仮面ライダーアステラ 作:赫牛
『私、寂しかった……』
『一人きりにしてごめん。これからはずっと傍にいる』
『うん……愛してる』
『俺もだ』
段々と近づいていく顔と顔。唇が重なり、BGMがクライマックスを迎える。画面がホワイトアウトして、雰囲気をぶち壊すみたいにCMが流れる。
ドラマを見ながらアイスを食べると凄く贅沢をしている気分になる。濃いミルクの風味が舌を撫でて、退屈さを紛らわせて次の場面までの時間を繋いでくれる。
でも、このドラマはちょっと期待外れだったかもしれない。男女二人が相棒として難事件を解決していく推理モノと言う触れ込みだったのに、回を重ねる度に恋愛要素が増えてきて遂に今回でくっついてちゅーまでしてしまった。別にこう言うのが見たかったんじゃないのになーと勝手ながら思ってしまう。
ドラマとかの話に共感って、あまりした事無い。恋愛モノは特にそう。恋ってした事無いし、故に恋愛的などきどきが何なのか、きゅんきゅんするってどう言う事か分からない。陽子ちゃんに聞いてみると凄く動揺されて話がどこかに行ってしまうし、そもそも話を聞いて分かるものなのかも分からない。
要は、きっと経験してみないと分からないと言う事。
しかし、僕が人を恋愛的に好きになるって、そう言う人。
「いるのかなぁ……?」
ここ19年生きてきてそう言うの無かったから、もしかしたら一生無いのかも。まあそう言う機会が僕に降ってくるとは思ってないし、あれば良いとも思わないし、あっても僕はきっと駄目にしてしまう。
普通の人じゃないんだから。
広告が終わって、何事も無かった様に物語がまた進み始めた。
怖気で眼を覚ます。
時計は午前2時を過ぎた頃。丑三つ時と言われる時間でも起きている人はいるし、それを襲う人型だっている。
眠くてふわふわした身体は重たくて、だけどそんな事言ってられないから布団を剥いで、スタンドに引っ掛かった帽子を取って深く被る。窓を開け、ベランダから屋根を伝い庭に飛び降りる。脚をくじきそうになったのにひやりとしつつバイクに跨りエンジンをふかす。
今日はそれなりに遠くて、多分襲われている人を助けるのには間に合わないのだと分かる。分かるけど、だから簡単に諦めてしまうのは気持ち悪くて、だから頑張ってバイクを走らせる。こうすれば、少なくとも頑張ったって言う言い訳はできると思う。
石のブロックが敷き詰められた大通り。いつもは人が通り過ぎるこの場所は今日は不思議とがらんとしていて、街灯すら無い寂し気な造りが際立っていた。
気配のすぐ近くまで来てバイクを降りると風が吹いてきた。夏の湿気を乗せた生温くて、つんと鼻につく嫌な匂いを纏った風だった。暗い道の真ん中からぴちゃぴちゃ音が聞こえてきて、音のした方には真っ黒な何かが人に覆いかぶさっていた。こっちから見える人の腕はだらんとしていて白くて、もう助からないって事はすぐに分かった。
かつんと僕が蹴飛ばした石ころが音を立てる。それに気付いた人型が振り返る。鼻が大きくて眼は小さくて、大きな耳が付いていた。そして鋭く生えた牙が赤く血に汚れててらてらと光っていた。
その顔と、腕の部分から生えた翼。間違いなくコウモリだ。今はドラキュラよろしく人の血を啜っていた所か。
人型が低く息を吐き、睨みつけたと思った瞬間翼をはためかせて飛んでくる。脚に精一杯力を込めて横に跳んで避けようとして溝に躓き地面に倒れる。ほんとに僕ってどんくさい。
辛うじて攻撃を避けた形になり、人型が振り向いた瞬間に腰に光を集めて叫ぶ。
「変身!」
両手を光に重ね、腕を広げる。光が溢れ、僕をアステラに変える。
人型が警戒する様に唸って跳びかかってきたのを突き出した脚で押し出して弾く。立って、右腕を地面に触れさせてスイッチを切り替える。
距離を詰めてきた人型の鋭い爪が左上から来る。身体を捻って避ける。そのまま人型の後ろに回って振り向いた胸に右腕を、続けて左腕を刺す。そして小さく跳んで上から胸を殴る。
でも拳はそこで止まる。人型は微動だにせず、怒りを増して僕の腕を掴む。
まさか効いてない?片腕の力だけじゃこいつには通用しない?
ぐいと凄い力で腕が引っ張られ、人型の顔が僕の首筋に迫る。
こいつ、強い……!
