引きこもり少女は異世界において神である(物理)   作:田地町 待乃

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チュートリアル「インチキで異世界民を沸かせることの是非」
女神なき世の無秩序【メイドさんイラスト追加!】


 渡り鳥の群れが、青空に浮かんだ綿雲と寄りそい翔ける、何気ない日常の一コマがここにあった。

 けれどその下に広がるのが、アスファルトに乗った鉄筋コンクリートの街か、石畳に乗った木とレンガの町か、その違いだけでこんなにも気分が変わるのか。

 吸い込む空気が鼻腔にツンとこないし、靴底から伝わる地面の感触にもシビアな硬さがない。

 

「蛍さん……」

 

 でも、何より私を居心地よくしているのは、前を行く蛍さんの歩く速度が、他の民衆と比べて著しく遅いこと。

 テキパキしたタイプの蛍さんが、こんな亀歩きだなんてありえないし、実際、さっき──広場から彼女の家へ向かうとき──は追いつくのに苦労した。

 彼女は間違いなく、三年間の運動ゼロ生活で足の(にぶ)った私を気遣い、歩調を合わせてくれている。

 

「何? あ、やっぱり外歩くのまだキツいか」

「そうじゃなくて」

 

 ありがとう、と言おうとしたところで、また町行く人から声がかかった。

 

「おめぇ、さっきの女神様をどこへやっただ!? 問答無用で引っ張って行きやがりおってぇ」

 

 わずかな距離でも、家を出た直後から現在(約二分!)の間に、何度かこういうふうにイチャモンをつけられた。

 

 同時に、この三つ編みメガネの私こそ、“さっきの女神様”その人なんだという事実には、誰一人として気づかない。

 まあ、三つ編みを解いてメガネを取ると別人になる、と、よく言われてきた私だから、特にビックリはしないけれど。

 それに、さっきまで着ていた現代のワンピースと違って、この民族衣装はサウステニラ民にとって見慣れきったもの。そのバイアスによっても、私の姿がこの土地に溶け込んで見えるんだろう。

 

 ところで、そうして声をかけられるたびに蛍さんは、

 

「女神様はいったんお帰りになられました。でも、後できちんと皆さんの前に姿を現すと仰っておいででしたよ。神仏は存在していたんですね。長いこと非科学的な現象を否定してきた私ですが……猛省しています」

 

 そんな、丁寧かつ白々しい切り返しで、その場をしのいでいた。

 捻くれ顔の老人は、「分かりゃよろし。よろしくね。ヨロシクね」と去っていく。

 

 そうこうしているうち、私たちはさっきの広場に戻っていた。

 まだ騒ぎの余波は残っていて、噂話に精を出す町人たちがあちこちに残留している。

 その情景は、授業そっちのけで馴れ合っていたクラスメイトたちの姿と被って、なかなかに身の毛のよだつものがあったけれど。

 でも、リュートを手に唄う人、素知らぬ顔で過ぎていく馬車、近くの店から漂ってくるパンの焼ける匂い……そういったものが、ここは私の嫌っていた世界とは違うんだということを教えてくれる。

 

 蛍さんは、さっき私が崩した──と思われる──像の前に立つ、やたら恰幅の良い中年男性を指差した。

 その人には見覚えがある。

 あのチョビ髭にシルクハット、黒のスーツという特徴的な姿は、さっき私を女神女神と讃えていた人だかりの中に、確かに混じっていたと思うから。

 

「ねえ、あそこに立ってるのって、この『セキドーコの町』の町長なの。色んな本人確認ツールがない世界だと、偉い人たちが住民の顔をよーく覚えておくしかないのね。だから、あの人の頭って、ハードディスクみたいに物事を正確に覚えてると思う」

 

 私は即座に蛍さんの意図を理解した。

 

「要するに、あの人が()()()の姿を見て、それでさっきの女神と別人だとしか思わなかったら、この()()は使えるってこと……?」

「うん」

 

