そして。

 

「やああああっ!」

 

 力強い叫びを発して、クマもどきの胸にキックを撃ち込んだ。

 吹き飛ばされたクマもどきは建物の壁を壊しながら中に転がり落ちる。よろよろと立ち上がり、胸を押さえて苦しみだす。

 クマもどきの胸から光が漏れ、そして次の瞬間爆発して炎が建物内に巻き起こった。

 

 爆風が建物を完全に崩壊させていく。轟音が鳴り響き、森がざわめく。

 白い何かはそれを見つめていた。そして崩落しきった時少し俯き、視線を私に移した。

 見つめられて息が詰まる。でも何かしてくる様子も無く。

 そして白い何かの身体から光の粒が零れていく。何かの身体が解けていき、中からさっきの子が現れる。

 その子が近づいてくる。

 不思議と逃げようとは思わなかった。唾を飲み込み、その子が来るのを待つ。

 目の前に来たその子の体は、さっき戦っていた白い何かとは比べ物にならないくらい小さかった。

 

「あの……大丈夫でした?」

 

 恐る恐ると言う様に問い掛けられる。

 

「あ……う、うん、大丈夫」

「そうですか……えっと……一人で帰れますか?」

 

 普通に喋っている事に驚きつつ、首を横に振る。

 

「じゃあ、街まで一緒に……」

 

 その子が自信無さげに話す中、私の目は少し下に吸い寄せられた。

 紺色のTシャツが、赤く染まっていた。

 てか。

 

「君、怪我してるじゃん!何か、何か巻ける物……」

「え?あ、いや、これは別に——」

「手上げれる!?取り敢えず脱がすね!」

「脱がっ!?」

 

 冷静な思考ができない中、兎に角血を止めないとまずいと言う事だけを考えていた。その子の服に手をかけると、上から手で押さえつけられる。

 

「こら暴れんな!動いたら血が……」

 

 抵抗を跳ね除け、Tシャツを巻くり上げる。そしてそれを見た瞬間、私は困惑した。

 血は止まっていた。もっと言えば傷もとっくに塞がっていて、服が血に濡れていたと言うだけの、単なる勘違い。

 しかし私の目を引いたものはそれじゃなかった。

 なだらかな曲線を描く、小ぶりな山稜。

 そして慎ましやかなそれを支える、半球二つと紐で構成された衣類。

 ブラジャー。

 

「女の、子……?」

 

 恥辱に耐える様な、今にも泣き出しそうな女の子の顔がTシャツの向こうに見えた。そして。

 

「……へっ」

「へ?」

 

 女の子の口がわなわなと震え、大きく開かれる。

 

「へ……変質者あああああああ!」

「どおわあああああああああっ!?」

 

 私達の叫び声が、再び森をざわめかせた。

 

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