石世界の錬金術師   作:ポンタ ponta

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 本当にありがとうございます。
 そのため今回はちょっと多めの8000字近くあります。



 英語表記面倒なので、普通に日本語で記載してます。
 tex変換ツールの使い方を理解しましたが、これ投稿しないと表示されないのはキツくないか?
 計算は全てChatGPTにしてもらいました。なので間違ってる可能性もあります。
 遺伝子の名前が斜体になってるのは、そういうルールだからです。ちなみに遺伝子産物(タンパク質など)は斜体で表記しないのが一般的です。


第13話 不滅の錬金術師

「(ついに来たようだね、その時が)」

 

 海から発せられた電波。最初は途切れ途切れの電波が、くっきりと届くようになった。

 その周波数に合わせたゼノは、ひとつ息を吐いてから口を開く。

 

「やぁ。僕はゼノ・ヒューストン・ウィングフィールド」

『よう、俺は石神千空。科学王国のリーダーだ。ゼノ、テメーもそっちの科学王国のリーダーか?』

「もちろんそうだとも」

 

 ああ、分かってしまった。

 千空の声に、警戒の色が混ざっていることを。

 

 当たり前だ。散々彼にどんな科学であろうと、武器に兵器にと転用できると囁いたのは僕なのだから。

 

『ゼノ、テメーまさか科学で世界を支配しようだなんて考えてねぇよな?』

『単刀直入過ぎ!!!』

 

 直後、何やら向こう側が騒がしくなったが何だったのだろうか。

 僕の拙い日本語能力ではしかと聞き取ることはできなかった。

 

「もちろんだとも。僕の科学で独裁する」

『……科学に誓ってか?』

「ああ。科学に誓ってね。そこで君たちに提案しよう。僕の傘下に降らないか? 今こちらは人手不足でね。猫の手も借りたいところなんだ」

 

 僕らは全員硝酸による自力復活者。

 だからこそ、あまり人を減らしたくはない。

 サリンを選んだのはそのためでもある。

 

「それか、石化解除方法を教えてくれないかい? 知っているんだろう、千空。君は」

 

 石化解除方法を知っていなければ、日本からアメリカまで船で来れる訳が無い。

 流石の千空も造船技術や操舵技術まで収めている筈はないだろう。

 

『教えたいのはやまやまだがな、1つ条件がある』

「独裁を諦めろ、かい?」

『そうだ』

「それは無理な相談だね千空。もう直ぐそこまで来てるんだよ。僕の長年の夢が。君と君のとこにいる錬金術師の力があれば、世界を支配できる。僕らは自由に研究ができる。魅力的だと思わないかい?」

『ハッ、1ミリも唆らねぇなぁ。世界の支配に何の意味がある。科学は人類の発展のためにある。世界を支配する為にあるもんじゃねえ』

「綺麗事だよ、それは。科学とは力だ。現代に生きた人は今の文明レベルに満足できない。だからこそ、僕の科学で世界を支配して無知蒙昧共をコントロールする。生殺与奪の権利を僕らが握るんだ」

『……』

 

 返ってきたのは無言。

 もう分かったのだろうお互いに。

 どちらかが折れない限り同じ道を歩めないと。

 そしてどちらも折れる気がないと。

 

 実に残念だ。

 

「本当に残念だよ、千空。君と研究するのが楽しみだった」

 

 心の底では、君を殺したくはなかった。

 でも未来を考えれば仕方無い。

 

「スタンリー、よろしく頼む」

『任せな』

 

 千空が断るのは想定済み。既にスタンリーは向かっている。

 スタンリーに任せればあとは天命を待つだけ。

 

 僕は瞼を閉じてスタンリーからの返信を待つことにした。

 

 

 ……これで僕も、地獄行き決定だね。スタン。

 

 

 

【第13話 不滅の錬金術師】

 

 

「電話を切られた」

「やはりゼノは独裁を諦めなかったか。だがどうする? ニコラ・フラメルは奴の事も求めてるんだろ。それに俺達のこれから先の科学の発展の為にもゼノ達が必要だ」

 

