仮面ライダーアステラ   作:赫牛

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 その街は、明るく輝いていた。

 今はもう11時過ぎ。それでも人々が闊歩し、車両が行き交う、一言で言えば都会。

 

「あの……」

「え?あ……」

「こっちです」

「ご、ごめん」

 

 見惚れていた私を女の子が引き戻す。

 この子に先導されて歩く事1時間強。付いて行ってはいるが、そう言えば行き先を聞いてなかった。

 

「あの、これはどこに行ってるのかな?」

「僕の家です」

「家……え、家?」

 

 何故か家に連れ込もうとされていた。

 

「えっと……こう言う時って普通警察に届けたりしないの?」

 

 私の言葉を聞いた女の子が立ち止まり、振り返る。

 

「記憶、無いんですよね?」

「え、うん」

「自分の名前も分からないんですよね?」

「まあ、そうだね」

「手続する時絶対事情聴取とか必要でしょ?」

「そうかも」

「めんどくさい……」

「めんどくさいからかい!」

 

 この子、おどおどしてる様な態度の割りには随分と明け透けにものを言う。もしかしてさっきの所業をまだ怒っているのだろうか。

 私の反応に女の子は唇を尖らせる。

 

「じゃあ、一人で交番行きます?」

「う……」

 

 一人で警察に厄介になりに行った所で、まず記憶が無い事を信じてもらえるのか。酔っ払いかと思われてあしらわれると困るし、知らない街の中を一人で動くとか不安だし、そもそも交番の場所とか知らないし。

 この子に付いて行った方が、まだましかも。

 

「分かった、付いてくから……」

「……はい」

 

 このはいすら不服そうだ。まるで厄介な物でも拾ったかの様な、そんな感じ。いや、記憶喪失の女なんて確かに厄介な者でしかないんだけど。

 

 それから1時間もしないくらいで山から下りてすぐにある住宅街、そして賑わう街の中心部を挟んで見えてきた住宅街まで歩き、その中にある一軒家に辿り着いた。夜とは言え暑くてもうへとへとで、これ以上歩きたくなかった。

 大空(おおぞら)と書いてあるプレートを通り過ぎ、女の子が鍵を取り出して玄関を開ける。

 

「どうぞ……」

「ん……お邪魔します……」

 

 入るのを躊躇っていると女の子が声をかけてきて、意を決して敷居をまたぐ。その瞬間、突き当りの扉から眼鏡を掛けた女性が顔を覗かせる。

 

「はぁ、やっと帰って来た。メッセージ送ったのに返信ぐらいしてよー」

「あ、ごめん、見てなかった……」

「またスマホ壊れたって訳じゃなくて?……ああ、シャツは無理ねこれ」

「スマホは大丈夫、だと思う……」

「もう……おかえり花鹿」

「ただいま」

 

 何と言うか、多分普通の会話だ。何度もこう言うやり取りをしてきた様な、自然体。この人は女の子の……お母さん?

と言うかこの子、花鹿って名前なんだ。

 

「それで……後ろの方はお友達?」

 

 それが私の事を言っているのは明白だった。

 

「あ、えっと、その……」

「記憶喪失の人、拾っちゃった」

「ぬ……」

 

 人の事を捨て犬か何かだと思っているのかこいつは。

 

「記憶喪失かー……取り敢えず、上がる?」

「え?あ、お邪魔します……」

 

 そしてこの人は何故動揺していないんだ。逆に私が動揺しちゃったじゃん。

 通されたのはリビングで、綺麗に整理整頓されていてこじゃれていた。見た感じ、建ってからそれなりに経っているけど綺麗だ。

 

「お腹、空いてたりする?」

「え?あ……」

 

 言われて初めて自分の空腹に気付いた。

 

「カレーだけど良い?」

「かれー……ああ、カレー。え、良いんですか?」

「流石にほっとく程人でなしじゃないわよ。温めるから座って……その前に手を洗ってきてね」

「ありがとうございます……」

 

 花鹿ちゃんのお母さんは冷蔵庫からタッパーを取り出し、カレーを皿によそって電子レンジに入れボタンを押す。電子レンジが震える様な音を立ててカレーを温め始める。それを眺めていた私の腕がぽんぽんと叩かれ、花鹿ちゃんが示した通りに洗面所に行って手と、ついでに顔を洗う。記憶喪失の割りには、こう言った所作は覚えているものだ。

 リビングに戻ると電子レンジはまだ動いていて、テーブルの席に着いた私の向かいの席に花鹿ちゃんのお母さんが座った。

 

「名前、何て言うの?」

「名前……」

 

 私の、名前……。

 何だろう?

