素早く曇らせて素早く泣かせる。
「ここに来るまでにさ、ゲヘナの連中に絡まれちゃって」
「………………」
「全員倒してきたから良いんだけどね。嫌になっちゃうよ………あんな角生やした連中、目に入れるだけで嫌なのに」
シャーレの休憩室。
私の目の前にはトリニティ総合学園の"元"ティーパーティ、聖園ミカがいた。
今日はミカが当番の日。仕事を一通り片付けて、今はティータイムの時間となっていた。
ミカが差し入れで持ってきたロールケーキをフォークで切り崩し、口にする。
……………甘い。甘過ぎる。
正直言って、気持ち悪くなってしまう程に甘い。でも、生徒がわざわざ持ってきてくれたものだから顔には出さずにもぐもぐと咀嚼して飲み込む。
「美味しい?」
「…………美味しいよ」
「へへっ、良かった☆ 最近ハマってるお店なの〜!」
「…………………」
ミカの舌は、私の舌とは作りが違うんだろう。別に非難する訳じゃないけど、あまり理解は出来ない。
「もう………ゲヘナって、どうしてあんな奴らばっかりなんだろ…………」
「……………………………」
「出来れば二度と見たくないな〜」
私はミカの言葉に内心で溜め息をつく。
ミカのゲヘナ嫌いは、はっきり言って異常だ。
アリウス分校の生徒たちみたいに、小さい頃からベアトリーチェに洗脳じみた教育を施されたという事情があるのなら分かる。
それは子供にはどうにもならない、悪意ある大人のエゴイズムのせいだからだ。
その他にも、過去にゲヘナとトラブルがあったとかならまだ分かる。
でも、ミカはそれとは違う。
ミカのゲヘナ嫌いは、生理的嫌悪感によるものに近い。具体的にこういう理由があって、というのではなくただ純粋なる嫌悪感。
それはそれとして仕方が無い。嫌いなものは嫌い、というのはどうにもならない所があるし、無理に好きになれなんて言うつもりは無い。
でも、それを表に出して良いかは別の話だ。
「ところでさ先生、昨日のテレビ観た〜?」
かと思えば、今度はいつもみたいに">∇<"という顔をしている。
ミカは………そう、子供過ぎる。自分の感情に正直過ぎるんだ。
ミカは17歳。まだまだ子供ではあるんだけど、既に3年生だ。あと一歩で大人の仲間入り、という所まで来ている。
しかし自分の感情を隠したり抑えることが苦手で、それが原因でエデン条約の一件の時には死者が何人も出てもおかしくない大惨事を引き起こしかけた。そもそもそのエデン条約自体が、長年憎しみ合った両校が一旦は矛を収めて手を取り合おうという「大人」な取り決めだった。それを感情だけで頑なに拒んだのがミカだった。
今はその罰を受けて、一応トリニティの生徒に対しては負い目を感じているみたいだけど、ゲヘナに対しては相変わらず。
私がゲヘナの生徒とも交流があるのを知っているはずなのに、自分の感情を優先させて。
あの一件で少しは人の感情を察せるようになったかと思ったけど、根本的な部分はまだまだ変わっていないみたいだ。正直、こんな調子じゃ将来が心配になる。大人の世界では、何でもかんでも感情に従って動いてたら罰を受けるのは勿論、誰も近寄ってこなくなる。
キヴォトスから出るのなら、暴力で全てが解決する訳でもない。キヴォトスにいたって、全てを暴力で解決しようとすると今のミカみたいに罰を受ける。
…………一回、ちゃんと教えなきゃ駄目だね。
「大人」になるっていうのが、どういうことか。
「…………ねぇ、ミカ」
「? どうしたの、先生?」
ミカがきょとんとした顔で私を見る。
「ミカはどうしてゲヘナのことが嫌いなの?」
「え?」
改めて聞かれるとは思っていなかったのか、一瞬固まっている。
「どうしてって………」
嫌いな理由を頭の中で考えているんだろう。少しして口を開く。
「………何故か分かんないけど、嫌いなものは嫌い。昔からずっと、見ているだけでムカムカするの」
「………………………」
やっぱり、ね。
なら、私にも考えがあるよ。
「先生………?」
「ずっと黙ってたんだけどさ」
「え?」
「私、ミカのことが嫌いなんだよね」
「…………………?」
ミカの全身が硬直する。
その瞬間には何を言っているのか理解できなかったのか、沈黙が部屋中を包んだ。
「………………!!?」
程なくしてさっきまでの表情が一変し、途端に血の気が引いていくミカの顔。
それを確認した私は、間髪入れずに次の台詞を口にする。
「理由は………分からないな。見ていてムカムカするんだ。生理的に嫌い………ってことかな」
「え……先生…………?」
「エデン条約の時は『先生』として一生徒であるミカを守ったけど………正直、ずっと嫌な気分だった」
「なん………嘘………だよね………?」
「嘘じゃないよ。現に今だって不快なんだ。私がゲヘナの生徒とも親しくしてるの、知ってるよね?ただでさえミカの顔を見て不愉快なのに、聞きたくもない愚痴まで聞かされて最悪の気分だよ」
「っ…………」
ミカの双眸に、少しずつ涙が溜まっていく。あともう一押しかな。
「それでも私はミカの前では『先生』であろうとしたのに、ミカは自分の嫌な気持ちを人にも押し付けようとした。どうして私だけ我慢しなきゃならないのかな。これって理不尽だよね」
「それはっ………」
まなじりを下げ、明らかに落ち込んだ様子を見せるミカ。
ごめんね、でもミカにはこれしか無いんだ。もう荒治療でしか、ミカの「子供」は治らない。
「だから私も止めるよ、ミカに優しくするの」
「もうミカの顔は見たくない。今度から来なくて良いよ」
「……………………………!!!!?」
私はソファから立ち上がり、休憩室を後にしようと歩き始めた。
「ま、待ってっ!!」
そんな私の腕を、ミカが両手で掴んでくる。
「ごめんなさい……!! 私……わたし……っ……!! 先生の気持ちも知らないで………自分勝手なことばかり言って………っ……!!」
涙をこぼしながら、ミカは必死に謝罪の言葉を述べている。
でもここで許したらミカのためにならない。まだ続けさせてもらうよ。
「信用出来ないよ、そんなの」
「っ…!!?」
「あの一件で学んだはずだよね。自分の感情を優先させてばかりじゃ、皆に迷惑だって。なのにこうして同じことをしてる。ミカには期待してないんだって、どうせ学ばないんだから」
「そ……それはっ……!!」
ミカの腕を掴む力が一瞬弱まる。私はその機を逃さず、力強く彼女の両手を振り払った。
「もううんざりなんだ、君みたいな我儘の相手は」
「ごめんなさい………もうしません………もうしませんから………!」
「いいよ、今更謝らなくても。諦めてるから」
私はミカから視線を外し、出口へ向かって歩き始めた。
「い………いや…………」
「さよなら、ミカ。もう君の顔は見たくない」
「お願い………待って………待ってよ…………」
自動扉が開き、私は室外へと足を踏み出した。
「いやっ………いやぁぁぁっ!! 行かないでっ!! 先生ぇぇっ!!」
「………………………」
「私を1人にしないでっ……!! 行かないでよぉぉっ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………」
扉が閉まってもなお、ミカの泣き声は外にまで聞こえた。今日ばかりは、泣きじゃくる生徒の味方ではいられない。