 眼光鋭く、龍水はパチン! と指を鳴らす。

 

「そして何よりも奴が欲しい!」

 

 ハッハー! と叫ぶ龍水を傍目に、ボロスが口を開いた。

 

「日本に引き返す、という訳にはいかないよな?」

「あ゛ぁ、俺らが宇宙に行くためにはDr.ゼノ、ロケットのプロフェッショナルの力が必要だ」

 

 海上で電話をかけたのは、ここが分水嶺だったからだ。

 最終ラインを通り過ぎた今、科学VS科学の戦争の火蓋が切られた。

 

「では、予定通りこれから先は私だけで対応する。甲板には出てくるなよ」

 

 元々ゼノがお断りするのは目に見えていた。だからこそ、その後の対応も決まっていた。

 今までとは比べ物にならない程の戦争になる。よって、幾つもの戦争を体験、切り抜けてきたボロスが戦闘員として矢面に立つことになった。

 

 たった1人で立ち向かうボロスの行く末を案じてるのか、皆の顔が固い。

 

「私は死なない。死んで見えても寝ているだけだ。だから火葬はしないでくれよ。するなら土葬で頼む」

 

 苦笑すら起きなかった。

 緊張を和らげるための小粋なジョークはウケが悪かったようだ。

 

「……今更、しかもここまで来てこんなこと言うのは綺麗事だってわかってる」

 

 羽京が、俯いてポツポツと何かを零し始める。

 その拳はほんの僅かに震えていた。

 

「血が出るのは仕方ないけれど、死者だけは出さないで欲しい」

 

 羽京は平和主義者だ。

 どんな時でも、誰が相手でも、人が傷付き、血を流すのを嫌う。

 

「……前々から思ってた事だけど、羽京お前は軍人に向かないな。教師が向いてるよ」

「はは、そうだね。自分でもそう思うよ」

「でも軍人だからこそ、羽京のその言葉には重みがある」

 

 羽京の肩をポンと叩き、ボロスは親指を立てた。

 

「その頼み、任せておけ」

「ああ!!」

 

 今一度羽京の背中を叩いたボロスは、背中を向けて歩き出す。

 その進行方向の左右から、何本もの腕が伸びる。

 

「クククッぶちかましてこい」

「ハッハー!! 奴らに目にもの見せてやれ!!」

「おう、敵の科学なんてぶっ飛ばしちまえ!!!」

「ホッホー! 頑張っちゃってね!!」

 

 千空が龍水がクロムがカセキが―――

 

「うん、頼んだよボロス。科学兵器相手では君の方が適任だ」

「気ぃつけてね〜」

「ハっ! ボロス貴様の心配より敵の心の方が心配だな!」

「ぶち殺さなきゃぶち殺すぞ!!!」

 

 司がゲンがコハクがマグマが―――

 

「任せたぞボロスー!!!」

「頑張ってね。怪我しないようにね!」

「お戻りしたらボロス様の好物をご用意しておきます」

「頑張ってなんだよ!」

 

 大樹が杠がフランソワがスイカが―――

 

「ちゃんとしてる君のことです。上手くやると思ってますよ」

「頼んだボロス」

「ぜぜぜ、絶対守ってよね!!」

「何のお役にも立てずかたじけない。貴殿の活躍を祈る」

 

 氷河が金狼が銀狼が松風が―――

 

「ヨー、ちなみに勝率ってどれくらい?」

「情けない事言ってんじゃないよ! ここはビシッと送り出すところだよ!! ―――信じてるよボロス!!」

「う〜ん、カワイイ子いたら捕まえといて」

「頑張ってください」

 

 陽がニッキーがモズがキリサメが―――

 

 ―――ボロスとハイタッチしたり、肩や背中を叩いたりして、ボロスに活を入れる。

 船の乗組員全員の応援を受け、ボロスは思う。

 

 なんとかけがえの無い仲間をもったのだと。

 