そう考えた時、人型が首に牙を突き立てる。
「っあ……」
痺れる様な痛みと、すうっと冷える感覚。何かを啜る汚い音が鼓膜に響く。鉄めいた匂いが漂ってきて眩暈がする。僕が少しずつ奪われていく感じがして気持ち悪い。
脚に力を込めて小さく跳んで、畳んだ脚で人型を蹴る。ようやく人型は後退って、距離が出来た。
立ち上がりたいけど上手く力が入らない。首を押さえた手が生温くて、僅かな光を反射しててらてら光る。傷はすぐに治るけど、その分エネルギーを使ってしまう。かなり血を吸われたみたいで脚に力を入れるのがやっとだ。
ようやく立ち上がるけど飛んできた人型にはねとばされる。転がって、あちこち痛くて、息ができない。ブロックのごつごつした冷たさが纏わりついて重い。胸ばっかりが苦しい程熱く動く。
痛い、痛い、痛い。それ以外感じなくなって。
今日こそ死ぬかもって思った。
足音が聞こえる。
ゆっくり大きく、わざとらしい音を響かせて誰かが歩いてくる。
顔を上げる。それはスローモーションにしたフィルムの様にゆっくりと遠くから歩いてくる。赤い光が目に焼き付く。
それを認めた人型は警戒して唸る。闇夜から浮かび上がったシルエットが、月の光を受けてより鮮明になる。黒い手足の上に黒の鎧を纏い、同じく黒の二本の角を冠したもの。身体中を赤い光が巡り、赤の瞳がぎらぎら光る。
それはまるで、まるで黒の……。
「アステラ……?」
人型を見据えた黒いアステラの歩みが徐々に速くなる。迎え撃つ人型に向かって走り、そのまま掴みかかる。押された人型が体勢を崩した時に突き放して殴る。怯んだ人型をもう一度殴り、荒々しく脚で胸を蹴る。
ゆっくりと距離を詰める黒いアステラ。それと対峙する人型が大きく息を吸い込み、口から甲高い音を放つ。離れた所にいる僕の頭も揺らされた様な感覚がして、黒いアステラも少し怯む。それを見た人型が翼を広げ突進する。もう少しで激突する瞬間、黒いアステラは上体を逸らしながら後ろに跳び、真上を通過する人型を蹴り飛ばす。
墜落する人型を背に着地する黒いアステラが振り向き人型を見て、そしてその後ろにいる僕を一瞬見た気がした。
黒いアステラが右脚を引き静かに腰を落とす。脚に赤い光が集まっていき、瞳が鋭く光った。そして一歩踏み出し、助走をつけて跳ぶ。眩しい赤の光を纏った右脚を突き出し、人型の胸に突き刺して吹き飛ばした。
人型が地面に叩きつけられた衝撃でブロックが破壊される。人型の身体がひび割れ中から赤い光が漏れる。
そして倒れたまま、人型は炎を上げて爆発した。
呆気にとられていた。誰なのかだとか何で来たのかとかどうでも良くて、ただ強くて見惚れていた。
黒いアステラが歩いてくる。僕は動けない。いつの間にか姿も人に戻っていて、今何かされたら簡単に死んでしまうのは分かっているけど、それでももう動けなかった。
眼の前で立ち止まった黒いアステラが僕を見下ろす。何を考えているのか全然分からない。何をされるのか分からなくて、少し怖かった。
光が解ける。赤い光は夜空に散って、背の高い黒を基調とした服を着た男の人になった。黒い眼が僕を見て、それからすっと手が差し出される。
「立てる?」
「う……はい」
手を取ると力強く引っ張ってくれた。立つとふらついてしまって、その時男の人が咄嗟に支えてくれた。硬くて、しっかり支えられている様な感じがした。
「大丈夫?」
「は、はい……」
今度こそちゃんと立って、改めて男の人を見る。細身だけど、眼は優しかった。そして何かが引っ掛かった。
「あれ、君……」
「え?」
「イメラで働いてるよね?」
「え、何で……」
「俺常連だよ。ほら、見覚えない?」
言われて男の人の顔を見る。高い鼻、黒い瞳、同じく黒い髪、そこに流れる一筋の赤いメッシュ……。
「あ……」
思い出した。僕が接客した日に可愛いって言った人だ。確かにその後もちょくちょく店に来ているのも見た事がある。
「覚えててくれた?良かったー」
「あなたも、人型……?」
「あー、そうだね。うん、人型って言われてるやつだよ」
男の人はあっけらかんと笑って応えた。
聞きたい事が沢山あって、もう一度口を開こうとした時くぅと僕のお腹が鳴った。聞かれて少し恥ずかしくなった僕に男の人は笑いかける。
「何か買いに行こうか」
コンビニから出てすぐそこに備え付けられたベンチに座る。少し湿っていて冷たくて、だけどアイスはそれと比べ物にならないくらいもっと冷たかった。
