引きこもり少女は異世界において神である(物理) 作:田地町 待乃
いつだって行き止まりで
決して逃げられない
この人生を象徴するような
そして、哀しみを乗せた空の鳥になって飛ぶ。
眼下の路地を埋め尽くす荷車たちは、私に対する手向けの花々を積んでいた。
──ただし、私はその花畑めがけて落ちて行くのではなくて、文字通り鳥になって花々の上を横切ってゆく。
ジェットコースターのような、あるいは避難訓練の『斜降式救助袋』にも似た、不吉なスリルを孕んだ滑空感。
それでたどり着くのは、
「大成功~! おかえり茜」
「……ただいま」
蛍の待機する、カビ臭い空き家の三階。
そこは、ほぼ物置のような様相の、埃にまみれた部屋だった。
見事トランポリンに
と同時に、体にまとわりつく命綱のしがらみを全て投げ払った。
そう。私は飛び降りてなんかいなくって、時計塔と空き家とを結ぶロープを、滑車によって怪盗のごとく降下してきただけだった。
黒い衣は、夜の暗闇と同化するための、いわゆる『ブラックマジック』の手法ということになる。
それから路地の荷車は、私が運悪く落下したとしても大丈夫なように、蛍とその仲間たちが、緩衝材の上に花を敷き詰めておいてくれたもの。
良かった。私がヘマをして、花たちが犠牲にならなくって。
映画やドラマのアクションシーンなんかで、花束や花壇が潰されたり破壊されたりする描写が、昔から大嫌いだった私。
まず自分の名前自体、染料として活躍する植物そのものだし、ハンドルネームもまた、アネモネ。
花には浅からぬ思い入れがある。
ただ、時計塔から身を投げるとき、私がこれまでの自分を葬るつもりで飛んだことだけは確かだった。
あっちとこっちを往来することができるのなら、五寸クギを入手して、あっちでの“失神イベント”を打ち消した後で、こっちに戻ってきてもいいし。
まあ、そういうのは何もかも、蛍が聞いたという話──もしくはその元になった少女の話──が真実だったなら、の話なんだけれど。
その蛍は今、窓の前に立って、ロープをたぐり寄せていた。
塔のほうで今しがた、蛍の仲間の三人組が、大柱にくくりつけられていたロープを切断したんだろう。
「ねえ、あの人たちって、どんな仲間なの? さっき、あの高い丘を駆け上がるのも一瞬だったし」
「マッスーダ、アブラーヤ、アリモッリね。三人ともアスリートなんだけど、わけあって、三人同時に母の峠を憎むようになる事件があって……」
あのとき、三人組が丘を駆け上がり歓声をあげた……あれもまた蛍たち──いや、私たち──によるヤラせだった。
驚き叫んでいるだけのように見せつつ、彼らは
「あの“分割された鏡”のトリックは、私が昔見たマジックショーをパクってみたんだ。薄手の鏡、この世界で集めるの大変だったー。でも茜、ホントにキレイに映ってたね」
丘の上に現れた私の姿。あれは、丘に設置された鏡に、時計塔にいる私の姿を映しただけの、単純明快なトリックだった。
鏡のつなぎ目は、生い茂る木々の枝によってカムフラージュすることができる。
そして元々ガタイの良い彼らのこと、背中やら懐やらに鏡の断片を隠し入れても、さして目立つことはない。
また“炎”は至極単純で、大きなレンズで拡大した燭台の火を、私の後ろに見せていただけ。
ただ万が一、丘へ駆け上がろうとする民衆がいたとしたら困る。そういう場合の用心のためにも、彼ら三人は丘のふもとに配されていた。
誰より足の速い彼らであれば、群衆のうちの誰かが「女神に会おう」と丘の中腹を目指そうとしても、簡単に追い抜いて鏡を撤去することができる。
仮にそうなった場合は、巫女舞を
成功の静かな余韻のなか、微かに聞こえるのは、
「すごぉい! こっちにももういないわよ!」
「天に
私の姿を間近で見ようと、塔の最上階へたどり着いた一般人たちの声。
ほんの数十秒前には、そこの柱に強靭なロープが張ってあったとも知らないで。
私はトランポリンを降りると、軋む床を歩いて窓辺に向かい、軽く訴えかける。
