仮面ライダーアステラ 作:赫牛
今日の晩御飯はオムライスにした。
初めて食べた時……私が記憶を失くしてからの初めてで、それ以前の事ではない……に凄まじい衝撃を受けて、作り方を覚えたのだ。初回の出来からとても初めて作ったものではなかった(と個人的には思っている)ので、きっと記憶を失う前も私はオムライスが好きだったし、自分で作ったりしてたんだろう。
オムライスは食べると元気が出る、笑顔になる、幸せになるの三拍子揃った神の食べ物なので、花鹿に食べてもらって笑顔になってもらおうと思ったのだが……。
沈黙の中にスプーンと食器が触れる微かな音が響く食卓。オムライスを黙々と食べる花鹿の顔に笑みは無く、機械的に食べ物を口に入れる、食事と言うより栄養補給をしている様に見えた。
「ごちそうさまでした」
誰に言うでもなく呟いた花鹿は食器をシンクに置き、リビングを出ていく。きっと自分の部屋に行ったのだろう。
最近、花鹿の元気が無い。
具体的にはあの男……陽子さん曰く『いけ好かない奴』とデートした日。昼に帰ってきた時も様子がおかしかったし、夜に傷だらけで帰ってきて倒れて以降はずっと塞ぎ込んでしまっている。
絶対に何かがあった。
玄関の扉が開く音がして、閉まって鍵がかけられる。遅くなるって言ってたし、リビングに入ってくる様子も無いのでみつきさんではない。これは花鹿が出ていった音だ。
あの日から、花鹿は帰ってくる時に傷が付いている事がある。
考えてみればおかしな話だ。戦っているのなら絶対にアステラになっているはずで、アステラになっている以上傷は治っていないといけないはずだ。そしてお腹を空かせて帰ってくるのがいつものはずなのに、この所は傷は治ってないしお腹を空かせた様子も無く部屋に閉じこもりがちなのだ。話しかけても何処かぼおっとしていて、心ここにあらずと言った感じ。
兎に角心配だ。このままだといつの日にか何処かに行ったまま帰って来ないんじゃないかとさえ思ってしまう。
暫くしてまた玄関が開く音がした。今度はとんとんと足音が聞こえ、帰ってきたみつきさんがリビングに入ってきた。
「ただいまー……花鹿は部屋?」
「散歩に行ってます」
「そう」
みつきさんは荷物を置き、洗面所に行った。また戻ってきて、冷蔵庫をがさごそとやり始める。
「あ、今日オムライスなんで、今から玉子焼きますね」
「ほんと?ありがとー」
キッチンに入った私と入れ替わりで席に着いたみつきさんは頬杖をついて大きなため息をつく。
「生徒さんのトラブルとかありました?」
「そうだったらまだ可愛いんだけどねー……花鹿の事よ」
「あー……」
割った卵の黄身が潰れた。気にせず塩胡椒をして牛乳を入れて溶く。フライパンに乗せたバターもじわじわ溶けていく。
「大丈夫なのかなーって。明らかに落ち込んでるけど、今回は聞いても何も言わないしねー」
「絶対何かあったっぽいですもんね……」
溶き卵をフライパンに垂らしてかき混ぜる。少し熱が入ってきたら縁の部分を箸でなぞって、フライパンをゆすりながら更に中身の部分をかき混ぜる。程良く固まってきたらコンロから放し、盛り付けておいたケチャップライスの上にさっと盛り付ける。そこにデミグラスソースをかけて、完成。
「時間が解決……とはいかなさそうなのがまた」
「そうなのよ。何かしてあげるべきなんだけど……ありがとう、いただきます」
一口食べたみつきさんは笑顔になる。ほっとして、すぐ自分が嫌になった。
みつきさんは頬杖をついてふぅとため息をついた。
「花鹿のお母さんならどうするんでしょうね」
「え、それは……」
貴方の事ではと言いかけて気付く。みつきさんの言う母親は、花鹿を産んだ人の事だ。
「偶に思うのよ。私じゃなければ花鹿はどんな風に育ったんだろうって。本当の母親なら、花鹿ももっと心を開いてるんじゃないかって。あ、悲観してる訳じゃなくてね、ただ上手くやってたのかなって」
「はぁ……」
後悔している、と言う感じではなさそうだ。単純な興味と言う風に聞こえはする。
「知り合いなんですか?」
「ううん、全然。名前くらいしか知らない」
「逆に名前は知ってるんですね」
