石世界の錬金術師   作:ポンタ ponta

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 きりの良いところまで書き進めてたら1万2800文字になりました。時間がある時にお読みください。

 いつも通り、今回登場する科学が現実的に可能かどうかは気にしないでください。


第20話 ふたりぼっちのストーン・ワールド

 ソユーズが慎重にISSから地球へと放出される。

 ランディング・サイト――着陸地点の赤道直下の大西洋を目指して、わたしの乗ったソユーズが地球の重力に引っ張られて落ちていきます。

 どんどんどんどん近づいてくる青に、呑み込まれそうな感覚を少し覚えました。

 百夜達もこんな感覚を覚えたのかな、と思ったところで地球の大気圏に突入しました。僅かな振動が空気の存在を主張しています。

 

「う〜ん……なんかズレてる気がします」

 

 物凄い速さで落下していくソユーズ。空気との摩擦で窓の外が赤くなっているのが見えます。

 その更に向こうに、着地地点と決めた大西洋が見えますが、このまま落下すると何百Kmとズレてしまいそうです。

 

 そうこうしているうちに、落下傘を開く高度になりました。

 

「あれ? ちょっとおかしいですね」

 

 ガクンとスピードが一瞬下がったのち、グルグルとソユーズが回転しています。

 おそらく、パラシュートが上手く開かなかったのでしょう。

 

 原因は多分、冷間接合ですかね。

 通常、金属は熱したもの同士でくっつけます。しかし極低温であったりすると、金属原子の運動は抑えられているため、他の金属原子とくっついてしまうんです。

 今回は宇宙空間で作製したため、金属同士がくっついてしまったんだと思います。3700年前の現代でも、ねじやペアリングが冷間接合してしまい、動かなくなった事故があります。

 冷間接合が起こらないように表面処理を施した筈ですが、どうやら抜けがあったようです。

 

 パラシュートによる落下速度の緩和が上手くできずに、わたしの乗ったソユーズが秒速数十mで海面に向かっています。

 

「これはまずいですよ!!!」

 

 更に、グルグルと変に回転したせいで風の煽りを受け、徐々に海ではなく大地に向かって落ちています。

 

 どうにかしようと頭を捻るも、どう足掻いても無理。

 

「無理無理無理、無理ですこれはぁああ!!!」

 

 流れ星が落ちたような、凄まじい音がした。

 

「あわわわわわわわわわわわ!!!!!!!?」

 

 地面を割り、浜辺を削って転がって、ようやくソユーズは静かになりました。

 しかし中はてんやわんやの大騒ぎです。

 今の衝撃で工具箱の中身が散乱し、更には蓄電池が破損して炸裂・火災が発生したのです。

 

「荷物! 荷物を外に出さないと!!!」

 

 せっせと外に運び出し、最後の荷物を運び出したところで、ひと息つきました。見上げた空では、のんきにウミネコが鳴いていました。

 

「荷物の確認をしないと……」

 

 ………最悪です。ほんとうに最悪です。

 さっきの墜落で左手の手首が取れ、7個持ってきていた蓄電池が3個しか機能しません。

 

 でも1番の最悪は、復活液が漏れ出してしまっていたことです。

 気付いて直ぐに、容器代わりのヘルメットに移しましたが、100 mlもありません。こんなのでは全員救う事ができません。

 

「でも大丈夫です!! 千空を復活させればいいのです!!」

 

 千空ひとりだけでも復活させれれば、あとはもう楽勝でしょう。

 わたしは壊れてしまった手首と蓄電池を荷物に仕舞い、背負って浜辺から歩き出します。

 歩きながら左腕の性能の確認をしてみると、ちょうど関節部分で壊れたことにより、腕の内部に搭載したレーザー機能は無事に使えそうです。

 

 さて、千空達の場所が分かりませんが、推測はできます。

 でっかい船で来ていたことは千空からの通信で分かっているので、海沿いを歩いて船を探します。

 北に向かうか南に向かうか、着陸地点から察するに、南に向かった方が良さそうです。

 

 それからわたしは、1日、2日、3日、4日と歩き続け、遂に見つけました。

 

「わぁ〜大きな船ですね。これも千空達が作ったんですね」

 

 船が見つかれば、あとは周辺を探すだけです。

 案の定、一段と開けた場所に建築物と人の形をした石像が散らばっていました。

 

「これが、石像となってしまった人達……」

 

 人が石になる未知の現象。

 触ってみれば、百夜達のような温もりは感じれなくて、無機質な鉱石を彷彿させるような冷たさがありました。

 

