仮面ライダーアステラ 作:赫牛
人型怪生物に関する研究と対策 第5次レポート
前回までの調査において、人型怪生物(以下『人型』とする)について判明している事柄を大まかに記載する。
・人型は『星の矢』によって物質や生命体が変化した物である。
・人型は人に対して攻撃的な習性を持つ。詳しいメカニズムは不明。
・人型は体内に結晶の様な物質を有する。この結晶は『星の矢』である可能性が高い。この結晶は人型の特に発達した部位に位置する場合が多い。
・人型同士での争いが起きる場合があり、どちらか一方が死亡するまで続けられる事が多い(特に『シロ』と呼ばれる個体はその傾向が見られる)。
「以上が前回までに判明した人型の特徴です。そしてここからが科警研の調査で新たに判明した事なのですが……」
スクリーンに映る画像が切り替わり、ひび割れた青い結晶が大きく映し出される。資料を片手に持つ男はレーザーポインターで画像を示す。
「これが人型が持つ結晶です。破損していますが、これは回収された時既にあった傷で科警研の調査で付いた物ではありません。調査をする上で結晶の破壊を試みましたが、用意した方法では一切傷つけられませんでした」
再び画像が切り替わり、鹿の様な特徴を持つ人型の死体が映る。
「この人型は傷の形状からして、他の人型によって殺害されたと思われます。おそらく結晶の傷はその際についた物と言うのが、科警研の見解です」
「つまり、人型の攻撃は人型に対して有効であると?」
「その可能性が高いかと。現に『シロ』は今までに多くの人型と交戦し殺害しています。これも同じ人型であるが故だと推測します」
男の言葉に周囲はどよめく。上座に座る男は資料とスクリーンを交互に見、口を開く。
「つまりは現状、我々には人型に対抗する手段は無いと言う事で良いのかな?」
「そう言う事になります」
「そうか……3年経ってもか」
人型による被害が活発になり、それを受けて警察が人型に関する調査を始めて早3年。ここまで調べて分かったのは、自分達には何もできないと言う事。この場にいる全員が絶望し押し黙った。
が。
「現状はそうですが、今も科警研では対抗策を練っています。次の写真をお願いします」
画像が切り替わる。今度は先程の結晶とよく似た輝きの青い粒が袋に入った物が映し出されていた。
「これは先程の結晶の破片です。人型の死骸から僅かに採取できた物なのですが、これを利用できないかを模索中との事です。」
「一体どのように?」
「これはあくまで一例なのですが、この破片を弾の内部に込めて人型に撃ち込み、内部に仕込まれた火薬を炸裂させて結晶を人型の体内で拡散させる、と言う方法が検討されています」
テーブルを囲む署員から感嘆の声が上がる。
「人型由来の結晶であれば、人型に対しても有効であると言う事か……」
「その仮定の元で研究が進められています。実際に効果があるかは使用してみないと分かりませんが、試作品ならもうすぐできるかと」
ざわめきは更に大きくなり、上座に座る男の咳払いで静寂が戻る。
「兎に角、僅かではあるが希望が見えてきたと言う事だ。各署員は対策法が確立されるまで、現状通りの対応で構わない。無理はするな」
はい、と全員の声が重なり、席を立った署員達がぞろぞろと部屋を出ていく。
プロジェクターの電源を切った男は、ふぅとため息をつく。男の中では懸念が渦巻いていた。
新兵器が完成して、果たして『シロ』は無事で済むだろうか、と。
男は人型の起こす事件に対応した時、『シロ』に救われた事があった。その時コミュニケーションがとれる事も理解した。きっと、『シロ』と人間は分かり合える。
だからこそ、彼女が標的になる事は避けたかった。故に上にも『シロ』は味方であると進言したが、確たる証拠が無かった為判断は見送られた。
男には、『シロ』が無事である様に祈る事しかできなかった。
汚れの無い白のシャツ。黒いパンツ。その上に深緑のエプロン。
つまり、ユニフォーム。
「い、いらっしゃいませ……」
「パンケーキ2つとウィンナーコーヒー2つで」
「……はい」
蚊の鳴く様な声で応えた花鹿は、ぎこちない笑みを浮かべてテーブルを離れる。
「……花鹿ってあんな感じだっけ?」
「あれが普通だけど。まあ、それが可愛いんだけどさ」
花鹿と同じユニフォームを着た陽子さんがうっとりとした表情で言う。そういやこの人はこんな感じだった。
