【完結】吉良吉影は静かに暮らせない   作:ようぐそうとほうとふ

15 / 15
吉良吉影は静かに暮らせない


 

 

 見慣れた我が家の居間。

 一枚板の座卓の上に足をかけ、金属バットを肩に乗せ、間淵マヒルは立っていた。

 机の上には茶碗や急須の破片、潰されたまんじゅうがあり、畳には溢れた茶のシミがあった。電灯カバーが割れて破片が散乱している。

 

「…おかえり、吉良吉影くん」

 

 あげた脚には厳重なサポーター。髪は少し乱れているが呼吸は一切乱れていない。座卓には吉影の父が座っているが、枕カバーを頭に被せられた上ビニールテープで両手を拘束されていた。

 

「強盗か?間淵マヒル」

「そう見える?」

「そうとしか見えない」

 

 マヒルは振り向いた。ああ。これまで全然気が付かなかったが、確かにマヒルは3年前、町の誰もが彼女に振り向いたと言うのも納得するくらいに綺麗だ。

 それはもしかしたら今、マヒルが金属バットを持ってるかもしれない。それか破壊と暴力の上に君臨しているからかもしれない。

 マヒルの纏う空気は3年前の怪異たちとそっくりで、薄皮一枚で止まっていた何かが破れ、とめどなく漏れ出しているようだった。

 

 

「そのバットは」

「溝呂木みぞれちゃんの家にあったんだよ。君が持ってったんだろ?」

 

 吉影は静かにナイフに手を伸ばした。マヒルはそれにも気づいてか、優しい声色で囁く。

 

「安心して。お母さんはお部屋で大人しくしてくれてる」

「だったらなんで父を拘束している」

 

 空気が刺さるような緊張が走った。マヒルは悪魔みたいに首を傾げ、にいっと笑う。かわいこぶった邪悪な笑み。

 エゴイスト、正義漢気取りの暴力人間。側で見ていた彼女の振る舞いが自分に降りかかるとこうも不気味とは。

 そして、心のどこかで少し安堵している自分がいた。

 

 お前は()()()()()()()な。

 

 張り詰めた空気に耐えかねてか父が涙声で叫ぶ。

 

「吉影、にげなさい!」

 

 マヒルは父を脅すように杖を座卓に打ちつけた。父は音に驚き縮こまる。

 

「吉良吉影くんが逃げるわけないよね。君の忠告を無視して再びこの町にやって来たボクをどう殺すのか考えてる。違う?」

「…その言葉を覚えていたなら何故戻って来た?」

 

 マヒルは例の薄ら笑いを浮かべた。懐かしの、人をせせら笑うような笑み。

 

「ねえ、吉良吉影くん。君のお父さんが今から言うことは真実かな」

 

 マヒルは杖で父、吉廣の肩をこづいた。父は肩を振るわせ、くぐもった声で言う。

 

「わ…私が桔梗の娘を殺したッ…」

 

 吉影は聞き違いかと思った。しかし、確かに聞こえた。

 マヒルはもう一度、父を杖でこづいた。父はさっきよりも大きな声で言う。

「あ、あの病院で…他にも。私が殺したんだ!!」

 

「…なぜ…」

 

 吉影は絶句する。もちろんみぞれを殺したのも、他の女をあの病院で殺し、楽しんだのも吉影だ。あの病院に死体があることをどうして父親が知っている?なぜ自分がやったなどと叫んでいる?

 

「もう一個あるよね?」

 

 マヒルは今度は杖で殴りつけた。父は倒れ、泣きそうな声で叫んだ。

 

 

「杉本さん一家も私が殺した!!だから頼む、()()()()()()()()()()()()()()()ッ…!」

 

 

 

 吉影はこれまで忘れていた自分の中の怒りや絶望や恥ずかしさや恐怖が噴出するのを感じた。ぞくぞくと首筋があわだち、激情で視界が明滅する。

 吉廣は吉影の『人を殺さずにはいられない』という性癖に気づいていたのだ。どこかのタイミングで跡をつけ、自分の息子がやってきたことを知った。

 そして()()()()()()()()。警察にも吉影にも誰にも言わず。

 それは誰のための沈黙だ?