 変な話だと思う。三つ編みメガネは私のデフォルトな姿なのに、それが変装として作用してしまうなんて。

 

 ところで、この町の名前が『セキドーコ』であるなら、『サウステニラ』というのは、現代日本でいうところの“市”なのか“県”なのか、それとも“日本”そのものなのか、はたまた“地球”自体に相当するのか。

 そもそもこの世界が球体の星なのか、それともそれ以外の(ことわり)で成り立っているのか、今のところはそれすらも不明……。

 

 疑問が疑問を呼ぶ状況に思考回路をショートさせつつ、私は町長に歩み寄り、

 

「あの、何かあったんですか?」

 

 蛍さんと同じくらいの白々しさで尋ねてみる。

 イキナリ声をかけられた町長は、多少ドキッとしつつも、いたって気さくに応対してくれた。

 

「あ、ああ、どうも初めまして。先ほどね、ここの女神像が実体化するかのように、女神様が……いや、そうとしか見えぬような女性が、像を割って現れたのですよ」

「この頑丈なアダマンタイト製の像を割るとはなぁ。女神様以外にはあり得ん」

 

 と、聞き捨てならないことを言ってきたのは、像の前で町長と話し込んでいた背の低い中年男性。

 二人して、像の片付けとか修復について見積もっていたのかもしれない。

 

 聞き捨てならない、というのは、この像の素材のこと。

 アダマンタイトの五寸クギに青いリボンを巻けば、元の日本(セカイ)に戻れる……さっき蛍さんがそう教えてくれたわけであって。

 

「…………」

 

 蛍さんも同じことを感じてか、私の横で、神妙な顔をしてうつむいていた。

 私は緩やかな謙遜顔で、

 

「女神様、ですか。私みたいな地味な女とは違って、さぞお綺麗だったんでしょうね」

 

 と、消極的に訊いてみる。

 町長は、その大きな手と首を、やっぱり大きく横に振った。

 

「いやいや、今しがた知り合ったばかりの相手の美しさなど、分かる由もありませんよ」

「?」

 

 彼の言っている意味が分からなくて、ただ黙ってしまう。

 蛍が横から、

 

「そうそう。美っていうのは、そこに存在しているものじゃなくて、一人一人が見い出すものだ! ……ってね。遠い国の、言い伝え」

 

 そんな助け舟を出してくれた。

 

「そう……」

 

 私は何度、自分の地味で没個性的なルックスを悩ましく思ったか分からない。

 分かりやすい可愛さ・カッコ良さが好まれる小中学校(こども)の世界において、私みたいな華のない女は隅っこに追いやられているしかなかったから。

 理解者だった先生でさえ、私の容姿を褒めてくれるようなことはなくって……。

 それだけに、町長や蛍の言ってくれた思想には、私の呼吸をいくらか楽にしてくれる効果があった。

 

 一方、町長のほうはウットリと、女神像が立っていた場所に視線を移している。

 

「それはそうと先ほどの女神様と思しき方……あれはもはや美しいとか醜いとかいう次元ではなく、もはや人間ですらなかった。神々しく崇高で、あの方が立っている箇所のみ、それこそ別の次元のようだった」

 

 残念だけれど、これに関しては喜べなかった。

 だって彼らは、まさに“別次元”から来た引きこもり少女の不健康さを、女神の神秘性と見間違えているわけだから。

 通りかかったオバサンが、

 

「お肌と髪の色は女神様と似てるね、お嬢ちゃん。うぇへへへへへへ」

 

 と、褒めとも貶しともつかない評価を入れて去っていく。

 気を取り直して、現実的な質問をしよう。

 

「私、よそ者なのでよく分からないんですけど、女神という概念は、とっくに廃れているんでしょう? どうして、過去の信仰の名残りが、こういう像として残っていたんですか?」

 

 町長は神妙な沈黙を数秒だけ置いた後、低い声をさらに低く響かせだした。

 

「女神制度の復活を、望む声が多いのですよ。今でも“実体なき女神様”を信仰している者も少なくないですし」

 

