引きこもり少女は異世界において神である(物理)   作:田地町 待乃

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 このたび、二つ前の部分『二人して大赤面……北風をも吹き飛ばす百合色タイフーン』に加筆を施しました。
 あらかじめ蛍が母の峠とアポイントをとっていた……という設定を加えています。


世界なんか滅びても構わない

 修学旅行以来の登山はすこぶる奇怪な体験になっていた。

 登りはじめた直後は、(階段に換算するなら)ほんの百段程度の距離を登っただけでダウンしてしまった私。

 それが、スモールマザー・アインの()()とやらを得てからは、他の三人よりむしろ元気なくらいの調子でスイスイ歩んでしまっている。

 

 今現在、この謎を解くにあたって思い当たる(こと)は一つだけ……。

 私は蛍に対して、手首に注射を打つジェスチャーをして見せた。

 つまりアイン──それか側近の男──は、あの透視によって私が大きく動揺していた隙に、何か栄養のようなものを打ってきたんじゃないか……と。

 

「…………」

 

 蛍の首はバネのように縦揺れ。

 私と蛍は“案内される立場”として、スモールマザーとその側近男性の後ろを歩いているから、声を伴わないジェスチャーだけは許されている。

 

 でも、それだけ即効性のある強力な薬品、こっちの世界に存在するんだろうか。

 まあ“存在する”って考えなければ、いよいよ怪奇現象の線が強まってしまうから、深い考察は避けよう。

 

 一向に疲れない登山を続けているうち、視界の前面展望にも変化が生じてきた。

 木々の隙間から見え隠れしていた水蒸気の揺らめきが、いよいよオーロラのような存在感を増してきている。

 

 やがて、細い枝々を後ろ髪のようにして山林が途絶ると、その先に広がっていたのは、

 

「これって……」

 

 とても単一の団体が住処にしている場所とは思えない、大規模な集落。

 それだけなら、ちょっと驚く程度で済んだはず。

 この『母の峠』ときたら、あちこちが蒸気機関の吐き出す濃霧に覆われていて、至るところで風車や歯車がカタコトと小気味よく廻っている。

 また町全体に太いパイプラインが張り巡らされている影響で、壮大でありながらも、すべてが一筆書きで描かれたような印象をもたらしてくる。

 

 それでいて、建物のデザイン自体は『セキドーコ』に似た中世風のたたずまい。

 現代日本人の目からすれば、過去と近未来とが混じり合う奇抜な世界観だった。

 

 そして。いやに暖かい。

 峠全体()蒸気機関によって()()()いるのか、あるいは、峠全体()蒸気機関の影響で()()()()()いるのか。

 どちらにしても、こういう“なくても死にはしないようなインフラ”の進歩した世界……ここから、二十一世紀初頭の狂いきった先進国(ニッポン)のムードへは、そう遠くない気がする。

 

「アナタ、どっか別のトコから来たヨソ者でしょ?」

 

 アインに訊かれて素直に「はい」と答えると、

 

「でも、その世界に自分の居場所はなかった」

 

 まるで、探偵ごっこを楽しむ子供のように指摘してくる。

 

 でも、これは透視とは違う。

 間違いなく、この引きこもり少女が放つ雰囲気から、色々とバックグラウンドを察して発言してきているはず。

 引っかかったのは、その次の言葉で……

 

「ねえ、アナタの気に入らない世界なら、アインが海の底にでも沈めてあげるよ」

 

 そのフレーズには、とてもインチキ霊能力者のものとは思えない、嫌な重みがあった。

 確かに。

 友達も理解者も一人もいないあんな世界なら、べつに海の底へ沈んだって構わない。

 

「今すぐにでも、できるんですか?」

 

 半ば投げやりに、私は敵との対話へ踏み込んでゆく。

 

「やろうと思えばね」

「たとえそれが、こことは違う次元の世界だったとしても?」

 

 私とアインの間には、いつしか、三年前の“私と地獄少女”の構図と同じ、張りつめた距離感が生じていた。

 けれどアインが「それはそこが」と答え始めたところで、側近が私たちの間に割って入る。

 

