引きこもり少女は異世界において神である(物理)   作:田地町 待乃

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 このたび、本作の前日譚を連載開始いたしました(R15注意!):
https://syosetu.org/novel/368584/
 どうしても、本作と公式本編との間に、通路のようなものが欲しかったので。
 かなり露骨で生々しい描写もありますが、15歳以上の方はぜひ……。

 なぜ書こうと思ったか、詳しい事情はこちらの活動報告をドゾー。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=323845&uid=466871

 さて、今回はかなりハッキリした百合回→スモールマザー初登場となっています。


百合色タイフーン

 全身をむしばむ薄ら寒い恐怖に、

 

「ねえ蛍、魔族って、地獄と関係があるの?」

 

 言葉足らずな疑問を、蛍へ投げかける。

 ここでいう地獄というのは、この異世界における地獄というより、日本で地獄通信を利用することによって行くことになる場所のこと。

 まあ、こちらの世界に地獄という概念があるのかどうかは知らないし、あったとして、それが“日本における地獄”と同一なのかも分からないけど。

 

「どうした? 魔族、前にもどこかで見たことあるの? でも貴女は異世界(こっち)に来るの初めてだよね?」

 

 蛍はワケが分からないという感じだった。

 

 藁人形を受け取った後、依頼者は地獄を疑似体験させられるわけだけれど、その体験内容自体にはどうやら個人差があるらしい。

 糸を解いたことのある同年代の子とBBS(この三文字、十年後には死語になっていそう)で話したことがあったけど、その子の場合、自分が業火に焼かれる幻想(ビジョン)を見せられたという。

 だから、おそらく地獄体験をしたことがあるはずの蛍が、この化け物たちを知らなくても全く不思議ではない。

 まあ、蛍が本当に地獄通信と縁があるのかどうかも、結局のところは不鮮明だけど。

 

 ただ、『母の峠』が魔族の力を借りているという以上、このことを蛍に黙っているわけにはいかない。

 私は嫌々ながらも、視せられた幻想のことを包み隠さず打ち明けた。

 

「────って、そんな最悪なことを味わったの。どうしてここの魔族って、あの化け物たちと同じ姿なんだろう?」

 

 話を聞いた蛍は、真っ青にうつむいて戦慄をかみしめている。

 

「何それ、ほとんど性加害じゃない……? 何やってんのよ地獄少女」

 

 蛍の恨みが地獄少女こと“閻魔あい”に向かったところで、私は慌ててフォローを入れた。

 

「あ、ただの幻だから! それに、あいって人は、地獄通信に()()されてるだけよ。あの幻想(ビジョン)だって、彼女が見せてきたものじゃないことは確かだと思う」

 

 彼女の瞳を覗き込んだ経験のある私には、そのことがハッキリと分かる。

 あいさんはたぶん、私が流した先生と同じく、公務員のような立場に過ぎない。

 

「システムが自動で見せてくる映像(ビジョン)……。でも、なんで茜の悪夢に出てきた化け物が、ここの魔族と同じ姿なの……? 腹門島(ぷくもんとう)……あの島に何か手がかりが……」

 

 蛍の返答は、いつしかヒソヒソ声の自問自答にすり替わっていった。

 私としてはクエスチョンマークを頭上に浮かべるしかない。

 

「ごく門島? こく門島? え、何?」

 

 少し騒がしくなる私を威嚇して黙らせるように、前のほう、馬二頭と御者一人の背中の向こうに、おかしいものが見えてきた。

 

「蛍! 山火事が!」

 

 それまでじっと私の顔を覗き込んでいた蛍──さっきと逆の構図!──は、一転、前を見て軽くうなずいてきた。

 

「ああ、あれが母の峠のエネルギー源なの。幹部たちは〈スモールマザーの力〉って謳ってるけど、実際には蒸気機関のはず」

「“のはず”?」

 

 蛍は猫背になると、脚に肘を乗せて頬杖をつく。

 

「うーん。こんな世界だと、あそこから出てる煙が何なのか、調べるすべもないってこと」

 

 確かに。

 そんなの科学の力をもってすれば……という思考回路は、私が現代日本の常識に染まっている証拠に他ならない。

 反省しないと。

 