 吉影のため、と父は言うだろう。

 

 まだそんな(くだらない愛情)をつきつけるのか。

 

 

 

「ふざけるな…。どこまでぼくをコケにするつもりだッ…」

 

「…吉良吉影くん。ボクは悲しいよ。君の『殺す』が冗談じゃなくて」

 

 マヒルは笑っていた。にやにやと、あの軽薄な笑みで。悪党をぶちのめすのを心の底から楽しんでなきゃできない笑顔。思慮深そうな表情で隠していた本性。

 一度みぞれにより全てを粉々に破壊されていなかったらきっと顕にならなかった、本当のマヒル。

 吉影が相対したいと思った、その顔で。

 

 

「さて、ボクは町の平和を守らなくっちゃあ…ねッ!」

 

 間淵マヒルは間髪入れず、吉影の方へ襲いかかった。吉影は半ば転ぶようにしてそれを避ける。先ほどまで吉影が立っていたところにマヒルのバットが叩き込まれていた。

 マヒルと目が合う。笑ってるのは顔の筋肉だけで、目は獲物を狙う熊のように真っ暗だった。

 間髪入れず、マヒルがバットを振り上げた。

 吉影は身構える、がその瞬間、振り上げた腕とは全く違う方向から衝撃がきて吉影はそのまま横にふきとばされる。襖が壊れて隣の部屋へ。

 

 痛みにうめく。一体何が起きた?

 

 状況を整理する間もなく、起きあがろうとした吉影に影がかかる。

 

「残念だよ」

 

 風を切る音がして、吉影の背中にバットが叩き込まれた。その衝撃に吉影は再び床に臥す。間淵マヒルは横に立ち、吉影を静かに見下ろしていた。

 吉影はなんとかまた立ち上がろうとするが、立てない。背中に強い力がかかっている。おかしい、間淵マヒルは横に立っていて他には誰もいないはずなのに、見えない何かが背中に乗っているようだった。

 

「吉良吉影くん。君が町の脅威に成り果てて、本当に残念だ」

 

 間淵マヒルの声は低く、冷たかった。バットが吉影の額にかかった髪をかきあげる。髪の隙間からマヒルの顔が見えた。あの薄ら笑い。大義名分のもと人をぶちのめすのが堪らなく楽しい。そういう本性がすっかり隠せなくなっている。

 

 やっぱり間淵マヒルは一度死んだのだ、と実感した。

 これは再構成された間淵マヒル。一度は欲しいと思った醜い手も、イかれた正義感も、口調も思考も同じだけど、もう違う。

 吉影が前と全然違う生き物なのと同じように。

 

「君の欲望が見えるよ。ドロドロとした血の塊みたいだ。こんなものを抱えて生きるのは辛いよね」

 

 間淵マヒルにとって吉影はどんな存在だったのだろう。

 なんで自分を非日常に巻き込んだ?

 どうしてお前は、ぼくを選んだ?

 

 吉影にとってのマヒルは平穏の対極、日常の乱入者だった。マヒルの特別さはいつも吉影の神経を逆撫でした。町を守るとか、脅威を排除するとか、そんなお題目を掲げるこの女が心底不愉快だった。

 

「殺人で告発なんてしないから安心して。ボクがその欲望を壊してあげるよ。もう二度と、まともに生きられないくらいぐちゃぐちゃにぶっ壊してあげる。そうだ。その後一緒にアメリカに行ってもいいんじゃあないかな?ボクがちゃんとした形に直してあげるよ。ねえ、どう?」

 

 でも本当に不快だったのは、間淵マヒルが吉影と同じ自分の欲望を我慢しない怪物だったこと。そして吉影よりも遥かにうまく、その発散を日常にしていたところだった。

 

「君もボクと同じになればいいよ」

 

 今わかった。ぼくはこいつに嫉妬していた。

 

「…じゃ…無害な人間に生まれ変わろうじゃないか」

 

 黙っている吉影に飽きたのか、マヒルは静かにバットを持ち上げた。

 壊される。

 欲望を、やっと手に入れた本当の自分を、生活を。

 ああ、殺した女どもの死体がフラッシュバックする。

 

 絶望感が全身に駆け巡り、吉影は感情に任せてナイフを振った。なぜか動けない体でも、全力を振り絞った足掻きは抑えきれなかった。

 ナイフはマヒルの右足に見事に刺さり、マヒルはよろめき、バットで体を支えた。

 マヒルは悲鳴も上げなかった。ただ少し目を見開いて、笑った。

 

「健気な抵抗だね。可愛いよ、吉良吉影くん…!」

 

 マヒルはナイフを引き抜き、遠くへ投げた。そして血の流れる足で吉影をほとんど蹴るように踏みつけた。痛みと怒りと絶望感で頭が真っ白になる。

 

 終わる、こんなところで?

