引きこもり少女は異世界において神である(物理)   作:田地町 待乃

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 今回、とにかくピアノを弾くヒロインのイラストが最高に愛らしいです!

 内容としては、異世界転移ものでしばしば見かけるネタである、“近現代の現実に存在している芸術で異世界民を驚かす”というのをヒロインがやらかすという話。
 ヒロインが弾いたラヴェルのメヌエットという曲は、こちら。
https://www.youtube.com/watch?v=UykoseEEuA0
 筆者的に、ヒロインならこう弾くだろう! と感じたのが、このモニク・アースさんの演奏です。

 なお、メールを打つヒロインのタイピングが、ピアノを演奏しているように見える……というネタは、まさに公式本編において「そう見える」からですww
 かつてニコニコでも「ピアノ弾いてるぞwww」などとネタにされておりました。
 ただしヒロイン宅にピアノは見当たらないので、「折りたためるUSBキーボード」のくだりを加えてみました。


盗んだ音楽で悪と対決!?【ピアノを弾くヒロインの画像あり!】

「私が母の峠の術中にあるって、それどういう意味?」

 

 私は背もたれから体を離し、蛍を軽くにらみつけていた。

 だって、ここへ戦いにきた私が、敵方の言いなりになるなんて、まずない。

 蛍はなおも意味不明な発言を繰り出してきた。

 

「貴女、スモールマザーと相性いいよ、絶対」

「相性って……私があんな化け」

 

 化け物、そう言おうとして、ムッと言葉を噛み切る。

 ああ、そうだった……

 私は、あの先生のことも、最初は化け物と思っていたんだった。

 それが、たった一度の出来事を機に、嫌悪が理解へ、理解が信仰へ、まるで地獄の火柱が天国へ突き抜けるかのように、私の心はネガポジが反転されたわけで……。

 

 それでも、一介の教師と、インチキ宗教の教祖とでは、話が全然違う。

 私はゆっくりと首を横に振った。

 

「でも私、スモールマザーに従ってなんか」

 

 言い終わる前に、蛍は鋭い視線と言葉を投げてくる。

 

「スモールマザーに〈あなたの世界を滅ぼしてあげる〉って言われて、どう思った?」

「…………」

 

 私は、スモールマザーの提案をまったく否定できなかった。

 

「あぁ……普通なら、滅ぼすなんてとんどもないって言うところなんだろうけど。とんでもない()()だ、私」

 

 私にしては珍しい自嘲が出ると、蛍は、さっきの私の二倍以上ある速度で首を振った。

 

「違う、そういうこと言ってるんじゃない。危ないから気をつけてって言ってるの」

「…………?」

 

 ただ首をかしげることしかできなかった。

 要するに、流されやすい性格というのは命取りになるよ……という旨なんだろう。

 

 私の性格はどうも、角砂糖っぽいところがある。

 上からの重みにはやたら強くて、たとえ鎧が乗っても崩れることはないのに、ふと横から水をかけられれば簡単に溶けてしまうというような。

 

 それで実際、私は三年前、激情に流されて地獄落ちまで誓う結果になった。

 その結果が、今の“どうせ地獄へ落ちるんだから”という諦めでいっぱいの私。

 少しも後悔していないとはいっても、『地獄落ち』の四文字を目の前に突きつけられたまま過ごす何十年という人生がどんなものか、きちんと考えていなかった。

 

「べつに、安全でも危なくても、死んだら地獄行きなの私は」

「どうせ地獄に落ちるなら、現代日本の世界を滅ぼしてみたい、海の底に沈めてみたい……とか、思ってる?」

 

 いつになく深々とうつむいた蛍の、いつになく沈み込んだ声。

 今後、天使のような私になって生きても、悪魔のような私になって生きても、死後の宿命は絶対に変わらない。

 それだったら、私に居場所を与えてくれなかった現代日本の人間社会を海に沈めてしまっても、べつに……というのが正直なところだった。

 

「そうなのかも」

 

 あえて、乾ききった眼で肯定をしてみる。

 

「そこは肯定しないでよ。私だって必死にそれとっ……」

 

 うつむいた蛍の揺れる視線は、どこにも着地することのできない蝶のよう。

 蛍もまた、あの現代日本(げんじつ)に絶望して、それでも闘って、そしてより深く絶望した女の一人なのかもしれないと、私は直感した。

 

 重苦しい空気を換えたくなった私は、はたと思い立って、空間の三分の一を独占するピアノの前に向かう。

 ただしそれは、大ホールでピアニストが弾くようなコンサートグランドじゃなく、その半分程度くらいしか奥行きがない小ぶりな楽器。

 きししっ……と、はにかむように軋む椅子へ腰かけると、私は鍵盤に手を置きつつ、蛍のほうへ振り向いた。

 

【挿絵表示】

 

「蛍、ラヴェル好き?」

「あー、うん。二、三曲くらいは」

 

