仮面ライダーアステラ   作:赫牛

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始まりの日

 2005年、4月24日。良く晴れた、星の輝く静かな夜。

 身重ではあるが、こう言う日は散歩したくなる。かといって気を遣われるのは嫌だったので、こっそり病室を抜けてきた。そろそろ予定日なのにこんな事をしていたら美咲から大目玉を食らうのは間違いないが、でもそれでも良いくらいに今日は素敵な夜だったのだ。つまり私じゃなくてこんなに綺麗な空が悪いのだ。

 深呼吸すると手入れされた草木の匂いが鼻を突き抜ける。うんざりするほど嗅いだ病院の匂いの中のはずなのに青臭くて、爽やかだ。

 微風に身を任せていると、お腹を蹴られる感覚がした。この子も心地良いと感じているのだろうか。

 

「もうすぐ会えるからねー」

 

 大きくなったお腹をさすると愛しさが溢れてくる。今でこんなに愛おしいのだから、いざ顔を見た時私は一体どうなってしまうのだろうか。

 幸せだ。

 今までの人生、悲しい事は一杯あった。この幸せを分け合える両親も、彼も、もういない。それでも今私は幸せだと、そう言える。

 願わくは、この子にもずっと幸せでいてほしい。そのためにも頑張らないと。

 

「お?」

 

 空の端で、眩しく光る何かが軌跡を描いていた。凄く綺麗、きっと流れ星だ。こう言う時はお願い事をするのが定石。確か三回唱えられれば良いんだよね……。

 

「この子が幸せでありますように、この子が幸せでありますように、この子が……」

 

 唱えている間にも、流れ星は輝きを増していく。

 変だな。流れ星って、あんなにずっと光っているものだっけ?

 訝しんでいると、その流れ星が弾けた。幾つもの色とりどりの輝きが散らばっていく。とても綺麗な水色の一つに目を奪われた。

 それは凄まじい輝きを放ちながら、私の方へ真っ直ぐ飛び込んできて……。

 

 

 

 

 

 その光は、この街を覆う様に降り注いだ。

 その光景を見た者によると、強烈な光を放つ何かが宙から降ってきて、それが突然弾けたのだとか。そして弾けた粒は七色の光を放って、夜空に虹の軌跡を描いた。

 そしてそれは、何もかもを撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 2024年12月。秋は過ぎ去って、厳しい冬がやってきた。

 

「いってきまーす」

「いってらっしゃい」

 

 いつも通りお母さんに挨拶して玄関から出て、エンジンをかけてバイクを走らせる。十数分程で大学に着いて、駐車場にバイクを停める。

 

「おはよう花鹿!」

「おはよう陽子ちゃん」

 

 僕はお昼までのコマで終わって、陽子ちゃんはもう一時限あるからご飯を一緒に食べてから解散。

 

「またね花鹿!」

「またね」

 

またバイクに乗る。最寄りから一駅離れたバイト先だけど、最近はバイクで行く事が多くなった。

 

「おはようございます」

「おはよう大空さん」

 

 店長に挨拶して制服に着替えて、カウンターに立つ。来た注文通りにコーヒーを作って、時折レジの対応をする。最近入ったバイトの人のフォローをして、いつの間にか退勤の時間が来た。

 

「お疲れ様でした」

「今日もありがとう。お疲れ様」

 

 すっかり暗くなった空の下、車に混じる。雪でも降ってきそうな程寒いらしいけど、僕には良く分からない。

 遠くの方に幹間岳が見えた。夜の幹間岳は相変わらず物々しい雰囲気を醸し出している。

 そう言えば、初めて会ったのも夜だった。なんだか随分と懐かしく感じてしまう。

 

「お母さん元気かなぁ……」

 

 お母さんとお別れしてから、もうすぐ二か月が経つ。

 僕は、今までと変わらない日々を過ごしている。

 

 

 

 

 

 そして今日も夜の見回りに行く。

 ダウンを羽織り、マフラーと手袋をして防寒対策ばっちり……と言うポーズをとっておく。12月に薄着でいると変な目で見られちゃうから……昔はそんなの気にしてなかったけど最近気になるようになってきた。これがシシュンキかぁ。

 寒い日だけど人通りはそれなりにあって、一人の人とか、二人並んで帰る人とか、大勢で帰る人達とか。楽しそうに話したりして、偶に話の内容がまるまる聞こえてしまうのを申し訳無く思ったりして、でも前みたいにうるさく感じないなと気付いた。

 今日は目的地を特に決めずにぶらぶらと。帰るのが遅くなっちゃうかもだ。お母さんに心配させるのだけちょっと心苦しい……いやどうだろう、今更心配するのかな?

