仮面ライダーアステラ   作:赫牛

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命の輝き

 清々しい秋晴れの土曜日、午後。

 いたずらに髪を吹く風も含め、外でのアクティビティを楽しむには絶好の気候である。

 この街の海を臨むテーマパークも、いつもの様に、いやそれ以上の賑わいを見せていた。そんな中でも、花鹿の笑顔は今までに見た事が無い程に晴れやかだった。

 

「次、あれ乗ろ、お母さん」

 

 人混みをあまり好かないはずなのに、そんな事も意に介さずにはしゃぐ花鹿から年相応の幼さを感じ、思わず頬が緩む。

 しかし。

 

「あのさ、一応人前だからお母さんは止めといた方が……みつきさんとこんがらがるし」

「あ、ごめん!」

「あーあ、お母さん取られちゃった」

「違っ……お母さんも、お母さんだから……ちょっと並んでるけどあれで良い、楓さん?」

「じゃあそうしよっか」

「お母さんも良い?」

「勿論」

「やった、行こ!」

 

 花鹿は私の手を引く。それに付いてくる研二さんが苦笑いする。

 

「僕には確認取らないんだね……」

「お父さんは僕が何言っても良いよって言うじゃん」

「まあそうだけどさ」

 

 頭を掻く研二さんが可笑しくて、みつきさんと一緒に吹き出す。

 研二さんは昨日から休暇を取っている。人型に対抗できる手段がようやく確立でき、現場の負担が相当減って余裕が出来たらしい。とは言えそんな頻繁に取れるものでもないので、折角だからと今日は家族でここに遊びに来たのだった。

 そう、既に人間は自身の力だけで人型と言う脅威に対抗できる。アステラの力に頼る必要は無くなった。

 花鹿はもう、戦わなくても良いのだ。

 

「楓さん?」

 

 はっと気付く。花鹿が私の顔を覗き込んでいた。

 

「ごめん、なんでもないよ」

「そっか」

 

 にこりと笑う花鹿は眩くて。

 何の憂いも無いように、心から嬉しそうに笑っている。

 

 

 

 

 

「ねえねえ次どうする?やっぱジェットコースター?」

「元気だね花鹿……」

 

 開園からぶっ続けで2時間アトラクションに乗り続けていると言うのに、花鹿はまだまだ乗り足りないようだ。しかしみつきさんと研二さんには疲労の色が見えている。私もちょっと疲れた。

 

「そろそろ良い時間だからお昼ご飯にしない?」

「あそっか。確かにそうかも」

 

 配布されているマップを広げ、花鹿と一緒に覗き込む。

 

「イタリアンに中華……意外といっぱいある」

「どこが良いかな……楓さんは?」

「うーん……こことかどう?海鮮料理っぽいの」

 

 海辺のレストランを指差し聞いてみる。しかし応えが無かった。

 顔を上げると、花鹿はどこか遠くの方を見つめていた。

 

「花鹿?」

「え……あ、うん、ごめん何だっけ?」

 

 振り返った花鹿は変わらず笑顔だった。

 その笑顔が作ったものの様に見えて、少し引っ掛かった。

 

 

 

 

 

 滴る血が男の頬を濡らす。

 男の手に握られているのは青い結晶塊。先程まで男の足元に転がっている異形の中にあった物だ。結晶塊を握る力が強くなっていく。みしみしと結晶が軋み、破片がぽろぽろと、男の口の中に落ちていく。雪が融ける様な感触を暫く味わった男は、我慢できなくなったのか血だらけの結晶塊にかぶりつく。

 氷を咀嚼する様な音が鬱蒼とした森に響く。口を動かし続け、結晶全てを嚥下した男は熱の籠った息を吐いた。男の腰辺りに集まった赤い光には、傷は一切無く少しばかりのくすみが残るのみだった。

 

「もうそろそろ、だね」

 