 

 頭が真っ白になる直前、キィ…という何か金属が擦れる音が聞こえた。

 そして刹那、背中に激痛が走った。

 マヒルの投げたナイフが跳ね返って刺さったのか?いや、ナイフにしては小さい…そして、刺された部分が()()

 

「…なんだ?矢か…?これは…」

 

 マヒルも困惑していた。だが吉影は身体中を激痛が走り、そして煮えるような熱さに襲われてそれどころではなかった。さっきよりも酷く暴れ回り、背中を抑える何らかの力もはずみで取れた。

 

 

 

 そして、

 

「…ふ…ふははは…なんだよ。ふざけてるのかい、吉良吉影くん…」

 

 吉影の横に、寄り添うような人影が立っていた。

 ぼんやりとした幻のような見た目だが、確かにそこにいる。

 

「こんなのズルだよねえッ!」

 

 マヒルはすぐ立ち上がり、吉影に向かってバットを振り上げる。マヒルの体にはさっきまで見えなかった何かが重なっていた。機械的な巨大な影が、マヒルの体を支えるように覆い被さっていた。

 

 その光景に圧倒されて吉影は攻撃を避けることができなかった。

 頭を庇うため腕を上げるのに精一杯。やられる、と思った。

 しかし杖が義景に当たる直前、幻のような存在がそのバットを掴み、その次の瞬間マヒルが投げ飛ばされた。

 

「ぎゃっ…ッ」

 

 マヒルが悲鳴をあげて転ぶ。

 

 吉影は徐々に形を成すそのビジョンに手を伸ばす。筋肉で角張ったように見える体。しかし人間の肌とは全く異質なものだ。拳を覆うのは黒い皮のグローブ。ボクサーチャンピオンのようなベルトを巻いている。そして頭部は明らかに人間ではない。

 

 あるようで、ない。そんな異形が見えた。

 

「これは…なんなんだ…?ここに何かいるのか」

 

「あーもーズルい。なんでこんなことになるわけ?」

 

 間淵マヒルは躊躇わない。

 マヒルはもう一度バットで殴りかかる。吉影の代わりにそのビジョンがガードの形をとった。マヒルのバットは吉影のそばに佇むビジョン同様、揺らぐ何かにより覆われていた。

 バットがビジョンに弾かれる。想像以上にビジョンは固い、これならマヒルの攻撃は通らない。

 

 しかし、どぼ…という重たい音がして吉影から何かが()()()

 それは心臓くらいの大きさの血の塊で、臍の緒みたいなものが吉影の腕に繋がっていた。ちょうどマヒルに殴りかかられたくらいの位置だ。

 

 マヒルはすかさずそれを蹴り付けた。ぐちゃっという音を立ててそれがマヒルの足の甲で潰れる。

 

 すると吉影の頭の中から何かが消えた。

 吐いた後みたいにスッキリした。

 

「チッ…」

 

 マヒルは舌打ちして一度吉影から距離をとった。

 

「…欲望か?あれが…」

「ああ、残念ながらボクがぶっ壊したい欲望じゃなかった。そっちは君にべったりと染み付いてて、なかなか吐き出せないみたいだね」

「そうか、それは残念だったな」

「でもそうとう病んでる欲望だったから、壊して正解だ」

 

 この固いビジョンなら、マヒルを殺せる。いや、どちらにせよここでマヒルを殺さなければ自分は廃人同然にされてしまう。

 吉影はとりあえず、慣れないファイティングポーズを取る。ビジョンもそれに倣った。それを見てマヒルは楽しそうに笑う。

 

「ふふふふふふふふ…そうだよね。やっぱり対抗してくれなくちゃ、面白くない。これまでの敵はみんなチョロかった」

 

 マヒルはバットを構えた。

 彼女は吉影の知っているマヒルともまた違っていた。壊れたものはもう元には戻らない。吉影も、マヒルも。溝呂木みぞれの穿った穴は2人の運命を決定的に変えてしまった。

 

 

