ハリー・ポッターと金枝を手折る者   作:海野波香

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007 アパレシウム

 それは地下牢に運び込まれた。

 トロールは気絶したまま寝かされている。最低限の知能を備えたトロールは誰が自分をホグワーツに入れたか答える可能性があるという指摘から、尋問の準備が進められている。

 ホグワーツの教授陣が生徒たちを落ち着かせたりトロールの破壊痕に始末をつけたりする中、ベレニケはトロールが纏っていた鎧の調査を任されていた。

 

「どうかね、ベレニケ」

「……間違いないと思います。ランロクの鎧です」

 

 ベレニケの指先が錆に触れると、まるでそれは石についた苔のように簡単に落ちた。

 ランロク。19世紀末、ゴブリンによる革命を企てて英国魔法界を転覆させようとしたゴブリンだ。ベレニケの前任者、魔法理論の教授エリエザー・フィグとその妻ミリアムを殺めた人物でもある。

 1890年、ランロクはギャングを率いるビクトール・ルックウッドと結託して多くの闇に手を染めた。そのひとつが、武装トロールだ。

 

「トロールの鎧というだけでしたら、珍しくはありますがないこともありません。確かホグワーツに一点揃いで展示されていましたね?」

「左様。あれはホグワーツに眠るコレクションの中でもいっとう魅力的な品じゃ」

「しかし、これは並の鋼で鍛えられた鎧ではない。量産を前提とされていて、どんなトロールにも合うようにサイズ調整の魔法がかかっています。明らかにゴブリンの手が加わっている……」

 

 ベレニケはそばに漂う帯から杖を抜き、躊躇せず呪文を唱えた。

 

現われよ(アパレシウム)

 

 杖が燃え尽きるのとは対照的に、鎧の表面に赤く燃えるような紋様が現れた。

 これはゴブリンが自らの作品に残す紋様だ。家紋と言ってもいい。

 質の高いゴブリン銀製の品とは違い、こういった安価な鋳造品は()()後に紛失のリスクがある。ゴブリンにとって、自らの作品は永遠に自らの資産であり、なくなっても見つけられるよう目印をつけるのだ。

 

「ゴブリディグック語……校長、読めますか」

「ふむ……なるほど。こう書いてあるようじゃ。名工にして偉大なるランロク1世の品、ルックウッドの軍隊に貸し出す」

「では、やはり……」

「何者かがランロクとルックウッドの遺産を手にしたと考えるべきじゃろう。それも、闇に属する何者かが」

 

 ランロクの乱は近代魔法史に刻まれた大事件だ。

 1891年、ランロクはフィグ教授と()()()()()()()。ルックウッド・ギャングの残党も闇祓いたちによって狩り出され、いくつかの小規模な戦闘の末に壊滅したとされる。

 しかし、多くのゴブリンがそうであるように、ランロクは最後の戦いに赴く前に自らの作品を隠した。その遺産はルックウッドに従っていた密猟者たちも知らず、闇に葬られたままだ。

 

「まずいですね……その何者かとやらは、ホグワーツを狙ってるわけですよね?」

「あるいは、ホグワーツにある何か、誰かじゃ。この城にはイギリス魔法界中の宝が集まっておる。つまり、未来ある子どもたちが」

「ポッターくんたちが戦ったって聞いたときはぞっとしましたよ。あの子達はまだ1年生、トロールと戦って生きてるのは奇跡です」

 

 鎧の表面を撫でると、拒むように紋様がうねった。まるでランロクの屈折した性格がここに宿っているようだった。

 ダンブルドアはしばらく神妙な面持ちで髭を撫でつけていたが、やがてベレニケに向きあった。

 

「もうひとつ、気になることがあってのう。ベレニケ、君の前任者についてじゃ」

「フィグ教授についてですか? 偉大な研究者で教育者だったと聞いていますが……」

「そうじゃ。わしが入学する前に亡くなられたが、多くの先輩方がその死を嘆いておったのをよく覚えておる……そのフィグ先生の研究について、君はどれくらい明るいかね?」

 

 エリエザー・フィグの研究。その言葉にはふたつの意味がある。

 まず、理論魔法学者としてのフィグの研究がある。彼が発見した基礎理論の中には現代でもそのまま使われているものがあり、教科書にも載っているほどだ。

 そして、もうひとつ。フィグについては、馬鹿げた妄想のような噂があった。

 

「古代魔法、ですか」

「そう、古代魔法じゃ。君にとっては、あまり考えたくない話題じゃろうが」

「……そうですね、ちょっとだけ」

 