 

「名前も分かんない感じかー。まあいっか、後で考えよ」

「考える……分かりました」

 

 生まれたてでもないのに名前を考えるなんて変な感じだ。

 

「歳も分かんないよね」

「そうですね……」

「二十歳、越えてると思う」

 

 花鹿ちゃんがそんな事を言う。

 

「なんで?」

「肌の具合」

「喧嘩売ってんのか」

「ご、ごめんなさい……」

 

 根拠を言われた瞬間自分でも信じられないくらい眉間にしわが寄ったのを感じた。花鹿ちゃんが怯えるくらいには凄い顔をしてたんだろう。

 

「もう、そう言う事言わないの。女の子はいつだって少女なんだから」

「そうなんですか?」

「そう、なのかな?」

 

 問いかけてきた花鹿ちゃんの目は余りにも純粋だったけど、目覚めたてほやほやで人格がまだ曖昧な私に投げられてもどう言えば良いのか。

 ぴー、と電子音が鳴った。花鹿ちゃんのお母さんはカレーの入った皿を取り出すと、そこに白米を盛り付ける。

 

「はい、どうぞ」

 

 スプーンと共に並べられたそれはとても魅力的なにおいを放っていて、嗅いだ瞬間お腹がくぅと鳴った。

 

「いただきます」

 

 自然と出た言葉の意味を咀嚼する前に、スプーンでカレーを掬って口に運ぶ。すると辛さが口の中で爆発した。

 

「んー、んー!」

「ごめん、辛かった?お水持ってくるね」

 

 笑いながらコップに水を淹れ、私に差し出してくれた。それを受け取って一気に飲み込む。熱は引いたけど、舌がまだひりひりする。

 

「大丈夫?違うのにしよっか?」

「大丈夫れす……食べましゅ……」

 

 もう一口食べる。相変わらず辛いが、よく咀嚼すると塩味や甘味、そして旨味が口に広がった。

 

「美味しい……」

「良かった。おかわりもして良いからね」

「僕もお腹空いたから食べて良い?」

 

 いつの間にか上着を着替えていた花鹿ちゃんが、食い入るようにカレーを見ていた。

 

「ちゃんと余ってるから、好きなだけ食べて良いわよ」

「うん」

 

 表情には出ていなかったが、心なしか弾んだ声で頷いた花鹿ちゃんは自分の分を皿に取り分け始めた。それはもう、お皿いっぱいに。

 

「よく食べるのよ。あんなに小っちゃいんだけどね」

「あ、ああ、そうですね」

「好きで小っちゃい訳じゃない……」

 

 花鹿ちゃんがぼやき、電子レンジに皿を突っ込んだ。そして花鹿ちゃんのお母さんの横に座る。

 花鹿ちゃんのお母さんが居住まいを正す。

 

「それで結局、名前も歳も分からない、他も?」

「はい……」

「そんなのあるのねぇ……警察には行った?」

「まだです」

「まあこんな時間に来られても迷惑よね。行くのは明日にしましょう。花鹿も良い?」

「まあ……大学の後なら」

 

 警察に行って、どうなるんだろうか。

 良く分からない、と言うか、覚えてないけど、病院とかに入院させられたり、色々検査されたりするのかな。家族とかがいたら引き取ってくれて病院行きは無いかもだけど、私はどこかで探されたりしてるんだろうか。そもそも私に家族はいるんだろうか。

 急に食欲なくなってきた。

 

「警察に行くの、怖い?」

「え……はい、行くのと言うか、私、どうなるのかなって」

「そうよね。でも大丈夫、人生って、大体どうにかなるものよ」

「そう、ですか……」

 

 それはこの人の場合の話で、記憶を失くした私にも適応されるものなのだろうか。

 ぴー、と音が鳴って電子レンジが止まる。花鹿ちゃんは皿を取り出し、その上にこれでもかと白米を盛り付けていく。

 

「カレー、冷めちゃうわよ」

 

 視線を戻すと花鹿ちゃんのお母さんが私に笑いかけていた。

 