大空家の最寄から二駅の場所にある喫茶店『イメラ』店内。私はちょっとしたイベントを見にここまで来ていた。
そのイベントと言うのは。
「そんなに緊張しなくても良いんだよ大空さん」
「はい……頑張ります……」
にこやかな笑いを浮かべた店長が花鹿を励ますが、その言葉がちゃんと届いているかは怪しかった。
そう、私は花鹿の初バイトを見に来ているのだ。
きっかけは2週間前、陽子さんと以前ここで働いていた男とのトラブルで人員に空きが出来、それを好機とばかりに花鹿を誘っていたらしい。花鹿も最初は断る、と言うより抵抗していたが、陽子さんの押しに負けて最終的に初めての労働をする事になっていた。そして昨日一通りの業務を教えてもらって、今日が二日目である。
それにしても、だ。花鹿のあのしおらしさは一体何処から出て来たのだろうか。私と話す時は全くそんな気配を見せなかったのに……いや、思えば初めて話した時はあんな感じだったかもしれない。私が服を脱がせて怒りモードに突入していたからそのフェーズを吹っ飛ばしてしまっただけなのだろう。今まで見えていなかっただけで陽子さんの言葉通り、あれが普通の花鹿、人見知りする花鹿なのだ。
そう思っている間にちんと小気味よくベルが鳴る。
「ほら、大空さん」
「は、はい……」
店長は渋い声に見合わず快活な口調で花鹿に促す。普通の事なのに花鹿はまるで脅された様な反応を見せてテーブルへ向かった。
「あの……大丈夫そうですか?」
思わずカウンターに寄って小声で聞いてしまった。
「まあ初日だからね……でも三嶋さんの推薦とは言えホールは早かったかもね」
「そうですよねー……」
「でも何事も経験だから。一回やらせてみるのは大事だよ」
「確かに……大丈夫かなぁ」
現状不安で仕方がないが、何事も経験と言う事で。店長の厚意でここで見守って良い事になったのでいさせてもらうが、果たしてどうなる事やら。
あー嫌だ。もう働きたくない。でももうちょっとで休憩終わっちゃう。また戻らないといけない。
「はぁーあ……」
大きなため息も出てしまうと言うものだ。
別に業務自体は難しくない。ただ人と関わると言う、それだけで僕の精神は擦り減ってしまう。昔からそうで、なるべく人との接触は最低限にしていたから改善する訳も無く。そんな風に生きてきた自分を呪っている。
「あ……」
時計の長針が真上を指す。もう行かないといけない。
バイトとは言え、働くと言うのがこんなにつらいものだなんて思っていなかった。皆よく耐えられるなぁと思うし、多分自分は付いていけないであろう事も分かってしまった気がする。
一歩一歩は重いけど、カウンターまでの距離は近すぎる。
「お疲れ様です……」
「はいお疲れ様、まあ今からの時間帯はそんなに忙しくないから、気楽にね」
「はい……」
そう言われたのも束の間、またベルの音が鳴った。テーブルに座っているのは奥の方の席にいる男の人だけで、気持ち歩幅を大きくしてオーダーを取りに行く。
「ご注文お決まりでしょうか?」
「チョコレートパフェとアイスコーヒーで」
「チョコレートパフェおひとつと、アイスコーヒーおひとちゅ……」
噛んだ。
意識した瞬間、頬が熱くなる。恥ずかしさが込み上げて、反射的に相手の反応を伺ってしまう。男の人はぽかんと口を開けていて、かと思うと小さく吹き出した。
「な、な、何ですか?」
すらすらと出てこなかった言葉に、男の人は更に笑った。黒髪に一筋入れた赤いメッシュが、ゆらゆら揺れる。
「いやぁ……可愛いなって」
「かわ!?」
可愛い?かわいい?可愛いって言った?誰が?僕?僕の事言ってる?
てか、笑った顔、かっこいい……。
いや違う、そうじゃなくて。
ああ、もう分かんない……。
体が勝手に走り出す。オーダーを書いた紙をカウンターに叩きつけ、一目散に休憩室まで。
「……青春だねぇ」
「ですね」
そんな会話が聞こえてきた。
そんな事があったりして。結局更に30分、男の人が帰るまで引きこもってしまった。
「僕、やっぱり向いてない……」
「ま、まあ初めてのバイトってそんなもんだからさ、あはは」
「記憶無いくせに」
「う……」
どんなに慰めの言葉をかけたとて、この荒んだ心を潤す事はできないのだ……。
なんて感傷にふけっている時も、それはやってくる。
「っ!」
この感じ、人型だ。結構近い。
行かないと、けど、バイトが。どうする、どうする?