 マヒルは足で襖をひょいと上げる。盾のつもりか、と思った束の間、ばんっと音がして襖がバラバラにぶっ壊れながらこちらは吹き飛んできた。目眩しだ。

 ビジョンは冷静に襖を払いのける。マヒルはいない。

 逃げたか、それとも…。

 

 下だ。

 マヒルは吉影の視界外に入るまで体勢を大きく崩し、畳に手をついていた。そしてその手を軸に最大限広げた脚を助走を付けるように回転させ、吉影の顎目掛けて蹴り上げる。

 

 ビジョンが攻撃をガードする。

 しかし先ほどと同じように熱くてどろっとしたものが体から落ちる。

 

「抱えてるもん多すぎだよッ!」

 

 その感覚にゾッとしている暇もなく、第二撃。

 防いだと思ったらマヒルはそのまま逆立ちの体勢で両足を思い切り吉影へ突き出す。

 足が腕にめり込み、吉影からまたなにかが溢れた。

 マヒルは起き上がるついでと言わんばかりに吉影から溢れたものを踏みつけ、壊す。

 

 吉影は拳を振った。

 しかしマヒルはいとも簡単に避ける。

 全ての運動部でエースだった。もちろん高校でやってるような武道は全て極めている。なにが体が弱っちゃって…だ。どう考えても以前より強い。

 いや、強すぎる。

 

「オラァッ!!」

 

 マヒルのバットが全力で振られる。

 女子野球とはいえ、四番打者。その上こいつには躊躇いがない。

 生身では殺される。ビジョンでカバーするしかない。

 腕で庇うポーズを取ると、それを見たマヒルはニッと笑った。

 マヒルのバットの軌道は上がる。

 急激なアッパースイング、ホームランをぶちかますための振り方。

 ビジョンは咄嗟に手を上げる。しかし、バットの勢いを相殺することは叶わなかった。庇った手ごと、マヒルのバットはビジョンの頭部に叩き込まれた。

 

 そして同時に、吉影の顔に衝撃が走った。

 

「がっ…」

 

 吉影はふらつき、そのまま膝をつく。

 口からゴボッと血の塊を吐いた。その塊はありえない量の血溜まりを作って、床についた吉影の手と足を汚していく。幻覚か本物か一瞬わからなかった。

 フラッシュバックするのは病院の光景。

 

 まるで溝呂木みぞれを殺した時みたいだ。

 

「はあっ…はあっ…」

 

 吉影は自分の息が荒くなっているのがわかった。これが吉影のドス黒い殺意の正体なのだろうか。欲望、なのだろうか。

 口からはまだとろとろと粘性のある血が流れ続けている。本物の血なのか、そう感じるだけで存在しないものなのかわからない。

 けれどもこれが流れ出すほどに自分の体が、ものすごく震える。

 

 

「はは。こんなにド派手なのは見たことないな」

 

 

 マヒルはバットを肩に担ぎ、笑う。左手はだらんと垂れ下がっていた。フルスイングの影響で肩の関節が外れたのだろうか。マヒルの右足からの出血が吉影の吐き出した欲望の汚穢と混じり合った。

 

「でもこれで終わり…」

 

 マヒルは吉影へバットを振り下ろしたーーと、思った刹那。

 

 爆音が轟いた。

 

 

「………あ…?」

 

 マヒルの口から呆然とした声が漏れた。

 バットを持っていた右手が肘から吹っ飛んでなくなっていた。腕の断面はメチャクチャで、筋と骨と筋肉とが露出し、遅れて血がボタボタと流れ出した。

 

「なん………爆…だ…ん?」

 

 吉影のビジョンを見るとその手がなにか、スイッチを押すような形になっていた。

 吉影はこれがやったんだと直感する。

 この幻ともつかない何かは、触れたものを爆弾にするのだ。

 

「なんだそれ…本当にずるいじゃん」

 

 マヒルはそんな怪我を負いながらも立っていた。薄ら笑いを浮かべて、どろどろと血が流れ続ける腕を押さえることもできず。それでも吉影の欲望を踏み潰そうと右足を踏み出し、転んだ。

 

「間淵マヒル…お前…」

 

 マヒルは起きあがろうとした。しかし両腕ともダメになっているので簡単には起き上がれない。マヒルは右腕の断面を突き立てて立ちあがろうとした。それも血脂でまともに立てずに終わる。