 とりとめのない考えが流れていく。

 と。

 

 

 

 花鹿。

 

 

 

「え……」

 

 僕を呼ぶ声がした。知ってる声だ。

 

 

 

 花鹿。

 

 

 

「お母さん……?どこ?」

 

 楓お母さんの声だ。

 何で?何でお母さんの声がするの?帰ったんじゃなかった?もしかしてまたこっちに来ちゃった?

 そう言えば、あの日も声が聞こえた気がしたんだった。

 

 

 

 花鹿。

 

 

 

 段々と大きくなる声が、お母さんのものだって分かる。きょろきょろと探していると、僕の目の前に七色の光の道が開いた。

 変だ。僕は力使ってないはずなのに。

 て事は。

 

「そっち、なの?」

 

 

 

 花鹿。

 

 

 

 応える様に、向こう側から声がする。

 だったら、行くしかない。僕を呼んでるんだから。

 迷わず、飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 通路を出た先も、夜だった。

 ぱっと見た感じ、どこかの敷地内の広場。人気は無い。

 取り敢えずスマホで今がいつなのかを調べてみる。なんだか検索結果が出てくるのがやたら遅い。

 

「2005年の、5月7日1時……?」

 

 19年前。そんな昔に何で?19年前、5月7日……。5月……。

 そっか。

 

「ここ病院だ……」

 

 僕達が住む街、花恵市で一番大きな病院である花恵病院。その中に飛んだんだ。

 そして三日前、2005年5月4日。

 僕が生まれた日だ。

 だから、今。

 

「ここに、僕がいる?」

 

 

 

 

 

 5月7日。10時。

 私の手の中で花鹿がすやすや寝ている。可愛くて、愛おしくて、儚くて、今この手に抱いているのが信じられないくらいに尊い。

 

「生まれてきてくれてありがとー」

 

 おでこにキスすると少し体をよじった。私が産んだ子が生きていると言う実感が湧いてくる。

 

「ほんと、無事生まれてありがとうだよ」

 

 美咲がため息をつきながら言った。

 

「なによ辛気臭い」

「あんたねぇ、勝手に病室抜けだして流れ星にぶち当たったんでしょ?そんなの聞いた事無いし本当だったら何事も無いのおかしいからね?」

「いやぁ、ぶち当たったって言うか、お腹に吸い込まれてったと言うか……」

「尚更意味分かんないわよ……まあ何事も無いなら良いけどさ」

「あの人が生きた証だもん、大丈夫よ大丈夫」

「……まあそうね」

 

 はあっと、美咲はまた大きなため息をついた。本当に心配性なんだから。まあ医者としては正しいのかな。

 

「大丈夫だもんねー、花鹿?」

「花鹿、ねぇ……ほんとにその名前にするの?」

「何でよ良い名前でしょ?」

「鹿なんて女の子の名前に使わないでしょ普通」

「良いじゃん可愛くて。ちゃんと意味だって考えてつけたんだよ?」

「ふーん、どう言う意味なの?」

「別に普通だよー?」

 

 花鹿の頭を撫でて、あの人と二人でいつか話した願いを伝える。

 

「美人に育って、長生きしてくれますように」

 

 

 

 

 

「そう言う意味だったんだ……」

 

 こっそり聞き耳を立てているのも忘れて、思わず呟いた。

 お母さんの病室を見つけ、様子を伺って十分程。周りからはただソファーに座ってるだけの人と誤魔化せているはずだからそう言う心配は無いけど、問題は中の様子が平和そのものだと言う事。

 平和過ぎて、僕がここに呼ばれた理由が分からない。第一あのお母さんが僕を呼んだのかも分からないし、でもここに飛んだと言う事は、それなりの理由があるはずで。

 分からない内は容易に動けないな。

 扉の向こうから足音が近づいてくるのに気付いて顔を伏せる。病室から白衣を着た女性が出てきて、ちらりと僕を見てから、何も言わずに去っていった。

 病室に残っているのはお母さんと赤ん坊の僕だけ。

 そう思うと、少し変な期待をしてしまった。

 病室のドアに手をかけて、開いて覗き込む。僕を抱っこしていたお母さんと目が合う。

 驚いた様に目をぱちくりとさせたお母さんは、にっこりと微笑んで口を開いた。

 

「どうしたの?ここ私しかいないよ」

 

 ああ、やっぱり。

 

「すみません、間違えました……」

 

 ドアを閉めて、またソファーに項垂れる。

 別にお母さんは悪くないんだ。僕が変に期待してしまっただけで、頭では分かっていたんだ。

 でも。

 

「やっぱり、忘れてた……」

 

 結構、つらかった。

 

 

 

 

 