「集めましょう、皆さんを。散らばっている人達を集めて、割れないように保護しましょう」

 

 まずは雨風を凌げる場所の確保です。

 幸いなことに、建築予定だった何かの建物があったので、そこをガチガチに補強して、周辺の石像達を詰め込んでいきます。

 

頭に変なもの(スイカとカボチャ)を被っているこの2人は姉妹なのでしょうか?」

 

 隣り合うように安置し、また外に出かけます。

 そして、見覚えがある石像を発見しました。

 

「ヤコフ?」

 

 3700年前、百夜よりも前からISSに滞在していたロシア人。

 ダリヤの夫で、興奮すると服を破る習性()がありました。

 

 分かっています。

 これがヤコフ本人ではないことを。

 人は100年少ししか生きられない。千空が教えてくれたことです。3700年以上経っている今、彼がヤコフである筈がありません。

 

「………っ」

 

 ただ、何でしょうか。

 胸が、苦しいのです。

 

 彼を見ていれば見ているほど、胸の奥がキュッとするんです。

 

「なら見なければ良いんです!」

 

 簡単な対処法です。

 わたしは彼の石像を他と同じように寝かせて並べて、他の石像達を探します。

 

 そうするとまた、見覚えのある石像がありました。

 

「リリアン……」

 

 頭の体毛(髪の毛)が短いですが、間違いありません。

 

 またです。

 また、胸の奥が痛くなります。

 目の奥が熱くなります。

 

「ヤコフ……リリアン……」

 

 理解しました。きっとこの2人はヤコフとリリアンの子孫なのでしょう。

 3700年の時を越えて、2人の形質が継がれていた事に驚きを隠せません。

 

 こんなにもヤコフとリリアンに似ているだなんて……。

 似ている事が良かったのか、悪かったのか、わたしは一概に決めることはできませんでした。

 

 それから、周辺の石像達はもれなく石像収容所に運び込みました。

 ですが、肝心の千空の石像がありません。

 もしかしたら、どこか遠い場所にいるかも知れません。

 

 そこから1ヶ月、わたしは探し続けました。

 雨に流されたかと川の中と周辺を虱潰しに探し周り、野生動物に持っていかれてしまったのかと山に登ったり洞窟の中を探し回ったりしました。

 

 それでも見つかりません。

 

 徐々に焦りを覚える中、わたしは奇妙な建築物を見つけました。

 三角錐の形をしたそれに入ってみると、これまた奇妙な雰囲気に包まれます。

 ずんずん奥に進むと、わたしの進路を阻むように大きな扉が鎮座していました。

 

「ふん! ふぬぬぬぬぬぬっっ!!!!!」

 

 駄目です。

 押しても引いてもうんともすんとも言いません。

 電池消費が激しいのであまり使いたくはありませんが、試しにレーザーを当ててみます。

 数十秒、一点に当ててみましたが、焦げすら着きません。

 

 何ですかこれは。何の素材を使っているんですか?

 

「千空! 聞こえていますか!!? そこにいるんですよね!!?」

 

 科学的根拠はありませんが、わたしには分かります。

 この扉の向こうに千空がいると。

 

「必ず助けますから、待っていて下さい!!!」

 

 ――家族なら、どれだけ離れていても分かるのだ。

 

 

 

【第20話 ふたりぼっちのストーン・ワールド】

 

 

 

「石化復活液を作ります!!!」

 

 現状、わたしが宇宙で作製した復活液はたぶん1人分しかありません。そしてそれを与えるべき千空は、隔離されています。

 となると、石化復活液を作って皆を起こし、全員であの扉を何とかすることです。

 それに、わたしの左手は取れてしまって、現状直しようがありません。人手はどうしても必要なのです。

 

「誰を起こしましょうか」

 

 手元にある最後の復活液。

 できることなら科学的知見を持った方が欲しいのですが……。

 

 めぼしい人がいないか、わたしは石像収容所の中を彷徨い歩きます。

 

 候補としてはヤコフの子孫。

 

 彼の石像の前で立ち止まり、手に持った復活液の瓶を手慰みに弄ります。

 

「どうしましょう。もしヤコフの子孫が寿命だったら、1人分が無駄になります」

 

 わたしに人間についての知識は全くありません。もし目の前の方の年齢が100歳を越えているのなら、復活させても直ぐに活動が止まってしまうかもしれません。

 

「よし、決めました」

 