「アーイヤッ、お嬢さん、スモールマザーへのご質問はほどほどに。先ほどの透視などでお疲れのようですので」

「失礼……いたしました」

 

 私が軽く頭を下げたそのとき、古びたパイプラインの切れ端から、するり、灰色の猫が飛び出してきた。

 頭の良さそうな顔をした、スタイル抜群の子。

 それが意味するところへ考えが至ったとき、私はにわかな怒りに襲われた。

 

「この団体の動物愛護意識はどうなってるの!? 猫が通ってるときに蒸気が吹き出して来たら、その猫はどうなるのよ!?」

 

 教師に携帯を突きつけたとき同じ、私特有の重くて激しい怒りが、アインとその側近に迫っていく。

 気づけば、周囲を通りかかった何人かの信者たちも、私のほうを「なんだ!?」と眺めていた。

 映画の戦闘シーンで()()()()()()()()ことを忌み嫌う、その気持ちを何倍にも増幅したような憤り……。

 

 アインは、なんとも冷めた目で私を見上げていたけれど、側近男性はすかさず、私と猫との中間地点あたりに立った。

 

「ご安心を。猫の出(はい)りできるようなパイプは、すでに使われておりませんので」

「それならいいですけど……。ごめんなさい取り乱して」

 

 こうしてまた私の怒りは不発に終わる。

 後ろから感じるのは、職員室の教師たち……ではなく、女子二名の冷ややかな視線。

 振り向くと、

 

「はぁーー」

 

 蛍はただウンザリし、

 

「アハッ、()()が動物愛()ってるとか、ウケる」

 

 アインはエヘエヘと私の頭を指さしていた。

 猫又、というのは、間違いなく私の後頭部のこと。

 二尾の太い三つ編みをおさげにしている影響で、私の“うなじの上”は猫又のしっぽ同然の()()()()をみせているから。

 

「あー二連チャン透視したらお腹すいた。おかゆ食べたい」

 

 アインが側近とともに、左の洞窟へ消えてゆくのを見届けると、私は蛍のほうを向き、

 

「で?」

 

 と訊く。

 蛍は、集落の奥にかかる大きな橋のほうを指差した。

 その橋もまた蒸気によってソフトレンズをかけられているけれど、よく見ればその横に集合住宅めいた建物の存在を確認できる。

 

「あそこ。とりあえず見学滞在する手はずになってるから」

「そう」

 

 私は蛍に連れられ、山奥の建物へ向かう。

 そこへ至る道のりは結構色彩豊かなもので、いくつかの崖道や洞窟を抜ける必要があった。

 

 蒸気特有の神経質な人工臭が濃くなる洞窟内には、かなり空恐ろしい光景も。

 

「ねえ、これって……」

 

 言いかけるものの、その先は蛍の耳へヒソヒソ、

 

「奴隷?」

 

 と伝えた。

 接近すると余計鮮明になる、チョコミントアイスにも似た彼女の体臭……。

 って、そんなことを気にしている場合じゃない。

 

 ランプの暗い飴色だけを頼りにした洞窟内で、ただ黙々と、何かを運んだり穴を掘ったりする信者たちの姿。

 その様子には、“みんながみんなに合わせること”を課された()()()()にも通じる情緒が漂っていた。

 機構の群れが奏でつづける無機質なオスティナートは、“誰も聞いていない授業”にいそしむ教師のチョークが刻むリズムにも喩えられる。

 

「ま、とりあえず部屋に着いたら話そ?」

「うん」

 

 いくつ目かの洞窟を抜け、橋の前へ出ると、眼下には峠全体の威容が広がった。

 下から見上げたのとは別世界のように、ミニチュア化した集落がモヤをまとって輝いている。

 暖かくてハイテクなこの土地は、まさにユートピア。

 でも、この桃源郷には、幸せが見えない。

 それは、テクノロジーばかり嫌というほど進化して、ヒトの幸せは何一つ存在しなかった先進国の都会と同じように。

 