考えて考えて、これぐらいしか思いつかなかった。
「て、店長っ!」
「お、おう、何かな?」
突然声をかけられた店長と、ついでにサクラさんが驚いた。
「あの、お、お手洗いに、行ってきても良いですか!?」
「え、あ、ああ、どうぞ」
「失礼します!」
すぐにトイレに向かって走る。さっきまで休憩してたのに、なんて言葉が聞こえてきたが無視。
扉を閉めて鍵をかけ、高い所にある窓を開けて便座を踏み台にして窓をくぐる。
「よっと……」
格子があるタイプじゃなくて良かったと胸を撫で下ろし、入り口側からは見えない道を選んで走り出す。
何故だか道行く人が僕の事を見ている。何でだろうと思って自分の胸に手を当てて考えると分かった。お店のエプロンしてるからだ。急いで結び目を引っ張ってエプロンを脱いで投げ棄てる。走りにくかったし丁度良いや。
喧騒の元はすぐそこのT字路。人が走って行く流れに逆らって、誰もいなくなるまで走った先に残っていたのは化け物。黒く鋭い立派な角が生えた、自分はカブトムシですと言わんばかりの人型が信号機をなぎ倒す。
気付いてない、今の内に。
腰に光を集めて、叫ぶ。
「変身!」
ラインをなぞって手を広げて、体が熱くなって変わっていく。光で僕に気付いた人型が唸って、それに負けないように右腕を地面に付けて気持ちを整える。
人型が動いて、僕も走り出す。角を突き出した突進を左脚を軸に回転して躱して、右脚で弾みをつけて振り向いた人型を蹴る。
「っ……」
人型は怯んでいるけど、僕の脚もかなり痛い、こいつの身体に付いた硬い甲殻の部分を蹴ってしまったせいだ。そこは狙うべきじゃない。なら、柔らかい部分を。
人型の腹に拳を一つ、もう一つ。また振りかぶったら向こうの拳が飛んできたから、咄嗟に腕を交差させて受け止める。強くて、後退らないと倒れてしまいそうだった。
勢いを殺して向き直った瞬間、人型の角がお腹を刺そうとしていて、角を掴んでそれを防ぐ。でもそのまま押し出される。
こいつ、力強すぎ……。
人型が立ち止まって、一層姿勢を低くして全身に力を込め始める。そしてだんだん、僕の身体が持ち上げられていく。
そういやこいつ、カブトムシだ。
「やばっ……」
手を放そうとする前に視界が流れ出す。ぐるぐる回って、突然背中に痛みが走って白く飛んだ。地面に倒れて、ブロック塀からコンクリートの欠片がぱらぱらと零れる。
人型が追い打ちをかけようとして、でもその音を聞いて止まった。唸るような、耳が緊張する様な音。
「警察……」
サイレンの音と共に、パトカーが何台も押し寄せてくる。前も右も左も赤いランプに照らされて、誰か言った言葉が道に反響して、そして人が手に持つ暗い穴が僕達に照準を合わせた。
「撃て!」
音がして、それから小さな金属の塊が何発も降ってくる。アスファルトを削って、空気を裂いて、当たって僕の身体を震わせる。これで傷つくと言う事は無いんだけれど、動きづらいしそれなりに痛い。
それと、自分がどう言う風に見られているのか分かって、嫌になる。
銃弾の雨の中、人型が翅を広げて震わせる。不味いと思った時にはもう数メートル上にいて、人型はそのまま飛び去って行った。
パトカーが何台かそれを追いかけて行くけど、ほとんどは残ってまだ僕を狙い続けている。今は止んでいるけど、ぼおっとしてたらまた次の弾が飛んでくる。今しかない。
力を込めてジャンプ。塀の向こう側に降り立って、走る。変身しているのもあって、喧騒はすぐに聞こえなくなった。
痛いのは、消えてくれなかった。
「どこ行ったんだろ……」
花鹿の様子がおかしいのに気付き、店を出て探しに行ったは良いものの、一体どこに行ったか見当もつかない。私には花鹿みたいに人型の位置が分かったりしないのだ。
最早店に帰った方が良いかもと思って立ち止まった時、すぐ近くの路地裏に誰かが降り立った。恐る恐る見ると、それは白い鎧を纏っていた。
「花鹿!」
私に気付いた花鹿がその場にへたり込み、光が解けて元の姿に戻っていく。大きく肩で息をする花鹿の顔は汗が滲んでいた。
「大丈夫?怪我した?」
花鹿は首を横に振った。
「ちょっと……疲れちゃっただけです、あと……」
「あと?」
「お腹空いて、動けないです……」
花鹿のお腹がくぅと鳴った。
