引きこもり少女は異世界において神である(物理) 作:田地町 待乃
この無印第十二話には、依頼者が味わう“地獄疑似体験”の描写がない(時間的制約か、あるいは内容的にその描写を差し込むタイミングがなかったのか)ので、今回、そこを挿絵付きで補完してみました。
といっても! これに関しては完全に挿絵(いただきもの)がものを言っており、筆者による文章は数行なんですけどねー。
というわけで、あちこちで公言している通り「美イラストにストーリー付けてみた」な作品なので、挿絵中心にお楽しみいただけたらと思います!
なお、怪物たちのデザインは、第二話で鷹村涼子ちゃんが見せられた“地獄体験シーン”に基づいております。
とりあえず、私は木の椅子に腰かけて、蛍さんに色々と質問することにした。
これほど、自分から誰かに何かを訊きたいと思うの、もしかしたら初めてかもしれない。
ところが座ったとたん、
「んぁ」
変な声が漏れてしまった。
クッションの乗った椅子なのに、お尻がヒヤっとする。
パジャマや体操着のズボンを除けば、ロングスカートかロングワンピースばかりだった私にとって、この冷たさは憂鬱で。
「どうした?」
蛍さんがパスタをフォークに絡めながら、何気なく訊いてくる。
よく見れば、紅茶やスープは飲み干す寸前、パスタ自体も半分くらいまで減っていた。
さっきの彼女は、食事中にあの騒ぎを耳にして、それで慌てて広場へ駆けてきた……そんな
「え? いい部屋だな、って」
白い壁に、木の柱、その合間をリースや花瓶が適度に飾る、この感じの良い部屋を、私はぼーっと網膜に映していた。
カーテンやベッドもささやかな植物柄で埋め尽くされていて、私が引きこもっていた殺風景な部屋とは何もかもが正反対だった。
でも、一番違うのは……
「空気、違うでしょ。
蛍さんが、私の感想を代わりに口にしてきた。
やたら空気が澄んでいるし、窓から入ってくる陽の光も、どこか物静かで優しい。
今の日本の、排気ガスまみれの外気と、太陽がアスファルトを灼く臭い……私の引きこもりを加速させたのは、少なからず、そんな環境のせいもあったはず。
だから、それらが何もかも取り払われたこの世界において、私はさっき、蛍さんに連れられて外を歩くのが苦にならなかった。
それもそうだし、この蛍さんという人には、長いこと引きこもっていた人間に対して緊張を強いないような、落ち着いた親しみやすさがある。
ちなみに私はこういう人間でありながら、前々から、他人に対して率直に物を言ってしまうところがあった。
例えば、家を訪ねてきた担任教師に対しても……。
クールに自己分析するなら、私は、コミュニケーションが苦手なタイプの引きこもりではなくて、ストライキ的な意味で引きこもるタイプなのかもしれない。
実際、きっかけさえあれば、たった一晩で再登校を決めることもできたわけで。
「ねえ、ここって、何なの? 別次元? それとも別の星とか? でも、それだと日本語が通じるのが……」
全くの日本語が通じてしまう事実が、どうしても“抜けない棘”のように、この心に現実感を与えてくれない。
デザートに移っていた蛍さんは、ふんわりしたビスケットに入刀していたフォークとナイフを、すっとバツにして置いた。
気さくでありながら、割と厳格なところのある人なのかもしれない。
「うーん、それはまだ分からないんだ。どこかに、次元と次元の接点があって、お互いに影響し合ってるのかもしれないし……」
蛍さんはフォークだけを手に取ると、デザートにかかったメープルシロップで線を引いて、真っ二つになったビスケットに茶色い橋をかけて見せた。
それを見た私は、ほんの少しだけ身を乗り出す。
「日本と、この……」
「サウステニラ」
「そう、サウステニラが、つながっている……?」
蛍さんはうつむいて、またカトラリーをバツにして置く。
私が転移なんかしてきたせいで、焼きたてのお菓子を冷ましてしまって悪いな……と思った。
「他にもいるの、ここに転移してきた子たちがね。それで……ねえ、驚かないでよ?」
「はい」
私に“驚かないこと”を約束させると、蛍さんは少し怖い真面目顔で、
「彼女たち全員、地獄通信と関わりのあった女の子なのよ」
……と、告げてきた。
「どういうことですか……?」
私は太ももを覆っている手のひらの、全ての指に力を込める。
「私、調べてるの。『母の峠』っていう教団のことをね……それが」
そこまで蛍さんが言ったところで、窓の外がフェードインで騒々しくなっていった。
