仮面ライダーアステラ   作:赫牛

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愛してるよ

「ん……」

 

 目が覚めると、覚えの無い毛布をかけられていた。腕の中では花鹿がぐっすり眠っている。

 

「おはよう……ございます」

 

 窓の外遠く彼方を見る少女……サクラちゃんが私が起きたのに気付いて挨拶した。

 

「……おはよう」

「良く寝れましたか?」

「まあ……うん」

「良かった」

 

 微笑む彼女に、どこか居心地の悪さを感じる。誤魔化すために何か言おうと思った所で、サクラちゃんが口を開いた。

 

「お腹空いてませんか?」

「……空いてるかも」

「朝ご飯、食べに行きましょう」

「お金持ってない」

「奢りますから」

「……じゃあ行く」

 

 

 

 

 

 現在、午前8時ちょっと過ぎ。そんな時間から営業している飲食店は数少なく。

 

「18番でお待ちのお客様ー!」

「はい」

 

 ハンバーガーチェーン店で済ませるのは仕方無いと言える……かもしれない。

 席に戻ると、お母さんが唇を尖らせていた。

 

「授乳中ってファストフードはダメらしいんだけど」

「……今回だけ、ですから」

「むぅ……」

 

 文句を言いつつ、ハンバーガーを頬張ったお母さんの頬が緩んだ。まあ体に悪いと言われてるけど、美味しいのは美味しいからね。てか値段見たらめっちゃ安かったしサイズも記憶にある物より大きい気がする。値上げって怖い。細切りになったポテトを食べながらそんな事を思う。

 店内は通勤前のスーツを着た大人達が多い。当然ながら赤ん坊を抱えた患者衣の女性なんてものは物珍しいから、通る人達がじろじろと見てくる。かなり居心地は悪い。それでもそんな事を言ってられる内に食べておかないと、またいつあいつが現れるか分からない。

 

「ねえ」

 

 物思いにふけっているとお母さんが話しかけてきた。

 

「何ですか?」

「私達って、昨日初めて会ったよね?」

「え……そうですけど」

 

 違うけど、そう言う事にしておいた方が良い、と思う。

 

「なんて言うかこう、前にもこんな事あったなーって気がして」

「どんな事が?」

「君とご飯を食べるのが」

 

 そう、初めてじゃない。

 これまで何度も何度も一緒に、食卓を囲んだ。

 

「気のせいですよ、きっと」

 

 

 

 

 

 均等に降る水音が跳ねてばらばらなリズムを作っている。自分以外の人間がシャワーを浴びていると、妙に生活感がする。別にここは家じゃないけど。

 お母さんがシャワーを浴びたいと言うのでシャワー付きのちょっとお高い……それでも今に比べれば安かった……ネットカフェの部屋を借りて、しばらくリフレッシュタイム。

 今僕の腕の中では、赤ん坊の僕がすやすや眠っている。ぷくぷくした丸い顔と体で、重たくて小さい。僕ってこんなのだったんだ。変な感じ。頬を突いてみるとぴくりと反応した。可愛い……のかな?

 

「可愛いでしょ?」

 

 頭の中を覗かれた様な気がしてどきりとした。タオルを体に巻いたお母さんが浴室から出てきただけだった。

 

「カジカ、花に鹿で花鹿って付けたの」

「へぇ……いい名前ですね」

「でしょ?なのに美咲のやつ文句ばっかりで……」

「あの、着替えないと風邪引きますよ」

 

 お母さんの口から知らない名前……友達、かな?

 どう見たって、お母さんは僕の事、愛してくれている。

 こんな人が僕を捨てるなんて、普通じゃ考えられない。

 

「あの」

「ん?」

「良かったら貴方の事、聞かせてくれませんか?」

「私の、なに?」

「えーと、人生?と言うか、生い立ち、と言うか……」

「それ一緒でしょ」

 

 くすくすと笑ったお母さんが、僕から赤ん坊の僕を取り上げた。

 

「良いけど、なんで?」

「……忘れたく、ないから」

「え?」

 

 怪訝そうな顔をしたお母さんが、少ししてふっと優しい表情を浮かべる。

 

「分かった」

 

 

 

 

 

 それから暫くして。

 

「これとかどうです?」

「う、うん、そうだね……」

 