 逆に、若い方を探しましょう。

 どの生物でも、若い方が身体能力があります。

 そして若さというのは背の大きさに相関があります。背が小さければ小さいほど、若い筈です。

 

「あ、いました」

 

 他の石像達と比べて、一回りも二回りも小さい石像です。

 彼女に石化復活液を垂らします。

 

 頭からかければ、ビシビシッと音を立てて、雪崩のように石から人体へと変わっていきます。

 

 なるほど、これが石化解除反応。

 

「ついに! 復活したんだよ〜!!」

 

 ピョンピョン跳ねる彼女の姿を見て、ヤコフのように老化していないことを確信し、ほっとひと息をつきました。

 そして見覚えのないわたしを見て、彼女は頭を傾けます。

 

「誰なんだよ?」

「わたしの名前はREI。またの名を石神黎。皆さんを助けに宇宙から来ました」

「ええええ!!!!? 千空の家族なんだよ!!? あんな遠い空の向こうから来たんだよ!!!!?」

 

 驚きのあまり硬直した彼女は、数分も待てばすっかり落ち着きを取り戻しました。

 

「あなたを復活させた理由は、復活液を作るためです。そのための労働力(マンパワー)として復活させました」

 

 そう告げた途端、スイカと名乗った彼女は一瞬喜びに溢れた顔をしたものの、すぐにしゅんと肩を落としてしまいました。

 

「スイカは復活液の作り方分からないんだよ。これじゃあ、スイカはお役に立てないんだよ」

「問題ありません。科学は誰であろうと同じやり方で同じ結果が出ます」

「……!!」

「それに時間はたっぷりあります。これから学べば良いのです」

 

 コクリと首肯したスイカに、わたしは1番聞きたかった事を尋ねます。

 

「千空はどこにいますか?」

「千空達は森の奥に行ったんだよ。ぴらみっど? ていうところに行ったんだよ」

 

 ピラミッド。

 あの異風な建築物の名前でしょうか。

 ついでにひとつ気になるところがありました。

 

「千空達、ということは、千空以外に誰が向かったのですか?」

「ん〜と、ゼノとチェルシー、司に大樹、スタンリーとボロスなんだよ」

「ボロス?」

 

 妙に、聞き覚えのある名前です。

 わたしがメモリーを遡る前に、スイカが教えてくれました。

 

「ボロスは錬金術師なんだよ!! 千空みたいに面白いものいっぱい作ってくれるんだよ!!!」

「錬金術師……」

 

 また既視感のある単語が出てきました。

 ですが、メモリーに欠落でもあるのか、リプレイする(思い出す)事ができません。

 できないようなら、考えても仕方ありません。

 詳しい事は千空から教えてもらえばいいのです。

 

「スイカもレイに聞きたい事があるんだよ。レイの左手、どうしたんだよ? 痛くないんだよ?」

「はい。わたしはロボットですので、痛覚は存在しません」

「ロボット?」

「人間の代替品と捉えていただいて構いません」

「なんか……悲しいんだよ」

「そうですか? 人間の役割を代わりに行い、手が空いた人間はまた別の役割を果たす。こうした共生関係を築いています」

「一緒に動いてるなら、仲間ってことなんだよ!!」

「そう捉えていただいても構いません」

「これからよろしくなんだよ!!!」

「はい。よろしくお願いします」

 

 そして、わたしとスイカの生活が始まりました。

 

 まず始まったのは、生活基盤の構築からでした。

 わたしは太陽さえあれば活動できますが、人間は違うようです。食べ物だけでなく、色々と必要になるそうです。

 

「人間はお肉やお魚、お野菜も食べなきゃいけないんだよ。フランソワがね、スイカ達に教えてくれたんだよ」

「そうなんですね」

 

 わたしがスイカに科学を教える前に、スイカはわたしに人間とは何かを教えてくれました。

 今もこうして木になった果物を取る時も、教えてくださいます。

 

「どこに何があるかは、チェルシーが地図で教えてくれたんだよ」

「そうですか」

 

 木の枝に登ったスイカが、ふと動きを止めました。

 そして何やらもぞもぞとしています。

 何をしているのか、スイカが取ってくれた果物を受け取るために、下にいるわたしには見えません。

 

「千空も、龍水も、ボロスも、クロムも、皆スイカに色んな事を教えてくれたんだよ。だからね、スイカはこうして、レイに教える事ができて嬉しいんだよ!!!」

「? それは良かったですね」

 