 その日の夜。20時。

 夕食を食べ終えた私は、他にする事も無いので本を読んでいた。花鹿と触れ合える時間はまだ少ないけど、だからこそ今の内からしっかり勉強しておかないと。美咲の話では明日にはもう退院できるらしいし、帰ったら運動して、育児して、落ち着いたら働いて……やる事がいっぱいだからね。楓お母さんには時間が無いのだ。

 そう気合を入れていると目が疲れてきて、不意に窓の方を見ると少し開いたカーテンの向こうに星空が見えた。今日も星の一つ一つが綺麗に輝いている。

 テレビに出ている人達曰く、あの『星の矢』が降った後連日綺麗な星空なのだと言う。それはもう不気味なくらいに。

『星の矢』と言えばだ。あれに衝突された私は、その時は意識を失ったらしいけど結局何ら異常は見られず、母子ともに健康だと言う。でも結構な勢いだったから何かあるのが普通だとは思うんだけど、医者が何も無いって言うんだから何も無いんだろう。

 一体、あれは何だったんだろう。

 と。

 

「ん?」

 

 空にきらりと、強く光る何かが現れた。

 また流れ星?星の矢?

それは輝きを増しシルエットを大きくさせそして……地響きを立てて病院の駐車場に降り立った。潰れた車が爆発し、一気に火の手が広がる。

 

「何あれ……」

 

 警報が鳴る。病院内がざわつくのを知って知らずか、降り立ったそれがこちらを見る。白く透き通ったてらてらとした肌に、太い胴体に不釣り合いな細い腕。脚は無く腹から伸びた二本の触手を引きずる様にして移動する。長い首の先に付いた小さな頭部には眼も口も無いが、それがどこかを見ているのは何故だか分かった。

 逃げないと。でも、その前に。

 

「花鹿……!」

 

 病室を出て人がごった返す廊下を走る。新生児室はここから遠い。ここ何か月走ってなくて体が超重いけど、そんなのは全部吹っ飛んで走った。逃げる人にぶつかって、転んでまた立って走ろうとするけど足がもつれた。でも行かないと、花鹿が……。

 

「楓!」

 

 向こうから美咲が走ってきた。美咲は腕に抱えた花鹿を私に差し出す。

 

「すぐに外に逃げて。私は他の人の誘導もあるから、行って!」

「……うん、ありがとう!」

「気を付けてね!」

 

 タオルにくるまれた花鹿を抱きしめて、今度は人の流れと同じ向きに走る。幸い1階にいたのですぐに外に出る事はできたけど、あの得体の知れない何かが意外な程近くにいた。何ならこちら目掛けて進んできている様にも見える。

 逃げないと。

 

「はぁ……はあっ……」

 

 背後でけたたましい音がした。振り返ると方向転換した何かの触手が病院の一角を潰していた所だった。そしてそれは疑い様も無いくらいにこっちを見ていた。どう考えても狙われているのは私だ。

 他の人を巻き込むのは……嫌だ。人のいない方に逃げるべきだ。花鹿だけでも逃がしたいけど、こんな状況で誰かに頼める訳も無いから一緒に逃げるしかない。

 森が見える方、兎に角人がいない方に向かって走る。地鳴りの様な音を立てて白い何かは迫ってくる。歩幅(と言うのが正しいのかは分からない)が思ったより大きくて段々と近づいてくるそれに恐怖を感じつつ、浅い呼吸を繰り返してアスファルトから土に変わった地面を蹴る。病院用のシューズが脱げて、裸足に刺さる石ころが痛い。不自然な程に吹く風で体が冷え、花鹿の泣き声が森に木霊する。白い何かが木々をなぎ倒す乾いた音が次第に大きくなる。余裕は無いから脇目も振らずに走る。

 それがいけなかった。

 

「嘘……」

 

 行き止まりに突き当たってしまった。私の焦りを他所に白い何かはどんどん迫ってくる。もう目の前だ。

 無理だ。

 せめて、花鹿だけでも。

 神様……。

 白い何かが全身から触手の様なものを伸ばし、一斉に突き立てた。花鹿を庇う様に背を向けてぎゅっと目を瞑った。

 

 

 

 思った様な衝撃は来なかった。

 不思議な程何も無かった。ただ風が肌を撫でるばかりで、目を開けるとそこに光があった。

 

「なに……?」

 

 甲高い叫びを白い何かが上げる眼前に、金色に光る人が立ちはだかっていた。黒の身体に金の鎧。水色に光るラインに、振り向いた時に見えた赤い大きな眼が優しさを灯している。