「今日は疲れてるだろうから、ゆっくり休んでいって良いからね。明日の事はまた明日、ね?」

「はい、ありがとうございます……あー、えっと」

「どうしたの?」

「あの、お名前、聞いても……?」

「大空みつき。花鹿の親やってます」

「ありがとうございます、みつきさん」

「うん!……あ、ちょっとストップ」

「え?」

 

 頭を下げた状態で止まる私の頭にみつきさんが手を伸ばす。髪を触られる感覚がして、そしてみつきさんが手に持った葉っぱを私に見せる。

 

「これ、付いてた」

「これが?ええ……」

 

 多分山下りの最中に引っ掛かたのだろうけど、付いたまま街中を移動してたと思うと恥ずかしいし、気付かなかった自分が鈍感過ぎてやっぱり恥ずかしい。

 

「わざと付けてるのかと思ってた」

「な訳……」

 

 カレーかきこみながらしれっと毒を吐くな。てか気付いてたのなら確認くらいしてくれ。

 

「サクラの葉っぱ、ねぇ」

「そうなんですか?」

「中学校で教師やってるから、自然と覚えちゃった」

「あー……」

 

 確かに学校にサクラの木は植わっているものだ。言われてしっくりきた。

 みつきさんは持っているサクラの葉を見つめ、少し手を動かす。丁度私の顔と葉が重なるくらいだろうか。

 

「どうかしました?」

「そうね、じゃあ……」

 

 

 

 

 

 明くる朝。

 息を吸った時に、畳の青々としたにおいがして目を覚ました。

 眠い目を擦る手が冷たい。冷房はしっかり効いていて、布団から出るのを少し躊躇う。寝返りを2回打つと、ふすまを3回叩く音がした。ふすまが動き、みつきさんが顔を覗かせる。

 

「あ、起きてた。おはようサクラちゃん」

 

 サクラちゃん。

 ああ、私だ。

 

「おはようございます……」

「もしかして朝弱いタイプ?」

「……ですかねー……」

 

 昨日目覚めた時はすぐに起きたから、この快適な環境でもう少し眠っていたい、の方が正しいかもしれない。

 

「朝ご飯温めておくから、顔洗ってきてね」

「はぁーい……」

 

 只今午前9時27分。起きるには少々遅い時間、な気がする。

 顔を洗い、新しく開けてもらった歯ブラシで口を磨き、そして鏡を見る。

 昨日と、そう大差ない顔だ。

 

 食卓には、あたたかな料理が並んでいた。

 白米、味噌汁、煮浸し、焼き鮭、だし巻き卵。

 

「凄い……」

「普段こうって訳じゃないんだけど……気合入ってるから、さ、食べて」

「はい、いただきます!」

 

 湯気を立てるそれらは全部が美味しそうで、少し迷って、味噌汁を啜る。奥深い風味が残る口のまま次に甘いご飯を食べて、出汁の浸みた煮浸しを食べて、塩加減が絶妙でほくほくの鮭を食べて、じゅわりと出汁が滲むだし巻き卵を食べて……。

 どうしよう、全部美味しくて止まりそうにない。

 みつきさんが昨日と同じ様に向かいの席に座り、口を開く。

 

「サクラちゃんは和食が好きなのかな?」

「ふぇっ……いや、どうなんでしょう……」

「でもカレーよりも美味しそうに食べてるわよ?」

「それは……何と言うか、昨日も美味しかったんですけど、今日はもっと美味しいと言うか……」

 

 カレーはカレーで美味しくて、それが今日の朝ご飯に劣っているはずじゃないんだけど、けれども何故か今日の方が鮮明に美味しいと思える。

 

「成程ね……あれかな、心に余裕が出来て、楽しめるようになったのかも」

「余裕……?」

「うん、一晩寝て、ふわふわ落ち着かなかったサクラちゃんの心がしっかり立ってるって事じゃないかな。だから今は、昨日より味わえてるって事だと思うわ」

 

 ふわふわだった心が、立つ。

 

「なんか、それっぽい」

「それっぽいってなによー、もう」

 

 可笑しくなって、二人で顔を合わせて笑っているとぶーんと何度も震える音がしてきた。

 

「あ、警察から折り返しだ。ちょっと出てくるね……あ、ご飯おかわりあるから、食べたかったら自分でよそってね」

「分かりました」

 