 呟いた男は彼方を見る。その視線は森を抜け、遠く輝く街に注がれていた。

 男の口が、三日月を模る。

 

「もうすぐ会えるよ、花鹿」

 

 

 

 

 

 水音のする浴室。そこまで防音性は良くない。

 だから楽しそうな花鹿の鼻歌が聞こえてくるのも仕方無い。それがここ何日か続いているのも、きっと仕方無い。

 

「ほんとにご機嫌ね」

「ええ、本当に」

 

 そんな事を言ってみつきさんと笑い合うのも、何回目だろうか。

 

「こんなにはしゃいでるのを見たのは幼稚園の時以来かもしれないね……飲む?安酒だけど」

 

 研二さんの手にはいつ買ったのか忘れたらしいワインのボトルがあった。

 

「良いんですか?あ、注ぎますよ……」

「良いよ良いよ、はいどうぞ」

「研くん私もー」

「はいはい、みっちゃんの分ね」

 

 赤黒い液体が注がれたグラスが3つテーブルに並ぶ。グラスを持つと酸味のある空気が少し鼻を刺す。

 

「それじゃ、お疲れ様でーす!」

「お疲れ様」

「お疲れ様です」

 

 何に、と言う野暮な突っ込みは置いといて、みつきさんの音頭に合わせて乾杯する。少しだけ流し込んだワインは思っていたよりも辛くて喉を焼いた。

 

「ほんとならもっといいお酒なりなんなり買うべきなんだけどね。サクラちゃん……いや楓さんか。どれが好きか分からなくて」

「私の好みに合わせなくても……」

「いや、何と言うか、何かお礼がしたくてさ」

「お礼?」

 

 ワインを一口あおった研二さんはグラスを置き、浴室がある方に視線を遣る。

 

「花鹿がああやって楽しそうに過ごしているのも……何なら花鹿がいるのだって、君のおかげだからね」

「そんな……まだ産んでませんし」

「だとしても、君には感謝しないといけない。本当にありがとう」

 

 と言って頭を下げる研二さんと、それを見て同じ様に頭を下げるみつきさん。

 

「え……えっと……」

 

 こうかしこまられるとどう反応して良いものか。困っていると二人は顔を上げ笑顔を作った。

 

「だからまあ、遠慮せずに飲んで。二十歳もちゃんと超えてるって分かったし」

「……分かりました。いただきます」

 

 もう一口、ワインを飲む。少し体がふわふわして熱くなる。

 正に夢見心地だった。

 

 

 

 

 

 頭の中で、僕を呼ぶ声がする。

 戦え、と言っている。僕を急き立てる。

 耳を塞いでも声は消えない。いつまでも僕を呼び続けている。

 行かない。

 行かない。

 行かないから。

 呼ばないで。

 もう呼ばないで。

 もう僕には、戦う理由が無いんだから。

 

 

 

 

 

 夜が巡って、朝が来る。

 布団から出ても起きた時に感じた気怠さは消えない。眠気ではなく、似合いもしないワインをつい飲み過ぎたせいだ。

 

「あ、おはようお母さん」

「おはよう花鹿……」

 

 大人3人がどこか疲れた顔をしている中、花鹿だけは元気に挨拶してくる。そう言えば花鹿も後一年もしたらお酒を飲める歳になるのだと思うと、感慨深いものが込み上げてくる。いや育ててもないしまだ産んでもないし、出会ってまだ一カ月ちょっとなのだけれど。

 

「ねえ、今日はどこ行く?」

 

 みつきさんが用意してくれたしじみ汁を啜っていると花鹿が聞いてくる。

 

「あー……今日はちょっと疲れてるかも」

「そっか……」

 

 露骨にしょんぼりした顔をした花鹿を見て申し訳ないと思うが、二日酔いのつらさと言うのは想像よりも重いものなのだ……。

 

「代わりになんかしよ、家でできるやつ」

「うん!何が良いかな……」

「ゲームとかやってみたいかも」

「分かった!後で買ってくるね!」

 

