機動戦士Gundam GQuuuuuuX 蒼の炎獄 作:ミトコンドリアン
本放送始まって、ついに新エピソード来ましたね。
…シイコさんに刻まれた傷が深い。
今回の話は、とってもとっても…人を選ぶと思います。お気に入り登録者数が減る事も覚悟です。でも、どうしても…どうしても書きたかったんです。ご容赦ください。ダメだと思ったらすぐブラウザバックしてください。
では、どうぞ。
「…………遅いな」
黒い革のロングコートの裾を捲ってしきりに腕時計を確認している姿は様になっているが…見た目から察するに、年齢はまだ14、15歳くらいだろうか。明るい青髪に
最初はただの一般人かと思った。だからその子には声をかけなかったし、ちょっと離れた所でそれらしい人が来るのを待つことにした。でも、五分、十分と経ち…彼は急に悪態をつき始める。ぎゅっと眉間に皺が寄った。
「あーっ…どんだけ遅刻すんだよ!こちとら暇じゃ 暇だったな…今日はバトルもないし」
ぷはー、とため息をつきながらそんな事を口走ったのを聴いて、私は自分の耳を疑った。おそるおそる、彼に近づいて…口を開く。
「ねえ きみ」
「……………なんすかおねーさん」
彼の赤い目がぎろりとこちらを刺した。それによって、私の中の疑問が確信に変わった気がした。迷いなく、言葉をかける。
「…砂漠に蝶は飛ぶのかしら?」
微妙な沈黙が辺りを包んでいる。コロニーの街はまだ騒がしいはずなのに、静寂の音が耳をつんざく気さえしていた。すわ間違ったか、勘違いだったか、とまた疑問がぶり返して…短く息を吐いて、彼はこう返した。
「砂漠に飛ぶのは
彼の声を聞いた瞬間、胸中に奇妙な感覚が過ぎる。まあ…今思えば、これは驚きと憐れみのカクテルとも呼べる感情だったのだろう。それが頭を回っているうちに、彼は次の言葉を吐いた。
「で…………あんたが件の“魔女”さんなんだ」
彼は懐から私が送った手紙を取り出して、私に差し出してくる。彼なりの証明なのだろう。彼はその行為だけで、自分が何者か、何のためにここに来たのかまで詳らかにしてしまう。彼がそれと共に浮かべたのは、ニヒルな…しかし凶悪な笑みだった。彼の眼光が赤く煌めいている気さえした。
「あんたと組めば…………俺は、あの赤いのを
これが…………私と、あのイフリートのパイロット…アキト・ミチナガとの出会いだった。
ーーーーー
『おいおいなんだこの操縦系は…』『煩雑がすぎる!こんなの人が乗るのは無理ですよ!』『…………うわ、ペダルがそれぞれのスラスターに割り当ててあるの…?こわぁ…』
「…君の機体、ちぐはぐね」
「最初のバトルでぶっ壊れたままで。制式の代替パーツもないもんだから、ああやって継ぎ接ぎで補ってるのが現状」
「だから操縦系もあんな風なの?」
「あれは元から」
“魔女”に連れられてほいほいやってきたどこかの警備会社の工廠で、俺のイフリートEXが技術者達に解析されている。機体のデータを覗いてはがやがや、操縦系を見てはやいのやいの…やはり、あの機体は相当におかしいらしい。
そんな様子を見ながら、俺は“魔女”と話していた。魔女…“シイコ・スガイ”と言う名前らしい。俺の発言を聴いて驚いた様な雰囲気を見せ、より一層笑顔を深めている。その名前には、俺も聞き覚えがあった。そして…黒髪で、柔らかな雰囲気を纏った彼女から
「あんた………マジの撃墜王なのかよ」
「ええ、もちろん“マジ”よ」
「……………だったらなんで俺を呼んだんだ」
彼女がお茶目に返したために、眉間に皺が寄っているのが自分でもわかった。理由の一つは簡単で…撃墜王なら、シュウジに負けた俺を
「それはね…君は…たぶん、
「ハッ…何を根拠に」
「あのクランバトルの映像を見て、分かったわ。君…片方には殺す気でいたけれど、片方には明らかに手を抜いていた」
ひやり、と首筋に奇妙な冷たさが伝う。動揺。その二文字が、まるで図星であったかのように身体が反応して…実際に図星であったのだから、返す言葉もない。
「それに、シミュレーターでだって分かる。すごい動きよ?気づいてないの?」
「あんただって人のこと言えないだろ。スティグマ戦術なんて、遠心力で凄まじいGがかかるはずなのに」
「私は鍛えてるから。…君くらいの年齢であんな機体制動を耐えられるなんて、とっても珍しいことよ?」
……この人のこういう言葉を何度聞いたことだろうか。その度に、俺はこれを言わなきゃいけない。
