引きこもり少女は異世界において神である(物理) 作:田地町 待乃
ちなみに「犬・魔人・警部」は、いわゆる“中の人ネタ”
ああ、スモールマザー。あいさんに似ているのは容姿と名前──アインとかいう取って付けたようなネーミング!──だけだった。
彼女は私の前にしゃがみ、思いついたようにこの手を取ると、びくんとその小さな全身を跳ねさせた。
「おほォんっ、ゾォオーーーンに入ったぁあぁんっ! 見えちゃうぅ……見えちゃうのォーっ! 貴女の未来ガぁあぁぁんっ」
私は即座に答える。
「未来なんか別に知りたくない。もう知ってるし」
私の魂は地獄へ落ちる、そう、ただそれだけだってことは、
何も知りたくないし何も聞きたくない。
ところが、ゾーーーンとやらに入ったアインは全く聞く耳を持ってくれなかった。
「貴女はっ……貴女ハーっ! チーズの色をした、いっぬ! ランプより
「私、誰とも結婚なんかしないから」
古い大人たちが嫌う“冷めた若者の返答”で受け流す一方、結婚相手とやらの情報がやたら限定的すぎるのが怖い……とも思った。
蛍が、
「サウステニラって犬と結婚できるんですか?」
などと私以上の冷めっぷりを見せるのにも構わず、アインは「だがしかーし!」と透視を続けてきた。
「しかーし、誰と結婚しようと、そのっ、六年後! 六年後には、必ず! 必ず、離婚をするであろーーーう! だがしかーし! しかしっ……」
六つの眼がアインの顔を覗き込む。
「んーーーーっ! ハハ、こんなん出ましたけどぉー」
どこかで聞いた決め台詞とともに透視終了。
私以外の二人は同時に尻餅をついた。
そう。それは、はなからダウンしていた私だけが勝ち組だったことを意味する。
蛍は、勝ち誇った顔をする私に対しても、ヘンテコな能力を見せたアインに対しても、もうあきれ切ったという様子で、
「あの、スモールマザー、ネタじゃなくって、シリアスな透視とかはないんですか?」
立ち上がりつつ、適当な口調で尋ねた。
アインは一転、握った私の手を自らの胸へと押し当ててくる。
マントのような漆黒のローブから伝わってくる、幼い女の子の柔らかさ……。
「うぇへへ……ざぁこ。見えちゃった、アンタの一番、イ・タ・い・ト・コ(はぁと)」
「な、何……」
なんだか、今度はどうにも嫌な予感がする。
けれど、なぜか「もういい」とこの場を逃げる勇気も、出すことができなかった。
それをいいことに、アインは幼女とは思えぬ含み笑いで、呪いめいた言葉を紡ぎだしてくる。
「あんたぁ、ズブの処女なクセして、自分は
「…………! やめっ……やめて」
どうして!?
どうして
三年前、私は
そして苦悩の末、藁人形の糸を解いたとき、その苦悶からも解放された……。
その折、私は外の世界では初めて、この三つ編みさえも解き放っていた。
そのあたりの経緯、いつか蛍にも話しておかなければいけないと思う。
いや、話せば長くなるから、小説にでもして読ませたほうが早いかもしれない。
その場合、タイトルは『心が地獄へ向かうたび、私の子宮は悲鳴をあげる』とでもしようか。
閑話休題、アインは私のカサブタを剥がしたその上へ塩でも塗りこむように、
「たかがそんなオマジナイみたいなことで、処女から雌に羽化できるとでも思ってんの? ヤバ、ウケる」
と、無邪気に歪んだ笑顔で伝えてくる。
これはつまり……
私という人間の放つムードから、私の過去を察して憶測を言っているのか。
それとも、単なる当てずっぽうなのか。
はたまた、本当に私の過去が視えているのか。
三つ目だとすると少し抽象的なところがあるし、一つ目か二つ目だとすると
オマジナイ……。
もしもアインが私の過去を視ているなら、そしてそれが、私が糸を解いたことを指すのなら、その形容はあまりにも不適切すぎるし、軽すぎる。
それとも、自分が地獄通信と関係ないことを主張するためのフェイクとしてこんな発言をしたか。
そうだとするなら、何のために?
……ああ、いけない。
何も分かっていない段階で、色々想像だけを行き来させて
それは、火のないところに煙を立てて誰かを叩きまくる現代日本の闇でもあったし、同時に、蛍のいちばん暗い部分に関わることでもある……と思う。
すべての謎を解くには、ゆうべ私がエセ関西弁で言ったらしい、“母の峠へ乗り込む”という手段しかない。
「と、とにかく、母の峠まで案内して下さい! 行きますよ」
サクサクと、落ち葉を軽快に鳴らして歩いてゆく私。
その歩調は、他三人の誰よりも速い。
「ちょっと茜、ダウンしてたの演技だったのぉ!?」
蛍がこの背に投げてきた発言によって、はたと私は足を停めた。
そういえば。
体が、全くつらくない。
「えっ!」
振り向くとそこには、抗議の表情をした蛍と、得意気に笑む残りの二人。
アインが私の真ん前に立った。
私との身長の差異まで、あいさんと同じ……。
「うぇへへ、透視はただの挨拶。未来と過去を視るのと同時に回復の術をかけたんだよぉ」
「ウソ、でしょ……?」
これに関しては、一つも説明がつかない!
さっきの透視に関しては、よくよく分析すればカラクリが見えてくるかもしれない。
でも、ヘバっていた私の体を一瞬にして治してしまったことに関しては……理詰めが通用しない。
「
…………。
「すごい! 本当に素晴らしい力をお持ちなんですね!」
私は
蛍もまた、私だけに伝わる微かさでうなずいてくれる。
一方、スモールマザー側近の男性は、私たちの仮面に気づくことなく、
「これが母上様の力なのです! おわかりですね?」
と、機嫌と調子をよくしてきた。
母上様……その重い響きが、どうしても喉元につかえてくる。
「どうして、この方はスモールマザーと呼ばれているんですか?」
言っちゃ悪いけど、このアイン、どう見ても“母上様”という風格を兼ね備えていない。
アインはそっぽを向きながら、
「それはアレだよ……アイン百三十年だから」
ぼそっと、また不可解な発言を繰り出してきた。
かと思えば、側近がすかさず補足を行なってくる。
「左様です。スモールマザーは不老不死の力をお持ちなのです。もはや人類すべての母と称しても過言ではない。ですからこのお方は母上様と呼ばれておられるのです」
そうであるのなら、私もこのアインという人物を敬わせてもらおう……引きこもり女として、母の峠という箱庭でしか生きられないこの少女のことを。
それは決して、仮面をかぶった感情ではなかった。
「信者にならせていただくことを前提として、母の峠へ行かせていただきます」
母の峠の謎を解き明かせば、私を悩ませる化け物たち──魔族たち──のこと、ひいては、私のなかに根づいた“狂った性の疼き”の正体もつかめるかもしれない……
そんな確信が、この心に芽生えだしていた。