「まあね、母子手帳貰ったし。使ってないけど」
「ああ……」
そう言えば花鹿が孤児院に預けられた時、母子手帳も一緒だったって聞いた。みつきさんの手に渡ってたのか。
「持ってこよっか?」
「良いんですか?」
「減るもんじゃないしね。ちょっと待ってて」
席を立ったみつきさんは、少ししたら戻ってきた。少しくすんだ保護ケースに入った手帳を大切そうに両手で持って、それを私に差し出した。
「失礼します」
黙って受け取るのは気が引けてついかしこまってしまった。そっと手に取ったそれには、見慣れない名前が二つ書いてある。
「
子の名前の欄には、希星花鹿。そして。
「希星、
それが母親の名前だった。
それを見た途端ずきん、と痛みが走る。
「どんな人なんだろうって思うけど……サクラちゃん?ちょっと、大丈夫!?」
思わず頭を押さえてうずくまった私にみつきさんが駆け寄る。しかしそれに応えられないくらいの鋭い痛みが頭の中で暴れていた。
「サクラちゃん、サクラちゃん!」
体が揺さぶられる中痛みは徐々に大きくなり。
そして始まった時と同じ様に、突然消え去った。
緊張が解けて、やっと荒い息を吐く。
「大丈夫?」
「はぁ……みつきさん……」
そして私の中に、一つの確信が生まれていた。
「私……この人の事知ってると思う」
「行ってきます。花鹿が起きてきたら朝ご飯出してあげて」
「はい、行ってらっしゃいです」
次の日の朝。みつきさんはいつもの様に学校に向かった。見送った後、冷蔵庫を漁ってアイスバーを取り、封を開けてかじる。口の中でソーダが弾けて甘い匂いが鼻を通った。
花鹿はまだ寝ている。何も無い日は遅くまで起きてこない日も増えた。私達ともあまり関わりたくないのかもしれない。
しゃり、とアイスを噛む。
希星楓。
誰なのかは分からない。ただその名前を見た瞬間に、この人物の事を知っていると言う確信が電流の様に走った。
もし、記憶を取り戻して、その人が誰か思い出せば。
もしかすれば、花鹿をお母さんに会わせてあげられるかもしれない。花鹿は会いたくないかもしれないけど、会って話せば少しは気持ちが軽くなるかもしれない。そのために私はここに来たのかもしれない。
そうであって欲しい。花鹿に助けられた分、私も花鹿を助けたい。
『……時間を止められたと言う通報が、昨日から相次いで寄せられています……昨日深夜より、幹間岳付近を通った時、気が付くと朝になっていたと言う内容の通報が十数件あったと、警視庁から公式に発表されました。人型関連事件の可能性を視野に入れて……』
「酔っぱらってただけじゃないの?」
そう独り言ちるが、希望的観測なのは否めなかった。そう言う事が起きたって、この街では不思議じゃない。また花鹿が動かないといけないのか。
幹間岳。私が目覚めたのもあそこだった。
また行く事にならなきゃいいけど。
明くる日。
今日は花鹿はバイト。特にする事も無い私はそれについていく事にした。今日は陽子さんもシフトが入っていたから送ってもらった……陽子さんは渋々と言う感じだったが。
今日の花鹿は厨房に籠りっぱなし。しかも大体フロアに背を向けて作業をしている。
そりゃ家でもああだから仕方無いか……。
「あの、店長さん」
「うん?何かな?」
「花鹿って、最近どうですか?」
近くで作業をしていた店長に聞いてみる。店長は困った様な笑みを浮かべた。
「来る度あんな感じだよ。塞ぎ込んでるって言うか、仕事はちゃんとするんだけどね」
「やっぱり……」
「接客もどうしてもって時だけしかしないし。つらかったら休んで良いって言ったんだけどね」
「花鹿は真面目ですから」
「そうだねぇ」
真面目だからこそ不安になってしまうのもまた事実。店長も心配して気を回してくれているが、逆にその気遣いが花鹿にプレッシャーを与えてしまっているのかもしれない。
「どうしたら良いんですかね?」
「そうだなぁ……」
呟く様に言った店長は私の隣の席に座って考える。
「家にいる時もあんな感じなの?」
「そうなんです。何と言うか、コミュニケーションしてくれないと言うか」
「成程ね。ずっと一人、か……」