 患者衣のままはまずいと言う事でショッピングモールで服を選んでいたのだが。

 何故だかサクラちゃんの熱量が凄い。次々に服を選んできては押し付けてくる。花鹿を抱えた上に服が載せられていくから腕がとんでもない事になりかけている。

 

「あ、これも良いな……」

「あ、あのさ?持てないって」

「あ、ごめんなさい……」

 

 はっと気付いたその顔は、けれども楽しそうで。

 

「こう言うの好きなの?」

「え?いや、そう言う訳でも……」

「そうなの?」

 

 こう言うのを友達とか親とかにやってるのかと思ったが、そう言う訳ではないと。

 

「でも凄く楽しそうだったから」

「そう、ですか?」

 

 少し考えて、サクラちゃんはぽつりと呟いた。

 

「そっか……こう言うの、できてなかったから」

「ん?」

「……なんでもないです。さ、まだまだありますよ」

「いやいや、一旦試着しないと……」

 

 その時だった。

 楽しそうだったサクラちゃんの顔が、一瞬にして険しいものになる。

 

「どうしたの?」

「来ます……あれが。逃げないと……!」

 

 ぱっと腕を掴まれ、小柄なサクラちゃんからは考えられないくらいの力で引っ張られる。

 

「来るって、ここに?」

「いいから、走って!」

 

 逃げる私達を、賑わうフロアが怪訝そうな目で見る。そんなのも気にならないくらいサクラちゃんの手が熱かった。

 次の瞬間視界がブレる。体を上下に揺さぶられる様な衝撃で、支えられながら立っているのがやっとだった。ぽろぽろと砂埃が降ってきて、照明が点滅しほとんどが消えた。あんなに明るくて賑やかだったモールに暗闇と叫びが満ちる。

 

「上か……!」

 

 サクラちゃんが反応するのと同時に、天井に生じたひび割れから無数の白い触手が入り込み襲い掛かってきた。それが肌に触れそうになる寸前でサクラちゃんに押し倒され事無きを得た。

 

「下がって!」

 

 私達を後ろに庇ったサクラちゃんは構えて、そして叫ぶ。

 

「変身!」

 

 突如としてサクラちゃんが水色の光を放つ。眩しくて思わず目を覆い……再び目を開けた時には、既に彼女は白い姿に変わっていた。

 迫りくる触手を蹴り、腕で払うと、サクラちゃんは私達を抱え上げる。

 

「逃げます!」

「わ、分かった!」

 

 花鹿の泣き声が響く中、瓦礫や物で滅茶苦茶になった通路を駆け抜けひび割れたガラスの前に立ったサクラちゃんは、それを思いっきり蹴り飛ばす。甲高い音を立てて割れたガラスの間から身を乗り出し、3階の高さから落下する。

 

「うわあああああっ!?」

 

 私が叫ぶ隣でサクラちゃんの胸に金の光が集まり、弾けた。全身が金色に染まって翅が生え、制動をかけつつゆっくりと着地する。

 

「あ、ありがとう……」

 

 ばくばくする心臓を宥めつつどうにかそれだけ言うのと同時に、甲高い叫びが木霊する。ショッピングモールの上に陣取ったあの白い異形が私達を睨んでいた。

 

「逃げてください」

「でも――」

「早く!」

 

 有無を言わさぬ強い口調に逆らう事はできなかった。

 私はサクラちゃんを置いて逃げ出した。

 

 

 

 

 

 弓に光の矢をつがえて放つ。触手の内一つが千切れ飛ぶ。だけど触手は無数に飛んでくるから、弓を剣に変えて斬り裂く。じりじりと迫ってくる異形に、今度は弓に握り直して光を集めた一撃を放って牽制する。

 

『障害を検知。目標までのルート再構築……脅威と判断。障害排除にモード切り替え』

 

 彩の無い機械的な声が聞こえてくる。と同時に脚の代わりなのだろう二本の太い触手から何本もの細い触手が生えて、全部が地面に突き刺さる。訝しんでいると異形の両腕が解け、新しい形に再構築される。揃ってこちらに向けられたそれは銃、と言うよりは大砲そのもので。

 発射口の奥から水色の光が漏れ出してくる。

 

「まずい……!」

 