 白い異形に向き直った金の人は、手に持った剣を構え見栄を切る。

 再び異形が触手を伸ばしたのを、剣を振って全て切り落とす。隙が出来た所に跳んで斬りつけるが、異形の手の平で阻まれた。

 

「っ……!」

 

 金の人は翅を広げ、見せつける様に空を駆ける。それに気を取られ方向転換した異形を更に斬りつけた。今度は異形に傷を付け、異形が大きく怯んだ。

 しかし。

 

「なに……これ……」

 

 金の人が頭を押さえて苦しみだした。浅い息を繰り返すと、きっとこちらを見て飛んでくる。

 

「掴まって!」

「わ、わ!」

 

 がっと体を掴まれて言われるがままにしがみつく。

 私と花鹿を抱えた金の人は、そのまま星空の下を凄い勢いで飛び越えていった。

 

 

 

 

 

 絶叫も枯れた頃、人気の無い街の外れに金の人は着地した。しばし呆然とした私は、はっと気付いて距離を取った。それを見た金の人は少し俯くと、その姿が解けて光が散っていく。中から出てきたのは。

 

「貴方……」

 

 今朝病室に顔を覗かせた少女だった。

 

「貴方、何?あれは何なの……?」

「お、落ち着いて……」

 

 その子が一歩近づいてきて、反射的に一歩後退する。その子が俯いてからやっと、私を宥めようとしてくれた事に気付いた。

 

「ごめん……ねえ、一体どうなってるの?」

 

 私が尋ねたのと同時に、腕の中の花鹿がぐずり始めた。

 

「ああ、よしよし……」

「……希星楓さん、ですよね?」

「え?」

 

 何故か女の子の口から私の名前が出た。

 

「何で知ってるの?」

「それはその……兎に角、落ち着いて聞いて欲しいんですけど」

「……うん」

「さっきの怪物に貴方……と言うか、その子が狙われてます」

 

 女の子が手で私……ではなく、泣きっぱなしの花鹿を示した。

 

「花鹿が……?何で……」

「それは……僕にも分からないんですけど、でもそうなんです。だから一旦あそこから離れました」

「うん……」

 

 いや、頷いたけど、全然分かんない。生まれたての赤ん坊を狙う理由ってなんだ?私前世で何か悪い事した?

 

「大丈夫です、僕が二人の事守りますから」

「守るって……貴方は何?誰なの?」

「あ……その、僕は……」

 

 女の子は一瞬躊躇って、また真っ直ぐ私を見る。

 

「サクラって言います。今はそれだけ……」

「それだけって……」

「兎に角、今は休んでください。いつ安全じゃなくなるか分かんないから」

 

 もっと反論したかったけど、女の子の眼差しが真剣だったから言うに言えなかった。女の子は視線を外し、辺りを見渡す。

 

「どこか休める所に行きましょう。着いてきて」

「……うん」

 

 頭の中が落ち着かなくて、今は黙って付いていくしかなかった。

 

 

 

 

 

 誰もいないビルの中、お母さんの子守歌が響く。

 運良く鍵の開いていた建物を見つける事ができて良かった。テナント募集と書いてあったから誰もいないし、もしかしたら警備員も来ないかもしれない。

 お母さんは愛おしそうに腕の中の赤ん坊を……過去の僕を見ている。この人が後にこの子を捨てるなんて考えられない。

 

 体育座りをしながら考える。

 お母さんには分からないと言ったけど、あの人型が赤ん坊の僕を狙う理由は分かっている。

 あれは全ての人型の『母』だ。前に紅井美雲が言っていた母さんの声と言うのは、あれから発せられていた。僕にはあれが何を言っていたのかが分かった。

『同期』しなさい。私のものになりなさい。こちらに来なさい。

 同期、と言うのが、あれの声を受信してその通りに行動する状態なのだろう。同期してしまったら最後、あれの命ずるままに人を襲う怪物に成り果てる。この時代の僕が同期してしまったら僕にも影響があるはず。絶対に阻止しないと。

 

 赤ん坊の僕はいつの間にか眠っていた。それに気付いて何とはなしにそちらを見ると、お母さんと眼が合った。

 

「ねえ」

「はい」

「貴方は何で助けてくれるの?」

 

 そんな事を聞かれてしまった。

 少し前までは許される為に戦っていた。今はそうしたい、そうありたいから戦っている。

 でも今は。

 

「貴方が、大切だから」

「……どう言う事?」

 

 すごく困った顔をされてしまった。諸々端折った僕が悪いんだけど。

 

「何でもないです、忘れてください」

「ええ……?」

 

 恥ずかしくて、膝に顔を埋めた。

 でもその言葉に嘘は無いから。だから戦う、守る。

 大好きな貴方とこれからも一緒にいるために、僕は来たんだ。

 

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