店長は目を閉じ、少ししてまた目を開いた。
「サクラさんは、大空さんに何か声をかけてあげた?」
「大丈夫か、とは」
「それだけ?」
「え……はい」
「多分ね、もっと声をかけてあげないと駄目だと思う」
「そ、そうですか?」
でも、声をかけて欲しくなさそうなのに……。
「今の大空さんにはね、味方がいないんだよ。つらさを分けさせてくれる人がね」
「それは、そうですね……」
「勿論大空さんの方から遠ざけているのはあるけどね。でもだからこそ、助けが必要な人には手を差し伸べ続けてあげた方が良い。本人がはっきり拒絶するまでは」
「手を、差し伸べ続ける……」
少し考えて、気付く。
花鹿がはっきりと拒絶した事は一度も無かった。今まで空気を読んで、花鹿がそうして欲しいんだと何となく思って踏み込む事はしなかった。花鹿のためだと思って、花鹿に向き合う事をしなかったんだ。
「馬鹿だなぁ、私……」
「落ち込まなくても良いよ。そっとしてあげたのも、サクラさんなりに大空さんを大切にしたからじゃない?今回はちょっと噛み合わなかったってだけで」
「……そう思っときます」
花鹿の事は大切だ。大切だからこそ、一歩踏み出さないといけなかったんだ。
「もやもやしてるね?」
「そりゃあ……はい」
「じゃあ、早い内に取っちゃおうか、それ」
「え?」
店長は立ち上がって店の入り口に向かい、外に立ててあったメニューを書いた看板を中に下げた。
そして少しして。
四人掛けのテーブルに、私と花鹿、陽子さんが座っていた。店長は作業をすると言って厨房へ行ったので、広いフロアは完全に三人だけの空間だ。集まって1分、沈黙が流れていた。
「あの……何ですか?」
ついに耐えきれなくなった花鹿が切り出した。口を開こうとして、ごくりと唾を飲み込む。
「ねえ、あんたが言い出したんでしょ」
「ご、ごめん。ちゃんと話すから……」
陽子さんに小突かれ、一度深呼吸して気持ちを整える。花鹿の目を真っ直ぐ見て、言葉を紡ぐ。
「花鹿、つらい事があるなら話して欲しい」
「……いきなり何ですか」
「だって、この所元気無いから」
「別に何も無いですよ……早くお店開けましょ——」
「誤魔化さないで。正直に言って」
強くなった私の語気に、花鹿は視線を逸らした。
「ほんとは聞いて欲しい事、あるんじゃないの?」
「……ある、けど……」
「けど?」
「言っても多分、分かんないと思うから……」
そう言う花鹿の目に浮かんでいたのは、諦めだった。不意に飛び出しそうになったものをぐっとこらえて、代わりに心の底からの言葉を投げかける。
「分かんないかどうかは、聞いてみないと分からないでしょ?だから話してみて欲しい。ちゃんと聞くから」
「でも……」
「私達は花鹿の味方だから」
花鹿は目を見開いて、しかしすぐに逡巡してしまう。
「花鹿、大丈夫だから、話して」
「陽子ちゃん……」
そして陽子さんの言葉で、覚悟を決める様にぐっと歯を食いしばった。
「僕、美雲くんと一緒だと思ってたんだ」
ぽつり、と零れた言葉はとても重く、苦しそうだった。
「同じ人型だから、だから僕嬉しくて……分かり合えると思ってた。けど……」
そこで言葉を区切った花鹿は俯いてしまう。とても寂しそうに見えたから立って、花鹿の横に行って目線の高さを合わせた。こちらを見た花鹿は、また下を向いたけど口を開いてくれた。
「美雲くんは僕と全然違ってて……言われたんだ、僕はいらない子だって」
肩を抱いた花鹿の目は震えていた。
「お母さんに捨てられて、人型にもいらないって言われて、僕は……僕って……」
それ以上言葉を紡ぐ事ができなかった花鹿を見ていられなくて、思わず手が動く。ぎゅっと抱きしめて、花鹿の震えを受け止めた。いつの間にか陽子さんも花鹿を抱きしめていた。手と手が、そして心と心が確かに触れ合った、そんな感覚がした。
顔を上げた花鹿の泣きだしそうな顔を見て、安心させるために笑みを作る。
「泣いて良いんだよ」
「……いいえ、大丈夫です。僕、一人じゃないから」
そう言って花鹿はぎこちなく笑みを作った。
「一人じゃないって今ので分かったから……だから大丈夫、です」
「……強がりさんだ」