「だーかーらぁ…俺は18!もうすぐ19歳になるんですってば!」
「その強がりかた、やっぱり子供ね」
「ぬぐぐぐぐぐぐ…」
そしてそのように返されるのも決まりきった流れだった。呻きながら期待を見上げて、自分の頭だけガンダムのイフリートと…その隣の、何だか
「
「あら、わかるの?」
「進路に関わってたから、結構その辺は勉強してて」
「……………進路、ねえ」
何かを思い浮かべるように、シイコさんは天井を仰いだ。その仕草に何かを感じ取って…邪魔をしないことにした。暫くして、白髪で色黒の男性がやってきた。
「アキト君…君の機体の解析は粗方終わった。資金が手に入れば、あの機体の腕も直してあげられる。…………しかしまあ、すごいな」
「何がすか」
ふうーむ、とため息をついて顎に手を当て、俺の機体を見上げる男性にそう問うと、彼は俺の頭からつま先までを流し見て、口を開く。
「運動性能や機体の剛性はやはりハイエンド機といった所感だが…推力とジェネレータ出力は類を見ないほどに素晴らしい。私も対抗心が生まれてしまうくらいに」
「まあ、そうですね。アレはどんな無茶な軌道も取れますし、耐えてくれますもん」
「……ああ。あの映像、私も見させてもらった。本当に君が乗っているとは思えないな」
疑うような目つき。少しカチンとくるが、それも諦念に塗りつぶされる。俺は負けたのだ、仕方なかろう。
「…………さっきの
「もちろん見させてもらった。まさか…君がシイコにあそこまで迫るとは」
「でも結局は“コレ”。…俺なんか雇うより、どっか適当な退役軍人連れてきたらどうすか?」
親指で首を掻き切る動作をして、目の前の男にそう悪態をついた。男のほうもムッときたようで、何やら俺に言い返そうとするが…シイコさんがぬる、と間に入ってきた。
「モスクさん、君のこと褒めてるのよ?もう少し素直になったら?」
「ふん、すんませんね素直じゃなくてねえ」
「…………本当に大丈夫なのかね」
目頭を押さえてシイコさんに問う男性 モスクさんか。彼に向かって彼女は陳述する。
「私が選んだのですから間違いない、と思ってくれていいですよ」
「しかし、コイツは赤いのに負けてるんだから…」
「でも、私にここまで
「…貴女にそこまで言わせるか、彼は」
目を少し大きくしたモスクさんの様子に笑みを返した後、彼女は俺に向き直る。まるで互角の綱引きをした相手に向かってするような、寛大で、満足げな微笑だった。
「でも…君に足りないのは
「…だから、なんです?」
「君のこと、もーっと…鍛えてあげる」
彼女の微笑みは間も無くして、心をひんやりと握りしめられるような、ゾッとするほどに妖艶な笑みに変わった。
彼女の差し出した手を………俺は握りしめることにした。
「…………わかりました。よろしくお願いします」
その言葉に、目の前の“魔女”は笑みを深めた。それは、ある種の契約だったのかもしれない。俺はその日…魔女の“使い魔”になったのだ。
ーーーーー
『うおおうっ、難しっ…できてますかこれ!?』
『そうそう、上手上手!』
『まぁたそう、そんな口調でバカにするっ…散れえっ!!』
モニターに映る映像を見ながら、男…モスクは腕を組み、ソファに腰掛けていた。その背後には私服に着替えたシイコの姿もあった。
「…………なるほど。貴女の審美眼は間違っていたかったようですな」
「ええ。私も…すごく久しぶりです。こんな感覚は…本当に久しぶり」
遠い目をしてモニターを見ている彼女の目に、蒼い機体が円軌道を描いている。どうやらシュミレーター映像を2人で確認していたようだ。モニターからシイコとアキトの声が聞こえている。
「この動き…貴女のMAVとしての動きを刷り込んでいるというわけか」
「勿論です。私と組むならそうしなきゃ。…でも、ここまで動いてくれるのは初めて」
映像に映る2機は、出会ったばかりである筈なのに 阿吽、ツーカー、熟練コンビ そのような雰囲気の連携をとり、仮想敵を次々と堕としてしまっている。今までもシイコと組んだものは工廠のパイロットに何人もいたが、ここまでの動きは初めてであったらしい。
「言わなくてもやってくれる、やらせてくれる…こんなふうに感じたのは、今までには
「……………まさか、貴女がそのようなことを言うとは」
「勘違いはしないで頂きたいです。彼は
鋭い目つきで画面を睨むシイコの声色に、今は亡きMAVへの憧憬と、“彼”への期待が籠っている。しかし、それは少しの冷たさを孕んでいた。