 今日も朝からテンションの高い花鹿を見ていると、体の重みも少し軽くなる様な気がした。

 

 

 

 

 

 幹間岳。

 日曜日と言う事で登山を試みる人達がまばらに見える。その中にとても優しい老夫婦がいた。どのくらい優しいかと言うと、山奥で一人軽装の青年を見かけて、心配して声をかけるくらいには、だ。

 その優しさが、命取りになるとも知らずに。

 

「君、危ないぞそんな格好で」

 

 声をかけた老人は、振り向いた青年の姿に違和感を覚える。黒いシャツは薄く赤く汚れ、口元に浮かべる笑顔とはアンバランスな印象を与える。

 

「怪我してるのか?大丈夫か?」

 

 心配する老夫婦の予想に反して、青年はゆたりと茂みをかき分け老夫婦の元に歩いてくる。

 

「大丈夫ですよ……それよりお二人さん、運が無いですね」

「はぁ?」

 

 首を傾げた老夫婦を見る眼は獣のそれで。

 青年は赤い光を纏って黒い異形に姿を変えた。

 驚き叫んで腰を抜かした老夫婦に、黒いアステラは舌なめずりしながら腕を覆う甲殻を鋭い形状に変化させた。

 断末魔が二人分、幹間岳の奥に響いた。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「おかえり」

 

 近くの家電量販店に買い物に行った花鹿が帰ってきた。事前に二人で選んだソフトと、それをやる為のゲーム機を嬉しそうに抱えてリビングに入ってくる。

 

「これどうやってやるの?」

「……どうするんだろ」

 

 生まれてこの方ゲームと言うものにあまり触れてこなかった花鹿と、この時代のゲームは門外漢な私。暫く首を傾げて、ようやく同封されていた説明書に気付く。それによるとまずはテレビと接続しないといけないようだ。だからテレビの電源を点けた。

 テレビの画面にはいつもの穏やかなバラエティとは違い、緊張した面持ちのキャスターが映っていた。

 

『繰り返し臨時ニュースをお伝えします。幹間岳付近で人型による被害が相次いで発生しています。人型の特徴は全身が黒く赤いラインが入っています。付近の住民は近くに留まらず、なるべく遠くまで避難してください。繰り返しま——』

 

 チャンネルを切り替えると、いつも通りの賑やかな番組が放送されていた。

 思わず、花鹿の顔を伺ってしまう。

 花鹿は俯いていて、思いつめる様に唇を噛んでいた。

 

「げ、ゲームしよっか、ね?」

「……うん」

 

 花鹿の声は、聞いた事が無いくらい暗かった。

 

 

 

 

 

 発砲。

 放たれた弾は、黒い異形の身体を貫く事無く弾かれる。

 怯まない人型に警官は怯え、しかし尚も果敢に人型に立ち向かう。それを嘲笑う様に人型は鋭利な甲殻で警官を斬りつける。赤い飛沫が散って、警官がまた一人倒れる。

 既に何人もの警官が倒れ、民間人と合わせて相当数の犠牲者が出ていた。それでも満足しないのか、黒い異形は歩みを止めない。自分の命のためではなく、それ自体を楽しむ様に殺戮を続ける。

 それを遠くからスナイパーライフルで狙う警官がいた。実戦配備されたばかりの炸裂結晶弾を装填したそれの照準を人型に定め、そして放つ。

 その瞬間、人型がスコープ越しに警官の方を見た。

 凄まじい速さで飛翔する弾丸は、人型の腕の一振りで真っ二つになった。

 

「嘘だろ……!」

 

 動揺する警官に向かって、人型が跳躍する。

 

 

 

 倒れた警官を踏みつけ、黒いアステラは彼方の街を見る。赤く染まった街に、彼はもう少しで辿り着く。

 もう少しで彼女に会える喜びに胸を震わせながら、彼は再び歩み始めた。

 

