心臓を貫いた槍を引き抜けば、ボロスの肉体は地面へと崩れ落ちた。
「ん〜……コイツ見た事ないものばっかり身に着けてるね〜。さっきの妖術といい、この服装といい、一体どこの集落の人間なんだ?」
松明の明かりで照らされるボロスの身体から、あっという間に致死量を越える血が辺りを侵食する。
モズは血に濡れることを厭わず、ボロスの身体を弄り、そして胸ポケットに入っていた瓶を取り出した。
「へぇ〜凄い綺麗じゃん。砂? 冷たくない氷の容器に詰められてるけど、取り出したら溶けない?」
「イィじゃな〜いモズちゃん。それおじちゃんにちょうだいよ!!」
「別に良いけど」
「あれ、固くて開かないんだけど。どうなってんのこれ? もう、おじちゃん最悪なんだけど」
よろよろと幽鬼のような足取りで、コハクはそこに向かって足を進める。誰もそれを止めなかったのは、コハクの顔が絶望に染まった色をしていたからだ。
そこには仲間の身体がある。
命の灯火が消えた身体がある。
目の前には死体がある。
ただの肉となった仲間がいる。
跪く前にはボロスがいる。
自身の代わりに犠牲となったボロスがいる。
掌から伝わる彼の体温は、次第に冷たくなっていた。
「(…………)」
コハクの目から涙は止まず。
しかしその心はいっそ、穏やかだった。
殺意、嘆き、哀しみ、嫌悪。
様々な感情が混ざり合い、もはや心の色は黒だった。
「聞け
そう叫んだのは、ヤケクソ染みた特攻ではない。
確とした思考が導いた最良の結末。
「頭首の力など存在しない!!!」
「!? みんな〜ダメよ曲者の妄言にまどわされちゃ。頭首様のお力が来るからネ、目開けちゃダメよ、もろとも石化しちゃうからネ!!」
「人を石化させるのは――」
後は頼んだとボロスの口は言った。
信じているとボロスの目が言った。
気に病むなとボロスの心が言った。
だから、コハクは信じた。
科学を。千空を。仲間を。
必ず助けてくれると、そう信じた。
――かくして、コハクとボロスは石化光線により石化し、物言わぬ鉱物と化した。
一方、中枢の外でボロスの帰りを待つ人間がいた。
スイカだ。
「(もうすぐ1時間経っちゃうんだよ。ボロスまだ帰ってこないから心配なんだよ……)」
元々スイカの任務はネズミニ四駆のキャッチアンドリリース。かくれんぼが得意なスイカにピッタシな任務だった。
そのため、スイカはボロスを中枢に近いところまで案内していて、そこで1時間待ってろと伝えられていた。
『30分……いや、1時間経っても帰ってこない場合は、私の身に何かあったと思って直ぐに撤退しろ。できるな、スイカ?』
『もちろんなんだよ!!』
「(……大丈夫なんだよね……)あ、あれってボロスが巻いてたマフラーなんだよ? 拾っとかないと侵入者がいたってバレちゃうんだよ」
暗示スコープで見つけたのは、ボロスが顔バレ防止のために首に巻いていたマフラー。スイカは小柄な体躯を生かしてコロコロ転がるようにして移動し、マフラーを回収した。
「(……もう1時間経っちゃったんだよ)」
それでも諦めきれずに中枢を眺めていると、誰かが走って来てることに気付く。
「(ボロスが帰ってきたんだよ!!!)」
ホッと一安心してウキウキとその人影を見つめていると、もう1人居ることに気付く。一瞬敵かと思ったのも束の間、その2つの影は銀狼とアマリリスのものだった。
味方であることには変わりないので、スイカは2人に合流する。
「お帰りなんだよ!!」
「「スイカちゃん!?」」
「ねぇねぇボロスはどこ行ったんだよ? お宝は手に入れられたんだよ?」
「「…………」」
「……??」
「それも含めて、千空にお話しがあるの」
小さいスイカには教えられないボロスの最期。
アマリリスは努めて優しい笑顔を作って、スイカからの追求を逸らした。
「おう、帰って――――そうか。失敗したか」
ボロスがいないことを見て六英傑の面々は、千空は直ぐに察した。
「コハクちゃんとボロスは石化させられたわ」
「そうか、まぁ大丈夫だろ。敵にとって殺す=石化みてぇなもんだ。復活液かければ問題ねぇ」
「心臓貫かれていても? 心臓貫かれていても、復活する時に治るの?」
「!!!? 詳しい状況を教えろ」
千空に促され、アマリリスと銀狼は互いに見て聞いた事を話す。
コハクがモズに捕まったこと。
コハクを助ける為に、ボロスが犠牲になったこと。