「もう……大丈夫なんですって」
「ほら花鹿、いつでも飛び込んできて良いからね」
「陽子ちゃんまで……子どもじゃないよ」
気付けば三人とも、笑顔になっていた。
「二人とも……ありがとう」
「どういたしまして」
「これからも一緒だからね」
「……うん」
陽子さんが抱き着くのを、花鹿は素直に受け止めた。その表情が嘘みたいに明るくなっていて、本当に良かったと心の底から思った。
「まとまったかな?そろそろお店開けても大丈夫そう?」
店長が湯気を立てるコーヒーを三つテーブルに置く。
「はい、大丈夫で……」
そう言いかけた花鹿の顔が、さっと厳しいものになる。
まさか。
「人型?」
「はい……陽子ちゃん、その……」
「大丈夫、どこ?」
「幹間岳……の公園」
「分かった……すみません、私達ちょっと出ます!」
「え、ああ、分かった。気を付けて!」
戸惑う店長を後目に私達は店を出る。駐車スペースに停めてあった陽子さんの車に乗って、幹間岳の方角へと急発進する。
「ちょっと、シートベルトして!」
「あ、ごめんなさい!」
私が気付くまで車内ではアラームがぽーん、ぽーんと規則正しく鳴っていたのだった。
15分程で幹間岳に辿り着き、山道を登っている最中だった。
車が急停止する。減速した様子も無く本当に突然止まったので、慣性のまま前の座席に頭から突っ込んだ。
「え、なに?どうして……」
言いながら運転席を見て、思わず息を呑む。
陽子さんは動いていなかった。倒れているのではなく、ハンドルを握って前を見たまま、瞬きもせず微動だにしない。
「陽子ちゃん、陽子ちゃん!」
隣の花鹿が揺さぶっても全く反応しない。石像の様に固まってしまった。まるで陽子さんだけ時が止まってしまったかの様だ。
いや、様だじゃない。
「時間を止める人型……」
「え?」
「ニュースで言ってた。幹間岳の近くを通ると時間が止まるって。多分人型がやってるんだ」
人型の能力で陽子さんと、おそらく車の時間が止められたと言う事だ。ニュースの通りなら暫くすれば元に戻るはずだけど、それを待っていたら人型の被害が出てしまうかもしれない。
「私達だけでも先に行ってよう!」
「は、はい!」
車を降り、誰もいない山道を二人で走る。幸い公園までは遠くなく、数分走って公園に飛び込む。
その先には、異様な空気が漂っていた。
音が無い。動くものが無い。公園にあるもの全ての動きが止まっていた。ブランコも街灯も、風に舞う落ち葉さえその場に留まり静止していた。
まるでここだけ別世界の様な、そんな違和感。
そして違和感はもう一つ。
「人型は……?」
いるはずの人型がいない。花鹿の表情を見る限りまだここにいるはずなのに、姿が見えない。
花鹿が公園の真ん中まで走り、腰に光を集める。
「変身!」
光に両手を重ねて、左右に広げる。光が溢れて花鹿の姿をアステラのそれに変えた。
アステラは少し腰を落とし、ゆっくりと辺りを見回して警戒する。時折砂利が滑る音がする以外は、風も吹かず全くの無音。だが目に見えない何かは、徐々に張り詰めていく。
息が詰まり、唾を飲んだその時。
「っ!」
アステラが振り向いた。
その瞬間、アステラが見た方向から巨大な影が振り下ろされた。咄嗟に転がって避けたアステラと同時に、私もそこにいるものを見た。
振り下ろされたのは細長く、しかしとてつもなく大きな針。それが何本も連結している。そしてその根元にあったのは……白いライトに照らされる、時計。
私達が呆気にとられて見ている前で、時計のシルエットが蠢き始める。独りでに展開し、巨大化し、それは一つの姿を形作ろうとしていた。
そして支柱から分離し、地響きを立てて地に降り立ったそれは、およそ『人型』とは呼べないものだった。
しなる連結した針はもう一つあり、丁度腕に当たるのだろう。機械部品で構成された身体はくすんだ光を放ち、幾重にも重なった歯車で接地しそれを車輪の様に回転させながら移動する。きりきりと耳障りな音を立てながらこちらに迫るそれの、赤に光る単眼がアステラを睨みつけた。