 みつきさんはポケットから四角くて薄い機械……スマホだったはず、を取り出して廊下に出ていった。

 画面見てたけど、何で電話だって分かったんだろう。

 まあ、今気にする事じゃないか。食べよう。

 みつきさんがいなくなった食卓は静かで、箸と食器が当たる音と、咀嚼音と、テレビの音が完全な静寂を誤魔化していた。私の話し相手はテレビになって、テレビちゃんがさっきまで何を言っていたのか汲み取ろうとする内に話題が切り替わる。

 

『昨夜21時30分頃に起きた、幹間岳(みきまたけ)の廃墟崩落について、警察は、地質学者等専門家の助力を仰ぎつつ、今後も捜査を続ける方針を明らかにしました』

 

 幹間岳。廃墟、崩落。昨夜。

 

「あ……」

 

 思い至り、切り替わった画面に映った光景を見て確信する。昨日、私と花鹿ちゃんが出会ったあの場所の事だ。

 

『防犯カメラには廃墟から炎が上がるのも確認されており、何者かによる放火、もしくは人型怪生物が関与している可能性を視野に、現在も捜査が進められています……と言う事で本日は建築物研究所の水橋さんにお越し頂いております。水橋さん、老朽化している建物が急に崩落すると言うのは、実際には——』

 

「幹間岳って、昨日サクラちゃんこんな所にいたの?」

「うわっ……あ、そうですね」

 

 いつの間にか戻って来ていたみつきさんに驚きつつ応えると、みつきさんは口に手を当てて考え始める。

 

「そっか幹間岳かー……流石に行き過ぎじゃない?でも花鹿ももう大学生だしあんまり色々言わない方が良いのかな……」

 

 行き過ぎ、と言われれば、確かにここからあの山まではかなり距離があった。そしてみつきさんの口振りでは、別に目的地ではなかったけど最終的に幹間岳まで来てしまったと言う様に聞こえる。と言うか実際そうなのだろう。

 確かに、花鹿ちゃんって何であそこにいたんだろう。

 てか、そう言えば花鹿ちゃんの姿が見えない。

 

「あの、花鹿ちゃんってまだ寝てるんですか?」

「あの子大学行ったわよ。今日で試験最終日なんだって」

「……あー、そっか」

 

 そう言えばあの子、学生だった。

 

 

 

 

 

 教授の指示で、後ろの席から答案が集められていく。結構前の方に座ってるからもう少しだけ時間があって、その間にざっと答案用紙を見直してみる。

 これも分からない所があったけど、取り敢えず空欄のままにはしないように答えを書いた。ちんぷんかんぷんな事書いてないかな?適当って、これで合ってるかな?

 横から伸びた手が答案を持っていってしまって、集め終わったのを確認した教授が退席して良いとの旨を告げた。筆記用具を仕舞ってリュックに手をかけると、隣に座っている陽子ちゃんが肩を叩いてきた。

 

「なに?」

「これ、もしかして花鹿?」

 

 小声になりながら差し出してきたスマホの画面には、幹間岳の廃墟が突然崩落したと言うニュースが映っていた。そう言えば、そんなとこまで行ったんだっけ。

 

「うん、僕」

「やっっぱり!幹間岳は行き過ぎだって!花鹿の家からだと大体2時間くらいでしょ?いや遠いよ!」

「や、昨日は、その、偶々、偶々そこまで行っちゃったと言うか、その……」

 

 僕だってそんな遠くまで行こうとは思ってなかった。けど、昨日はお母さんに呼ばれちゃったから。

 いなかったけど。

 

「大丈夫だった?ちゃんと帰れ……てはいるんだろうけどさ、怪我とか、してない?変な事に巻き込まれてない?」

「怪我は、大丈夫だよ。変な事……あー……」

 

 変な事はあった。巻き込まれた、と言うより巻き込んだ。

 

「え、なに?変な事あるの?」

「えと……記憶喪失の人を拾って……」

「拾った!?」

「その人に服を脱がされそうになって……」

「脱がっ!?」

 

 陽子ちゃんが目を見開いて石の様に固まった。数秒待っても瞬きもせず微動だにしない。

 

「よ、陽子ちゃん、大丈夫?」

「はっ!」

 

 肩を持って何回か揺さぶると気が付いてくれた。良かった、本当に石になっちゃったのかと思った。

 正気に戻った陽子ちゃんは眉間を押さえてため息をつく。

 

「花鹿……その記憶喪失って今どこにいる?」

「まだ、家にいると思うけど……」

「分かった、今から花鹿ん()行ってぶっ殺してくる」

 

 まだ正気に戻ってなかったみたいだ。

 

「だ、駄目だよ!僕は大丈夫だし今日色々忙しいから……!」

「止めないで花鹿!一回そいつ分からせとかないと駄目だ!」

 

 うう……陽子ちゃん力(つよ)い……。周りの人の視線が痛い……。

 今日、帰らない方が良いのかな……?