 馬車がどんどん“煙を吐く山”つまり『母の峠』そのものに近づいていくと、そこには、山の斜面を敷地にした町が広がっていることが分かる。

 私の住んでいた新興住宅地にも、坂道に家が並ぶ区域はあったけれど、母の峠の傾斜はあれの二~三倍ある。

 よく、こんな所に町を創造したものだと思う。

 

「降りるよ」

 

 リタルダンドして停まる馬車。

 なんの気なしにドアを開けて外へ出ると、

 

「さっっむいっ……」

 

 私は、両腕で両肩を抱きしめることになった。

 ずっと窓を閉めていたから気づかなかったけど、この辺りはとても寒いらしい。

 セキドーコが四月なら、こちらは十一月。大げさじゃなく、それくらいの差があった。

 

 後から降りてきた蛍が、私の背中に分厚い外套をかけてくれる。

 ケープが付いた、茜色のウールコートを。

 

「これ着なきゃダメよ。貴女がそんなにサッサと馬車から出てくなんて思わなくって、ごめん。もしかしたらホントに、引きこもり少女は異世界において神なのかもね」

「…………」

 

 このあたり、私はちょっと変なのかもしれない。

 三年以上前の“再登校の日”だって、何ヶ月も引きこもっておいて、それでちょっと教師と心が通じ合ったら、それだけですんなり制服を着て通学路を歩き出したんであって……。

 自分の奇妙さに思いを馳せていると、いきなり、

 

「ペアルック、イイネ!」

 

 と、御者がニンマリ。

 横を見れば、蛍も私と同じ型のコート、ただし水色のものを着ている。

 

「「ちょっと、何言ってるんですかっ!」」

 

 声がかぶってしまったのも嫌だし。

 蛍の顔が赤いのも嫌だし。

 私が蛍の顔を見たことで、自分の赤い顔を見られたのも嫌だし!

 蛍が自分の赤面を私に見られたことを恥ずかしいと思ってるだろうことを想像するのも嫌だし!(意味不明)

 

 得体のしれない感情のほとばしり。

 ムズムズくる南風のような疼きだった。

 それを吹き飛ばすように蛍が、

 

「あ、ああ、地域的に、こっから北のほうはどんどん寒くなってくの」

 

 まさに、北風のような声を吐いてきた。

 この世界も、北になればなるほど寒冷な地域になる……というところは地球と一致しているらしい。

 

 蛍は一転、自分の外套の水色を見下ろしている。

 

()()()()も、ずっと水色のジャンパー着てたっけ……。あのときも、こうやって自分より若い子と二人……」

 

 それを口にした刹那、蛍の目は死んだ。

 干物同然に、時間の流れない物体となって硬直してしまっている。

 

「蛍! ダメ、心を過去に戻しちゃ」

「…………え」

 

 良かった……目に光が戻った。

 私なんかの声によって我に返ってくれるの、ただ純粋に嬉しかった。

 

 蛍は「じゃ行こう」って先を行きながら、後ろ姿で、

 

「なんかそれ、茜らしい名言だね」

 

 そんな誉め言葉をくれた。

 そしてまたコートが要らないくらい熱くなる私の体……。

 

「じゃあ、私たちはまず見学として入り込めばいいのね?」

 

 とか、無用な確認事項によってクールダウンしたりして。

 

 ところが山道に入ると、やっぱり外套を用意してきてくれた蛍に感謝することになった。

 呼吸する木々の息吹がじかに感じられる大自然の荘厳さは、もうそれだけで体を凍らせてくるほどだったから。

 それに、空気が澄んでいて物理的にも寒い。

 遠足以来の、しかも戦いを控えた登山、私は気を引き締めて臨んでいた。

 

 そして三分後、今度は私の体が死んだ。

 

「無理」

 

 私は木の根に腰かけ、幹に寄りかかってゼェゼェ。

 

「あ、やっぱりそうなるの」

 

 蛍は、引きこもり少女が山を登れば()()()()ことを察していたらしい。

 でも、意外と私がアクティブだから、大丈夫だと思っていたに違いない。

 

「もう登れない。私ここで休んでるから。蛍一人でスモールマザーと戦ってきてよ」

「あんたねぇ……」

 

 と言いつつ、蛍は心配そうに私を見下ろしている。

 申し訳なさを感じながらも、私は恨めしげな上目を蛍に向けた。

 

「こんな私じゃ無理よ。戦えない。一緒に行ったって迷惑になるだけ。それに、これって蛍の戦いでしょ?」

 