 不意に、わたしの聴覚センサーが不自然な音を受け取りました。

 咄嗟に聞こえてきた方向を向けば、大きな動物がいました。

 

「ジャガーなんだよ!!!」

 

 どうやらあの動物はジャガーと呼ぶそうです。

 そしてスイカの慌てようから察するに、こちらに危害を与える可能性が高いことが分かります。

 

「どどどどどど、どうするんだよ!!! コハクも司も氷河もいないのに!!!! 食べられちゃうんだよ!!!!」

「落ち着いてください。わたしが追い払います」

 

 ジャガーに関する情報が何もないので危険度は分かりませんが、わたしのレーザーを使えば追い払う事はできるでしょう。

 ジャガーの胴体を狙い、両方の腕からレーザーを発射します。

 寸分違わず命中したジャガーは叫び声をあげて森の奥へと逃げ込みました。

 

「た、助かったんだよ……。ありがとなんだよ……」

「……どうやら、石化復活液を作る前に危険因子の排除を行わなければならないようです」

 

 今回採取した木の実や果物のおかげで、数日はスイカのご飯を凌げそうです。

 彼女のご飯が残っている間に、拠点に防衛設備を敷きましょう。防衛だけでなく、いくつかの攻撃手段も考えないといけません。

 

 拠点自体はもともと野生動物の侵入を防ぐ為に、返しがあったり、門があったりしましたが、丸太で作られている以上、腐敗や劣化による性能低下は否めません。

 日々のメンテナンスはもちろん行いますが、グレードアップさせなければなりません。

 

 しかし大きな懸念点があります。

 ここにはまともな実験設備が無いのです。

 

 無いなら、作ります。

 どう考えても数日で完成するとは思えないので、スイカの食料はわたしが取ってきましょう。

 

 いくつかの素材はガラス瓶に入って保管されていたので助かります。

 保管されていたのは、ガラスの元になる珪砂、ゴム、鉄や亜鉛などの金属。

 液体である塩酸や水酸化ナトリウムなどは、一部ガラス瓶が破損して漏れ出していました。

 

 ……まぁ、無いよりかはマシです。

 

 作るのは、丸太の劣化を防ぐためのコーティング剤です。

 それと同時進行で水力発電用の水車を建築します。

 電気を使って分解するのはもちろん、バッテリーの充電に使ってわたしのご飯を作ります。

 

 そうしてせっせと動くわたしを見かねて、スイカが手伝えることは無いかと話しかけてきました。

 

「スイカだけ何もしないのは嫌なんだよー!!!」

「……なら、素材保管庫周辺の土を漁ってくれますか?」

 

 石化復活液作製に必要な硝酸。それを合成するのに役に立つ触媒――プラチナが今手元にありません。

 間違いなく素材保管庫の中で大事にしまわれていたはずですが、人類が石化して5年。この数年の間に獣にでも持っていかれたのか、金や白金などキラキラした金属は残っていなかったのです。

 

 もちろん、瓶が落ちて割れて地面に散らばった可能性があります。その可能性が僅かながらあるので、スイカに土を漁ってプラチナを探し出すことを頼みました。

 これならスイカが襲われることなく働くことができますからね。

 

 4ヶ月経って、木材のコーティングと水車が完成しました。

 これで電気が使えるようになったので、まずやるべきことはわたしのお弁当であるバッテリーの充電です。

 ……もう、ギリッギリでしたからね。最後の方はお昼のみ動いて節約していました。

 

 お弁当ができたので、次にやる事は武器の作製。ひいては鉄の鍛錬です。

 幸いにも鉄自体はあり、全てが酸化した状態だったので、鉄鉱石から鉄を取り出す必要はありません。電気を使って還元します。

 この場合、酸化鉄は電気を通さないので、溶かしてから還元する溶融塩電解という方法があります。しかし鉄をドロドロに溶かすための炉はないので、今回は別の方法でいきます。

 

 レーザー熱還元法です。

 これは鉄鉱石の粉末と還元剤を混合し、レーザーの熱エネルギーを利用して還元する方法で、レーザーの熱で還元剤が酸化鉄から酸素を奪い、金属鉄が生成されます。

 必要なのはキロ単位の鉄なので、従来の工業用の超高温炉は必要ありません。

 

 さて、鉄を手に入れたので諸々造っていきます。

 

 スコップや鉈などの農具に加え、1番欲しい武器である刃物を作製します。

 スイカでも取り扱えるような小さなナイフと、ある程度の距離を保ったまま使える長物、槍を作製しました。

 