 隣の補佐のような男性が、何度も深々とうなずく。

 

「誰もが単一の女神様だけを信奉していれば良い……そういった世界のほうが秩序・治安が良かったことは事実なんですよなぁ。女神による支配が失われて久しい昨今、個々人の“お気持ち”ばかりが強く主張されるようになったのです」

 

 今度は町長が難しげな顔で相槌を打つ。

 

「そう。住民一人一人の独自の生き方が尊重されること、それ自体が悪いとは思わないが、個人個人の思想の差異が大きくなるにつれ、言い争いやらケンカやらが増え、治安自体、悪化してしまったのです」

 

 ムム。

 私は、空を独占するように(そび)え立つ時計塔のほうへ向かって、ハァとため息をついた。

 

「そうですか。それで、そういう論争とか傷つけ合いに疲れ切った人たちが、インチキな教団につけ込まれると。大変ですね……」

「左様です。例えば『母の峠』のようなね。このような状況下にある町を治めなければならないのは、初老の身には堪える仕事ですよ。ハハハハハ」

「…………」

 

 ジトーっと目を合わせる、私と蛍。私たちのよく知る()()()()()と似た状態だね、と。

 ともかく……

 

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「ともかくこれで、私が()()だってバレることはなさそう。ね、蛍」

 

 蛍の部屋で、またテーブルをはさんで私たちは話し合っていた。

 

「わ、呼び捨てだ」

 

 そういえば。ジトっと目を合わせた瞬間から、私は頭の中で彼女を呼び捨てするようになっていた。

 

「……ごめんなさい。それで、あなたの言う“大がかりなマジックを使って、女神の威厳をアピールする”って、具体的にどんなこと?」

 

 蛍は「いいのいいの呼び捨てでー」と言いながら立ち上がると、私の横を通り過ぎて奥のドアのほうへ向かう。

 フワリ、太陽を浴びたタンポポのような、いい匂いが舞ってきた。それは、母親からもクラスメイトからも感じなかった香り……。

 

 蛍がドアを開けると、向こうの暗い空間には、黒い布のかかった()()がたくさん置かれていた。

 

「じゃ、さっそく明日の夜から初仕事をしてもらいますよ、女神様。今日は泊めてあげるから、じっくり打ち合わせしよう。それできちんと私のために働いてくれるようなら、ここに住まわせてあげる」

「ん」

 

 今のセリフで、私のなかの蛍像にピリリと亀裂が入った! それはもう、さっき私が砕いた女神像のように。

 同時に! 非現実的な出来事が続きすぎたせいで考えもしなかったけど、そういえば衣食住はどうすればいいのか。

 

 突然こんな世界に飛ばされた引きこもり少女は、どうしたって頼りになるお姉さんの力を借りて生きるしかない。

 そうなると、蛍に何を言われても服従するしかない、彼女専用のメイドロボットみたいな私が出来上がるわけで……

 

「おかえりなさいませ、(おじょう)さま」

 

【挿絵表示】

 

 そんなふうに、この部屋で蛍を出迎える自分(メイド)が目に浮かびすぎるから困る!

 

 大体、ごっすんクギで万事解決! とかいう“日本とサウステニラとを往来している女の子の証言”というのだって、ウソだかホントだか。

 この人って、ただ私情で『母の峠』を打倒したいだけで、そのために私をいいように利用するつもりなんじゃ!?




 できれば「STAGE1」最初の部分からバーンと、マジックネタを出してハデに開始したかったのですが、今回の町でのシーンがやたら長くなったので、このような地味で穏やかな部分から始まることに……。
 次からは本当に、「マジックによって異世界の民を驚かせる」という本作最大のテーマが始まりますので、よろしくお願いします!

 ちなみにヒロインのルックスに関しましては、主人公の一人称作品ということで客観的意見に始終させましたが、筆者個人としては、この沢井さんは内面・外見とも女神ばりに美しい人だと考えております(だからこうして二次創作しようと思った)。
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