手渡されたそれの袋を破って棒を持ち、口に運ぶと冷たい桃の香りが広がった。ほっとした。
「美味しいよね、アイスって。冷たくて」
「はい……あの、あなたは——」
「美雲」
「え」
「
「あ……美雲さんも、人型と戦ってるんですか?」
「うん」
「何で、ですか?」
「何で?あー、何となく、かな?」
「え……」
美雲さんは困った様に笑って頭を掻いた。
「別に大した理由とか無いよ。そうしたいからやってるだけ。できるからやってるだけ、かな」
「……そうですか」
そっか。この人はそう言う気持ちで戦えるんだ。
「君は?何で戦うの?」
「僕は、その……」
そうしないと、生きていけないから。
出かかった言葉を躊躇いが閉じ込めた。
「まあ人には人の事情ってさ。花鹿ちゃんには花鹿ちゃんのがあるって事だ」
「え、何で名前……」
「イメラで呼ばれてるの聞いててさ。大空花鹿ちゃんで合ってる?」
「あ、はい……」
少しだけ怖くなって、アイスを口に放り込む。風の無い穏やかな夜は車のライトで荒らされてせわしない。逆光で美雲さんの顔は見えにくい。
「でも嬉しいな、仲間がいてさ」
「仲間?」
「そうじゃない?同じ人型だけど話せるのって見た事無いじゃん?そもそもあいつら基本的に襲ってくるし」
「確かに」
「やっぱ元が人間じゃないと駄目なのかなー」
「そうかもですね」
人型と意思の疎通はできない。彼らは動物が変えられたものだから、そもそも言語が通じない。だからこうやって話せる機会が来るとは露程にも思っていなかった。
僕と美雲さんは言葉の通り、仲間なのかもしれない。
なんだか、落ち着かない。
「そうだ、連絡先交換しようよ。折角会えたのにこれきりはもったいないからさ」
「……そうですね、あ、でも今スマホ持ってない……」
「じゃあ番号教えて、メモしとくから」
「あ、はい」
電話番号を教えて、しっかりメモをした美雲さんはにっこりと笑う。
「ありがとう。それとさ、敬語は無しにしとこうよ」
「え……」
「多分同い年だと思うよ。今19」
「そっか……うん、分かった」
「さんも無しで」
「うん、美雲、くん」
男の人をくん付けで呼ぶのって、結構久しぶりな気がする。ほんのちょっぴり、心臓が跳ねる。
ふぅ、と息を吐き、美雲くんは立ち上がった。
「夜も遅いし、そろそろ帰らないとね」
「そうだね」
「家まで付いていこうか?一人で帰れる?」
「あ……うん、大丈夫」
「そっか、じゃあまた連絡するよ」
「うん、じゃあ」
最後にまた笑って、美雲くんは僕の家とは反対方向に歩き出した。
立ち上がると、ちょっとくらくらした。落ち着いた後も、どこかふわふわしていた。
そう言えば、男女関係無く初対面の人とでもあがらずに話せたのも久しぶりな気がする。美雲くんは普通の人とは違って、そうできる様な気がした。仲間だから、同じ人の人型だから。
「僕だけじゃなかったんだ」
一人じゃなかったんだ。
「花鹿、なんか良い事あった?」
「え?」
明くる日の昼下がり、イメラのカウンターで待ちぼうけているとそんな事を言われた。
今日は酷い雨で、ランチタイムを過ぎればお客は全く来ず、店長は買い出しに行き、僕も陽子ちゃんもできる仕事を終えてしまって暇になっていた。お喋りをしつつ待っていた所に、さっきの言葉だ。
「良い事って……なんだろう」
「うーん、宝くじ当たったとか?」
「買ってないよ?」
「そっか……じゃなくて、そうじゃなくてもなんか嬉しい事とか」
嬉しい事、は確かにあった。
「えっとね……」
言葉を紡ごうとした瞬間、涼やかなドアチャイムの音がした。それに反応して陽子ちゃんが素早く立ち上がる。数か月の勤務の賜物と言うべきか。
「いらっしゃいませー!」
湿っぽい外の空気と共に入ってきたのは男の人。その髪には赤いメッシュが一筋——。
「美雲くん……?」
僕を見た美雲くんが手を上げて笑いかける。陽子ちゃんが眉をひそめてこっちを見るが、また美雲くんに向き直る。
「お好きな席にどうぞ」
「じゃあ、ここで」
美雲くんはカウンターの、僕がいる正面の席に座った。
「ご注文が決まりましたらお呼びください……ちょっと花鹿」
小声で呼ばれ、一緒に厨房に引っ込む。入った瞬間、陽子ちゃんに肩を掴まれる。
「あれ何?まさか男?」
「え?美雲くんは男の子じゃない?」
「そうじゃなくて、彼氏かって事!」
「か、彼氏?違うよ!」