 

 

 

 

 

 花鹿ちゃんが帰ってきたのは、みつきさんが予想したよりも30分程遅くだった。疲労が滲む花鹿ちゃんを見ていると、何故か逆に憐れむ様な視線を向けられる。

 

「なに?」

「いや……まあ自業自得ですね」

「ん?」

 

 何だ。一体何が自業自得なんだ?心当たりがまるでないし、何かされたようにも思えない。

 いや、何かされるのはこれから……?

 

「二人とも準備できたの?そろそろ行くって言っちゃったから」

「あ、はい」

 

 嫌な予感に身を震わせていた所にみつきさんの声がして我に返る。準備と言っても私は特に持ち物も無く、貸してもらったみつきさんの服に身を包んで靴を履く。

 玄関を出ると、真夏の日差しが容赦無く私を照らした。昨日は分からなかったけど、いやだとしても、夏がこんなに暑いものだったかと今知った。見上げる太陽が私が知っているよりも厳しい様な、そんな印象。

 少し待つと花鹿ちゃんが出てきて、次にみつきさんが出て鍵を閉め、車のロックを解除する。

 

「サクラちゃん、隣に乗る?」

「えー……はい、そうします」

 

 そう言って花鹿ちゃんとすれ違った時だった。

 

「っ!」

 

 鋭い声がして見ると、花鹿ちゃんがドアの前で固まっていた。

 

「どうしたの、乗らないの?」

「行かないと……」

「行くって?」

 

 何かに気付いた花鹿ちゃんは、いつもの様子からは考えられない程険しい顔をしていた。

 まさか。

 

「また、化け物?戦いに行くの?」

「……はい」

「どうして?何であんな、あんな戦いを花鹿ちゃんが……」

 

 分からない。

 何故この子は戦っているのか。昨日も治ったとは言え、傷ついて、どう考えたって危険だ。

 私の問いに、花鹿ちゃんは俯いた。

 

「だって、そうしないと、僕……」

 

 言葉はそこで途切れ、花鹿ちゃんは停めてあるバイクへと走った。

 

「待っ——」

 

 追いかけようとしたが、腕を掴まれて止められた。みつきさんは首を横に振って、止めるなと言っている。

 エンジンの音。バイクに跨った花鹿ちゃんがそのまま走って行くのを、私はただ見ている事しかできなかった。

 

「何で、止めないんですか?」

 

 みつきさんの腕を振り払い、尋ねる。するとみつきさんは悲しそうに笑った。

 

「そうさせてあげて。花鹿に必要な事だから」

「必要って……」

 

 あの子が戦う必要って、何?

 困惑する私に、みつきさんは優しく微笑みかけた。

 

「車、乗ろっか」

 

 

 

 

 

 速く、風になった様に、走る。

 邪魔されないようになるべく信号の無い道を行って、遅い車は追い越して。心に従ってバイクを走らせる。疼きは段々大きくなって、元凶に近づいているのが分かる。

 そして見えた、通りの向こう側の噴水広場。逃げる人達と、物を壊す化け物。僕が倒すもの。

 

「変身!」

 

 叫ぶと腰の辺りに力が集まって、そこから全身に力が漲っていく。光を放って、僕を変える。

 僕が変わるのと同時に、バイクも姿を変える。硬くて、重くて、速いものに。

 スピードを上げて通りを抜けて、そのまま化け物に体当たりする。化け物が地面を転がって、その隙にバイクを停めて降りる。

 ぱっと見た感じ、ウマみたいな頭をしたそれが鋭い息を吐いて威嚇してくる。まだふわふわした心で腰を落として、腕を地面に付けたら、気持ちが切り替わった。化け物だけ見て、動きを見て、そして走る。

 走って、跳んで、蹴る。怯んだから、今度は殴る。お腹を殴って、胸を殴って、頭を殴る。化け物が突進してきたから、跳んで避ける。振り向いたけど化け物が思ったより速く動いて、身体を掴まれて壁に叩きつけられる。そこまで痛くはない。化け物の湿った鼻息が顔にかかって気持ち悪い。

