次回を書くかまだ決まっていないような、ギリギリ一話分だけが出来ているような話を投稿していきます。
続きは思いついたら書きます。

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海の話
海①


「来るぞぉッ!」

 

海流に乗り、プリズワームの群れが遠くから向かってくる。粘膜に覆われた茶色く細長いそれらは絡み合いながらもこちらを捉えて進んでくる。

 

「砲撃隊一から三、構えぇッ!」

 

コッズは緊張で痺れた背びれをなんとか動かし、群れへ背中の大砲を向ける。

 

「撃てぇッ!」

 

隊長がそう叫ぶと隊全体が連続して大きな振動に揺られる。発砲の威力は確かに大きい、だがそれを大きく上回るプリズワームの物量に押し負け、弾丸は群れの中へと消えていく。コッズも遅れまいと発射しようとするが、恐怖と緊張で体が動かなくなっていた。一匹ぐらい仕事をしなくても気づかれない、体が動かないならいっそのことじっとしていよう、そんな甘えがコッズの中で次第に大きくなっていく。

 

「な、何やってるんだよ、撃つんだよ!」

 

隣の兵士が泣きそうな顔でそう叫ぶ。

だがコッズは撃たない、やらなくていい理由の羅列が頭の中でどんどん大きくなっていく。

 

「早くしろ! 俺は歩兵なんだ! 近接で魚に勝ち目はないんだよ!」

 

その兵士がそう言いかけた瞬間、その兵士は海面から突き下がってきた大きな鳥の嘴に挟まれ飲み込まれた。鳥はワームと共戦取引をしていたのだ。

 

「あ、ああ……」

 

コッズは叫ぶ気力もなかった、コッズは弱かったのだ。だから逃げる道を探した。鳥は鱗の反射光で、プリズワームは振動で魚を探す。動かなければ自分は食べられないと考えた。だがここはバニッシュ海、深くて寒いこの海には隠れる場所など無く、仲間が死ぬ音を聞きながらじっとしてることしかできなかった。

そんな時間が日が沈むまで続いた。

 

「で、成果もなしに帰って来たと。」

 

帰還後、呆然としたまま多目的室に呼び出されたコッズは力の抜けた声で報告をした後、上官にそう言われた。

目の前で起こった一瞬の仲間の死はコッズをショックで放心させるには充分すぎた。だが、放心状態でもコッズは保身だけは忘れなかった。コッズは自分が唯一の生き残りであるのをいいことに、自分は逃げたのではなく仲間が全員死んでしまった後、敵が去ったので、仕方がなく帰ったと虚偽の報告をしたのだ。

上官は、眼の前で呆けたような様でいるコッズに気遣いの一言などは吐かず、フゥーっと頬を膨らませてため息を吐いてから話を続ける。

 

「我々は魚だ。個体としてはこの大きな海の中で最弱の種だ。」

 

上官が席から泳ぎ上がり、後ろの窓の外を眺める。

 

「だが、そんな我々が如何にしてこのバニッシュ海を支配し得たか?」

 

上官がコッズの方へと振り返る。

 

「それは正しく『知』によるものだ! 『理性』が我々の栄光を築いたのだ! 『自らを律する意志』が我々を最強たらしめるのだ!」

 

コッズの耳には上官の演説は入って来ない。

 

「……だがコッズ、お前は抑えきれなかった。恐怖の本能をお前の理性で制御しきれなかった」

 

上官はコッズの嘘を見抜いていた。あの臆病なコッズが、訓練でさえ何度も逃げ出していたコッズが、敵前で生き残れるはずはないと。だが上官はコッズを哀れみなどしなかった。ただ呆れたのだ。無能でもやる気があれば成長し得る、やる気がなくても有能であれば待遇次第で態度は変化し得る、だがコッズはそのどちらもを持っていなかった。

 

「お前は戦うには無能すぎる、ワーム共は眼の前まで来ているのにここでお前を抱える余裕はない。」

 

演説が説教に変わり始めてからコッズは上官の言葉を聞き始めていた。

クビか、とコッズは思った。家から追い出されていたコッズは帰る場所がない。

 

「そこでだ、家族から貴餌申請が来ていたのを役所が了承した。よって鳥共との第6次取引にお前を使うことにした。どうせ死にぞこないの命だ、国のために死ぬのがせめてもの名誉だろう。」