そんな彼女の様子を少し観察した後…モスクは机に置いてあったタブレットを手に取り、シイコに差し出した。そこには何かのデータが記録されている。
「…これは?」
「アキト君の“健康診断”のデータだ。読んでおいてくれ」
「…………なぜ?」
「知っておかなければならないから、とだけ」
促されるままにそのデータを斜め読みするシイコ。身長体重年齢血圧…色々なことが書かれていて、本当に健康診断のデータのように見えた。しかし、項を変えると毛色が変わる。
「…神経組織に
「反応速度を向上させるものだろう。彼の異常なまでの反応速度は貴女もわかっているはずだ」
「…………これが、彼の反応速度の秘密?」
「おそらくは。でもそれだけではない」
また項を送る。そこには様々な種目とその記録が記載されていた。つまるところは身体能力テストだ。その数値に、彼女は目を見開く。
「あんなに小さいのに…こんなに動けるの?」
「医者の診断によれば、肺活量も、年齢や体格に比べれば常軌を逸しているそうだ。それに…耐G訓練の項目も」
息を飲みながら、言われるままにその項目を見て…絶句した。
「…
「なにかの…間違いでは?」
「私もその場に立ち会った。計器にも異常はなかった。…あの殺人的な軌道を耐えていたんだ、驚きはしなかったが…常人なら即死だ」
「じゃあ…あの子は…」
内臓も骨も、
「骨格筋密度や骨の強度、ありとあらゆる臓器の機能が強化されているようでね。事前の聞き取りで、よく鼻血や血涙を流すと言っていたが…おそらく、高G下でも血液を滞りなく身体に回すため、特定条件下で血圧を爆発的に上げるような強化でも施されているのだろう。毛細血管は破れやすい…」
「………
「おそらく、それが正体だろうな。しかし…なぜ彼のような年齢の子が」
腕を組みながら唸るモスク。両者が抱いている感情は違ったものだったが…思い浮かべているものは一致していた。
「あの子の見た目も…もしかしてその施術のせい?」
「測定の結果によると、外見・身長は
「
「ジオンの強化兵士計画の実験台か何かだったのか…何にせよ、
険しい顔をしたモスク。彼は彼なりに、やはり思うところがあるのだろう。戦争とはいえ、子供までも戦場に駆り出すのは外道の所業だ。
彼はシイコを一瞥し、またモニターに向き直る。今度はシュミレーターの映像ではなく、実際のカメラ映像…資金稼ぎを兼ねた
凄まじいGもかかるだろうが、片やキルスコア100超えのスーパーユニカム、片や強化人間の少年。出力調整をしながら、互いが互いに合わせる形。ワイヤーの切れない絶妙なバランスをもってして、二人は廻る。
相手の紫に塗装されたザクは、躍る2機にマシンガンを当ててやろうと試みているが、むなしく宇宙へ消えていく。それもそのはずである…空間戦闘において上下左右の概念はなく、地上ではただその場をくるくる回るだけの2機が織りなす回転運動も、宇宙でなら方向を問わない。そして、そのまま別方向にスラスターをふかし、回転しながら並行移動するようにすれば…綺麗な、しかし不規則な螺旋の軌道を描いているように見える。誘導のない火器では当てづらいだろう。
敵の弾倉交換の隙をついて、2機は動き出した。保持していた遠心力を解放し、シイコの軽キャノンが飛び出していく。ジオン独立戦争時代の型落ち機ではあるが、イフリートEXの推力をもってブーストがかかり、ハンマー投げの要領で飛ばされたのだ。モニターにうめく声が聞こえる。凄まじいGがかかるのだから当然だ。
『ああ、この感覚久しぶり…さあ、堕ちて!』
突然、急加速と共にこちらに突っ込んでくる軽キャノンに、2機のうち1機は対応できず…ビームサーベルで首が跳ぶ。何が起こったのか分からないのか、もう1機は軽キャノンをカメラアイで追い、後隙を狙おうとマシンガンを構えるが…
『誰か忘れちゃいませんか…ッ!!』
黄色い光線が空を裂き…もう一機の頭も吹き飛んでしまった。光線を辿ると、それが放たれたであろう場所には…いびつな右腕を敵機体に向けたイフリートEXの姿があった。その腕には…
『うーむ…ガトリングより便利かもしれない…』
破損したイフリートEXの右腕の代わりに、歪な形の腕がついている。茶色で、蛇腹のような腕部に、何も握れはしないであろう手の形…しかし、先程そこから飛び出したのは…
『だからって…いくら有り合わせだからってさあッ…もっとこう…あっただろうに!!』