 それと同時に決意する。

 

 何があろうと彼ら彼女を守ると。

 

 

 

 ボロスは歩きざまに水銀を取り出し、一息に呷る。

 

「んっ……」

 

 ゴクリゴクリと飲み下し、ボロスは1人だけ船首へと躍り出る。

 

「さて……これである程度時間は稼げるな」

 

 錬金術の欠点の1つ。媒体を用いない場合の体力消費。

 そのデメリットを低く抑えるため、水銀を飲めば自身に対して発動する錬金術の場合は、体力の消費がぐっと抑えられる。

 

 これから戦争に入るのだ。体力などあって不足はない。

 

 今は海上。逃げ場のない船の上。アメリカ到着まで数分はかかるであろう距離。

 まず襲ってくるとしたら敵としても出撃しやすいこのタイミングだった。

 

 ―――それは予想通りと言えば予想通り。でも予想が当たってほしくはなかった。

 飛行機特有のエンジン音が、進行方向からやってきたのだ。

 

「戦闘機……!! しかもご丁寧に機関銃持ちか!!!」

 

 不自然な程の低空飛行。敵意は十分といったところか。

 

 パァン!!

 甲高い破裂音を立てて、ボロスは両手を合わせる。

 刹那、ボロスの全身が淡い緑色の光を放つ。

 

 ボロスの拍手と示し合わせたかのように、機関銃が火を吹く。

 放たれたのは鉛の弾丸。神と悪魔の発明品が牙を剥き、群れをなしてペルセウス号へと、その船首に立つボロスへと向かっていく。

 

 照準をキッチリ合わせた弾は、寸分違わずボロスを撃ち抜かんと迫る。

 飛行機の主はボロスの全身が蜂の巣になる様を想像して―――

 

「(は……?)」

 

 言葉を失った。

 船首に立つ男は全くの無傷であった。

 

 隠れられる障害物の無いこの場所で、狙いを外した訳がない。その証拠に、敵船の装甲に着弾した余波である火花も散っていた。

 なのに、ヘルメットもボディアーマーも何も着けていない非武装非装甲の男はどうやってか無傷で弾丸の嵐を切り抜けた。

 

 いや本当は分かっている。この目で見ていた。

 だが分かっていても脳があり得ないと叫んでいた。

 

「(弾丸を避けたってのかよ!!? ただの拳銃じゃねえ機関銃だぞこっちは!!?)」

 

 今も機関銃は火を噴き続けている。

 だが、その男だけはまるで未来でも見てるかのように避け続ける。

 

 そのタネは、ボロスが自身のゲノムに導入したハエの機構が関係していた。

 

 ハエ、特にショウジョウバエは、『視覚処理のスピード』『運動の開始反応』『神経伝達の高速化』に特化している。

 これに関わるのは――

 ①神経の応答頻度を上げる――Shaker遺伝子

 ②神経の発火そのものを高速化する――Para遺伝子

 ③反応タイミングをシャープにする――Eag遺伝子

 ④脳内伝達の全体スピードを向上させる――Synapsin遺伝子

 ――の4つの遺伝子。

 

 つまりこうだ。

 ボロスの脳神経系には『Shaker』によりカリウムチャネルが増強され、神経のリセット速度は通常の人類の数十倍を誇る。

 さらに『Para』遺伝子修飾によって、神経発火すら意図より先に起こる。

 

 これにより、脳の情報処理を超効率化して反射速度を上げている。

 

 結果として、予測+情報処理+反射+行動により、戦闘機からの射撃を回避できる。

 更に脳の情報処理が超効率化しているということは、計算そのものも早くなるということ。

 

 ボロスは戦闘機を睨みながら、己の思考ルーティンである両手の指のみを合わせた尖塔のポーズを取る。

 

「(マズルフラッシュから1.6秒後ってことは、大体飛行機までは1600メートルってとこか……となると銃口初速度は――)」

 

 空気抵抗の公式

$$ Fd = \frac{1}{2}CdρAv^2$$

 