 ダンブルドアを見上げて、ベレニケはなんとか微笑んでみせた。

 古代魔法とは、魔法界に古くから伝わる言い伝えのようなものだ。選ばれた者だけが使える魔法であり、超人的な力を発揮するとされている。

 そして、古代魔法は実在する。

 見方を変えれば、ベレニケの呪いは古代魔法そのものだ。選ばれた者だけが使える、超人的な魔法。まさにそのものではないか。ベレニケは幼少期に古代魔法の妄想に取り憑かれた魔法使いに攫われたことがあった。

 しかし、世間に言い伝えられるような天変地異を起こすレベルの古代魔法については、使用者も具体的な痕跡も発見されていないのが現状だった。

 

「記録の通りなら、フィグ教授の研究資料は図書館の禁書の棚に収められた。しかし、妙な胸騒ぎがしてのう。先日、ふらっと立ち寄ってみたのじゃ」

「まさか……」

「根こそぎじゃ。全てが奪われたあとじゃった。図書館でそれほどまでに大規模な泥棒が横行していたと知って、マダム・ピンスは気絶しそうじゃったよ」

「つまり……こういうことですか。古代魔法の研究資料が失われたのと同時期に、ランロクの鎧を纏ったトロールが突入してきた? それはちょっと……」

 

 ベレニケの背筋を冷たい汗が伝った。

 

()()()()と関係しているとしか思えませんね。でも……もしそうなら、狙っているのは……」

「ヴォルデモート卿じゃ」

「……ヴォルデモート卿、ですか」

 

 戦後育ちのベレニケにとって、ヴォルデモート卿の闇は幼少期の記憶でしかない。ダイアゴン横丁にある父の工房とイタリアの樹木園を往復するようにして育ったベレニケにとって、ヴォルデモート卿は少し遠くの物語だ。

 しかし、だからこそ、闇の帝王と傅かれたほどの魔法使いが赤ん坊だったハリーに消し飛ばされたという話には納得していなかった。

 ヴォルデモートはまだ死んでいないのではないか。ベレニケはそう思っている。そして、その気持ちはダンブルドアも同じなようだった。

 

「闇が動き出したのじゃ、ベレニケ」

 

 魔法の効果が切れ、鎧の表面に浮かび上がっていた紋様がすっと冷めるように消えていく。

 

「……復活が目的だとお思いですか?」

 

 ダンブルドアがゆっくりと頷く。

 今、この城にはある宝が眠っている。その宝の名前は賢者の石。錬金術師たちが追い求めた知の究極地点にある貴石だ。

 賢者の石にはいくつもの力があるが、その性質は魔法理論的に一言で説明できる。昇華。卑から貴への昇華を司る石なのだ。それはつまり、鉛を黄金に変えるだけでなく、有限の生を無限の生に変えることもできる。

 

「あの石がもたらす不老不死は、ただの長生きではない。命の水を飲んでいるうちは死なないという運命を手繰り寄せる石なのじゃ」

「究極の延命、因果律に影響する神秘……そんなものが奴の手に渡ったら」

「そのためのホグワーツじゃ、ベレニケ」

「でも、先生……もし、もしですよ? ヴォルデモートが古代魔法を手にしていたら……」

 

 最悪の可能性に、ふたりの間をしばらく沈黙が漂った。トロールが立てる耳障りないびきだけが地下牢に響いていた。

 古代魔法についての情報は、ミリアム・フィグが遺した手記を除けばほとんど明らかになっていない。それでも、知られている限りでは破壊にも創造にも傾く強大な力そのものであると言われている。

 

「ホグワーツの護りもまた、古代魔法の使い手によるものじゃ。それに、賢者の石は先生方の知恵を結集した罠によって守られておる」

「……信じるしかありませんね」

「ひとつ救いじゃったのは、ヴォルデモートが古代魔法の使い手であることはありえないということじゃ。フィグ先生の研究によれば、古代魔法の使い手は遅咲きだったとされておる」

「なるほど、それは大きな救いですが……」

 

 ベレニケが大きく息を吐くと、トロールのいびきが途絶えた。

 目を覚ましたのかと頭の方を見やると、どうやらハリーが杖を突っ込んだことで傷ついた鼻腔から垂れた血が喉をつまらせたらしい。

 ダンブルドアが杖を一振りして気道を開けると、トロールは再び騒々しくいびきをかきはじめた。

 ただでさえトロールは危険な生き物なのに、闇の魔法がこもった鎧と鎚で武装したトロールと対峙するとは。ハリー・ポッターはつくづく運命に翻弄されているらしい。

 