そして、キリサメがコハクとボロスを纏めて石化したこと。
「千空、どうなんだよ? ボロスは治るんだよ??」
「……ワンチャンある。死ぬ前に石化していればワンチャン。それ以外は分からねぇ」
凍る空気。誰もが最悪の想像をしたところで、千空が再び口を開いた。
「……気休めになるか分かんねぇが、希望はある。前にボロスは言ってたんだ。自分のゲノムには各種遺伝子を盛り込んでるってな。なら、トカゲやサンショウオみてぇな再生を促す遺伝子も盛り込んでてもおかしくねぇ」
「はっはー!! そう言えばあの時も言ってたな!! 簡単には死なんと!! 私は不老の錬金術師だと!!! 諦めるなよ貴様ら!! 奴は我々の常識を遥かに越える錬金術師だ!!!」
「……うん! そうなんだよ!」
気持ちが上に向かったスイカが思わず掲げたボロスの侵入用マフラー。
それを見た千空が驚きの声をあげた。
「それ見せろ!!」
半ば奪い取るような形でスイカから受けとった千空は、バサリとマフラーを広げた。
黒地のマフラーに浮かび上がる白い線。それはボロスが機転を利かせて刻んだ文字だった。
錬金術の欠点である発光は、錬成物が複雑かつ大規模であればあるほどその光を増す。しかし単に文字を起こす――脱色するだけならその光は微かなものになる。
そして、『文字』そのものは敵に見られても解読できないのは、コハクが送ってきた『プラチナ』の絵文字から見て取れる。もし現地住人であるアママリスが『文字』という概念を知っていれば、絵文字で送られてくる筈が無いのだ。
「クククッ、やるじゃねーかボロス!! 値千金のこの情報!! ありがたく使わせてもらうぜ!!!」
石化武器は効果範囲と何秒後に発動するかを英語で答えること。
術者を巻き込む可能性があること。
再利用可能であること。
そして――
――後は頼んだの五文字。
「あ゛ぁ、任せろボロス!! 必ず勝利を握ってくる!!!」
科学王国VS石化王国。
その結末は科学王国の勝利で終わった。
「……何が聞きたいの? 私を優先的に起こした理由があるんでしょ?」
「あ゛ーそうだ。後宮の石像。キリサメ、テメーならどこに捨てたか知ってんだろ」
キリサメの答えを聞くや否や千空は二人が待つ場所へと足を運んだ。そこには、乱暴に捨てられたのだろう、多くの破片が散らばっていた。
だがそこで唯一無事だったコハクとボロスの石像が異色を放っていた。
「彼のこの娘を思う気持ちと、仲間を思う気持ちに敬意を払って丁寧に運ばせたの。彼は素晴らしい戦士だったわ」
「ククッありがてーこって。直す手間が省けた」
千空のかけた復活液が、コハクを石の檻から解き放つ。
意識を取り戻して勢いよく顔を上げたコハクは、千空の顔を見て安堵の表情を浮かべた途端、
「ボロスはどうなった?」
ボロスの安否を案じた。
「これからだ。これから起こす」
コハクの隣に鎮座するボロスの石像。
その左胸には、拳程の穴が空いていた。
「はッ……」
その惨状に、思わず息を呑むコハク。
続けて出した声は震えていた。
「一か八かの賭けで、石化してもらうように誘導したのだ。この傷、本当に治るのか?」
「分からねぇ。だが、ボロスを信じる。念の為水銀も持ってきたんだ。錬金術でどうにかできるかもしれない」
いくぞ。
その一言と共にかけられた復活液が、ボロスの石化を解いていく。末端から肌の色を取り戻していき、全身へと波及する。
石化が完全に解かれて数秒、閉ざされていたボロスの瞼がゆっくりと開いた。
「――あ」
「目覚めたか!!!」
ゆるりと視線を回して、千空とキリサメが一緒にいるところを見ると、ボロスは緩やかに笑みを浮かべた。
「勝ったのか、千空。コハク」
「ああ!! 科学王国の勝利だ!!!」
千空から差し出された手を握り、ボロスは身を起こす。そこに、勢いよくコハクが抱き着いた。その途端、初心なキリサメは顔を真っ赤に染めた。
「すまないボロス」
「ああ」
「そしてありがとう」
「ああ」
ボロスの体温を感じたコハクは安堵の息を漏らし、今度は千空に抱き着いた。再び、キリサメの顔が紅潮する。
「えっ……えっ?? こ、この3人って……そういう関係……!?」
1人の女が2人の男を愛してて、その2人の男はそれを許してるってこと!? という昼ドラ的思考を見抜いたのか、アマリリスは苦笑いしながら言った。
