魔法少女アンチ☆まじがる T-ボーン Steak 作:白鹿かかお
わたしの名前はモカ・ブレンドー。どこにでもいるごく普通の女の子。
カフェを経営している両親の元で生まれて一二年。
両親が猫獣人なので、わたしにもネコ耳やシッポがある。実質、猫カフェ。ただし猫カフェのような肌と肌のじゃれ合いは禁止。人型なので当たり前のことだ。
魔法バトルに負けた日は、少し気が動転していた。
カフェの娘なのに、メイドや魔法少女をやろうなんて変な話だ。
実家であるカフェ――スターブレン堂。
学園が終わり、カフェの中へ入る。
いつものようにカフェの奥へ退散しようと思い、脚をひだり、みぎにと動かす。
カフェの娘だからって、カフェで働きたいと思うわけじゃないんだ。
わたしは労働とは正反対の猫のように呑気な毎日を送りたい。
カフェの一つの座席。
わたしはそこで見た。ただしその眼に映る光景は到底、理解しがたいものだった。
通常運転だった脳みそはどんどんとターボエンジンが急速に回っている。こんなに興奮しているのは、二日前の魔法バトル以来かもしれない。いや待てよ。ダンジョンから出たというエレキギターに興奮してたような気が。あっ他にも……。
おっと。話が脱線した。
――もしも、仮にだ。
学園の先輩の口にぬいぐるみが挟まっていたら、どうするだろうか。
もう少し詳しく言うならば、チンチラのぬいぐるみをモグモグと口に咥える特殊趣味の変質者が知り合いの先輩だったら、どういう行動を取るだろうか。
きっと、確実に。わたしだったらシカトする。
知り合いではありませんよ。
趣味にも多様性があるよね。
何も見てませんよー。
身体を猫の如く丸めて、そろりそろりと通りすぎる。
「――っぷは! って、無視しないでよ! はあ、まあいいわ。店員さん注文いいかしら」
学園の先輩スフレ・フォン・ライスト。
わたしたちが暮らしているライスト王国の第三王女である。
そして先ほど、チンチラのぬいぐるみを食べていたその人だ。
それと、わたしが店員、スターブレン堂の娘であることは有名な話である。それは何故かって? 何故ならわたしが美少女だから。それに尽きる。
決して、彼女が常連で友達だからとかではない。
「すいませんスフレ先輩。わたし、疲れているみたいです。特殊な趣味を持つ第三王女が目の前にいて……幻覚だと分かっていたのですが、くっきり、はっきりと見えてしまって……。なので接客は他の人にやってもらってください」
「カフェの仕事、ウエイトレスはどうするのよ」
「あのですね、先輩。人間は働くことで安心感を得るように、休息を取ることで幸せを掴んでいるのです」
「で? サボり? それとさっき見たことは忘れなさい」
「モカー! そんなところでぼっーとしてないで着替えてきなさい」
わたしのお母さんが吠える。
「すみません、スフレ先輩。お母さんが呼んでるんで。あとで
めんどくさい。そう思いながら、お母さんのいるカウンターの方へ行く。
「お母さん、わたし学園に帰って来たばっか」
「そうね」
「だから、接客なんて無理」
「それをモカが決めることではないわ。それにね、未来ある若人はもっと元気でないと!」
「無理。わたしは未来ある老人だから」
「あ〜! そんなこと言っちゃうんだ〜。せっかく、今日発売の新刊があるのになぁ〜」
お母さんがヒラヒラ動かすそれは、魔法使い天下ちゃんの新刊じゃあないか!
