引きこもり少女は異世界において神である(物理)   作:田地町 待乃

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 2025年2月16日、回想シーンとして画像を追加いたしました!
 この無印第十二話には、依頼者が味わう“地獄疑似体験”の描写がない(時間的制約か、あるいは内容的にその描写を差し込むタイミングがなかったのか)ので、今回、そこを挿絵付きで補完してみました。
 といっても! これに関しては完全に挿絵(いただきもの)がものを言っており、筆者による文章は数行なんですけどねー。
 というわけで、あちこちで公言している通り「美イラストにストーリー付けてみた」な作品なので、挿絵中心にお楽しみいただけたらと思います!
 なお、怪物たちのデザインは、第二話で鷹村涼子ちゃんが見せられた“地獄体験シーン”に基づいております。


女神になって悪と戦うなんて無理!【怪物に襲われるヒロインのイラスト追加】

 とりあえず、私は木の椅子に腰かけて、蛍さんに色々と質問することにした。

 これほど、自分から誰かに何かを訊きたいと思うの、もしかしたら初めてかもしれない。

 ところが座ったとたん、

 

「んぁ」

 

 変な声が漏れてしまった。

 クッションの乗った椅子なのに、お尻がヒヤっとする。

 パジャマや体操着のズボンを除けば、ロングスカートかロングワンピースばかりだった私にとって、この冷たさは憂鬱で。

 

「どうした?」

 

 蛍さんがパスタをフォークに絡めながら、何気なく訊いてくる。

 よく見れば、紅茶やスープは飲み干す寸前、パスタ自体も半分くらいまで減っていた。

 さっきの彼女は、食事中にあの騒ぎを耳にして、それで慌てて広場へ駆けてきた……そんな段取り(ながれ)だったことが想像できる。

 

「え? いい部屋だな、って」

 

 白い壁に、木の柱、その合間をリースや花瓶が適度に飾る、この感じの良い部屋を、私はぼーっと網膜に映していた。

 カーテンやベッドもささやかな植物柄で埋め尽くされていて、私が引きこもっていた殺風景な部屋とは何もかもが正反対だった。

 

 でも、一番違うのは……

 

「空気、違うでしょ。現代日本(あっち)とは」

 

 蛍さんが、私の感想を代わりに口にしてきた。

 やたら空気が澄んでいるし、窓から入ってくる陽の光も、どこか物静かで優しい。

 今の日本の、排気ガスまみれの外気と、太陽がアスファルトを灼く臭い……私の引きこもりを加速させたのは、少なからず、そんな環境のせいもあったはず。

 だから、それらが何もかも取り払われたこの世界において、私はさっき、蛍さんに連れられて外を歩くのが苦にならなかった。

 

 それもそうだし、この蛍さんという人には、長いこと引きこもっていた人間に対して緊張を強いないような、落ち着いた親しみやすさがある。

 ちなみに私はこういう人間でありながら、前々から、他人に対して率直に物を言ってしまうところがあった。

 例えば、家を訪ねてきた担任教師に対しても……。

 

 クールに自己分析するなら、私は、コミュニケーションが苦手なタイプの引きこもりではなくて、ストライキ的な意味で引きこもるタイプなのかもしれない。

 実際、きっかけさえあれば、たった一晩で再登校を決めることもできたわけで。

 

「ねえ、ここって、何なの? 別次元? それとも別の星とか? でも、それだと日本語が通じるのが……」

 

 全くの日本語が通じてしまう事実が、どうしても“抜けない棘”のように、この心に現実感を与えてくれない。

 デザートに移っていた蛍さんは、ふんわりしたビスケットに入刀していたフォークとナイフを、すっとバツにして置いた。

 気さくでありながら、割と厳格なところのある人なのかもしれない。

 

「うーん、それはまだ分からないんだ。どこかに、次元と次元の接点があって、お互いに影響し合ってるのかもしれないし……」

 

 蛍さんはフォークだけを手に取ると、デザートにかかったメープルシロップで線を引いて、真っ二つになったビスケットに茶色い橋をかけて見せた。

 それを見た私は、ほんの少しだけ身を乗り出す。

 

「日本と、この……」

「サウステニラ」

「そう、サウステニラが、つながっている……?」

 

 蛍さんはうつむいて、またカトラリーをバツにして置く。

 私が転移なんかしてきたせいで、焼きたてのお菓子を冷ましてしまって悪いな……と思った。

 

「他にもいるの、ここに転移してきた子たちがね。それで……ねえ、驚かないでよ?」

「はい」

 

 私に“驚かないこと”を約束させると、蛍さんは少し怖い真面目顔で、

 

「彼女たち全員、地獄通信と関わりのあった女の子なのよ」

 

 ……と、告げてきた。

 

「どういうことですか……?」

 

 私は太ももを覆っている手のひらの、全ての指に力を込める。

 

「私、調べてるの。『母の峠』っていう教団のことをね……それが」

 

 そこまで蛍さんが言ったところで、窓の外がフェードインで騒々しくなっていった。

 

「はーはーうーえーさーまー!」

「悪いことをすればー、我がスモールマザーが裁きを下すぞー」

「この世の悪に裁きを加えたければ、我が『母の峠』に入信せよー!」

「裁きを受けたくねー悪人も入信OKぃーー! 裁きを免除してやらぁああ!」

「おっかーさまーー! じゃなかったー母上様ー!」

 