「そういうのじゃないハグでしょ、この3人は」
キリサメは自身の泳ぎまくる目を無理矢理千空に固定すれば、千空はコハクの抱擁を拒む訳でも抱き返す訳でもなく、気が済むまで好きにしろとでも言わんばかりの態度をしてることに気付く。
そこに、恋人同士特有の雰囲気など微塵もない。
思い返せば、ボロスとの抱擁もそうだった。
「ところで、私今心臓無いんだが」
「「はぁあ!!!?」」
「いや別に無くても問題ないんだけど、見てて気持ち悪くないか?」
確かに、ボロスの左胸に空けられた穴は完全には塞がらず、横に潰れた菱形のような空洞が残っている。
なのに普通に喋れてるボロスに皆の顎が落ちた。
「石化からの復活は臓器が無くてもいけるのか……!!?」
「いや、それは多分違うな。私の場合、体内の時計が止まってるからだ。前にも言ったろ? だから内臓が機能しなくても問題ない。あぁ、そう言えばその事に関して伝えたかった事がある」
急に真面目な顔をしたボロスに千空が気を引き締めて頷いた。
「石化武器の正体に――心当たりがある」
復活したボロスにより飛躍的に修復スピードが上がり、ペルセウスの修復がほぼほぼ終わったその日の夜、主要メンバーは通信室へと集まっていた。
「来たァア! 来たぜ電波!!」
「直っちゃったわーい! 通信装置!!」
「あ"ー、聞こえてっかルリ? 楽しい思い出話は後だ用件あんだろ言え」
『千空、あなたが不思議な通信を――』
ザザッ、ザアアアア……
不意に発生した強いノイズがルリの言葉を遮った。
「通信が遮断された!! 別の強力な電波で……!!」
それはまるで、海の上で起きた事件の再現のようで。
だがあの時と大きく異なるのは――。
「これは……人間の声……?」
『12800000 m 1 second』
変わった点は2つ。
1つはノイズを利用したモールス信号から人間の声に変わったこと。
2つ目は、身の毛がよだつ程の敵意を見せたこと。地球を包めと石化装置に命令したのを、敵意と呼ばずになんと呼ぶ。
だが1番の問題はそれではなく、その声の主が千空だったことだ。
「何故ホワイマンから千空の声がするんだ……!!?」
「あ゛ー、真偽の程はまだ分からねぇ。まだ、な。ルリ曰くこれが何度も放送されてんだ。そのうちまた来るだろ」
『12800000 m 1 second』
「な?」
「……さっきと同じ声だ。声の調子まで」
一定周期で繰り返されるホワイマンの声≒千空の声に耳を澄まし、羽京は断言する。
「元ソナーマンの僕の耳にかけて、断定していいと思う。これはボーカロイドとかに近い、声の不気味の谷。合成音声だ」
不気味の谷現象。
それは人型ロボットがリアルになっていくと、ある段階で親近感が違和感や嫌悪感へと変わる現象。これは見た目だけではなく、声にも見られるのだ。
「どどどうやって
「HOW? はさほど問題じゃあないな、実際できているんだ。それよりもWHY? なぜ合成音声で通信してきたかだ。そこから、WHOやWHEREを炙りだせるかもしれん!!!」
窓際で考え込んでたクロムが、ふと閃いた顔で人差し指指を立てた。
「イバラを石化させた時よ、通信で千空の声で石化さしただろ。マネっつったら、それのマネなんじゃねぇのか?」
「フゥン、なるほどな。しかし妙だな」
ホワイマンが石化装置を作ったとすると、その装置を創り上げるに必要な知識・知恵が、全く生かされていない。
「また造って発動した方が早いのに、何故わざわざ千空の声、かつ定期的な放送という回りくどい事をするのだ? たんに資源不足なのか??」
「頭いーのか悪りーのか、よくわかんねー奴だな、ホワイマン。この超絶科学装置作った奴とは思えねーんだけど」
ぼやく陽の言葉に繋げるように、クロムも自分の感覚を言った。
「なんかよ、色々興味持つ子供みてーな感じがすんな」
「クククッそこでだ、なんとボロス様から大変貴重なお話しがあるそうだ」
千空はそう言ってニヤリと笑い、隣に立つボロスを指差した。
全員の視線が自身に向くのを確認したボロスは、『さっき実物を見て確信した』と、軽く頷いてから口火を切った。
「石化武器の正体は――賢者の石だ」
「「「……………は!!?!!!!?!?」」」
「つまり敵に錬金術師が絡んでいる」
「「「………はぁああああああああ!!?!!!?!?!?!?」」」
「そこで、私について、錬金術師について、なにより賢者の石について詳しく話そうと思う」