 ドン! 蛍は右足で地面を叩いた。はらはらと舞い上がる落ち葉の群れ。

 

「ちょっと!? これは貴女の戦いでしょ!? ついゆうべ、〈今から母の峠に乗り込むで!〉って大暴れしてマッスーダに迷惑かけたじゃない!?」

「何それ!? 私そんなこと言ってない! 捏造やめてよ!」

 

 本当に言ってない。

 私はそんな好戦的な人間じゃないし、生まれてから今まで、暴れたことなんて一度もない。

 

「もーうっ! 母の峠(ここ)に爆弾でも仕掛けて全滅させたるーって、変な関西弁で言ったのも覚えてないの!?」

 

 静かに生きたい……そんなポリシーを持って生きる私が、〈乗り込む!〉とか〈爆弾!〉とか言うはずがない。

 でも……酔うとエセ関西弁が出るというところは当たっているから、たぶん蛍が大嘘をついているわけでもなさそう。

 それに、言ったvs言わない、の水掛け論になってしまったら、たぶんネット上の論争ばりの不毛な事態は不可避。

 ここは、

 

「よっこい、しょういc……ぐぁ」

 

 立ち上がろうとするものの、やっぱり無理。

 それを見た蛍は暗澹たる表情だった。

 

「マズいかも。こんなところでダウンされたら担架沙汰じゃない?」

 

 これ以上迷惑をかけるわけには!

 

「よっこい、ぐんぺe……んぁ」

 

 ドテッと、根っこに尻餅。

 ああ、引きこもっていてもネットで物は買えてたんだから、健康器具の一つでも手に入れておくんだった……。

 まさかこんなことになるなんて。

 

 万策尽きた私たちは、そのとき同時に、誰かが落ち葉を踏みつづける音を聞いた。

 二人一緒に音のほうを向く……と、そこには対照的な人影が二つ。

 

 片方は、ゆうべ、私こと『女神アカネロッテ』に対し、インチキだなんだと抜かしたツルッツルの中年男。当然ながら、私が()()だとは気づかない。

 彼は表面的な気さくさで微笑んでいた。

 

「国王陛下ご用達の馬車がふもとに見えたと信者たちが騒ぐものですから、我が母の峠へ、どなたか要人がお目見えかと思いましてな。しかし一向に誰も訪れませんゆえ、こうしてスモールマザーとともに様子を見に来たのですが……()()()でしたか」

 

 ああ、なんだかキナ臭さ全開だな。

 母の峠は、国王から目をつけられている。

 彼らはそのことに気づいていて、それでこんなふうに“心配”を口実にして様子を探りに来た……大体そんなところなのでは?

 

 蛍と男は軽くうなずき合う。

 あらかじめコンタクトを取ってあったんだろう。

 

「どうも。これまで、超常現象を否定する立場の者として、ご迷惑をおかけしたこと、お詫びいたします。女神様をこの目で見てしまった経験によって、私も改心いたしまして」

「なるほど、それで見学のご要望を」

「ええ、これを機に、そこでヘバっている()()とともに、スモールマザーのお力をぜひ見てみたいと考えたのです」

 

 けっ……家来!(怒るな私。蛍は芝居をしているだけだ!)

 と、同時に『女神様』とも呼ばれてしまうのは、なんか変な気分だった。

 

 って、そんなことはどうでもいい。

 私は、それまで(ダウン)とは別の意味で硬直していた。

 もう片方の人影……つまりこのスモールマザーという人、

 

「地獄……少女」

 

 私が、三年前に自室で出逢った──自室へ呼んだ?──地獄少女・閻魔あいと瓜二つだったものだから。

 

 いや、スモールマザーの容姿自体は、あらかじめ写真で見て知っていて、そのときは何かが違うと感じた。

 でも、こうして実物を目の当たりにすると……黒髪と白い肌のコントラストといい、体が透けているのかと紛うような幽玄さといい、とても似ている。

 

 私が“昨日の女神”と同一人物であるように、もしかしたら地獄少女本人ということも、ありえるかもしれない。

 もし、そうだとしたら三年ぶりの再会。ああ何を話そう。

 

 スモールマザーは私の前に立つと、私の有様を見てニンマリしてきた。

 

「やっほー新入りさん。あたしが“アインちゃん”だよー。こんなトコでダウンしちゃってカワイソ。ハハ、ざぁこざぁこ(はぁと)」

 

 はい。別人確定。

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