「(およそ850 m/s。てことは銃身の長さを0.9 mとすると加速度は――)」

 

 運動方程式

 $$ v^2_{f} = 2aL$$

 

「(約40万! なら銃身内で銃弾に加えられる力はニュートンの第二法則より約37,400 N。つうことは約4トン分の力が加わってる訳だ。なら私の質量を銃弾質量の1/100に設定すればいい)」

 

 この間、僅か1.5秒の高速演算。

 その計算結果から、ボロスは自身の質量を銃弾の1/100にした。

 

 先からボロスが発動してる錬金術は、ヒッグス場のコントロール。このヒッグス場の中を進む抵抗の強さが、質量と認識される。逆に抵抗が低ければ低い程速度は早くなる。そのためヒッグス場から影響を受けない光子は光速で進む事ができ、影響を受けないことから質量をもたない。

 

 故に、自身とヒッグス場との相互作用を弾丸と同じ程度の相互作用まで抑えれば、弾丸を撃ち出すのと同じ力で自身の身体を発射できる。実際は弾丸より1/100質量が小さくなっている(BB弾レベル)ため、トンっと軽く甲板を蹴るだけで――1600 m程の距離を一瞬で詰め、飛行機の直上まで動ける。

 

 錬金術の特有の光は軌跡を残し、それが故に操縦者は思う。

 

「(緑の光……?)」

 

 反応すらできない刹那。

 

「何とかして脱出してね」

「は……!!?」

 

 その声と共に、飛行機が何故かエンストを起こし、機器が異常を知らせるアラートを叫び始めた。

 一瞬そちらに目を移し、再び視線を元に戻した時には男は消え失せていた。

 

「くそぉぉおおお!!!」

 

 操縦者は何とか機体のバランスを保とうとするも、奮闘虚しく海に墜落。

 

 それを再びペルセウス号に戻ったボロスは確認。

 同時、ペルセウス号の放送から羽京の声が飛ぶ。

 

『海中に何かいる!!! たぶん潜水艦だ!!!』

「了解」

 

 ザバァッと海中から飛び出した1隻の小型ボード。特筆すべきは、ボードを蓋するように鉄板を打ち付けているところか。

 

「(まずは銃による攻撃か、あるいはグレネードのように遠投できるものか)」

 

 次の一手を想像する中、ボードの蓋が乱暴に取り外され、1人の武装した軍人が姿を現した。

 

「これでも食らいな!!!」

 

 掛け声と共にペルセウス号艦首へと投げられたのは手榴弾。

 2つ、3つと連投されたそれを、予期していたボロスは水銀の棒で上空へと弾く。

 

 ボロスが扱う錬金術について、あらかじめゼノから説明でもあったのか。本来ならあり得ない現象を目の当たりにしても、訓練された軍人は、驚愕をおくびにも出さなかった。

 

 船首から退いたボロスを追うべく、その軍人は鉤爪付きロープで甲板へと降り立つ。

 それが、詰みへの誘いとは知らずに。

 

 彼女が目の当たりにしたのは、甲板を隅から隅まで覆った大量の水銀の上に立つボロス。

 ふと足元をみれば、水銀に軍靴が触れている。

 

「これでチェックメイトだ」

 

 瞬間、彼女――シャーロットの脳に刻まれたのは、白と雷鳴だった。

 高電圧の電撃を撃ち込まれたシャーロットは、明滅する意識の中で倒れゆく。

 

 ここで1つ疑問を問いかける。

 人間がもつ神秘とは何だろうか?

 

 他の動物と比べて飛び抜けて知能が高いことだろうか?

 それともボロスのいう、人魂はエネルギーが高いということだろうか?