「あれ? 肌がどんどんピチピチの若人に。やる気もモリモリ出てきた。だから、お母さん。ん」
手を前に出し、受け取りのポーズを取る。
「仕事が終わった後でね」
「ウエイトレス頑張って参ります」
右手を上げ、ピシっと敬礼をする。
魔法使い天下ちゃんの新刊! 楽しみ。
前回の天下ちゃんはやっとこれからってときに終わっていたから、俄然読むのが待ち切れない。これは、ウェイトレスミッションを完璧に遂行しなくては。
みたらし団子、パンケーキ、たい焼き、どら焼き、大判焼き、チョコレートパフェ、コーヒー、カフェオレ。
接客業なので、たくさんの食べ物を運ぶ。
思っている以上に肉体労働だ。だが、止まることは許されない。クエストを受注したからには頑張らなくては。
☆
この世界は剣と魔法の世界であるが、技術は近代に近い。
近代よりということは、資本経済社会になるのではと思う人もいるだろう。
しかし、民間の革命は起きることなく、貴族階級の万歳支配階級。
革命とは勝てるだけの勝利条件があるから起きる。理不尽な状況から脱したいと。
ただ、その条件、暴力という強力な条件が、相手のパワーに勝てると判断されることはなかった。
魔法がある。
貴族にはレベルアップされた魔法が。
魔法は圧倒的な暴力だ。魔法を持つ貴族という権力者がヒエラルキーの王族を抜いてトップにいるのだ。
この世界に生活するものたちは、貴族に対して、魔法を持たない生身の人間が太刀打ちしようなんて、頭の片隅にすら発想として出てこない。社会を変えようとする人間たちは皆、異端者として扱われ、最終的に奴隷か死刑が待つのみなのだ。
だから貴族社会はある意味、今が正常な社会と言えよう。
あと話は変わるが、このカフェの和菓子はわたしが教えたんだ。これが現代知識チート。
魔法を持たない無能な転生者だが、知識という能力で成り上がる……なんて。わたしに成り上がりたいなんて向上心はないけど。
とまぁ言っても、ほぼ近代に近い文明だったから、わたしが名前を付けただけみたいな感じになって、知識チートと呼ぶには低レベルだ。
「注文、注文いいですか」
「モカー! 注文よろしく」
お母さんに言われたので仕方なく接客する。
わたしを呼んでいるのは、もちろん特殊趣味のぬいぐるみモグモグ王女先輩である。
ライスト王国第三王女スフレ・フォン・ライスト。スターブレン堂の常連さんで、わたしの友達。
「その注文で上がっていいわよ」
分かったとお母さんに返事をする。
「カフェオレとパンケーキをお願い」
「では、ご注文をもう一度言わせていただきます。カフェオレ一杯。パンケーキを一つ。豆乳クリームとあずきの大判焼きを一つでお間違いないでしょうか」
「モカ、アナタっ。ま、いいわ。代わりに、ね」
スフレ先輩は机を、人差し指で二回コンコンと音を鳴らした。アナタ分かっているでしょうねと圧をかけて言葉を紡いでいるようだった。
お母さんに注文を伝え、オーダーの食べ物をもらい席まで運ぶ。
ここからは店員という肩書きがなくなり、対等な友達という関係だ。
つまり、敬語を使わないで会話をする。
「うま~。豆乳クリームとあずきのコンビを考えた人間は天才で暴力的だねぇ」
「あれ? その料理考えたのアナタじゃなかったかしら?」
「わたしは秘伝を受け継いだだけ」
「そう。って言うか、毎日それ食べてない? 飽きないの?」
「大の大好物は何度食べようが飽きを知らない。好きな気持ちは毎日に花を添えてくれる。スフレ先輩。それはどうしてだと思う?」
「それでアナタを呼んだのはね理由があるのよ」
「スルー」
「その理由は、これよ」
スフレ先輩が出したのは第三王女の食用愛玩物と思われるもの。
チンチラのぬいぐるみ。
チンチラは、ねずみやリスの仲間で、丸い体型と大きく、丸っこい耳が特徴的な生物である。
「スフレ先輩が食べてたぬいぐるみ」
「私だって、好きで口に入れたわけじゃないわよ」
「じゃあ、なんで口の中に?」
「コイツが口の形状が知りたいとか言って、勝手に突っ込んで来たのよ」
「うわっ、他責で不思議ちゃん発言」
「ほら、さっさとお喋り」
スフレ先輩はぬいぐるみを撫でる。
「ぬいぐるみ遊びは子どもまでですよ、スフレ先輩」
チンチラのぬいぐるみはスフレ先輩やわたしが動かすことなく、動き出し、テクテク歩く。
「はじめましてチラ! チラっちの名前はチラっちチラ! よろしくチラ」
「しゃしゃべった。まあ、しゃべるか。歩くくらいだし。ファンタジー世界だし。こちらこそよろしくチラ」
「受け入れ早いな」
「名前を教えて欲しいチラ!」
「わたしはモカ・ブレンドー。よろしくチラ」
「いい名前チラね」
それで何故、チラっちは口の形状が知りたかったのだろう。
「チラっちもデザートが食べたかったチラ。だから、口の中を観察して、チラっちの口の形状を魔法で作り変えようと思ったチラ」
何それ、意味不明ですごい。
よくわからないが、魔法生物か精霊のような存在だろう。そんな存在だからこそできる芸当だ。
「作り変わったの?」
「変わったチラ!」
「じゃあ、目の前のパンケーキ食べていいよ」
スフレ先輩のだけど。
「うれしいチラ! ずっと食べてみたいと思っていたチラ!」
「待ちなさい、チラっち。私が食べやすいように切ってあげるわ」
「ありがとチラ!」
スフレ先輩は自身の食べ物の主導権をもらう。
うわぁ、ケチだ。相手は小動物サイズだから、あげるのが少ない。
「何よ。その目」
「いや、別にー」
「あっそーですか。それより、チラっち。モカに用事があったんじゃないの?」
「そうチラ! モカに頼みがあるチラ!」
「なに?」
「チラっちと契約して魔法少女になって欲しいチラ!」