「――と、言う訳で検証実験しに行ってきます」

「行ってらっしゃいなんだよ!!」

 

 槍を手に、わたしは拠点を出ました。

 作製した槍の刃がどれほどの強度、鋭さなのか試すために、適当に目についた植物であったり、木の枝を切っていきます。

 

 もちろん検証だけではありません。

 果物や木の実、魚を採取してスイカのエネルギー源を確保します。

 川の中で槍をぶんぶん振り回していたところ、以前見かけたジャガーがこちらを――というかわたしが集めた食料を狙っていることに気付きました。

 

「む、あげませんよこれは!!!」

 

 退治ついでに実験です。

 槍がジャガーに通用するのか、確かめます。

 なので今回はレーザーを使いません。

 

「グルルルルルル……」

 

 威嚇しながらジリジリと距離を詰めてくるジャガーに向けて、わたしは槍を構えます。

 スイカから少し教わった程度ですが、問題ありません。

 ようはしっかり狙って突けばいいのです。

 

 一步、二歩と足を進めて、ジャガーは一瞬身体を屈めました。瞬間、数mの距離を物凄い速さで飛び越えて襲い掛かってきました。

 想定よりも素早いその行動に出遅れて、わたしの左腕がジャガーの鋭い牙で噛まれました。ついでに胴体も爪で引っ掻かれました。

 

 しかし問題ありません。

 その程度であるならば、わたしのボディーを傷付けることはできません。

 左腕を噛まれたまま、ジャガーを持ち上げます。しきりに腕を噛み千切ろうと踏ん張るジャガーの腹を目指して、槍を思いっきり突き出しました。

 途端、迸る鮮血とジャガーの悲鳴。

 

「おお、流石わたしですね。実験は成功といえるでしょう」

 

 そのまま至近距離で槍を何度かグサグサさしてジャガーを仕留めました。

 

 実験が上手くいったことと、ジャガーを仕留めたことができたので、わたしは足取り軽く拠点へと戻りました。

 わたしが仕留めたジャガーを見てスイカはびっくりしてましたが、『これでスイカもお外でもお役に立てるんだよ!!!』大いに喜んでいました。

 

 ――ところで、このジャガーはあの時のジャガーと同個体なのでしょうか? いささか大きさが小さいような……。

 

 まぁ答えはどうであれ、危険因子の排除に成功したのです。これで石化復活液のクラフトに入れます。

 石化復活液の材料である硝酸とアルコール。

 アルコールは果物から作れば良いので問題ありませんが、硝酸がネックです。

 

 現状プラチナが無いのでオストワルト法――空気中の窒素から硝酸を作れません。

 そこで、打てる手は2つです。

 電気を使う方法と生物の排泄物を使う方法です。

 後者は凄く時間がかかるので、電気を使う方法――アーク放電法でいきます。

 このアーク放電法を解説いたしますと、以下の通りになります。

 

 空気中に存在する窒素と酸素をアーク放電の高温で反応させると、一酸化窒素が生成します。それをさらに酸化すると二酸化窒素ができ、これを水と反応させると硝酸の完成となります。

 基本的なところはオストワルト法と変わりません。

 触媒が必要なところを力尽くで反応させている感じです。

 

 水車を使った水力発電の性能的に、アーク放電させるにはまだ足りないでしょう。

 性能向上を目指すのはもちろんとして、どうせなら雷でも降って――――空が割れる音がした。

 

「タイミング最悪です……!!!」

 

 ポツポツと降り出した雨はすぐにバケツをひっくり返したような雨となりました。

 急いでスイカに指示を出して、受け皿の準備をしてもらいます。

 わたしはその間、拠点の中央にある物見櫓に登り、アーク放電の装置を取り付けます。

 

「よし、設置完了! あとはスイカが残りを――」

 

 ――叫び声が聞こえた。スイカの声です。

 何があったのか、しきりにわたしの名前を呼ぶ。

 慌てて物見櫓から降りて、聞こえてきた方向へと駆ける。

 一步、二歩、三歩と飛ぶように走って、見つけました。

 

 小屋を背後に立つスイカの姿と、今にも襲い掛かかりそうなジャガーの姿を。

 

「離れなさい!!!」

 

 間髪入れずに、レーザーを発射。

 しっかり胴体に当たったのに、ジャガーは怯むだけで逃げようとしない。なんで?