 

「え?」

 

「役所の取り決めだ、規則通り逃亡は死刑、実施は明日だからそれまでは自由にしていろ。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さいよ」

 

「話は以上だ、退室しろ。」

 

コッズは焦った。次は自分が鳥に食われる番なのか、嫌だ、と。あのとき嘴が閉じきる直前に聞こえた叫びが今も脳裏に木霊している。きっと鳥に喰われる最期の感覚は恐怖と苦痛なのだろう、と。

 

「嫌だぁ、嫌だぞ嫌だ嫌です」

 

「これは決定事項だ、該当者からの取り消し申請は受領しない規則だからな。」

 

「ちがあああうぅッ! ちがうッ!」

 

コッズは急に大きく泣き叫んだ。貴餌申請を家族が申請した、役所が受領した。それの意味するところは、この世界においてコッズの生きていることにいかなる意味もないということ。コッズは無能で臆病だから生きている意味がないということ。コッズの死は、コッズが戦場に残ろうと残るまいと確定していたのだ。

 

「ハァ……お前は今、私の時間を奪っている。諦めて速やかに退室しろ。」

 

コッズは愚かな考えを抱いた、上官を脅して申請を取り消してもらおう、背びれに装着してある背中の大砲にはまだ弾がある、と。

 

「俺は行かないぞォ……上官ッ! 死にたくないですよね! 撃つぞッ! だから書いてッ! 紙とかッ! 申請書とかッ! 取り消してッ!」

 

砲口を上官に向けながら泣き叫ぶ。

 

「ハァ……言っただろう、理性が我々を最強たらしめると。」

 

上官がそう言うと大砲の電源が切れる。そしてそれに気付いたコッズは絶望した。

上官は知っていた、理性なき者が追い詰められるとどうなるか。だから前もって対策をしていた。兵装の管理権限は上官が握っていたのだ。軍用の装備は小型から大型まで安全装置が無かった。群れをなす魚にとって、避けるべきは事故よりも事件なのだ。この上官の持つ管理権限こそが群れにとっての安全装置なのだ。

 

「抵抗さえしなければ最期に自由な一日を過ごせたものを。」

 

コッズは涙を流していた。自分でも少し理解したのだ、自分がどれほど愚かで無能なのかを。

その後の展開は驚くほど早かった。コッズは扉の前にいた兵士二人に捕らえられ、大砲を没収され、独房に入れられた。コッズはもう嘆かなかった、嘆いても、明日死ぬから。

朝になると独房が開き、兵士何匹かに連れて行かれた。コッズに錠をかけた一人の兵士が言う。

 

「これから取引所に移動する、最期に食いたいもんはあるか」

 

コッズは黙っている。

 

「そうか、まあ分かるよ。昔の同僚もガキが死んだときそんな顔してた。死ぬのは誰だって嫌だ」

 

そうして鯨車に乗せられたコッズは家族のことを考えていた。

コッズには兄弟がいた。コッズは長男だった。親は小魚だったので、そのせいで兄弟は沢山いた。だが、もう兄弟は殆どいない。コッズのせいで、皆居なくなったのだ。だから?だから僕を餌にしたの?と考えを巡らせる。コッズは家族が貴餌申請を送った理由を考えていた。だが、はっきりとした確信には至らなかった。コッズの考えでは親は子を無制限に愛すものだからである、その子の罪も何もかもを受け入れるものだからである。

 

「おい、そろそろ着くぞ」

 

鯨の頬に開けられた窓からは海面より上へと突き出している大きな鉄の船が見えた。海の起源に遡る鍵とも言われる歴史的遺物だが、戦時下においては考古学者よりも処刑台が重宝される。

 

「降りるぞ、いけるか」

 

隣の兵士の肩に手を回させられて鯨車から降りたコッズは、鉄の船に近づくにつれ死の実感を抱く。何もできなかったな、楽しくもなかったな、そう一生を振り返るコッズは、これも走馬灯の一種なのではないかとも思った。鉄の船の内部には整列した魚たちと兵士が沢山いた。コッズはその列の一番後ろに並ばされた。

 

「よし!揃ったようだな!これより第6次取引を開始する!」

 

奥の方にいる兵士が拡声器も使わずに大きな声でそう知らせる。

 