『きみ。無駄口叩いてないで、早く帰らないと』
『…イエスマム』
不満そうな声と、クラン勝利のファンファーレが聞こえてくる映像の奥では、2機のMSがスラスター光と共に消えていった。彼女らの初めての慣らし実戦は、圧倒的な蹂躙によって成功を修めたのであった。
「圧倒的ではないか…」
「はい。最初は最低限、私の
「フム…彼が怪しい人間でなければ、君が“清算”を終えたらウチに欲しいところだな。もしや…ニュータイプという奴なのかな?」
「 まやかしですよ、ニュータイプなんて」
「そうかな?私は君にも、その類の才能があると思っているがね」
モスクの言葉を受け、シイコは脳内に彼の姿を思い浮かべた。明るい青髪の、少女のような顔立ちの少年。しかし、元スーパーユニカムである自分に喰らい付いて来れる人間。連携を組む時のあの感覚…彼女は心のどこかで、彼に
ーーーーー
「おーい……時間ですよ………《blur:2》《/blur:1》シイコさん……?………シイコさん!」
「…………あ…れ…?」
くぐもって聞こえた呼びかけに、重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。部屋の切れかけの蛍光灯がチラチラと目を刺した。暗順応しきった目で呼びかけの方向を確認すると…青いノーマルスーツの上から黒いロングコートを着た少年が、赤い眼でこちらを覗き込んでいた。
「スクランブル…?あれ、でもソロモンまではまだ…」
「……寝ぼけてるんすか?シミュレーターの時間ですよ。なんたってこんな所で寝てたんです?」
「…私、寝てたのね」
「寝心地悪そうな寝顔でね」
へん、とニヒルな笑みを浮かべた彼に寝顔を見られていた事に、少し気恥ずかしさを感じる。どうやら休憩室で眠りこけてしまったようで、安物のソファからゆっくりと身体を起こす。髪の毛が少し乱れているような気がして、右手で髪を軽く撫でつけた。そのまま壁掛け時計を一瞥すると、少しだけ予定時間を過ぎていることに気づく。
「ごめんなさい、少し遅れてしまったわね…早く着替えないと」
「…おかしな事言いますねえシイコさん」
頭の上に疑問符が浮かぶのがわかる。いつの間にか敬語になっていた彼…アキト君の目線が私の身体を向いている。思わず両腕で身体を覆うようにしてしまうと、アキト君の目線が冷ややかなものに変わった。
「………ノーマルスーツのまま寝てたんですよ、あんたは。ナニ勘違いしてるんですか」
「あ…あら、本当だわ…」
「ったく…あんた本当に寝ぼけてるらしいな。俺は人の奥さんに欲情なんてしませんよ!」
「大方、前のシミュの後に休憩してたら寝ちゃったんでしょ」と彼は続ける。彼の言うとおり、私はノーマルスーツを着たままだった。ハア、と溜息が聴こえて、耳が赤くなっていくのがわかる。そんな私の様子を他所に、彼は紙コップを差し出してきた。
「コーヒー、アイスのブラックでよろしかった?」
「…よろしいわ」
「………フフフ、っぱアンタ結構ノリ良いですね」
彼の言葉に若干の照れ隠しも兼ねてそう返すと、彼は愉快だと言わんばかりにくすくす笑った。少年らしい笑みだった。紙コップを受け取り、口をつける。鋭い苦味と冷たさは眠気を飛ばすのに最適だ。
「飲みながらでいいんで移動しましょう。メットは俺が」
「ありがとう」
「いいんすよ。ゆっくり行きましょう」
彼は抱えていた自分のヘルメットをがぽりと被って固定しないままに、卓上の私のヘルメットをひょいと拾い上げる。休憩室の自動扉を手で押さえて、私に外へ出るよう促した。
シミュレーターのある格納庫への廊下を歩く。バイザーの反射で私からは顔の見えない彼と横に並んで、特になにも話さないまま。沈黙の中、たまにコーヒーを啜ると、ぼんやりしていた頭がはっきりとしてきた。…不意に、ある事を思い出した。
「私…既婚者だって言ってたかしら?」
「又聞きしました。お子さんまでいらっしゃるとはね」
バイザー越しのくぐもった声。いつも通りの、どこかぶっきらぼうな声色。彼と“勘を戻す”訓練をしてきた時間はまだ短いが、すでにその声には慣れてしまった。でも、そんな口調のくせに、両手で身体の前に私のヘルメットを抱えるような仕草は可愛らしくて、なんだかちぐはぐだ。
「俺は疑問です。あんたは何で
「…戻る?」
彼が突然口を開いた。何だかより一層不機嫌そうな口ぶりだった。