 

「スイカ! 小屋の中に!!!」

 

 疑問はそのままに、取り敢えずスイカの前に滑り込み、スイカを小屋の中に避難させる。

 わたしが殿を務めないと、このジャガーを倒さないと。

 

 そして思い出す。このジャガーは前に森の中で出会った個体だと。

 一度わたしのレーザーを受けているから、痛みに耐性でもあるのでしょうか。でも関係ありません。一度で駄目なら二度、二度で駄目なら何度でもレーザーを当ててやります。

 

 しかし侮っていたのはわたしの方でした。

 

 四本脚だからこそ可能な地をかける俊敏な動き。左右に揺さぶって狙いを付けさせない。それでも何度か命中しても、距離を取るだけで逃げやしない。一体なんで逃げないのでしょうか?

 

 疑問に首を傾げるわたしの頭が、何かに強く打ち付けられました。たまらず地面に転がるわたしに、好機とみたジャガーが襲い掛かります。

 

「っ!? 2匹!!?」

 

 小屋の前に陣取っていたせいで背後を気にしなかったわたしの頭を、小屋の上から飛んできた別のジャガーが打ち付けたことを悟りました。

 

 1体だけでも手を焼いていたのに、もう1体だなんて。

 猛烈な勢いで攻撃をしかけるジャガーに後れを取り、わたしの太陽光ウィングが破損しました。有機材料であるが故の柔らかさが仇となったようです。

 

 こうなってはもはや時間をかけてる暇はありません。レーザーの出力も落ちてきています。

 欲しいのは槍ですが、なりふり構わず取りに向かえば、スイカの命が危険に晒されます。

 

 どうやって倒そうかと考え倦ねるわたしの聴覚センサーを、スイカの叫びが刺激しました。

 

「レイ!!!」

 

 いつの間にか小屋の上に立ったスイカが、箱のような何かをわたしに向かって投げました。

 それを認識するのと同時に、迷いと光明が見えました。

 

 一瞬の逡巡。その考えを振り解くように頭を振りました。

 

「いえ、構いません!!」

 

 スイカが投げた――というかは落としたそれ、わたしの蓄電池を拾います。

 背中を向けたわたしに襲い掛かるジャガー。振り返って、敢えて無防備なままジャガーの牙を迎えます。

 

「捕まえ、ました!!!」

 

 蓄電池を押し付けるようにわたしごと包み込み、レーザーを蓄電池に当てました。

 一気に蓄電池の温度が跳ね上がり、危険域に突入。

 ジャガーが身を捩る間もなく、蓄電池はわたし諸共爆裂し、ジャガーの腹部をズタズタに引き裂き火傷を負わせました。

 

「まだです!!!」

 

 逃げに転じたもう一匹のジャガーへと、蓄電池を投げます。当たらなくてもいい。肝心なのは、わたしが蓄電池にレーザーを当てること。

 単純な放物線の力学計算。ロボットであるわたしが狙いを外す訳もなく、ジャガーの傍に落ちる蓄電池をレーザーで撃ち抜き、爆破させました。

 

 でも、まだです。

 

 比較的軽症のジャガーを追い、左腕を喉に突っ込み、最大出力でレーザーを放ちます。

 苦しげに暴れるジャガーに必死にしがみつきながら、レーザーを体内に直接撃ち込み続け、ようやくジャガーは動きを止めました。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 息切れなどをしない筈のわたしが息切れを起こしているのは、燃料が足りないせいか。それとも始めての命をかけた戦闘のせいで不具合を起こしているのか。

 

 スリープモードに似たぼんやりとした思考の中、蓄電池を至近距離で受けて瀕死のジャガーに近寄ります。

 もう一度口の中に腕を突っ込み、レーザーを放ちました。

 

 1秒、2秒、3秒と。10秒もかからずジャガーは動きを止めました。

 

「これで、わたしたちの、勝ちです……」

 

 どさりと倒れ込むように地面へと座り込んだわたしに、スイカが駆け寄ってきました。

 その元気な姿を見て、それだけで十分でした。

 

「レイ!!!」

 

 そのまま倒れ込んでしまうのを耐え、気力を振り絞ってスイカの頭に手を乗せた。撫でることさえも、今は難しい。

 

 スイカは聡い人間でした。わたしの状態を見て、何が起こっているのか悟りました。

 

「ごめんなさいなんだよ……!! スイカのせいでレイの」

 

 続く言葉を言わせないために、頭に乗せた手でスイカの体を抱き寄せた。

 

「良いんです。良いんですよ」

「レイっ!!!」

 