 これはたぶん、“嫌いではない”の表情。

 それを指揮者のアインザッツのようにして、私は指を踊らせだした。

 

 狭い部屋──だだっ広い部屋に引きこもっていた私の感想──に音符が舞い始める。

 モダンな和声を羽衣のようにまとった古雅なメヌエットは、『ソナティナ』の第二楽章。

 

 それなりに育ちが良いと評される私は、それなりに習い事をされられてきたから、それなりにピアノも弾ける。

 ただ、ピアノ教室で延々と弾かされた音楽たちより、ストリートピアニストの弾くベートーヴェンやラヴェルのほうがずっと好きだった。

 

「聴いてないで早く来なさい」

 

 なんて、親によく叱られたもの。

 

 そういう、音楽に関心のない両親のこと、家にはもちろんピアノなんてなかったから、折りたためるUSBの鍵盤を弾いていたりもした。

 そのせいか、自室でメールするときなんかも、私のキーボードの打ち方は()()()()()()いたと思う。

 

 ただし、不登校になってからは一度も弾いていないので、これはそこそこ久しぶりの演奏ということになる。

 意外と腕が衰えていないのを実感するたび、私の奏でる楽音を聴いている蛍の表情が見たくなったけれど、演奏者が聴衆を振り向くなんてナンセンス極まりない。

 そこは我慢して、この三分弱の楽章を弾ききることに集中しよう。

 

 そして、月のような紫色をした低音主題が、星のような高音のあかりの粒へと昇華していく、そんな中間部を経て、気づけば元のメヌエットへ……

 という箇所に差し掛かったところで、どうも外が騒々しくなってきた。

 ただ、それは自分自身の紡ぐ楽音にかき消されて、何を言っているのか聞きとることはできない。

 

 踊り終えてお辞儀をする(作曲者(ラヴェル)談)ように、この舞曲の幕を静かに閉じると、それに続くのは『活気をもって(アニメ)』と題されたフィナーレ……

 ……ではなく、活気どころか煩わしさを感じさせる歓声だった。

 

「その美しい音楽はなんだぁああー!」

「そんなの聴いたことないわいなー」

「誰が作った曲だぁ!? ゆうべセキドーコに現れた女神かぁ!?」

 

 同時に、ドアを激しくノックする音。

 そうか。

 こっちの世界には、私のいた世界における『西洋芸術(クラシック)音楽』と肩を並べるような曲が存在しないのかもしれない。

 蛍もピンときている様子。

 

「ごめんっ、茜がそんなに上手いなんて、想定外だった……。そこまで完璧な音楽を奏でちゃったら、そりゃ()()()()よね」

「ね、ねぇ、どうする?」

 

 てっきり、事態を鎮静化させる方法を考えてくれるのかと思ったら、意外や意外、蛍はガッツポーズして立ち上がってきた。

 

「茜、今すぐ巫女装束に着替えて! 神様を演じてもらう!」

「ちょっと、到着早々、急に言われても……」

 

 私は立ち上がってオロオロ。

 まさか……

 

「ねえ蛍、まさか今のメヌエット、私が作曲したことにするって言うんじゃないよね? ね?」

 

 静かな切願を胸に、恐る恐る問いかけるけど、蛍はドカドカと私の真ん前へと歩いてくる。

 

「このチャンスをモノにしなくてどーするの!? 今のは神様が作った曲ですってことにしちゃえば、スモールマザーと互角に争えるでしょ!?」

「やだ……」

「やだじゃないよ! ホントはもっと落ち着いて準備してから対決したかったけど……ちょっと時期が早まったって思えば」

 

 ああ……終わった。

 こんなこと、許されない。

 世界──あるいは次元──そのものが違っているとはいえ、過去の天才が作ったものを自作発言するなんて!

 これはほとんど、ビートルズという存在が消えた世界で、ビートルズの歌を発表するという、あの映画(イエスタデイ)のような状況じゃないの?

 

「そんなに罪悪感を覚えるなら」

「ひゃっ」

 

 心を言い当てられ、ビクっときた。

 蛍はニンマリしつつ、

 

「それならさ、これは天界の音楽だ……ってことにして、その辺をフワっとさせちゃえばいい。ハイッ、着替えて」

 

 椅子のかたわらに置かれていた荷物を取ってきて、それを私に突き出してくる。

 

「でも……」

「さぁ、さあっ! 信者たち(かれら)の熱が冷めちゃう前に! ほらっ!」

 

 なんだか激しく、これからは蛍に乗せられつづける日々が続くんだろうなーと、そんな予感が私の背筋をはしってきた。




「モダンな和声を羽衣のようにまとった古雅なメヌエット」
 考えてみたら、これってヒロインの人物像そのものだなぁと、書いた後で気づきました。
 不登校・引きこもりという現代的な問題を抱え、ムードも全くの「新興住宅地に住む少女」でありながら、顔や髪形や服装は古めかしい……という。
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