 ……引きこもってボーっとしている平日の昼なんかに、よく家の前を通過していった選挙カー。

 あれに似た雰囲気のパレードだけれど、声がスピーカーで拡大されていないところと、主張する内容が直接的(あからさま)すぎるところが、違う。

 

「すごいキンキン声」

 

 そう。みんなして声が裏返ってしまっているあたり、いかにもな“洗脳済みの信者”といったイメージ。

 

「え? スガイキンの声?」

「…………?」

「とにかく、母の峠を支配するスモールマザーの写真、見て」

 

 私にくれたのと同じような民族衣装を着た蛍さんは、コルセットの内側から小さな写真を出して、それを私の目の前に置いた。

 

「これって……!」

 

 猫の威嚇(シャーッ!)さながらの動揺を露にする私。

 

「顔、怖い」

 

 どうやら本気で怒った場合の私は、かなり怖いらしい。

 まあ、毎日自分を心配して家に押しかけてくる教師を憎んで、その人を地獄に流してしまおうと考えるような人間なんだから、それなりに怖くはあるんだと思う。

 そういえば、メールでやりとりしていた理解者の正体が、実はその憎んでいた先生だったことが判明した時なんかも、携帯電話の画面には私のこんな眼が映っていた。

 

「ねえ蛍さん、この人!」

 

 この写真、前面には信者たちの群れが写っているだけだけれど、人と人の切れ間から垣間見える祭壇の、その向こうに、見覚えのありすぎる人物が……。

 

「そっくりでしょ? 地獄少女に」

 

 最初にその名前を出したのは、蛍さんだった。

 ()()()、私が引きこもりの中学生だった頃に一度だけ出会った、復讐代行サイト『地獄通信』の(あるじ)・地獄少女。

 驚きと、いくらかの懐かしさがこみ上げる。

 

 復讐のターゲットだった先生の正体が、理解者のメル友だったことを知って、でも、彼自身もこの世に疲れ果てていて……

 唯一の味方を()()()()から救うため、私は、あの人を()()()()()()へ流した。

 

 誤解のないように断っておくと、藁人形を受け取った直後に依頼者へ贈られる“地獄体験”は、一応、私も味わった。

 全身、真っ茶色に染まった無数の化け物(オトコ)たちが、突然部屋の壁を破り()ってきて、この女体(カラダ)をもてあそび、むさぼり尽くしていく……

 

【挿絵表示】

 

 そんな幻想を、()せられた。

 あの苦痛と恥辱を、私は死後永遠に味わいつづけることになる。

 でも、そのことを熟知していても、私たちにとっては地獄が極楽で……

 

 彼を流した後、メル友と先生が同時にいなくなって、全て(ひとり)の理解者を失くした私は、また引きこもりに戻っていた。

 それから、すでに三年。

 

 同時に、三年前の私が彼女に感じた、あの暗くて寂しそうな感じが……この写真の中の少女にはない。

 

「ニセモノ……」

「うん。藁人形も、サイトも、それから新聞広告も使ってないから、たぶん地獄少女本人とは違うと思う。でも私が気になるのは、」

「「スモールマザーが地獄少女と似てること」」

 

 海外ドラマのごとく、私たちの声が被った。

 日本とは別世界であるはずのサウステニラで、なぜスモールマザーが地獄少女と()()()()があるのか。

 

「似てるのか、似せてるのか……」

 

 私はスモールマザーとやらをまじまじと見つめていた。

 菊の花を思わせる白い肌に、前髪も後ろ髪も真っすぐに揃えた黒髪、何もかもから孤絶したような暗い瞳……全部、同じ。

 写真しか見えない視界の中へ、蛍さんの好戦的な声が入ってくる。

 

「この教団、信者が憎んでいる相手を探して、絶対、殺すか拉致するかしてるんだと思う。私、これって“手動式地獄通信”だろうって、踏んでるの」

「はい……」

「こんな教団が勢力を強めたら、この世界、壊れちゃう。実際、身近な人が信者になっちゃって困っている人がいたり、今は改心してる元悪人が断罪されちゃったりして、大変なことになってるの」

「…………」

 

 蛍さんの表情に暗い影が宿っていく。

 

「地獄通信だって、あんなの、日本にないほうが良かったの。そのせいで、そのせいで……」

 

 そんなことはない。そう言いたかった。

 私と先生がそうであったように、現実が地獄になりえる現代の世界(ニッポン)では、地獄が逃避所になることだって……。

 でも、それを伝えられないほどに、今の蛍さんの表情には鬼気迫るものがあった。

 それはもう、キリキリと、お皿とカトラリーを歯ぎしりさせるほどに。

 蛍さんはその怒りを戦意へと変換するように、

 

「信者の目を覚まさせるには、新しい神が必要だと思う」

 

 と宣言。

 

「ア……」

 

 ああ、蛍さんのしたいことが分かってしまった。

 そう。私はこの世界で神と思われている。

 なぜ私が神様なのかは知る由もないけれど!

 ともあれ、つまりこの人は、私を『新しき神』に仕立て上げて、スモールマザーと対決させようというんだろう。

 …………はい。無理。

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