「どうやらハリーは君に懐いているようじゃのう。ミス・グレンジャーの救出に赴いたのにも、君から学んだ呪文を使っておったようじゃ」

「私は先生の中では最年少ですからね、話しやすいんでしょう」

「ふむ、それだけかのう? 決闘騒ぎの中で一番ドキドキしておったのは、きっとミスター・フリントではないとわしは思っておるが」

「もう……そもそも、なんで決闘なんてさせたんですか」

 

 ダンブルドアは悪戯げに微笑んだ。

 通常、教師と生徒の決闘などという騒ぎは並大抵のことでは許可されない。たとえ、ベレニケが教師として舐められているとしてもだ。

 だからこそ、ダンブルドアがベレニケに決闘を受けるよう勧めたときは驚かされた。ホグワーツの治安を乱す行いだ。フリント家はホグワーツの理事も輩出している。今のところ沈黙しているのが不思議なほどだった。

 

「君の実力を皆に理解してもらう必要があったのじゃ。わしは君が思うておるよりもずっと魔法理論という科目に期待を寄せておってのう」

「だとしても、ですよ。確かに、ちょっと授業がやりづらいなってときはありましたけど……」

「新しい時代には新しい魔法が必要なのじゃ。これからの時代を担う若者たちが魔法理論に親しめば、きっとそれぞれが必要な魔法を自ら考えてくれることじゃろう」

「少数精鋭の時代から自衛力の時代に、ということですか。責任重大ですね」

「君には期待しておる」

 

 ダンブルドアの期待とあれば、応えないわけにはいかないだろう。

 魔法界の未来は決して明るくない。特にハリーを巡る運命は、トレローニー教授の占いに頼るまでもなく険しい道であることがわかりきっている。

 もし予想通りヴォルデモート卿が復活を目論んでいるのなら、その暁には真っ先にハリーが狙われることだろう。悪名高い闇の帝王だからこそ、復讐しないという選択肢は取れないに違いない。

 今のところ、ベレニケはハリーのことを気に入っている。苦しんでほしくないとも思っている。

 

「まあ、そうですね。若い子が苦しむのは心が痛みますから。私もちょっとは頑張りますよ、ちょっとは」

「では、わしも頑張るとしようかのう。君のような若い子が苦しむのは心が痛む。もちろん、わしもそれなりには若いつもりでおるがね?」

「いつまでも心が若くいられるのは素敵なことだと思いますよ。見習わなきゃなあ」

 

 古代魔法の資料とランロクの遺産がヴォルデモートの手に渡った可能性が高い今、ベレニケものんびりしてはいられない。

 それに、あえてベレニケは話題に挙げなかったが、トロールを内部に入れたのはおそらく内部犯だ。ホグワーツのどこかにヴォルデモートの信奉者がいると見て間違いないだろう。

 闇の時代はまだ終わっていない。かすかに差した陽の光がまた陰ろうとしている。

 

「先生、私、ホグワーツに帰ってきて思うんですよ。若いっていいなあって」

「君がその真理を口にするには、あと100年ほど必要なようにも思うがのう」

「いやまあ、確かに私は若輩者ですけど。でも、まあ……」

 

 思い出すのは、おずおずと訪ねてきて質問を投げかけてくるハリーの姿だ。

 最初は少し居心地が悪そうにしていても、話が進むにつれて彼の瞳は好奇心でキラキラと輝きはじめる。明るい緑の瞳はまるでエメラルドのようで、その尊い光がベレニケに向けられると思わず頬が緩んでしまう。

 かつて、赤ん坊だったハリーは光をもたらした。

 それは同時に、闇の時代に一番苦しむのはハリーだという残酷な事実を示している。

 

「若い子が等身大に楽しく生きられる環境を守るのも、教師の務めですよねえ」

「なんとも、気高い言葉じゃ」

 

 できる限りのことはしよう。

 魔法の眠りから目覚めたトロールにダンブルドアがトロール語で尋問を始めるのを傍目に、ベレニケは覚悟を決めた。




というわけで、本作はホグレガ要素を採用します。
ただし、ホグレガ主は登場しません。扱いが難しすぎるからです。
ホグレガ終了後のホグレガ主については以下のように処理します。

ホグワーツ卒業後、古代魔法を使ってより多くの人を救うために古代魔法の力で世界の次元を渡る
→ホグレガ主がいなくなった世界では因果が捏造され、「ホグレガ主不在のままランロクとルックウッドを倒した世界」になる

つまり、本作は「ホグレガストーリーはそのままにホグレガ主がいなかったことになっている世界線」だと思ってください。ホグレガ主は別の並行世界で元気にランロクや密猟者をしばいています。
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