 

 そのどれも正解だろう。

 そしてここでもうひとつ付け加えよう。

 

 人間のもつ神秘のうちの1つ。

 

 執念だ

 

 3700年秒数をカウントしていた千空とゼノの執念しかり。

 3700年杠を想い続けた大樹の覚悟しかり。

 何十年と川底を漁り続けた百夜の信念しかり。

 

 人の執念は、覚悟は、信念は、時として奇跡を見せる。

 

 それは、シャーロットもそうだった。

 尊敬するスタンリー・スナイダーの命令1つで3700年意識を飛ばずに過ごし、そして彼の命令を果たすべく、ここにいる。

 

『いいかシャーロット。脅威は敵の錬金術師ただ1人。それは至近距離で使え』

 

 手渡されたそれ――サリンの入った爆発物を見る。

 

『これは多目的手榴弾を模した兵器だ。中央に爆薬ユニット、小型サリン容器を円周部に配置している。使うにはまずピンを抜いて信管を作動させる。これで中心の炸薬が爆発。同時、外周部のサリンカプセルが飛散。飛散したサリン容器が着弾・着地後に霧状散布される』

 

 それを至近距離で使えだなんて、遠回しに命を捨てろと言われているのと等しい。

 妙に早口なのは、そのせいなのか。

 いやきっと、幼馴染のゼノの叡智を褒めたたえているのだろう。説明がやけに隊長っぽくない。どちらかというとゼノの説明口調に似てる。

 

『いいな?』

 

 敬愛するこの人は仕事に情を持ち込まない。

 だからこそ、シャーロットも情を持ち込まない。

 たった一言返しただけだ。

 

『ラジャー』

『……あんがとな』

 

 自身の命はもう、その一言だけで救われた。

 

 

 今が、その時だ。

 執念にも似た忠義によって意識を保ち。

 察されるのを防ぐため、何の毒ガス防止措置も施してないラバースーツ。

 その腰元からサリンを取り出し、笑ってみせた。

 

 敵の焦る顔が見える。

 

 一瞬で距離を詰められ手から弾かれたがもう遅い。

 トリガーは既に引いてある。

 

 走馬灯のように過ぎる記憶、感情。

 移りめくはスタンリー・スナイダーへの忠義、敬愛。

 そしてほんの少しの淡い感情。

 

 

 さようなら。スタンリー隊長。

 敬愛する人よ。

 

 願わくば彼の道が光で溢れていますように。

 

 

 決死の一撃を放ったシャーロットは。

 安らかな微笑みを湛えて、今際の際の言葉を紡ぐ。

 

「ずっと――」 

 

 残りの言葉は。

 シャーロットが決死の覚悟で遺した最後の攻撃によって。

 

 放たれることはなかった。

 

 

 ―――手榴弾を改造したサリン散布弾。

 弾き飛ばしたサリンは、ボロスの直ぐ側で爆破した。

 

 キーン………!!!!

 

 鼓膜が破れ、音を拾えなくなり脳内に耳鳴りが響く。

 間に合わないと悟っていたボロスは、敵であるシャーロットの盾となり、爆破した際の鉄片をその身で防いだ。

 

 爆破の威力でシャーロット諸共甲板を弾みながら転がり、縁に激突。何とか自身がクッションになるようにしてシャーロットの身体を保護すると、ボロスは直ぐ様立ち上がり戦闘態勢を取―――れない。

 

「……か、何だ目眩が」

 

 我慢出来ないほどの目眩。世界がグルグル回る。

 耐えきれずたたらを踏み、無様にひっくり返る。

 

 更に、胃腑を突き上げる吐き気。

 堪らず嘔吐した瞬間、悟る。

 

「毒ガスか……!! しかも自爆覚悟の特攻だと……!!!」

 

 悟って、直ぐに錬金術を発動。

 大規模に展開していた水銀を自身とシャーロット含めた空間を覆い、毒ガスを隔離する。そして、自身とシャーロットの肌を這うようにして通り抜けさせ、水銀ごと遠く海に捨てた。

 軍人を見やれば、尋常じゃない程の汗を流し、口から少量の泡を吹いていた。

 

「神経、っ毒か……私はともかく……ハぁはァ、この軍人を何とかしないと……」

 