花鹿は戦った後いつもお腹を空かせている。戦いで消費したエネルギーの補給を体が求めているからだとか。そしてその量は時間と、変身している間に負って修復された傷の度合いによるらしい。
「怪我してんじゃない……」
背負った花鹿は軽くて、でもこうしていると暑いし目立つ。近くに休める様な場所は、一つしか思い浮かばなかった。
『CLOSE』の看板が掛けられたドアを開け、冷房の効いた店に戻ってきた。
「花鹿!」
私達に気付いた陽子さんが駆け寄ってきて、降ろした花鹿を支える。
「何か食べ物を——」
「分かってる!」
私の言葉を遮って花鹿を椅子に座らせ、厨房に消えて行った。
汗を拭う私の傍に、店長が立つ。
「サクラさん、説明してもらえるかな?」
「それは……」
「分かりました」
「花鹿!」
私が躊躇っていると、花鹿がテーブルに寄り掛かりながら応えた。これからあるかもしれない事を考えて、私は怖くなって、でも何も口を挟めなかった。
「人型、か……もしかしてこれが大空さん?」
店長が差し出したスマホの画面には荒い画像だが白い異形、アステラの姿が映っていた。
「そうですね、それが僕です」
「そうかぁ……そう言う事もあるのかぁ」
眉間に皺を寄せてスマホと花鹿を見比べ、首を捻る店長。
「怖く、ないんですか?」
「怖いって……こんな女の子を?僕は大人で、しかも男だ。こっちが怖がられるべきだよ」
ふっ、と自虐した店長はカウンターに戻り、グラスを取り出す。
「コーヒーと紅茶、どっちが良い?」
「え……」
「ティラミス食べるのに、飲み物もあった方が良いでしょ?ね、三嶋さん」
「あっ、はい!」
厨房とカウンターの境目で固まっていた陽子さんが我に帰り、雑に盛り付けられたティラミスをテーブルに置く。
「……じゃあ、コーヒーで」
「かしこまりました。二人も、何か飲む?」
「コーヒーで!」
「じゃあ私も……」
4つ並んだグラスに氷が滑り込み、隙間を黒い液体が満たしていく。コーヒーが配られ、店長も席に着いた。
「美味しいかな?」
「……はい、すごく」
「良かった。お代は気にしなくて良いから。おかわりするなら三嶋さんの給料から引くから大丈夫」
「そ、そうだよ花鹿、遠慮しないで!」
「いや、流石にそれは……はむ」
流石にと言いつつ、ティラミスを食べる手は加速していく。それを見ながら、私は大きくなってしまった困惑をつい口にしてしまった。
「店長さんは、花鹿の事信じてくれるんですか?」
「信じる、とは?」
「その……花鹿が人を襲わないって」
「そうだね……」
店長はちらりと横に座る陽子さんを見た。
「三嶋さんがうちに働きに来て4カ月経ったけど、この子は良く働いてくれてる。信頼もできる」
「え?あ、ありがとうございます……?」
「その三嶋さんの推薦なら、信じられると思ったからね。とても良い子、って聞いてるから」
店長はコーヒーを飲み、一つ息を吐く。
「それに、大空さんのなってた人型、他の人型を退治してくれるって有名だからね」
「う、有名……」
「店長、花鹿そう言うのあんまり得意じゃないので……」
「ああ、ごめんごめん、兎に角信じられるって事だよ」
花鹿の手が止まる。
「どうしたの?」
「その……信じられるのが信じられなくて」
「それは、どうして?」
「今日、警察の人に撃たれて」
花鹿が右手をさする。痛みを紛らわせる様に、ゆっくり、繰り返し。
「その人達からは、僕はそう見えてるんだと思う。信頼はされてない。そう言う人は、きっといっぱいいる」
グラスに入った氷が解けて、音を立てる。
「逆に言えば、そうじゃない人もいる」
「え?」
「僕は信頼したし、三嶋さんもサクラさんも、勿論信頼してるでしょう?」
「はい」
「当然です」
「ほら」
店長は花鹿に優しく微笑みかけた。
「人間は皆自分の考えを持って、それを信じる。僕達は大空さんの事を信じてるし、そうじゃない人だって当然いる。それが当たり前なんだよ。だからね、だからこそ君を信じない人の声じゃなくて、信じる人の言葉を聞いて欲しいと思う」
「僕を、信じる人……」
「そう。君は三嶋さんやサクラさんの言葉を信じているでしょう?それと同じ様に、僕が君を信じていると言う言葉を信じて欲しい」
言い切った店長はコーヒーに口を付け、はにかんだ。