今までとは違う異形に、アステラは地面に右腕を付けつつ相手の動きを伺う。そして腕がまた振り下ろされた瞬間、それを避けると同時に前へと駆ける。飛ぶように走るアステラを、人型の赤い瞳が捉えた。
その瞬間、アステラの動きが止まった。地面に固定された様に、ぴたりと動かなくなってしまった。
時間が止められたのだと悟ると同時に、鞭の様にしなる腕が振り下ろされる。
「花鹿!」
叫ぶ声は届かず、針が止まったままのアステラを吹き飛ばす。地面を転がったアステラはすぐには起き上がれず脇腹を押さえる。追撃を腕で地面を押して弾みを付け転がって躱し、更に飛んできた針を両腕で掴んで受け止める。暫く拮抗した後、アステラは針を地面に受け流し、それの上を駆け上る。跳躍し頭部に向かって拳を振りかぶるが、突如人型が発光し姿が消える。宙に投げ出されたアステラが着地し身構えた瞬間その頭上に人型が出現する。気付いたアステラが地面に身を投げ出して避ける。土煙が舞う中、赤い光がまたアステラを睨む。再び時間を止められたアステラに、針が迫る。
不味い。
咄嗟に転がっている石を掴み投げる。石は人型の首元に当たり、人型の動きが一瞬止まる。
動けるようになったアステラが離脱しほっとしたのも束の間、人型は向きを変え歯車を回転させてこちらに迫ってきた。
「やばっ……!」
公園から出てこいつが山を降りてしまったら被害が大きくなってしまう。そう判断して左に走り、遊具の陰に隠れながら逃げる。通り過ぎた遊具が後ろで人型に壊され、砕かれ、踏み潰される。そしてその余波に足を掬われた。
「きゃっ……!」
地面に倒れながらも後ろを見ると、人型はすぐそこまで迫って来ていた。
つう、と頬を汗が伝った。
「サクラさん!」
人型の背後の空に跳躍したアステラが見える。右脚を突き出し人型に狙いを定めている。
その声に反応した人型がアステラの方を向く。同時に、体をぐいと力強く引っ張られる。
「え……」
人型の身体を構成する部品が、服に引っ掛かっていた。
人型は光を発し、アステラの姿がかき消えた。
そして私を、極彩色が襲った。
「何、これ……」
七色、いや、それ以上の色を纏った光の嵐の中に私はいた。人型に引っ張られる形で一緒に嵐の中を浮かんでいた。
私は直感した。これは時間の光だ。流れ続ける時の奔流に逆らって、人型は移動しているんだ。
光が目に焼き付く。視覚が光に支配される。
頭が痛い。
そして、思い出す。
この光を見たのは、初めてじゃない。
頭が割れる様に痛む。痛みは鮮明になり、眠っていた記憶を掘り起こす。
この輝きを知っている。この浮遊感を知っている。この肌を伝う風を知っている。
それを知った時を思い出す。いた場所を思い出す。
いた時間を、思い出す。
私は……。
視界が晴れる。先程までと同じ空に投げ出される。いつの間にか服は人型から外れていた。
衝突を覚悟し目を瞑った時、体が優しく受け止められ浮遊感が消える。目を開けるとアステラの腕の中に抱えられていた。
「花鹿……」
「下がってて」
アステラが私を守る様に立ち、力を漲らせる。人型の瞳がアステラを捉えかけた時、アステラが全身から強い光を放った。その光が人型の視線を遮り、真正面から浴びた人型を怯ませる。
アステラが腰を落とし、右脚に光を集める。そして両脚を揃えて跳び、人型に向けて右脚を突き出した。
「やああああっ!」
光の矢となったアステラを、人型は腕で防ごうとする。数瞬鍔迫り合い、そしてアステラが人型の腕を貫いた。
人型の右腕が崩壊する。しかしそれだけで、本体を破壊するには至らなかったようだ。
部品を軋ませながら、人型は発光する。その姿が一瞬で消えた。
アステラは警戒するが、待っても攻撃が来ない。おそらくダメージを負ったから逃げたのだろう。
変身を解いた花鹿が一歩踏み出す。その足音がとても大きく聞こえる。
心臓が痛い程に跳ねている。今思い出した全て、それが花鹿にとってどう言う意味をもつかが分かる。分かる程、言えなくなる。
しかし視線は、自然と花鹿を見た。
私の視線を受けた花鹿の足が止まる。困惑した瞳が、次第に大きく開かれていく。そして致命的な言葉が紡がれる。
そうだ、私は。
「お母さん……?」
私が、希星楓だ。