皆が驚くのを、さもありなんといった様子で流したボロスは、椅子に深く腰をかけると己の全てを語り出す――ところでゲンからストップが入った。
「待って待って待って!!!? まだ情報処理しきれて無いんだけど!!?」
「
「ほら龍水ちゃんもびっくりして固まってるでしょ!!!?」
「お、おう。少し時間置くか」
ボロスの爆弾宣言にざわめく皆が、フランソワの入れたラテで一息ついたところで、改めてボロスは口を開く。
「私の名前はボロス・フラメル。かの錬金術師ニコラ・フラメルとその妻ペレネル・フラメルの養子であり、賢者の石で不老となった人類最後の錬金術師である」
夫妻は孤児だったらしいボロスを拾い、錬金術のイロハを教えた。物心つく頃には水銀を媒介にした物質の相変化をしていたようだ。
何故自分を拾ったのかは、分からずじまい。
ただ、錬金術の素質があったからだとボロスは思う。
「私の名前の由来はウロボロス。有名だから知っている者もいるだろうが、ウロボロスは自分の尾を噛んで環を作る蛇や竜を表す言葉だ」
ウロボロスには、次のような意味と象徴がある。
永劫回帰や無限、真理と知識の合体、創造など、自己の消尽と更新を繰り返す意味。
そして完全、永遠、不滅、死と再生、不老不死の象徴。
ボロスは自分の名前の由来を語ってから、話を次に進めた。
「そして錬金術において
その賢者の石は、まさに今コハクが持つ石化装置だと言う。
「ただ、その賢者の石――石化装置は師匠が作ったものとは違い不完全だ。本物……というか完成品は、被験体を石にすることなく時間を止める。完成品だろうと未完成品だろうと、被験体の時間を止めることで永遠を齎すのは変わらないが」
そこまで言って、ボロスは一呼吸置いた。
皆が話についていけるように数秒待ってから、再び口を開く。
「錬金術には秘伝がある。それはDNAであったり、素粒子であったり、現代の科学に匹敵する程の知見が含まれている。加えて、魂魄――魂に関する秘伝もある」
何故急に魂の話になったのか。
それは石化中、脳すら石化してるのに思考する事ができているからである。
「錬金術的に意識、思考、精神は全て魂の一文字に一括りにされている。つまり賢者の石による永遠は魂に影響することなく、ただ肉体のみに作用することになる。だから私は石化という状態異常を挟むことなく、不老なのだ」
「フゥン、不死身という訳では無いのか?」
「石化時と同じだ。飲まず食わず、睡眠も取る必要も無い。そして大抵の肉体損傷は直ぐに治癒する。それこそ石化解除時の周辺修復作用のように。四肢が欠けても、首そのものになっても生きられるだろう。だが、頭を分割されたら分からない。死ぬかも知れないし、死なないのかもしれない。そんなことやる気は無いからな。真の意味で不死身な奴なんて存在しないだろう」
ボロスは菱形に空いた自分の左胸に手を当ててそう言った。その傷さえも、時間が経てば再生するそうだ。まさに尻尾を再生するトカゲのように。
千空の予想は正しかった。
「話を戻そう。ホワイマンについてだ。ホワイマンに錬金術師が関与してるのは石化装置からして明白。では一体誰なのか? 賢者の石を、石化装置を造れる程の錬金術を極めていて、私より前に生まれた錬金術師――」
「――ニコラ・フラメルその人か」
「その通りだ千空。我が師匠なら石化装置を創り上げる事ができる」
言葉を切ったボロスは立ち上がり、ぐるりと皆を見渡して告げる。
「ホワイマンの正体は伝説の錬金術師ニコラ・フラメル!! 我が師匠の蛮行を止めるため、皆の力を貸してくれはしないだろうか!!!」
深く頭を下げたボロスの肩を、龍水が口元に笑みを浮かべながら叩く。
「はっはー!! 俺たちは科学王国の仲間だぜ!! 仲間の頼みを断るものか!!! そうだろ、みんな!!!?」
「おうよ!」
「任せろーー!!!」
「俺は我が身がかわいいからね、いざとなったら逃げるからね。そこんとこよろしく」
「力を合わせればきっとできるよ」
クロムが、大樹が、ゲンが、羽京が――皆が笑う。
「あ゛ぁ、力になれるか分かんねぇけどな、科学だけなら負けねぇよ。クククッ、伝説の錬金術師VS科学王国―――唆るぜ、これは」
おそらくこの話が1月最後の投稿になります。
2月末まで海外にいるので、次の投稿は3月になると思います。