「あんたには家族がいる。お子さんもまだ小さいらしいじゃないですか。元スーパーユニカムとはいえ、もう、こういう…なんだ、
「…………なるほど、そういうこと」
なるほど、この子も周りの人と同じ事を言うのか。心の中で、この子に少しだけ幻滅する。この子も…私が、“戦場に魂を置いてきた”などと言ってくるのだろうと思った。…だが、違った。
「勝手に推理したんです。もしかしたら…
「…え?」
少し面食らった。バイザー越しの彼の表情は見えない。
「あんた、ゴシュジン…で、いいのかな、配偶者の呼び方は。愛してるのには違いないんですね?」
「………ええ、そうね。坊やも可愛いわ。私たちの大事な子供だから」
「だがしかし、それに対抗できるほどの大きさの、
心臓が跳ねた。彼の目が、紅く輝いている。バイザー越しに、紅い二つの光が見える。人間離れした眼光が、私の心すら覗いているのか。
「
「…なんで、考えてることが」
「あ、たぶんそれもカンです。なんだ、ニュータイプ肯定派ですか?」
意地の悪い笑いが聞こえてきた。むっとして、言い返す。
「ニュータイプなんて…いるわけがないわ」
「俺もそう思ってましたよ。でもねえ…いるんだな、これが」
カラカラ笑う彼の声色が、悲しげなものに変わっていた。
「でも、あんたが執着するような“
「心…?」
「ふむ…簡易的に説明しますね、よっと」
「きゃっ…!」
急に彼が立ち止まった。残り少ないコーヒーのコップを優しく私から奪って、いきなりヘルメットを被せてきた。肩を掴んで壁に押しやり、私を追い詰める。
「………何をするの」
「今、俺とあんたの距離は近いように見えて遠いんです」
「…えっと、ごめんなさい、意図がわからないわ」
困惑する私を他所に、彼は互いのバイザーをかち合わせるように、頭を私にくっつけた。反射で見えなかった彼の顔がようやく見えた。こんな事をしている癖に、すました顔だった。
「今、俺とあんたを隔てているのはバイザーの強化プラスチックガラス2枚分。身体の方は、鉛だのなんだのを使ったノーマルスーツで仕切られてます。人と人との間って、こんなに距離が遠い」
バイザー越しに、彼の声が生む振動が伝わってくる。バイザー越しの彼の目に、息を呑む。
「普通に生きてたら、もちろん仲のいい友人や、あんたのように生涯のパートナーに出会います。腹を痛めて産んだ子供にも。そういう人と深い関係になるってのを、
「…ええ、そうね」
「心の距離が縮まると、相手のことが色々見えてくる。これは遠くに見えた建物が何かわからなくても、近くに行くとピザ屋だったってわかった…みたいなのと似てる。さらに近づくと、そのお店の壁のヒビだの、おすすめメニューだのがわかるし」
行き場のなかった手に、急に何かが重なった。いつの間にか、私の肩を押さえていた手が離れ、私の左手を掴んでいた。彼はそれをそっと動かして…私の掌が彼のヘルメットの側頭部に触れるように持ってきて、その上から優しく押さえる。振り払えるはずなのに、何故だかそんな気が起こらない。
「あ、えーっと…いけないわ、私には家族が…」
「俺は今真面目に話してます。…身体同士の触れ合いっていうのは、ある程度段階の進んだ“わかりあう”関係に限定されるけれど、距離を縮めるのには最適。布越しより、素肌での触れ合いの方が効果は高いんでしょう」
「……………話が見えないわ」
「ここからが本番です」
彼の紅い目がまた光る。じんわりと目の奥を刺すような、鈍いけれど鋭い光。
「ニュータイプってのは…あんたの心に、いきなり
「…………ッ」
「まあ、端的に言えば…本当なら幾星霜とかけてやっとできるかできないかの、身体的接触のさらに向こう側…魂同士の触れ合いってのをいきなりしでかしてくるんです」
心臓がきゅう、と握られる気がした。彼の声が、いつもより大きく、強く聴こえて、心を揺さぶられる気がした。
「魂同士で触れ合えば、互いの
いつの間にか、視界に彼以外が映っていないような気がした。周りの景色から…バイザーまで。パイロットスーツさえ消えてしまったように感じた。彼以外は果てしない暗黒のような、そんな気分だった。コロニーの擬似重力すら感じているかどうか怪しかった。
「シイコさん。分かりあうってのは…無条件に仲良しこよしになれるってわけじゃない。分かりあったからこそ、相手と自分は相容れないとわかることだってある」
「これが…君の言う、魂の触れ合いなの?」
「…………え?」