「貴餌とはつまり貴い餌のことである!鳥を抑止力として扱うにはそれなりの代価が必要だ!諸君はこれから死ぬ!鳥の餌になってもらう!......だが戦地で無駄死にするのとは違う!約束された名誉の死だ!鳥共の餌になるとしてもそれは貴い犠牲なのだ!取引隊1から6、貴餌の方々に敬礼!」

 

兵士が全員、列の方を向いて敬礼をする。

ああ、この列の皆が生きている意味のない魚なんだ、とコッズは思った。生きている意味がない、と言われるとまるでとんでも無い大罪を犯してしまった様な気分になるが、同じ境遇がこうも沢山いるので、コッズは約束された死の直前に同類への安心を感じた。

 

「ではこれから諸君には昇降機で最上層に上ってもらう! 上ったら後は待機するだけだ!」

 

奥にはゴンドラ式の昇降機があり、列の前の方の魚が二匹組で順番に乗せられていく。コッズには、眼の前の次々と魚が乗せられていく一連の動きが一分に二つもの命を奪っているとは思えなかった。それはもはや体の良い死刑ですらなく、ただの作業だった。

 

「うあああぁあッ!」

 

前の方の一匹が急に奇声をあげた。急いで出口の方へ泳いでいく。だがすぐに発砲音が鳴り、泳ぐのが止まったと同時にゆっくりと浮き始める。撃ち殺されたのだ。その一連の流れは、コッズの恐怖と死への確信を一層強くした。鳥は餌として魚を食べる、鮮度が良ければ死体でもなんでも構わないのだ。ここにいる時点で絶対に餌になるのだ。どんどんと列が進んでいく、コッズは自分の心臓が一生で一番大きく拍動していると思った。自分の番が来る頃には正気じゃ無くなっているだろうとも思った。だから気を静めようと隣の魚に話しかけた。

 

「なあ、この船って誰が作ったんだろうな」

 

必要なのは、気休めの、ただの雑談だった。だがどうしても声が震えてしまう。隣の魚は一瞬驚いたがその後すぐ返した。

 

「知らない。が、俺の考えでは宇宙生物だ。」

 

少し籠もったような声のその魚は、なんの変哲もない冗談を言う。だが、その日常性が二匹の恐怖を和らげた。

 

「なるほど、宇宙生物か。確かに魚類や鳥類が乗るには大き過ぎるし、構造的には海面を浮きながら移動するものらしいしな」

 

二匹は雑談を続けた。二匹は孤独と緊張の反動によりお互いに友情を感じ始め、一生の最期のひとときが恐怖と苦痛にまみれた静かで長いものでないことに心のなかで感謝をした。そうしているとついに最後の組――コッズのいる組だ――の乗り込みが始まった。話していた隣の魚も同じ組だった。

 

「ありがとう、話せて楽しかった。」

 

向こうがお礼をしてきたのでコッズも返す。

 

「ああ、良かったよ」

 

兵士に誘導され昇降機に乗る。ひどくゆっくりと上がっていくその昇降機にコッズは苛ついた。せっかく死ぬのならひと思いに一瞬でやって欲しい位ぐらいなのを、こんなにゆっくり動く昇降機で行うからだ。コッズには苛つく余裕があった、雑談がコッズを死の実感から遠ざけたのだ。

だが、そんな余裕はすぐに消し飛んだ。

上がるにつれ、悲鳴が聞こえ、段々と大きくなっていくのだ。兵士は昇降機には同乗しない、鳥には魚の種属と装備以上の見分けがつかないので危険だからだ。つまり、鳥には生きて食われる。武器も持たされていないので自害もできないのだ。コッズは一瞬でも安心した自分を呪った、安心から絶望への落差はコッズにとって、ひと続きの絶望よりも辛いものであると感じられた。するとまたあの魚が、今度は必死な声で話しかけてきた。

 

「......なあ……実は、だな。自害用にと思ってヒレ式の小型砲を持ってきた」

 

そして口を開けると喉の方に砲口が見えた。

戸惑うコッズに話を続ける。

 

「今計算してみたんだ。なにか考えてねぇと頭がどうにかなっちまいそうだったからな。でだ、この小型砲は旧型、しかも爆発式なんだ、知ってるか?爆発式は反動が大きすぎてコラルとかの熱帯の海じゃ使用者もサンゴに打ちつけられて死んじまうほどなんだ。二匹分の体重とこれの反動を考えるとギリギリ海面に打ち上がれる。弾は4発、鯨車から近くに海流があるのが見えた。そこまで反動で移動すれば助かるかもしれねぇ」