 蛍がカギを差し込んで、ガチャっと開ける木のドアは、日本の古めな建物の質感。

 ドアをくぐったその先も、素朴な文化住宅の一室という印象だった。

 ただ蛍の部屋と違って、布類に小洒落た模様があるわけでも、あちこちが絵画や花で飾られているわけでもないから、かなり素っ気なくはある。

 壁の色も白。蛍の部屋のベージュと遠い色合いではないのに、少しの違いだけでこうも変わるのか。

 

 とりあえず、という感じでテーブルの前に座ると、私は吐く息と一緒に、

 

「あの結婚相手の話、インチキなんだろうけど、なんだか怖い。具体的過ぎて。えーっと、犬と、警部と、魔人に気をつければ良かったんだっけ。犬、警部、魔人……」

 

 ほろっと、そんな感想を述べていた。

 すかさず……といった様相で、蛍は私の対面に腰かけてくる。

 

「茜! そういうの『予言の自己成就』っていうの。貴女がそういうマインドでいたら、ホントにスモールマザーの予言通りになっちゃうよ?」

「どういうこと?」

 

 私に顔を覗き込まれると、蛍も身を乗り出して力説してきた。

 

「犬と警部と魔人に気をつけて生きるって、それってつまり、犬や警部や魔人のことばっかり気にすることになるわけでしょ? そんな貴女の前に、犬っぽい人や、警部や魔人が現れたりしたら……」

 

 私は背もたれにそっと体を預ける。

 

「あとは吊り橋効果で恋愛感情に……っていう展開(こと)も、確かに、あるかもしれない」

「はぁぁぁー。貴女って、よく分かんない」

 

 頬杖をついて、私に嫌疑の目を向けてくる蛍。

 

「分からないって?」

「石頭なのか従順なのか、意固地なのか流されやすいのか、判別がつかないってこと」

 

 痛い!

 図……と書かれた星が、私の脳天へ突き刺さってきた。

 

 確かに。

 不登校児の自分の気持ちなんて他の誰にも絶対に分からない! と意固地に引きこもりつづけていながら、ふと教師と心が通い合えば即座に再登校してしまう辺り、自分でもよく分からない。

 (まあ実際、「自分でもよく分からなくって」というのは先生自身にも伝えた言葉なんだけれど)

 この、猫又といわれる後頭部と同じように、(マインド)そのものも二つに割れているのかもしれない。

 

 そういえば、私服の私と制服の私では、顔や風貌自体が全く違うと、両親や知り合いに言われたこともある。

 そのことが、『町娘/女神』の演じ分けの助けになっているんだろうけれど……。

 

 蛍は、しゅぴっと私の鼻を指差してきた。

 

「言っとくけど! 貴女すでに母の峠の術中にハマってるよ」

「え?」




 嗚呼、情景描写のためだけに文字数が浪費されてゆく……。

 ところで、蛍による「石頭なのか従順なのか、意固地なのか流されやすいのか、判別がつかない」というヒロイン評には共感なさる読者様も少なくないのでは?
 実は筆者としても、このヒロインの人物像をつかみ切れていないところがあるんですね。
 やはり、あれだけ頑固に引きこもっていながら、教師と少し心が通い合ったとたんに再登校……という流れで、どうしてもつまづいてしまうのです。
 まあ、この人は家庭にも居場所がなかったわけなので、先生という理解者ができたことで、今度は“学校へ逃げた”のかな~(小森霧の“不下校”みたいにww)とは解釈しているんですけどね。
 どうしても30分を切るという少なすぎる本編から、その辺りの感情の流れをくみ取ることは難しく……。
 その影響で、ヒロイン像をつかみにくいと感じる読者様もいらっしゃるでしょうが、とりあえず筆者がこの人の人間性をある程度つかめるまでは、なにとぞご了承いただけたらと思います。
 この点は、前日譚の『心が地獄へ向かうたび、私の子宮は悲鳴をあげる。』のほうでも、これから深く掘り下げていくつもりです。
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