身体が震えていた。いや…本当に、今の私に身体はあるのか?わからなかった。ただ、この空間に彼と私しか居ないような気がして、無性に寒くなってきた。
「…あ?ちょっとシイコさんやめてくださいよ。何で抱き締める必要が」
…足下から、
「え?は、なんだこりゃっ…え、まずい、これ…ゔっ…!!!」
浮遊感を感じる。彼との距離が少し離れた。彼も、この空間に浮かんでいる。…もっと近くに行きたい。
「あ、やばい……!ちょっとシイコさん一旦離れよう!これまずいです!あんた
頭を抱えて苦しむ彼との距離が近づいていく。不思議な気分だ。もう、彼と私を隔てるものはない。
「ぐ、ゔぅ〜ッ…!!!ストップ!待って!ごめんなさい俺が悪かったですから!倫理的にだめ!だめだから…っ」
離れようとする彼の手首を掴む。
「頭が…焼けるゥ…ッ!!!!!!!!」
彼を引き寄せる。彼との距離が、限界まで縮まって…………
『それ以上は許さない』
「…ッ!」
突き飛ばされる感覚と共に息苦しさが込み上げてきて、大きく息を吐いて、吸った。呼吸が止まっていたのだろうか。周りの景色も、元の廊下に戻っていた。壁に背をつけたままへたり込む。今のは…一体、何だ。
「アキト君、あなた…!?」
謎の現象に戸惑いを隠せず、声を荒げて彼に抗議すると…彼は床に倒れていた。身体を震わせ、力無く手を投げ出している。急いで駆け寄り、ヘルメットを脱がせる。それに従って、床に
「アキト君、しっかりして!アキト君!?」
「ゔぇ、お〜…ごほっ、ゔ……しぃこさ…」
「立てる!?早く医務室に…」
抱き起こし、力無く項垂れる彼に肩を貸す。目や鼻からぼたぼたと流血し、身体を震わす彼を抱えて、私は医務室に急ぐ。先程までひどく大きなプレッシャーを放っていた彼が、今度はとても小さく見えた。
ーーーーー
「ゔ〜っ、やっちまったァ〜………」
『……ごめんなさい。もっと早く引き剥がせばよかった』
「んやぁ、妖精さんのせいじゃないよ…俺がちょっと調子に乗りすぎた」
頭上から流れ出る湯に打たれながら、壁に頭をつけて項垂れる。背後からの“妖精さん”の声にそう返して、今日の午後3時ごろに起きた出来事を思い返した。
「…………あの人も、ニュータイプかぁ…」
『素養はあったわ。でも、今まで目覚める機会を逃していたみたい』
「そうなの?…アレで目覚めるもんなの?ニュータイプってさあ…」
頭をぐしゃぐしゃやりながら、妖精さんと会話する。
『まあ…アレは流石にないと思うわ。なんであんなこと』
「アレが一番分かりやすいだろうし…シミュで
『……………呆れた』
「返す言葉もないよぅ…」
シャンプーをつけて洗髪しながら、妖精さんの溜息に腹のあたりが重たくなった。俺はあることを危惧していた。シイコさんが…
「魂同士の触れ合いってやっぱクソだよ。気持ち悪くて仕方がない…」
『……………………そう?』
「そう。…アレのせいで、シイコさんの“理由”も勝手に知っちゃったし」
再度蛇口を捻って湯を出して、泡を残らず洗い流した。足下に落ちた毛を流してから蛇口を閉め、かけておいたタオルで身体を拭く。
「…MAVを殺されてたんだ。そりゃ、いちばん分かりあった相棒を殺されちゃあ、憎いよな」
『それに…………復讐対象は、あの
「行き場もなくなるよな、そりゃ。………普通の人生送っても、どこか諦めきれなかったんだろ。そこに、シュウジの野郎が現れた…かーっ、ほんとあいつさえいなければ…」
ぺっ、と排水溝に向かって飛んだ痰には赤いものが含まれていた。それに眉を顰め、シャワーで押し流してしまう。排水溝は、血生臭い排水溝から、ただの排水溝に戻った。
「ハア…謝んないとなあ、シイコさんに」
『…………会いにいくの?』
「んや、明日でいいかなあ。今日はもう遅いし」
『そう。それはよかった』「よかったって何だよ」
『ひみつ。私はもう寝るから…おやすみ、アキト』と言い残して、妖精さんの気配が消えた。AIにしちゃ、やはり感情が豊かすぎやしないだろうか?……まあ、いいや。さっさと着替えてシャワーを出て、貸してもらった宿直室のベッドに、ベッドサイドのランプをつけて寝転がった。程よく身体が温まっていて…疲労も相まって、意識が微睡に沈んでいきそうになった。そのまま身を委ねて、深い水の底へ降りてゆく…ところだったのに。
『アキトくん、いるかしら?』
「ッ…向こうから来た」