 

 

 

 

 リビングに戻ると、花鹿はすっかり暗くなった外を見つめていた。

 

「花鹿?」

 

 呼びかけると、花鹿は振り向いて私を見る。その目からさっきまでの明るさは消えて、代わりに強い光が灯っていた。

 嫌な予感がした。

 

「どうしたの?」

「お母さん……僕、行ってくる」

 

 何に、かは聞くまでもなかった。花鹿がこう言う顔をする状況は一つしかない。

 

「駄目。花鹿とは関係無いでしょ」

 

 研二さんとみつきさんは注文した外食を受け取りに行っている。家の中には私と花鹿しかいない。止められるのは私しかいない。

 

「うん……でも、関係無い、けど行きたい。行かなくちゃいけないんだと思う」

「どうして!?花鹿が戦う理由なんて無いでしょ!?」

「あるよ、理由」

 

 言葉を紡ぐ花鹿の炎が勢いを強める。私には止められない程、どうしようもなく。

 

「だってこれは、僕にしかできないから。僕だけが彼を止められる」

 

 そんなの根拠の無い話だ。警察だって人型への対抗手段を編み出したんだから、彼らに任せれば良い。

 そう思ったのに、言葉が出ない。花鹿の言う事は正しいと、何故か思えてしまったから。

 

「きっと今は僕にしかできないから、だから頑張りたいんだ。今僕がやりたい事はこれなんだ」

「……そんなの駄目、許さない。花鹿はもう幸せに暮らして良いんだから、だから……」

「ごめんお母さん、僕、戦いたい」

 

 

 

「だって僕、アステラだから」

 

 

 

 微笑んだ花鹿の顔は晴れ晴れとしていて、迷いを置き去りにした様な、そんな顔だった。

 

「お母さん」

「……なに?」

 

 頬を伝う雫を隠す事もできず、私はただ聞き返す。

 

「その……僕、生きてて良かったって」

「え……?」

「生きるのってこんなに楽しくて、こんなに素晴らしい事だって、教えてくれたのはお母さんだから……だから、ありがとう」

 

 視界が滲む。嗚咽が抑えられずに口元を手で覆う。感情が溢れてくしゃくしゃになって、そのせいで何も言えない。

 

「……じゃあ、行ってくるね」

「待って!」

 

 どうにかそれだけ言って、震える手で横を通り過ぎようとする花鹿の腕を掴む。

 

「絶対戻ってくるから。待ってて」

 

 私を見る花鹿は穏やかで、自信に溢れていて。

 私の手からすっと力が抜けてしまった。

 微笑んだ花鹿は私に背を向けてリビングを出る。玄関の開く音がして、それからバイクの排気音が遠ざかっていった。

 誰もいなくなった部屋で、一人膝をつく。

 

「何で捨てちゃったの……?」

 

 問いかけても応える者は、誰一人としていない。誰も分からない。

 ただ後悔だけが私の胸で渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 心の示すままにバイクを走らせる。僕を呼ぶ声が次第に大きくなる。僕を必要としている。

 これは僕にしかできなくて、だから僕がやらなくちゃいけないんだ。

 だから僕は行きたい。それに応えたい。

 

 

 

 辿り着いた先で、彼はあの夜と同じ様に空を仰いで立っていた。

 

「美雲くん……!」

 

 声に反応して美雲くんはこっちを見てにたりと笑う。

 

「やあ、花鹿」

「こんな事はもうやめて」

「そう怖い顔しないでよ。もうちょっとでちゅーしてたのにさ」

 

 僕が睨みつけると美雲くんはふぅとため息をつく。

 

「凄いね、そんなに俺に会いたかったんだ」

「美雲くんは、僕が止める……!」

「止めるって、ボランティアじゃあるまいし……止めて何の得があるの?」

 

 得とかじゃない。自己犠牲じゃない。

 