 見ているだけで痛そうだ。なのにマヒルは泣きもしない。

 

「おまえ、痛みを叩き壊したか」

「………ふ」

 

 道理で強いわけだ。痛みというリミッターがない状態ならどんなに体が弱っていても無茶な動きができる。

 

「痛みを感じているのは、わかるよ。痛みから逃れたいという欲望を叩き壊した」

 

 マヒルは右手で吉影に手を伸ばした。しかし当然届かない。マヒルは出血のせいで起き上がれない。吉影は呼吸を落ち着けて、身体を起こした。

 

「恐怖も痛みも…ボクにはいらない。それがあると立ち止まってしまうから。…立ち止まったら……ボクじゃなくなる」

 

 血溜まりに横たわる間淵マヒル。なんて弱々しいその身体。

 

 マヒルを宿敵だと思った。

 自分を止められるとしたら彼女しかいないと思った。

 しかし強いマヒルはもういなかった。

 

 かつてマヒルの振る舞いを演技っぽく感じていたのを思い出した。多分それは半分当たっていた。恐怖を叩き壊してマヒルはああなっていた。ちゃんと怖いと感じるマヒルはきっともうちょっと普通の女子だったろう。痛みを感じていたら再び吉影の前に現れることもなかった。

 

 マヒルは成り立ちが自分と違った。恐怖や痛みを消して怪物にならざるをえなかったマヒルと、元からそうだった吉影では持っているものが違うのだ。

 

 運がすべてが吉影に味方をした。絶望に落っこちそうになるような時でも、この吉良吉影は強運に守られている。そう感じた。

 

 

「……あーあ…やっぱりこうなったか」

 

 間淵マヒルは呟く。

 

「やっぱり?」

「うん。こうなる予感はしてた」

「だったらこなければよかっただろう」

「そんなの無理だよ。だってボク…君を」

 

 マヒルは一瞬目を閉じた。すぐにはっとして顔を起こし、吉影を見上げた。血が足りなくなってきたのだろう。

 吉影はマヒルの背中に触った。いつも殺した相手につける傷と同じところに。マヒルは抵抗しなかった。

 

「この町はもう君のものだね」

「お前がさっき潰してくれたいろんな欲望、あれはなんだったんだ?」

「ふ…そんなの教えてあげない」

 

 マヒルは強がっているが、もう勝負は決した。

 吉影を非日常に巻き込んだ元凶。目立ちすぎる、対偶の自分。もう立ち上がることはない。悍ましいと思っていたマヒルの能力。しかし今日、この瞬間、完全に自分が上回った。

 

 しこりのように残っていた両親への憎悪も、いつか訪れるかもしれない破滅への不安も全てがすっきりと晴れた。きっと踏み潰したのはそれだ。

 

「ねえ、その能力。今名前をつけなよ。スッゲーかっこいいやつ…」

「ああ。そうだな……。キラークイーン…とか?」

 

 吉影はいつか聞いた音楽の名前を不意に思い出す。横に佇むビジョンはこちらを見ていて、その『名前』を聞いて頷いた。

 

「それ…ボクと行った喫茶店でかかってたやつだね」

「ああ、その時聞いたのか。…まあ、おまえのことなんてどうせ忘れるし、いいだろう」

「酷いな。忘れないでよ」

「いいや、忘れる。こんなに屈辱的な記憶を夜に思い出して眠れなくなるのはごめんだからな」

「あはは。なんだそりゃ。……やっぱり君は異常だね」

「お前もな」

「だから憧れてたんだよ、君に」

 

 間淵マヒルは、初めて泣いた。

 

「あー…なんで…ボク、()()は砕けないんだろう」

 

 吉影はマヒルから離れた。吉影の横にいるビジョンが、手を握り親指だけあげている。ちょうどサムズアップのように。

 

「ねえ、全部がうまくいってたらボクたち、わりとギャグ漫画みたいな日々を過ごせてたんじゃない?」

「……死に際にいうのがそれでいいのか」

「ふへへ。じゃあかっこいい遺言をば」

 

 そして吉影の意思と連動して、その指がスイッチを押すように下がる。

 

 

「吉良吉影くん。先に地獄で待ってるよ」

 

 

 

 

 

 そして間淵マヒルは消えた。吉影の爆弾により、跡形もなく消え去った。

 