宿直室の扉が叩かれる。先程あんなことがあったから…シイコさんがやってきた。俺は無言で扉の方へふらりと歩き、開く。扉の向こうのシイコさんは、家から持ってきたのであろう寝巻きを着て、化粧もすっかりと落としていた。…この人も湯上がりかな。
「こんばんは。何か御用?」
「話があるの。とりあえず…中に入れてくれる?」
「…………はい」
少し迷って、立って話すのはきついかな、と気を巡らせて、やっぱり入れることにした。備え付けてある3脚椅子を引っ張り出し、俺はベッドに腰掛けた。…重心が少し右に傾いた。シイコさんが椅子を差し置いて隣に座ってきたのだ。彼女はその童顔をこちらに向けている。
「あの…椅子があったと思うんですが」
「こっちの方が柔らかそうだったわ」
「…お茶目さんですね、あんた」
彼女の返答が少し面白い。真面目そうな顔で言うもんだから、さらに面白い。笑いが込み上げてきて、少し緊張がほぐれた。
「で…早速ですけど、お話って?」
「それはね…今日の、
「……………その節は、本当に申し訳ありませんでした」
ベッドから立って頭を下げる。アレは本当にだめだった。わざとでないとはいえ、危うく彼女の見られたくない
「大丈夫よ。別に怒ってなんてないわ」
「あれっ…そう、ですか?」
「ええ。事故だったのよね?そう、事故…」
「………でも、俺があんなことしなければ」
拳を力無く握ると、彼女は柔らかい笑みのまま、彼女の隣をぽんぽんと叩いた。…それに従って、ふたたび腰掛ける。
「…でも、まさか…私があんな風なことを体験するなんて」
「事故でした。…失礼ですよね、あんな…全部すっ飛ばすような」
「いいの。…いいのよ、アキト君。私はなにも嫌じゃないわ」
「それも錯覚かもしれない。魂の触れ合いってのは、それぐらい刺激の強いものなんですよ!」
彼女の言葉に、そう強く返してしまった。シュウジとマチュのことが、ずっと俺の袖を引いている。握った拳を膝の上に置いて、その間から床を見ていると…腿に手が置かれた。はっとして、彼女の方を向く。彼女の、化粧を落としてあるはずなのに、綺麗な、そして可愛らしい顔が、思ったよりも近くにあった。ひゅ、と息を呑む。
「ねえ…アキト君は、あの感覚…嫌だった?」
「…………はい。だって、あんたの許可もなしにずけずけと…」
「…私を気遣ってくれているのね」
彼女の掌が太腿から離れて、俺の頬に添えられた。顎を動かされ、強制的に目を合わされる。…意図が、わからない。そのまま、永遠にも感じられる沈黙が流れた。
「私はね。認めたくなかったの」
「…え?」
不意に、彼女が口を開いた。
「後にも先にも、私のことをわかって、ついて来てくれるのは…
「わかりませんよ、あんたのことなんか!」
「………じゃあ問題です」
どこか妖しい笑みを浮かべて、彼女は続ける。
「私が…なんで赤いガンダムを堕としにきたのか…わかる?」
この質問には…正直に答えるべきではないだろう。そうすれば、この人はあの魂と魂の触れ合いを、ただの錯覚だと流してくれそうだ。そうだ。それが一番だ しかし、彼女の表情を、瞳の奥に渦巻く感情を感じ取ってしまった。…嘘は、つけなかった。
「………納得のためだ」
「…!」
彼女の目が見開かれる。覚悟して、俺は続ける。
「あんたは…戦争中に相棒を失った。だが復讐相手も光の中に消えて、あんたのその感情は行き場を失って…心に
「…………ええ」
「戦後に旦那さんと出会って、子供もできて…でも、その錆が、家族を心から愛する邪魔になった。けれどあんたは、それを仕方ないと諦めてた」
堰を切ったように流れ出る言葉に、彼女の瞳の奥の感情が煮詰まっていくような感覚を感じていた。しかし、止まらない。
「あんたは…望む物全て手中に収めるような人間はいないって諦めたんだ。何かを手に入れるには何かを諦めなければいけない、世の中そんなもんだって」
だから、自分が相棒を失ったのも仕方ないことだ。そう考えたのだろう。
「でも、赤いガンダムは現れた。そのせいで…諦めきれなくなったんだ。だから、あの赤いのをぶっ壊して、地に堕とせば…また納得して、心から家族と向き合えるんだ」
そう締めくくって、恐る恐る彼女と目を合わせた。…彼女は、優しい笑みを浮かべていた。
「合ってるわ。…私自身でも、そこまで言語化できるのかわからないくらい」
「…満足ですか、これで」
「ええ…これでやっとわかったわ。君はやっぱり
愛おしげに、右の掌が俺の頬をひとなで…愛おしげ?