 避ける選択肢が一瞬頭をよぎるけど、すぐに否定して翅を広げる。それらの一部を分離させて等間隔に地面に突き刺し僕と異形の間の空間を囲う。それらから発せられた光が寄り集まりドームを作り上げた。

 そして大砲から光が放たれるのと同時に、限界まで引き絞った矢を放つ。交わる二つの光線と宙を斬り裂く一矢、光と光がぶつかり合って、とてつもない爆発を生み出した。

 

「うあっ……!」

 

 激しい炎と衝撃に曝されて目眩がしつつも踏みとどまって、莫大なエネルギーがドームの上から逃げてようやく炎が治まった頃には中は瓦礫ばかりが広がっていた。だけど僕も、そして異形も、傷一つ無く立っている。

 

『損傷無し……威力修正、発射用意――』

「させない!」

 

 地面に突き立てていた翅を飛翔させて異形に突き刺す。怯んだ隙に弓を剣に変えて接近して斬り裂く。

 

『障害解析……不明なエラー。同一個体である可能性99%以上……エラー、エラー……』

「うるさい……!」

 

 やたらと頭に響く声をかき消す様にらしくない大声を出した。

 

『解析結果を基に結論を構築……構築完了』

 

 そう聞こえた次の瞬間、意識がそっちに持っていかれていたのかもしれない。不意に伸びてきた腕に身体を掴まれた。そして伸びてきた触手が僕の身体に突き刺さった。

 

「ぐっ……!」

『奪いなさい。喰らいなさい。それが私達の使命です。全て喰らいなさい。奪いなさい……』

「だまれぇ……!」

 

 そうか、僕が人型だって分かったから『同期』させようとしてるんだ。確かに効果的だ。ここで僕が『同期』してしまったら僕の時間に帰る事すらできなくなると思う。

 これだけは、避けないと……。

 

「っ……!」

 

 身をよじってもぴくりとも動かない。突き立てられた触手から情報が流れ込んでくる。早く、逃げないと……。

 身体を締め付ける力は強くなって、感覚は薄くなっていく。

 駄目だ、意識が……。

 

「おかあ、さん……」

 

 

 

 

 

「あっ……!」

 

 逃がしてくれたにも関わらず、気になってそう遠くない物陰で戦いを見ていた所、サクラちゃんが白い異形に身体を掴まれたのを見て思わず声が出てしまった。そのまま動けてないのを見る限り、ピンチなのかもしれない。

 助けないと。でもどうやって?私には何の力も無いのに。

 でも何とかしないと。

 アステラが。

 ……え?

 

「アステラ……?」

 

 アステラって、なに?

 分かってる。サクラちゃんの名前だ。私が名付けた。

 いや、『サクラちゃん』じゃない。

 

「花鹿……!」

 

 

 

 

 

 力が、ぬけていく。

 ぼくのだいじななにかがなくなっていきそうな、ふしぎなかんかく。

 このまま、ゆだねてしまったら、まもれなくなる。

 だれを?

 わからない。たいせつなひとが、いたはずなのに。おもいだせない。

 わすれたくない、たいせつな……。

 

 

 

 

 

「花鹿あああっ!」

 

 

 

 

 

 だれかが僕のなまえをよんだ。その声ではっとめが醒める。

 どうじにとても強い衝撃でからだが揺れた。じめんに投げ出されて、段々と頭がはっきりしてくる。大型のトラックが白い異形にめり込んでいる。一体なんで……。

 

「お母さん……?」

 

 お母さんがいた。擦り傷から血が出ていて、そんなの気にせずに僕を見ていた。

 もしかして、お母さんがトラックを?