 この展開を想定しなかった訳ではありません。

 わたしにしがみついて泣きじゃくるこの子の未来に、不安が一抹もないとは微塵も思っていません。

 それでもわたしはスイカを信じているのです。

 

「雨が……止みましたね」

「っ充電! 今すぐ充電してレイ!!」

 

 あれほど打ち付けていた豪雨はいつの間にか上がり、雲の間から日光が差し込んでいました。

 

「お願いだから充電してよレイ!!!」

 

 動こうとしないわたしの肩を揺さぶって催促しますが、壊れたこの羽では燃料を補給することはできません。ゆるゆると頭を振って、わたしはスイカの懇願を無下にしました。たちまち、希望を見たスイカの顔に涙が浮かびます。

 

「無理なんです。ごめんなさい」

「レイっ! レイっ!!!」

 

 わたしの名前を繰り返し呼ぶスイカの声は、わたしを失う恐怖で震えていました。そして、何処にも逃さないとばかりに、強くわたしの体を抱き締めます。残念ながら抱き締め返す力はありませんが、代わりに頬を擦り寄せます。

 

「お願いだから生きてよレイ!!」

「ごめんなさい」

「やだよ!! レイが居なくなったらスイカっ、ひとりぼっちだよ!!!」

「ごめんなさい」

「教えてよレイ!! どうしたらいいんだよ!!」

「ごめんなさい」

 

 もはやスイカの声は涙と鼻水で不明瞭で、何を言ってるか分かりませんでした。

 それでも、わたしはスイカに笑いかけます。

 

「スイカ、復活液の作り方は覚えていますね?」

 

 ピクリと震えたスイカの身体。

 ピタリと泣き止んで、鼻水をズビッと啜る音がする。

 

 スイカの顔を覗き込めば、あぁ、強い瞳をしている。

 もうスイカに迷いはない。キラキラと光る瞳は、科学の灯を受け継いだ証です。

 

「今度はスイカが皆を救うのです」

「うん……!!!」

「忘れないで。科学は何時だってスイカの味方ですよ」

「うんっ………!!!」

 

 別れを惜しむように、スイカはわたしを抱き締めました。

 その抱擁を受けながら、頑張ってと薄れゆく意識の中で、精一杯スイカの体を抱きしめました。

 

 

 

 

 ――ことん、とスイカの背中に回された腕が地面を叩く。

 それを感じて、スイカの喉から嗚咽が漏れ出す。

 小さな嗚咽はすぐに、大きな涙へと変化した。

 

「……ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああ!!!!!!」

 

 泣いて、泣いて、泣いて。

 ぐちゃぐちゃの泣き顔を覆うこと無くわんわん泣いて。

 決壊したダムのように涙と鼻水を垂れ流して。

 遠い空に届くくらいに泣き叫んで。

 

 泣き疲れて、現実を見て、ようやっと、泣き止んで。

 そしてスイカはレイの顔を見た。

 

 なんともまぁ、安心しきった表情だろうか。

 

 瞳は優しげに閉じて、口元はうっすらと微笑んでいる。

 

 子供が母親の腕の中で微睡むように、スイカがコハクに抱きしめられながら眠るように、レイは安心していた。そして信じている。

 

 スイカが必ず皆を復活させると。

 

 目の前には手足を投げ出し、動かないレイの姿がある。

 もう一度レイの体を抱き締めたスイカは、頑張ってレイを石像収容所へと安置した。

 レイの破損した太陽光ウィングも、できるだけ掻き集めて側に置いておく。千空ならば、ボロスならば、科学や錬金術で直せるかもしれない。そんな希望を胸に抱いて。

 

 ふと、とある日のレイとの会話を思い出した。

 レイの知らない今の千空の話をしていた時だ。

 

『千空はね、胸になんか数字を書いてるんだよ』

『どんな数字ですか?』

 

 まだ算数の段階のスイカに、その数式の意味は分からない。だが形は覚えている。

 こんな感じなんだよ、とスイカが地面に書いた数字を見て、レイはふふっと笑って言った。

 

『これはアインシュタインが発見した数式ですね』

 

 言葉尻に、そうですか。千空らしいですね、と。そう付け加えた。

 

『千空らしい? ってどういうことなんだよ?』

『科学の根幹を表す数式のひとつです。物質とエネルギーは等しいと示したこの式は、現代の科学の礎となっています』

 

 そんな事を言われても、スイカには少ししか理解できない。

 ただ、千空らしいの一言で、レイは笑って、スイカもつられて笑ったのだ。

 