陽子ちゃんは顔面蒼白になりながら僕を揺さぶって問い詰めてくる。まるで浮気を糾弾される恋人の気分だ。いや、浮気なんてした事無いしそもそも誰とも付き合った事も無いのだが。
「すみません、注文良いですか?」
美雲くんの声がして、陽子ちゃんはそちらをきっと睨む。
「また後で話聞くから……行ってくるね」
後半に続くんだ、これ。怖い。陽子ちゃんがこんなに取り乱しているのは初めて見た。
「ご注文は?」
陽子ちゃんはつかつかと美雲くんに歩み寄りぶっきらぼうに尋ねる。それを意に介した素振りも見せず、美雲くんはメニューの写真を指差す。
「アイスコーヒーとチョコレートサンデーで」
「かしこまりました」
「あ、コーヒーは淹れたてが良いな」
「……分かりました」
去り際に鋭い視線を向け、陽子ちゃんは戻ってくる。
「花鹿、コーヒーお願い」
「あ、はい」
なんだか迫力がすごい。思わず敬語が出てしまった。
オーダー通りに新しいコーヒーを淹れる。挽いた豆をペーパーを敷いたドリッパーに入れ、平らにならす。お湯を少し垂らすと黒い雫がぽたぽたと落ち、少し待って「の」の字を書く様にお湯をゆっくり注ぐ。深い苦みのある匂いがしてきて少しばかり心が安らぐけど、いつも通りからはほとほと遠い。
一つ一つの作業がやたらと強調されて感じる。そう感じる程集中しないと緊張で手が震えてしまう。
さっきから美雲くんがこっちをじっと見つめている。僕を見ているのか手元のコーヒーを見ているのか分からないけど、兎に角こっちをずっと見ているのだ。だから僕はそっちを見ないように、意識しないように只管コーヒーを淹れるマシーンになるのだ。
コーヒーが垂れるのを待っている間もずっとドリッパーを見続け、丁度良い所でドリッパーをサーバーから外す。そして用意してあった氷をたくさん入れてマドラーで混ぜる。段々と氷が小さくなって、そして解けなくなったら完成。氷を入れたグラスに注いで、差し出す。
「お待たせしました」
「うん、ありがとう」
にっこりと笑い、グラスを取った美雲くんは静かにコーヒーを飲む。喉が小さく動き、そしてふぅと冷たい息を吐く。
「美味しいよ」
シンプル、しかしクリティカルな言葉が胸に直撃する。しかもそこに笑顔の追い打ちだ。
「あ、ありがとう……」
「凄いね。ここ来たのって確か3週間くらい前からだよね?なのにこんなに美味しいコーヒーが淹れられるなんて」
「それは、店長の教え方が上手だったから……」
「でも身に付けられるのも才能だよ」
「うぅ……」
謙遜しても誉め言葉が返ってくる。凄く恥ずかしくてそわそわする。気持ちとは裏腹に、なんだかにやついてしまう。
「チョコレートサンデーです」
「ありがとう」
厨房から出てきた陽子ちゃんが音が鳴る程勢い良くチョコレートサンデーを置いて、美雲くんの方には見向きもせずに店内の隅の方に向かう。テーブルを拭く素振りを見せるけど、目線はずっとこっちに向けられていてふきんも同じ所を行ったり来たりしている。
視線に気付いていないのか、気付いているけど気にしていないのか、美雲くんはサンデーを頬張りうーんと唸る。
「やっぱここのスイーツは良いね。特にチョコ系は外れないよ」
「うん。あ、ティラミス食べた事ある?あれも美味しかったよ」
「ほんと?じゃあ今度頼んでみようかな」
笑い合い、次々と言葉が出る。バイト中である事も忘れて、緩く流れるジャズと小さく聞こえる雨の音をBGMにして会話は弾む。
またドアベルが鳴る。入ってきたのは荷物を抱えた店長だった。いつの間にか雨は止んでいた。
「あー、三嶋さんごめん、ちょっと持ってもらえる?」
「あ、はい!」
二人が厨房に入っていく。それから視線を前に戻すと、美雲くんと目が合った。
「な、なに?」
「いや、そろそろお暇しようかなって。お会計頼めるかな?」
「うん!」
金額を打つと、美雲くんはスマホを機械に触れさせて支払いを終えた。レシートを渡す時、少しだけ手が触れる。氷みたいに冷たい手だった。
「それじゃ、またね」
「ま、またね!」
昨日と同じ様に手を振って、僕に背を向けてドアをくぐっていった。
「あ、お客さん帰っちゃった?」
「あ、はい」
「そっか。レジまでありがとう、大空さん」
「いえ」
何でもない様に返す。だけど指先は火傷したみたいに熱くて、胸もじんわり暖かかった。今まで感じた事の無い様な、そんな暖かさだった。
そして今感じているこの気持ちが何なのかは、分からないままだった。