「そう言う生き方がしたいから」

「ふーん……」

 

 美雲くんの僕を見る眼が少し冷たくなった。

 

「花鹿って、そんなんだったっけ?……気持ち悪」

 

 吐き捨てると、美雲くんは黒い人型の姿になった。

 だから僕も腰に光を集める。

 

 

 

 

 

 なんで僕は震えているんだろう。

 そう言う風にしか生きられなかったから。

 今は、そう言う風に生きたいと思うから。

 

 

 

 

 

「変身!」

 

 光に両手を重ね、左右に広げる。水色の光が満ちて、僕の身体が変わって力が漲る。腰を落とし、左脚を引いて右腕を地面に付ける。

 人型が腕を僕に向ける。殺気を感じて飛び退くと僕のいた場所を赤い光が貫く。着地と同時に地面を蹴って人型に向かって走る。そしてもう一度光が放たれる前に人型に跳びかかり、身体を掴んで一緒に地面を転がる。勢いをつけて投げ飛ばして、立ち上がる前に駆け寄って拳を振り下ろす。寸での所で躱されて拳は地面を抉るけど、至近距離で放たれた光を身体を捻って躱して、弾みをつけて左の拳で人型の腹を撃つ。

 

「ぐっ……このっ!」

 

 怯んだ人型の腕に鋭い刃が生える。眼にも留まらぬ速さで斬りつけられて、痛みが走る。そして眼を離した隙に人型の姿がかき消え、探す間も無く背後から衝撃が来る。いつの間にか凄い速さで移動する人型は、何度も何度も僕を斬りつける。

 

「何これ……前はこんなの」

「知らないんだ……俺達はね、他の人型を食べてその力を奪うんだ」

「奪う……」

「そうやって奪い合って、最後は星の全てがなくなる……それが俺達だ!」

 

 振り下ろされる刃を両腕で受け止める。刃が指に食い込んで僅かに血が流れる。

 

「っ……やあっ!」

 

 後ろに倒れがら空きになった胴に蹴りを入れて遠ざける。しかし立ち上がった瞬間赤い光が肩を貫く。続けざまに脚を貫かれて力が抜け、膝をつく。

 

「終わりだね……じゃあ、さよなら」

 

 人型が指を僕に伸ばす。赤い光が指先に集まる。

 

 

 

 

 

「終わり、じゃない」

 

 約束したんだ、戻ってくるって。

 僕はまだ死んでない。

 

「僕はまだ……生きてる……!」

 

 

 

 

 

 心から叫んだ瞬間、アステラの身体から黄金の光が溢れだす。光は夜の闇を眩く照らし、アステラの鎧へと吸い込まれていく。

 アステラの白い鎧が黄金に染まる。肩や胸、脚に鋭利な形状の鎧が生成され、水色の光のラインが一層激しく光る。三対の薄翅が背中に生え、同様に水色に発光する。

 そして変わらない赤い瞳が、命の輝きを放つ。

 

 

 

 

 

「何だそれは……!?」

 

 そう叫ぶ人型と同様に、僕も困惑していた。

 かつてない程の力が、金色の身体に漲っている。僕の命が輝いている。

 だから確信した。これなら、倒せる!

 

「ちいっ……!」

 

 人型から赤い光が放たれる。でもそれは僕の身体を傷つける事無く、鎧に触れた瞬間に解けて消える。

 

「くそっ、何なんだ!」

 

 それでも赤い光が連続して放たれる。鎧が傷つく事は無いけど、このままだと近づけない。

 僕にも何か力があれば……。

 そう思った瞬間、僕の左手に光が集まる。それは長く伸びて、金に光る弓になった。

 これだ。

 弓を構え、矢をつがえる動作をする。すると光の矢と弦が生まれ、きりきりと引き絞った矢を放つ。光の矢は咄嗟に庇った人型の左腕を撃ち、黒い鎧を粉々に砕く。

 