「ごめんね、説教臭い話になってしまって」
「いえ……ありがとうございます」
花鹿は微笑んで、そして残りのティラミスを一口で頬張り、飲み込んだ。
「おかわり、良いですか?」
夕焼けが目に眩しい、帰り道。
駅までは歩いてきたから、帰りも当然3人で並んで歩く。と言っても主に陽子さんが花鹿に話しかけるのを見ているだけだけど、それでも花鹿の顔を見ていると安心した。
それ程遠くは無いから、駅はもうすぐそこ。だけど、花鹿が立ち止まった。
「花鹿?」
花鹿の顔はすっかり見慣れた表情……人型を察知した事を表していた。
「行ってくる」
それだけ言って花鹿は走り出す。陽子さんと顔を見合わせて、どちらからともなく花鹿を追いかける。
街中にそびえるスタジアムの外周、まだ人々が逃げ惑う中を人型は闊歩していた。
私達3人がすぐそこまで迫った辺りでサイレンが聞こえてきて、横をパトカーがかなりの速度で通り過ぎて行く。そしてスタジアムの方から銃声と怒号が聞こえ始めた。
「変身!」
走りながら花鹿の姿がアステラのものへと変わる。少し縮まっていた距離は一瞬で引き離され、そのままアステラはパトカーの向こうへと跳躍する。落下の勢いを乗せながら人型にパンチを見舞い、距離が出来た所で姿勢を低くし右腕を地面に触れさせる。人型が角を突き出して突進するのを右に躱し、方向転換してまた迫ってくるのを跳躍して避ける。そしてまた跳躍し、振り向いた人型の胸にキックを撃つ。吹き飛んだ人型がパトカーに激突し、その奥にいた警官がよろけて尻もちをつく。
「う、うわああああ!」
至近距離に人型が来た事にパニックを起こしたのか、警官は銃を人型に向けて撃つ。しかし弾はことごとく弾かれ、人型が警官を睨みつける。
「っ!」
人型が振り上げた腕が警官を襲う刹那アステラは地面を蹴り、人型をかいくぐって姿勢を低くし、警官を抱えてスライディングする。振り下ろされた腕は空を切り、人型が困惑している隙にアステラは抱えた警官を降ろし、人型に向き直って走り出す。
パトカーが新たに到着しサイレンの音が重なる。警官達が銃を取り出し、光る銃口がアステラを狙う。
「撃つな!」
誰かが叫び困惑する警官達をよそに、アステラと人型は攻防を続ける。人型の重い一撃をアステラは後退りながらも受け止め、反撃にハイキックを繰り出す。受け止められるが、アステラは脚を引っ込めて小さく跳躍。人型の腹に両脚で飛び蹴りする。
後退り、怒りの咆哮を上げた人型が角を突き出して突進する。立ち上がったアステラがそれを受け止めるが、角はアステラの下に潜り込み、そして人型は頭を上げアステラを角で持ち上げた。
瞬間、アステラの眼が光る。右脚に光が集まり水色の輝きを放つ。
怒気と共に人型が頭を振り下ろし、アステラをスタジアムに向けて投げ飛ばす。しかしアステラは冷静に空中で体勢を整え、スタジアムの壁に両脚で着地し、そして力強く蹴る。
「やああああっ!」
一回転し、右脚を突き出す。アステラのキックは人型の頭を撃ち、角を根元からへし折った。
パトカーの包囲網の外まで吹き飛ばされた人型は、立ち上がろうとするが力無く震え、そして爆発する。炎が風に流れ、白くたなびく煙は空へと昇っていく。
暫し流れた静寂が、アステラが動き出した事で破られる。ざわめきだした警官達だったが一人が手でそれを制する。ちらりとその様子を見たアステラは、見送られるままに跳躍しその場を去って行った。
ゆっくり、ゆっくり、じっくり、静かに。熱湯が黒い粒を濡らしていく。ぽたりぽたりと雫が零れ、1秒を刻んでいく。
「そうそう、そんな感じで」
「はい」
これなら僕にもできるかも。
ふぅと一息つくと、お店の喧騒が耳に入ってくる。楽し気に会話する人達。静かにコーヒーを楽しむ人達。それぞれの笑顔が咲いていて、全部が暖かい。
「良い顔してるね、大空さん」
「良い、顔?」
「うん、明るくなった」
「……はい」
その理由にはきっと、昨日の事も無関係ではない。
また新しい居場所が出来て、理解してくれる人がいて、それがどんなに有難いか、僕は知ってるつもりだから。
大事にしていきたいと思った。
「花鹿、ウィンナーコーヒー2つね」
「うん!」
新しいカップを取り出して、ポットを手に取る。そっと注いだコーヒーの香りが、僕の鼻をくすぐった。