 ボロス自身は最悪時間経過で解決する。

 だがこの軍人は時間経過が死神の鎌に等しい。

 

 軍人の顔を横向きにして、これから吐くであろう吐瀉物が気管に詰まらないようにする。

 

 このままでは筋肉痙攣を引き起こしたのち、呼吸停止と心臓停止が起こり、軍人の死は免れない。

 回避するには、この毒ガスの正体を知る必要がある。

 

「(考えろ……!! 何の毒ガスだ!?)」

 

 既にボロスの筋肉は痙攣が起こり、ガクガクと震えが止まらない。

 

「(まずい!! 神経系の反応速度を上げてる私にとって、神経毒は常人の何十倍も効く!!!)」

 

 サリンを間近で浴びたのもそうだろうが、筋肉の痙攣が早い。

 ボロスのブーストされた神経系は、もともと異常な速度で信号を流している。ならば神経毒を受けたなら、即、神経が大暴走し通常よりもずっと早く、強い発作やショック症状が出る。

 賢者の石による治癒効果がある程度抑えてくれてはいるが、時間の問題だ。既にボロスの横隔膜は収縮し呼吸ができてない。

 ならば脳神経のショートサーキット(痙攣・意識混濁・昏倒)まで残り数秒といったところか。

 

 タイムリミットが刻々と迫る中、ボロスは気づく。

 

「(そうか……!!!)」

 

 神経毒。

 無味無臭かつ無色。

 症状は、目眩・嘔吐・呼吸困難。

 

 それらの特徴は、有機リン系神経剤の典型的な症例。

 

 有機リン系神経剤の中でもVXなら臭いをもち、タブンから微黄色かつ果実の臭い。その他有機リン系神経剤は何かしらの色か臭いを持つが、その物質なら無味無臭で無色だ。

 

 つまり、その物質の名前は――

 

「サリン!!!」

 

 宣言直後に嘔吐するも、直ぐに立ち上がる。

 

 ――不意に、悪寒が走る。

 茹でった脳が警告を鳴らす。

 

 この状況が限りなく、敵に有利であることを。

 

 戦闘機による上空への視線誘導。

 海中からの意識外の攻撃。

 特攻覚悟の毒ガス兵器。

 

 そして今、甲板には万全とは程遠いボロスが立っている。

 

 この状況を例えるなら。

 ――チェスで相手のキングをチェックしている状態。

 それも盤面の端からクイーンが狙っている。

 

 すなわち、スナイパーが潜んでいる。

 

 ――咄嗟に、ボロスは錬金術の発動対象を軍人から自身に変更。

 軍人の体内で猛威を振るうサリンの解毒から、自分の声の音波を増幅させる。

 

「サリンだ!!!」

 

 アメリカ大陸まではもう目と鼻の先まで迫っている。

 陸からの狙撃は可能だ。

 

 サリンによる昏倒か、狙撃による意識喪失か。

 どちらにせよ自身の詰みは確定している。

 

 ならばすべき事は仲間に情報を託すのみ。

 

 刹那、ボロスはギリッと歯を食いしばる。

 仲間を守れない己の弱さと不甲斐なさに打ちのめされるなか――

 

 ――パァンッ!!!!

 

 

 

「仕留めたぜ、ゼノ。敵の錬金術師をよ」




 脳天ぶち抜かれましたが、ボロスは死んでないです。休眠状態に入ります。
 司とボロスの試合で司が思った「(やけに反射がいい。フェイントにも引っかかるけど、巻き返しが早い――)」は、今回のハエの遺伝子に関連するちょっとした伏線回収でした。
 ボロスがチート使って思考能力を上げてるのに、素の状態で思考が常人より何十倍も早い千空とゼノは何なのだろうか?

 本当はボロスが最後まで敵を凌いでゼノの城までソッコーで行こうと思ってたんですが、こっちの方が千空達の活躍が増えるのでこっちのルートにしました。それに、千空とゼノの師弟対決に余所者が出張るのはちょっと……という私の厄介オタクが顔を覗かせたので。
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