 

あまりの早口にコッズはすぐには内容を理解できなかった。だが段々と理解した、生きる希望を。体の内側がじんわりと暖かくなるのを感じた。

その魚は、元々自分だけで逃げる気だった。だが、雑談するにつれ、コッズを見殺しにするのは一生で一番大きい罪であるように感じられてきた、だからコッズを誘ったのだ。その魚は、善だった。

 

「二匹の体重だとギリギリだが、賭けだ。昇降機は上につくと上が開くらしい、そして食われるわけだが、逆にその瞬間なら逃げられる。」

 

コッズは涙を流しかけていた、まだ助かると決まったわけではないが、絶望が希望に変わる感覚に感動した。そして隣の魚に感謝した。

 

「そろそろだ……」

 

悲鳴が大きくなっていく、このときコッズはまた恐怖を感じた。二匹でギリギリ、しかも、そもそも食べられる前に撃てる確信もない、そんな二重構造の危ない賭け。今自分は希望を抱いているが、それが消え去り絶望に染められる瞬間は一生で最悪の瞬間だろう。また眼の前で食べられた兵士を思い出す、失敗したら結局あいつと同じじゃないか、希望との落差のせいであいつ以上に苦痛を恐怖を感じるだろう。生きたい、失敗したくない、せめて成功する確率を上げたい。

その時、コッズの頭に、愚かで最悪な考えが浮かんだ。

 

「おい、小型砲をもう出しといたほうがいいんじゃないか?」

 

コッズが震えた声でそう言った。

 

「ああ、そうだな、そろそろだ。」

 

そしてその魚は小型砲を口から吐き出す。出てきたとき持ちやすいように砲口は内側を向いている。コッズは泣きそうな顔をしながらその魚に近づいた。

 

「ん?どうし」

 

コッズはその小型砲の引き金に胸ヒレを差し込み作動させた。ボン、と大きな音がなるとその魚の頭が砕け散る。ゴンドラ内の海水が赤色に染まっていく。

 

「あえ、あゆ、あ、ごめ」

 

コッズは自分がしたことを受け入れられるほど強くない。

 

「ごめッ! ごめんなさいッ! いあッ! 殺したくなかったけど、どぅ、生きたいから! でも! あああッ!」

 

一つ上のゴンドラから悲鳴が聞こえた、次はコッズの番だ。コッズはショックで顔をぐしゃぐしゃにしながら、背びれに小型砲を装着し下に向ける。

 

「あえぇ! ああ、あいぃ」

 

ショック状態のコッズに思考はなかった、生きたいという本能だけがコッズを動かす。そしてついにコッズのいるゴンドラの天井が開いた。そこには頭に毛のない大きな鳥と茶色と白の小鳥二匹が待っていた。

 

「ふむぅ? おい、まーた片方が死んどるぞ。生きたままっちゅー話だったはずじゃが……」

 

「うゃあああああッ!!」

 

ドン、という音がコッズが引き金を引くと鳴り響く。全身に痛みが走り、海面から大きく打ち上がる。急に鳴った大きな音に鳥は驚く。

 

「!?……こやつ!」

 

海流の方向はわからない、だがまた撃つ。

 

「おい! こやつを止めろ!」

 

大きな鳥が小鳥を呼ぶ。コッズは必死だった。次が最後の弾、撃つ。

 

「またじゃッ! 早よせんかいお前た」

 

最後の弾が大きな鳥の目に当たった。

 

「痛ぇええッ!」

 

打ち上がった後痛みで動けないコッズは海面に落ちるとそのまま沈んでいった。ショックと痛み、極度の緊張で極限状態だったコッズはそのまま意識を失った。海上の鳥は痛みに悶える。

 

「あやつぅ、あやつぅッ! お前らッ! あやつを覚えたかぁッ!」

 

二匹の小鳥は頷く。

 

「よぉぉぉおしッ! 調子に乗った魚共は懲らしめてやらんとなぁッ!」

 

痛みでまだ片目を開けられない大きな鳥は、そう言うと飛び立ち、小鳥もそれについて行った。

気絶したコッズは沈みながら涙を流していた。生きようとするたび、自分の弱さを知るのだ。

 


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