 ――覚悟は決まった。

 千空を手本に、レイの背中を追うように、スイカは自分の親指を噛んで血を出し、胸に覚悟の血文字を刻む。

 

 

$$ E = mc^2$$

 

 

 

 ――ポタリ、と垂れる。それが触れた箇所から罅が発生し、周囲に伝播し、ついには剥がれ落ちた。

 

「すっごいお待たせしちゃって、ごめんなんだよ」

 

 目の前には、見覚えの無い年頃の女の子。

 いや――

 

「スイカ……」

 

 それ程までに時が流れていたというのか? と。

 コハクは目の前の真実をすぐに受け入れる事ができなかった。

 

 私の膝元くらいしか無かった背丈が、私と同じくらいになるまでの時間が流れていたのか?

 それはなんと酷く残忍なことだろうか。

 6、7年もの間、享受すべき誰かとの思い出を得られなかったというのか。

 私が、その相手になれなかったというのか。

 

「スイカはね、コハクとおんなじくらいの年になったんだよ。もうギュッとしてとかはお願いできなくなっちゃったんだよ」

 

『めっぽう疲れたろう。あとは任せて休むといい』

 

 幾度も夢想した。

 大好きなコハクがおしゃべりしてくれることを。

 

 でも無理だった。

 スイカは世界にひとりぼっちなんだから。

 

 たったひとりで頑張って、何度も何度も失敗しては挫けそうな心を、レイがくれた『科学は何時だってスイカの味方』で奮い立たせて。

 凍てつくような孤独の夜を皆の思い出で溶かして乗り切って、それでもなお、スイカは今の現実が怖かった。

 

 幾度も夢に見た。

 コハクに抱き締められることを。

 温かく柔らかな人肌に触れることを。

 

『夢だったんだ!! アッチが夢だったんだ!!! 良かっ……た………』

 

 幾度も現実を見た。

 誰も起きてはいない。

 誰も話しかけてはくれない。

 

『分かってるんだよ。こんなのスイカが甘えてるだけだって』

 

 何度枕を涙で濡らしたことか。

 何度夜空をひとりで見上げたことか。

 きっと世界の誰一人だって分からない。

 

 現実は何時だって、スイカの柔らかな心を氷柱のように突き刺した。

 

 だからもし、自分から抱き着いて、目の前の光景が崩れたら、また同じ思いをする。真冬の吹雪に吹かれる寒さがする。

 

「スイカっ!!!」

「わっ」

 

 春が、舞った。

 

「よくぞ頑張った!!! よくひとりで頑張った!!!!」

 

 抱き締められてる。

 大好きなコハクの腕が、手が、スイカの体に触れている。

 

「っあ、あああ……」

「めっぽう寂しかったろう!! めっぽう辛かっただろう!!!」

「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああ!!!!!!」

 

 夢じゃない。

 幻でもない。

 

 夢にまで見た現実が、すぐそこに。

 

「寂しかった!!! 怖かった!!! 皆とっ、コハクと会いたかったんだよぉおおおおおお!!!!」

 

 今この瞬間だけは、前と同じ、あどけない姿の、可愛らしい姿のスイカがそこにいた。




 レイは片手しか使えませんが、切断はレーザーで、運搬は荷車を使う事でカバーしてます。出力も人より大きいので、そこまで苦労することはありませんでした。でも所々スイカに手伝ってもらってました。

 スイカが蓄電池を選んだ理由は、レイの燃料を補給するためです。レーザーの出力を戻すためにレイに投げたのですが、レイはそれを爆発物として使いました。
 レイの太陽光ウィングは既に破損し、この状態ではエネルギーを十分に得ることはできません。一方で、蓄電池という外部から供給するものを使えば活動は可能です。
 しかし、蓄電池から電気を得るとしても時間がかかります。その時間、ジャガーが大人しくしている筈がありません。そのため、レイは蓄電池を爆破させてジャガーを倒す事を決めました。

 ジャガーは家族です。
 レイに殺されたのが子供。レイとスイカを襲った2匹が親です。仇を取るために頑張ったんです。


 レーザー熱還元法
 Laser Furnace for Reduction of Iron Ore to Iron Metal | ARPA-E https://share.google/LB0xczmO1Lr3ead7V(参照日2025年10月15日)
 その他有用な鋼生産
 Producing Clean Steel Directly from Iron Ore Concentrate | ARPA-E https://share.google/zhoHalu5cMnOvNqZ7(参照日2025年10月15日)
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