 化け物の脚を蹴って、押さえつけられなくなったからまた肩の辺りを蹴る。倒れたからもう一度殴ろうとしたら化け物が脚で蹴ってくる。咄嗟に腕で防いだけど、結構強くて尻もちをつく。立った化け物が脚で踏みつけようとしてきたから避ける。さっきまで僕がいた所の地面がへこんだ。あれをもらうのは不味いかも。

 化け物が跳んで、脚で僕を潰そうとしてくる。避けて、避けて、身体をかすめて。

 これ続けられると、倒せないな。どうしようか。

 少しだけ周りを見て、見つけた。さっき僕が叩きつけられた壁、ちょっとへこんでる。使えるかも。

 気付かれないように、避ける方向を変える。少しずつ壁に寄って、そしてさっきの場所に背中が付いた。

 そして化け物が跳んで、僕の胸辺りを狙って脚を突き出した。

 それを横に動いて、避ける。

 僕が避けたのを見た化け物は動こうとして、でも動けなかった。壊れた壁に、脚が埋まっていた。

 化け物が驚いている間に、大きく振りかぶって。

 

「っ!」

 

 化け物の顔面を、思いっきり殴る。

 吹き飛んだ化け物は、立ち上がるなり嘶いた。何かしてくるのかと思ったけど、急に地面に腕を付けて四足歩行になると、物凄い勢いで走り出した。

 逃げた。

 いや、逃がさない。

 バイクに跨って、エンジンをふかす。音を立てて、バイクを走らせる。

 化け物がどこにいるかは分かるから、それを追いかけて道を走る。皆が見てるけど、気にせず走る。

 化け物は山の方に向かって逃げている。元々そこにいたのかもしれない。流石に山まで行かれると面倒だけど、まあ大丈夫。

 もうすぐ、追いつくから。

 化け物のすぐ後ろに付いて、気付いた化け物が蹴ってきたからスピードを上げて避けて真横に並ぶ。化け物が何かする前に、勢いをつけて体当たりする。化け物は吹き飛んで、すぐそこにあった駐車場に転がって行って停めてあった車にぶつかった。

 化け物がふらふらしてるから、そろそろ頃合いだ。

 バイクから降りて腰を落として、右脚に力を集めるイメージ。その通りに光が集まって、右脚が熱くなる。

 脚を揃えて跳んで、右脚を突き出す。

 

「やああああっ!」

 

 立った化け物の胸を蹴って、また吹き飛ばす。

 化け物はまた立とうとして、その途中で力が抜けて、そのまま爆発した。

 炎が治まった後には何も無いから、ちゃんと倒せたと思う。深呼吸をして、そしたらかしゃ、と言う音が幾つも聞こえてきた。

 集まってきた野次馬が、写真撮ってる。撮られるの、恥ずかしい。

 早く帰ろう。

 バイクに跨って、逃げる様に走り出した。

 

 

 

 

 

『午後1時頃、樫の木町の噴水広場で人型怪生物が2体暴れているとの通報が相次ぎ、現場に駆け付けた警察が——』

 

 テレビでは今日の戦いについて……花鹿ちゃんの戦いについて報じていた。アイスを口に咥えた花鹿ちゃんは、それを何でもないかの様に見ていた。

 

「サクラちゃん、今日も取り敢えず客間で寝てもらっても良い?」

「あ、はい」

 

 洗濯物を取り込んだみつきさんがそれを畳み始めると、アイスを食べ終わった花鹿ちゃんがそれを手伝い始める。

 何となく居心地が悪くなって、私も座って洗濯物を手に取る。みつきさんを見ながら、見様見真似で服を畳んでみる。

 

「ありがとう、助かるわ」

「いえ、お世話になるのでこのくらいは……」

 

 結局、暫くの間大空家にお世話になる事になってしまった。いきなり一人で病院行きよりかは心細くないけど、甘えてしまって良いのかどうか。

 

「ちょっとだけじゃなくて、ずっといても良いのよ?」

「えっ?それは、その……」

 

 心を見透かされた様な事を言われてどきりとする。

 ずっと、か。そんなの本当に良いんだろうか。いや、きっとずっとじゃない。いつかは記憶が戻って、自分の居場所に帰るんだから。

 目線が花鹿ちゃんに吸い寄せられる。黙々と服を畳む姿は、どう見ても普通の女の子で。

 何で、この子は戦っているんだろう。

 そんな事を考えながら畳んだ服には、しわが沢山出来ていた。

 

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