「くっ……!」

 

 人型の姿がかき消え、ほぼ同時に右側から刃が迫る。凄まじい速さで迫るそれを受け流し、続く一撃を躱す。

 遠くからは不利と思って、今度は近づいての攻撃に切り替えてきた。これは弓で防ぐのは難しい。

 考えるのと同時に弓が光る。弓の真ん中は棒状の装飾が付いていて、丁度何かの柄の様にも見える。

 

「こう……?」

 

 直感に従って柄の部分を掴み、弓を逆さにして持つ。途端に弓が真ん中から内側に折れ、刃が合わさる。一瞬にして、弓は剣に変形した。

 再び迫る攻撃を剣で受け止め鍔ぜり合う。火花が散り、刃同士が削り合う。

 しかし、それも一瞬の事。

 負けられないと思った時、刃が水色の光を帯びる。それは鋭く伸びて刃を一回り大きくさせる。

 

「っ……やああああっ!」

 

 力を込めて剣を振り抜く。人型の右腕の鎧を砕き、人型が大きく後退る。

 

「なんで……なんでだよ!」

「もう、終わりにしよう」

 

 美雲くんはもう僕に勝てない。

 だから、次で終わらせる。

 

 

 

 

 

 剣を再び弓に変え、左手に持ち替えたアステラは、右手に大きな光の矢を形作る。矢をつがえ、構えるその背の翅が広がり、眩い光を放つ。

 矢の先端に力が集まり、輝きは強くなっていき。

 それが臨界に達した所で、アステラは矢を放つ。

 光の速さで飛翔する矢は黒い人型の腰、中心の赤い光を真っ直ぐに撃ち抜いた。

 時が止まったかの静寂。そして人型から光が溢れだし。

 撃ち込まれたエネルギーが、周囲を明るく照らす爆発を生み出した。

 

 

 

 

 

 炎が鎮まった跡に、紅井美雲は倒れていた。何故か自分がまだ生きている事と、それ以上に身体に満ちていた力を感じられない事に動揺していた。

 

「これは、一体……?」

「貴方はもう、人間だよ」

 

 変身を解いた花鹿が諭す様に語り掛ける。

 

「人間、だって……?」

「貴方の力は僕が撃ち抜いた。だから貴方はもう、ただの人」

 

 そう言って背を向ける花鹿の言葉は真実だと、美雲は直感する。

 

「返せ……返せよ!俺の、俺のおおおおおおっ!」

 

 美雲の叫びは、既にその場を後にした花鹿には届かなかった。

 

 

 

 

 

 ふらふらと力無い足取りで、美雲は街を彷徨う。弱った自分を埋めるものを探して夜の街を血眼になって探す。

 角を曲がった時、何かとぶつかった。

 

「おい、気を付けろ」

 

 がたいの良い男が美雲を睨んでいた。普段ならその手で血祭に上げるけれども、今の美雲にはその力も体力も無く、ただ男を睨みつけるしかなかった。

 

「何だてめぇ、なんか言えよ」

 

 美雲の態度が気に食わなかったのか男は美雲の襟首を掴む。美雲にはやり返す力も、言葉を返す気力も無かった。

 

「このガキ……!」

 

 何も言わない美雲を、男は拳で殴り飛ばす。それだけで気が治まらなかったのか、何度も美雲を踏みつける。

 美雲の微かな呻き声を聞き届ける者は、街を冷たく吹く風以外には無かった。

 

 

 

 

 

 夜もすっかり更ける頃に、やっと家に帰ってきた。

 約束通り帰って来れたのに安心したけど、どんな顔をするべきか難しい。

 きっと悲しませただろうから、心配させただろうから、反省した顔をするべきかな?

 いや、それよりも。

 僕がやるべき事を、やりたい事をちゃんと果たしてきたと、胸を張りたい。

 だから、今は笑顔で。

 

「ただいま!」

 

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