 

「なんで……」

「立って!戦って!」

 

 すうっと息を吸って、そして一際大きな声で叫んだ。

 

 

 

 

 

「アステラ!」

 

 

 

 

 

 アステラ。

 僕が、お母さんに付けてもらった、名前。

 覚えてたんだ。

 お母さんが満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 そのお腹に、白い触手が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 傷口からじわりと赤い血が服に滲んでいく。お腹を押さえてお母さんは倒れこんだ。

 

「お母さん!」

 

 立ち上がって、お母さんに駆け寄ろうとしたら、触手が僕の腕に突き刺さった。それをむしって放り投げると、今度は背中に突き刺さった。

 

「邪魔だ……」

『同期を開始。奪いなさい。喰らい――』

「黙れえええええっ!」

 

 翅を広げて飛んで、触手を引きちぎる。そのまま方向転換して、僕の全部を突き出した右脚に乗せる。

 

「ああああああああっ!」

 

 光そのものになった感覚がして、次の瞬間には白い異形を貫いていた。

 異形の身体が開いた穴からひび割れて、透き通っていく。そしてひびが全身に広がって、ぼろぼろと崩れ落ちていく。

 あまりにもあっけない、最期。

 そんなのは、どうでもいい。

 

「お母さん!」

 

 駆け寄って、抱え起こした。いつの間にか変身は解けていた。

 

「お母さん、なんで……」

「……約束、したでしょ?」

 

 か細い声で、お母さんは言葉を紡いだ。

 

「ずっと、一緒だって」

 

 震える手が僕の頬に触れて、暖かな線を描いた。

 

「でも……ごめん、守れない、かも」

「駄目、駄目!お母さん、お母さん!」

「花鹿……あの子を、お願い」

 

 お母さんが指差す先に、赤ん坊の僕が寝かされていた。今何が起こっているのかも知らずに、すやすやと眠っている。

 

「お願い、していい?」

「……うん、分かった」

「ありがとう……」

 

 段々と頬を滑っていく手を握って、僕の熱を伝える。少しでもお母さんに戻る様に、強く、強く……。

 

「花鹿……」

「……なに、お母さん?」

 

 お母さんはにっこり微笑んで、小さく、でも確かに呟いた。

 

 

 

 

 

「愛してるよ」

 

 

 

 

 

 お母さんの手から、力が抜けていった。

 少し重くなった体をいっぱいに抱き寄せて、僕も呟いた。

 

 

 

 

 

「愛してるよ……」

 

 

 

 

 

 その日の夜は、強く雨が降った。

 インターホンを鳴らすと、すぐに眼鏡をかけた職員が顔を出す。

 ここは孤児院。僕が預けられたらしい場所だ。

 

「はい……どうされましたか?」

 

 夜遅くの訪問者に戸惑っている職員に、僕は何も言わずに赤ん坊を押し付けた。

 

「え……?」

 

 しっかり受け取ったのを確認した僕は踵を返して逃げた。

 

「ちょっと!あなた!」

 

 引き留める声も無視して、ひたすらに走った。

 これで良い、こうするしかない。これが正しい。

 これで、みつきお母さんと研二お父さんがいずれ僕を見つけてくれる。僕は大空花鹿になって、生きていく。

 大丈夫、母子手帳と紙も添えた。

 ちゃんと『愛してる』って言う、お母さんの言葉を伝えたから。きっとそれで生きていけるから。

 

「帰ろう」

 

 

 

 

 

 2024年12月。良く冷えた、朝。

 

「いってきまーす」

「いってらっしゃい」

 

 いつも通りお母さんに挨拶して、大学に向かう。

 そう思ったけど、いつもより早い時間なのもあって、なんだか今日は歩きたい気分だった。

 外に出ると、ランドセルを背負った子供達が騒ぎながら通り過ぎた。少し速足の会社員も、自転車に乗った高校生も、皆せわしなく生きている。

 僕はゆっくりと歩く。自分だけの速さで、誰でもない僕の速さで、一歩一歩歩いていく。

 そう言う風に生きていこうと、決めたから。

 

 

 

 不意に、風が吹いた。

 冬なのに穏やかで、暖かい風だった。

 

 

 

 

 

 花鹿。

 

 

 

 

 

「お母さん……」

 

 お母さんは、約束を守ってくれた。

 いつも僕の事を見守ってくれていた。それに気付いたのは最近で、嬉しくて嬉しくて、頬がほころんだ。

 

 お母さん。

 

「僕、生きていくから」

 

 前を向いて、許されるためじゃなく、僕が僕らしくいられる様に。

 だから見ててね。

 

 僕はまた歩き出した。

 これからも続いていく、明日に向かって。

 

 

 

 

 

 これは、私が忘れ、そして思い出した物語。

 私の、自慢の一人娘がこれから生きていく、物語だ。

 

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