「君は………わたしの、
「違います!勘違いしないでください!」
「勘違いじゃないわ。
肩を掴む彼女の左手に力が入る。薄暗い部屋の中で、ベッドサイドのランプだけが、俺と彼女を優しく照らしている。彼女の声に得体の知れない恐怖を抱いて、声が大きくなった。
「わかるもんか…さっきのはまぐれだ!」
「まぐれならまぐれでとても凄いことよ」
「………じゃあ、あんたはどうなんだ」
思いついた。もし、彼女が
「…失ってほしくなかった」
「 ッ!!」
心が…魂が、握りしめられた。
「戦争で
「…………やめろ」
「自分と違って、親友は恵まれていた。だから、自分が失っても…彼女にはそうなってほしくなかった」
「やめろと言って ぅあ…!」
振り払おうとした手を、頬から離した手で掴まれる。そのまま、その手が手のひらの方へ向かっていって…互いの指を絡めるようにして握られた。ぞわ、と、得体の知れない感覚が背筋を伝う。
「でも、彼女は危険な道を走り出してしまった。だから、彼女に嫌われてでも…彼女の
「…………………やめて」
自分の喉から出たとは思えないほど、弱々しい、蚊の鳴くような声だった。視界が歪み、頬を冷たい液体が伝っていくのが感じられた。
「でも、結局は負けた。きみは親友を止められず、あげくには嫌われ…本当に、全てを失ってしまった」
「………あんた一体…………どこまで……!」
肩を抑えていた手が離れ、俺の頬を親指で拭う。銀色の雫が彼女の親指を濡らしていた。シイコさんは妖しい笑みを深め、口を開いた。
「………おかしくないかしら。持ってるものを捨てる覚悟で望んだのに、捨てた上でそれは手に入らない…そんな理不尽なこと、認められる?」
彼女との距離が、ゆっくりと縮まっていく。魂と共に…彼女の白い顔が、俺の方へ寄ってくる。
「わたし達は惹かれあっている。だから…ふたりで、目的を果たしましょう?」
「違う…………だめだ。それはまやかしだ…ニュータイプの感応なんか、本当の相互理解なんかじゃない…あんなのただの洗脳だ…」
「わたしは…正常よ」
このままではいけない。この先起こることが、俺の勝手な勘違いでないのなら…これは、彼女に
「いいえ、裏切ったりなんてしないわよ。わたしは旦那も…ぼうやも愛している。それは変わらない」
「………ッ、なんで、考えてることが」
「わたしのカン…じゃあないのは、きみももう理解しているでしょう?」
もうすでに、互いの息が混じるところまできた。彼女の身体がこちらに傾く度に後退りしようにも、払いのけようにも…なにかが俺の邪魔をした。動けなかった。…魂が、近づきすぎていた。俺はすでに、
「これは
「い…や、やだ…だめだ、そんなことしちゃいけない…!」
「 すぐに、そんな事も言えなくなるわ」
「だめ っ、んむっ……………」
あっけなく、シイコさんとの距離がゼロになった。その瞬間………ことばを交わす事では決して伝わらないようなことが、なにか光って消えた気がした。魂の距離が ゼロになったのだ。
彼女は動けなくなった俺の首に腕を回し、ねっとりと唇を押し付ける。彼女の粘膜が、俺の中で丁寧に体温を吸い取っていく。薄暗い、ランプの灯りしかない部屋の中で、自分の輪郭が失われていくのを感じた。それほどに…本格的な魂と魂の触れ合いは、鮮烈で、強烈な体験だった。
いつのまにか、背中にベッドの柔らかな反発を感じた。ファーストキスを深い
「……………………………だめだ……」
彼女は何も言わず、仰向けに倒れた俺の身体の上に跨った。彼女の身体の奥から溶け出すようにした
何も見えない中で、シイコさんの身体が倒れてくるのだけがわかった。ニュータイプの感応の得難い感覚のために、魂の触れ合いの
後悔と憎悪と羨望と情欲と、魂ごと混ざり合い、輪郭を曖昧にして互いに溶け合うような、鮮烈な初めての快楽の果てに 俺は、魔女と契約をした。
【To Be Continued…】
アキト:ロイヤルスウィート美少年(齢18もうすぐ19)。魔女の手紙を受けとって、ホイホイついていって師事を受けて、魔女の琴線に触れに触れまくった。挙げ句の果てにはニュータイプの感応を刺激してしまったせいで……彼は魔女の使い魔になった。ぜんぶあなたのせいです、あーあ。
シイコ・スガイ:あの人が奪われたのは仕方がない事だ。私が家族を心から愛せないのもだ。だから…特別な人間なんていないって、彼と証明することにした。そして…私は、あの人みたいにわかりあえる、ちいさな悪魔と契約をした。魂で触れ合ったせいで少しおかしくなっちゃった。
モスク・ハン:マグネットコーティングおじさん。データを持ち帰れ発言はエールの裏返し。アキトのこともシイコのことも実は心配している。
技術者ズ:すごい機体だなぁっ…それに、この腕…どこで手に入れたんだ?なんで宇宙にこのパーツが上がってるんだ?
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