「ねぇこれって巷でいうところの、“チート行為”? みたいなものなんじゃないの?」
私はゲームはやらないし漫画もライトノベルも読まないけど、
「それがどうしたの茜」
外を向いてうつむく蛍の横顔には、怒りとも
私はそれに
「だって、今やったのと同じ
蛍は笑っても怒ってもいない顔で、すっと私のほうを向く。
「だって、民衆の信仰対象を、スモールマザーから
「蛍……」
「ねえ、私はマジックショーをやって儲けたいんじゃないの。こっちの世界でまで、
私はなぜか直感した。この人、『母の峠』どころか、地獄通信すらも消そうとしていると。
切羽詰まった彼女の眼は、三年前、先生に向かって「もう放っておいて下さい!」と言い放ったときの私と同じ……。
今度は、譲歩しよう。
このまま私が問い詰めつづけたら、あのときの先生のように蛍も傷ついてしまうかもしれないし。
それに少なくとも、両親から押しつけられる“普通の女の子になってほしかった”なんていう理不尽な要求に対して譲歩するよりは、ずっと、私にとって悪くない選択肢だとも思うから。
「分かった。協力する。私もいったんは日本に戻らなきゃいけないし。そのためには、善行を積んで、ごっすんクギをもらわなきゃいけないんでしょ?」
そう。いつだって行き止まり……であるのなら、いっそ前進して立入禁止区域に突っ込むしかない。
No hay caminos, hay que caminar...
(進むべき道はない、だが進まなければならない…)
──Luigi Nono
「ありがと」
電気のない世界を輝かせる月明かりが、蛍のあえかな笑みを優しく照らしだした。
もうここ四年くらい、そういう笑顔を浮かべたことのなかった私は、微かな劣等感のために少しうつむいて答える。
「お礼を言わなきゃいけないのは私のほうなの。さっき、もし貴女が来てくれなかったら、こんな引きこもり女が異世界に一人よ? 路頭に迷うしかなかったと思うから」
それを聞いて、蛍はきくり……ではなく、こくりと首を傾げて腕を組んだ。
「どうしてそんな貴女が巫女舞なんてできたの? ダンス部に入ってたとか?」
あんまり言いたくはないけれど、ここはお礼代わりに話すしかない。と思った。
なぜなら、蛍には借りがたくさんある。
例えばさっき、私が“自ら声を発してしまう”という失敗を犯してしまったことを、彼女は少しも咎めてこない。
……実は、鏡によって丘に現れた私の“声”、あれは、丘の茂みに隠れた別の仲間によって演じられているものだった。
だから、塔にいる私自身がウッカリ声を出してしまったとき、町人たちは口々に訝しんだ……ということになる。
では、私を決して責めない蛍に対してだけ、巫女舞ができた理由を話そう。
「私こんなだから、昼休みとか放課後とか、することなくって、よく屋上とか体育館の裏とかでダンスしてたの」
学校制服という“踊ることを少しも想定されていない服”でのダンスは、学校という名の監獄に対する、私流の反抗だったのかもしれない。
夏なんて、毎日、汗びっしょりで踊っていた。
私立特有の、灰色をした硬いベストやスカートをものともせず、白いブラウスや赤いタイを揺らしながら。
ここ数年くらいで、アイドルの衣装に“制服風”デザインが激増してきたのも、通学・勉強するためだけに作られた服を着て踊ってしまう、その倒錯した行為に観客が
「ねえ、貴女の学校って、もしかして『私立富士見沢中学』?」
「そ、そうだけど」
回想に耽るなか、いきなり自分の校名を当てられてビクッとする私。
蛍は見開いた目に満月のきらめきを映していた。
「私、動画で見たことあるよ!? さすがに顔にはモザイクかけてあったけど、『制服のまま汗だくで踊ってるJCがいる』って、ずいぶんバズってたよ」
「え……」
え?
無印のED曲「かりぬい」を引用させていただきました。
ハーメルンさんは「使用楽曲情報」さえ入力すれば引用させていただけるのが良いですね!