 吉影の体から出た血膿のような欲望もいつの間にか消え、残ったのはマヒルが流した大量の血の染みだった。

 

 吉影は拘束された父親を解く。父は吉影の背後に佇むものを凝視していた。

 

「矢に選ばれたんだな、吉影…」

 

 何言ってるのかよくわからなかったが、父は泣いていた。ああ。さっきはあんなに怒ったけど、もう本当にどうでもいい。なんなら体調の心配までしそうな気分だ。

 吉影は淡々と掃除道具を持ってきて、血のシミを拭いた。なかなか取れそうにないのでサッと拭くに留めて、あとは散らかった襖の残骸や電灯カバーの破片を踏まないように箒で履いて、雑巾をかける。

 その様子を父は呆然と見つめていた。

 

「…父さん、もう遅いから寝たらどうだい」

「…あ、ああ…」

 

 吉影は父に手を貸し、部屋まで送る。

 その後また畳を拭いて、なんとかある程度拭き取った。

 そして玄関にある間淵マヒルの靴を拾い、そのままゴミ箱へ捨てた。

 

 ああ、すごく静かだ。

 心の中にあった怒りや、不安や、興奮の後のやり場のない虚無感までもが消えている。

 間淵マヒルのおかげで、自分の腐って澱んでいたものが全て吐き出されたような爽快な気持ちだった。

 

 この力はおそらく父とマヒルの言っていた矢によるものなんだろう。なんでそんなものがうちにあるのか知らないが、あの部屋は父の書斎だった。変なものをたくさん買い込んでるとは思ったが、その一つなのだろう。

 

 摩訶不思議な力が宿る矢で、殺人犯の息子をどうかお助けください?

 なんて押し付けがましい愛だ。でも、もう怒る気にすらならない。

 

 勝手にしやがれ。

 

 わたしもこれからは勝手にする。

 

 この能力で殺せば死体を完全に消せる。これはもう吉影のためにあるような能力だった。

 裏では趣味を満喫しながら、植物のような静かな日々を送るための力。

 病院に溜まっている死体もすべて爆破し、消せばいい。これから出会う恋人たちの()()()()()も証拠も何もかも。ああ、なんて幸運なんだ!

 

 

 

 

「これからはもっと…静かに暮らせそうだな」

 

 

 

 

 わたしはかつてみぞれが望んでいたよりもはるかに恐ろしい怪物になったのだと思う。

 間淵マヒルはかつて自分が欲してやまなかった、欲望のまま生きることができる怪物だった。しかし溝呂木みぞれに一度壊され、彼女は怪物でいられなくなった。

 吉影は溝呂木みぞれに背中を押され、間淵マヒルに解き放たれて、歩き出す。

 きっとこれから、数えきれない人間を殺して殺して闇に葬る。素知らぬ顔して生きていく。みぞれの望む平穏を、マヒルのように欲望をぶちまけながら生活していく。

 何も後悔なんてない。不安なんてない。

 裁きが訪れることもなく、日々は過ぎていくだろう。

 

 さようなら、青春。

 さようなら、何かに苦しんでいたわたし。

 さようなら、間淵マヒル。

 

 

 こんにちは、本当のわたし。

 こんにちは、素敵な町杜王町。

 

 わたしはこの町が、大好きだ。

 

 

 

 


 

 

 

 M県S市杜王町。

 人口約50000人。東北地方の中心都市から外れたニュータウン。町の花はフクジュソウ。特産品は牛たんのみそづけ。

 平穏を絵に描いたようなその町に『特別なことは何もない』。ごく平凡でありきたりで静かな…悪く言ってしまえばつまらない町。

 

 しかし、行方不明者数は全国平均の約5倍。

 原因は、不明。

 

 

 

 

 


 

 

【挿絵表示】

 

 

 




スタンド名: Atom Bomb Baby
本体名:間淵マヒル
能力: 攻撃を加えた相手の欲望を引きずり出し、破壊する。機械的なパーツとチューブで構成された異形。体に覆いかぶさり体を無理やり動かすこともできる

破壊力: B
スピード: B
射程距離: D
持続力: B
精密動作性:C
成長性: A→D


スタンド名: Killer Queen
本体名:吉良吉影
能力: 触れたものを爆弾に変える

破壊力: A
スピード: B
射程距離: D
持続力: B
精密動作性:B
成長性: A
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。