「はーはーうーえーさーまー!」
「悪いことをすればー、我がスモールマザーが裁きを下すぞー」
「この世の悪に裁きを加えたければ、我が『母の峠』に入信せよー!」
「裁きを受けたくねー悪人も入信OKぃーー! 裁きを免除してやらぁああ!」
「おっかーさまーー! じゃなかったー母上様ー!」
……引きこもってボーっとしている平日の昼なんかに、よく家の前を通過していった選挙カー。
あれに似た雰囲気のパレードだけれど、声がスピーカーで拡大されていないところと、主張する内容が
「すごいキンキン声」
そう。みんなして声が裏返ってしまっているあたり、いかにもな“洗脳済みの信者”といったイメージ。
「え? スガイキンの声?」
「…………?」
「とにかく、母の峠を支配するスモールマザーの写真、見て」
私にくれたのと同じような民族衣装を着た蛍さんは、コルセットの内側から小さな写真を出して、それを私の目の前に置いた。
「これって……!」
猫の
「顔、怖い」
どうやら本気で怒った場合の私は、かなり怖いらしい。
まあ、毎日自分を心配して家に押しかけてくる教師を憎んで、その人を地獄に流してしまおうと考えるような人間なんだから、それなりに怖くはあるんだと思う。
そういえば、メールでやりとりしていた理解者の正体が、実はその憎んでいた先生だったことが判明した時なんかも、携帯電話の画面には私のこんな眼が映っていた。
「ねえ蛍さん、この人!」
この写真、前面には信者たちの群れが写っているだけだけれど、人と人の切れ間から垣間見える祭壇の、その向こうに、見覚えのありすぎる人物が……。
「そっくりでしょ? 地獄少女に」
最初にその名前を出したのは、蛍さんだった。
驚きと、いくらかの懐かしさがこみ上げる。
復讐のターゲットだった先生の正体が、理解者のメル友だったことを知って、でも、彼自身もこの世に疲れ果てていて……
唯一の味方を
誤解のないように断っておくと、藁人形を受け取った直後に依頼者へ贈られる“地獄体験”は、一応、私も味わった。
全身、真っ茶色に染まった無数の
そんな幻想を、
あの苦痛と恥辱を、私は死後永遠に味わいつづけることになる。
でも、そのことを熟知していても、私たちにとっては地獄が極楽で……
彼を流した後、メル友と先生が同時にいなくなって、
それから、すでに三年。
同時に、三年前の私が彼女に感じた、あの暗くて寂しそうな感じが……この写真の中の少女にはない。
「ニセモノ……」
「うん。藁人形も、サイトも、それから新聞広告も使ってないから、たぶん地獄少女本人とは違うと思う。でも私が気になるのは、」
「「スモールマザーが地獄少女と似てること」」
海外ドラマのごとく、私たちの声が被った。
日本とは別世界であるはずのサウステニラで、なぜスモールマザーが地獄少女と
「似てるのか、似せてるのか……」
私はスモールマザーとやらをまじまじと見つめていた。
菊の花を思わせる白い肌に、前髪も後ろ髪も真っすぐに揃えた黒髪、何もかもから孤絶したような暗い瞳……全部、同じ。
写真しか見えない視界の中へ、蛍さんの好戦的な声が入ってくる。
「この教団、信者が憎んでいる相手を探して、絶対、殺すか拉致するかしてるんだと思う。私、これって“手動式地獄通信”だろうって、踏んでるの」
「はい……」
「こんな教団が勢力を強めたら、この世界、壊れちゃう。実際、身近な人が信者になっちゃって困っている人がいたり、今は改心してる元悪人が断罪されちゃったりして、大変なことになってるの」
「…………」
蛍さんの表情に暗い影が宿っていく。
「地獄通信だって、あんなの、日本にないほうが良かったの。そのせいで、そのせいで……」
そんなことはない。そう言いたかった。
私と先生がそうであったように、現実が地獄になりえる現代の
でも、それを伝えられないほどに、今の蛍さんの表情には鬼気迫るものがあった。
それはもう、キリキリと、お皿とカトラリーを歯ぎしりさせるほどに。
蛍さんはその怒りを戦意へと変換するように、
「信者の目を覚まさせるには、新しい神が必要だと思う」
と宣言。
「ア……」
ああ、蛍さんのしたいことが分かってしまった。
そう。私はこの世界で神と思われている。
なぜ私が神様なのかは知る由もないけれど!
ともあれ、つまりこの人は、私を『新しき神』に仕立て上げて、スモールマザーと対決させようというんだろう。
…………はい。無理。