機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界   作:ボルメテウスさん

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地球の初詣

 正月の朝は、静かすぎて落ち着かない。戦場の静けさとは違う。危険がないのに、胸の奥だけが妙に騒ぐ。

 

 こたつの向こうで、マチュが雑煮の椀を両手で抱えていた。湯気を吸い込むたびに、赤い髪の先がふわりと揺れる。テレビでは駅伝の中継。走る映像と実況の熱が、部屋の温度を少しだけ上げている。

 

「ねえランガ。これ、ずっと走るの?」

 

「駅伝だ。走る。ずっとな」

 

「……意味分かんない。平和って忙しいね」

 

 椀の中の餅が伸びて、マチュは眉を寄せる。噛めないわけじゃないのに、負けたくない顔をする。そういうところが、俺にはたまらない。

 

「餅、逃げてる」

 

「逃がすな」

 

「言い方」

 

 文句を言いながらも、マチュは俺の箸の動きを目で追った。餅が椀の縁に滑りそうになった瞬間、俺は箸でそっと押さえる。力じゃない。逃げ道を塞ぐだけ。

 

「ほら」

 

 口元へ運ぶと、マチュはわざと勝ち誇った顔で噛んだ。目を細めて、こっちを見上げる。

 

「……うま」

 

「そうか」

 

 たった二文字で返してしまう自分が、少し情けない。もっと気の利いたことを言えればいいのに、言葉はいつも遅れる。代わりに、湯呑みを近くへ置く。火傷しないように。喉が詰まらないように。

 

「ねえ。正月ってさ、みんなこれで満足なの?」

 

「初詣がある」

 

「はつもうで?」

 

「神社に行って祈る」

 

 祈る、という言葉が口に出た瞬間、俺は一拍遅れて自分の胸が固くなるのを感じた。祈りは、俺にとっては敗北の形だった。誰かを失ってから、取り返せないものの前で絞り出す音。

 

 けれどマチュは、目を輝かせて言う。

 

「行く。見たい。日本の正月」

 

 俺は頷いて、彼女のマフラーを手に取る。首元が冷えるとすぐに風邪をひく。本人は平気な顔をするから、こちらが先回りするしかない。

 

「人が多いぞ」

 

「多いの、好き。賑やかって、安心する」

 

 その一言が、胸の奥に刺さった。安心。そう言える世界に、マチュがいる。それだけで、俺は今日を守りたくなる。

 

 外へ出ると、空気は容赦なく冷たい。マチュは白い息を吐いて、それを面白がるみたいに笑った。危険がない場所で笑う顔を、俺は何度見ても慣れない。慣れてしまったら、また油断する気がして。

 

 神社の参道は、想像以上に人で埋まっていた。肩が触れ合い、足が止まり、前へ進む速度がひどく遅い。マチュは最初、驚いて固まった。

 

「……多すぎ」

 

「手、出せ」

 

「え?」

 

「迷子になる」

 

 俺が手を伸ばすと、マチュは一度だけ躊躇ってから指を乗せてきた。勝手に絡めてくる。挑発みたいに、堂々と。

 

「子ども扱い?」

 

「今は違う。お前が見えないのは困る」

 

 少し強く握ってしまったかもしれない。けれどマチュは笑って、指をさらに絡めた。そうされると、俺の方が動揺する。戦闘より厄介だ。

 

 手水舎で柄杓を持つマチュは、不器用に真似をして、水の冷たさに肩を跳ねさせた。

 

「つめたっ」

 

「だから言った」

 

「言ったっけ」

 

「言った」

 

 俺が淡々と返すと、マチュは拗ねるふりをして俺の袖を引いた。こういう小さなわがままが、俺には救いだ。生きてる人間のわがままは、正しい。

 

 賽銭箱の前で、マチュが手を合わせた。祈りの内容は聞かない。聞いたら、俺が壊れる。隣で俺も手を合わせる。

 

――もう二度と、目の前で失わない。

 

 祈りが弱い行為だと知っていても、今日は許してほしかった。

 

 参拝を終えると、マチュはおみくじを引いて歓声を上げた。

 

「大吉!」

 

「……末吉だ」

 

「え、弱っ」

 

「運と強さは別だ」

 

「じゃあ私が強い」

 

 マチュが笑うと、俺は言葉を選び損ねる。選ぶ前に、口が勝手に動いた。

 

「お前が大吉なら、俺はそれでいい」

 

 マチュの動きが止まって、耳が少し赤くなる。俺も言ってから気づく。甘すぎる。だが、引っ込めるつもりはない。

 

 屋台で甘酒を買う。紙コップを渡すと、マチュはわざと俺の前で一口飲んで、口元を指でなぞった。

 

「これ、間接キス?」

 

「……好きだな、そういうの」

 

「だって、顔が変わる」

 

 変わっている自覚はある。マチュの前だと、制御が少し緩む。彼女はそれを見つけて遊ぶ。俺が甘いことを知っていて、遠慮なく踏み込んでくる。

 

 マチュは俺の首元へ顔を寄せ、コートの襟のあたりで小さく息を吸った。

 

「……ランガの匂い、落ち着く」

 

「寒いだけだ」

 

「違う。落ち着くの」

 

 言い切られると、否定できない。俺は彼女を人波から少し外へ引いて、肩を抱くように寄せた。守るための動作のはずなのに、触れるだけで心拍が上がる。

 

「くっつきたい」

 

「分かった」

 

「即答」

 

「嫌じゃない」

 

 そう言うと、マチュは満足そうに笑った。俺の胸の内側が、少しだけ軽くなる。

 

 家に戻ると、こたつの熱が二人の指先をほどいた。マチュはコートを脱ぎ捨てて、俺のマフラーに手をかける。指が喉元に触れた瞬間、身体が反応するのが分かった。

 

「今日ね、ずっと守る顔してた」

 

「いつもだ」

 

「じゃあ今日は、ちゃんと見て」

 

 マチュが俺の胸元を掴んで引く。キスは軽い。触れて、離れて、また触れる。確かめるように、挑発するように。

 

 俺は受け身でいるふりをする。マチュが楽しんでいるのが分かるからだ。俺が揺れて、マチュが主導権を握る時間。それは彼女が“自分で選んでいる”証拠になる。

 

 マチュは俺の頬の傷をなぞり、鎖骨へ指を落とし、首筋に唇を当てて匂いを吸う。

 

「落ち着く」

 

「……やめろ」

 

「やだ」

 

 甘い声で言われると、俺の方が限界に近づく。守る、という言葉は便利だ。だが今日は、その言葉の裏に隠してきた欲望が顔を出す。

 

 マチュがもう一度唇を重ねてきた瞬間、俺は彼女の腰を掴んで止めた。逃げられない程度に、正確に。

 

「……遊ぶな」

 

「遊んでない。楽しんでるだけ」

 

「それが危ない」

 

「何が?」

 

 マチュの顎を指先で持ち上げる。目が合う。俺は普段より深く見てしまう。見ている、と言ってやらないと彼女が不安になるのを知っている。

 

「お前が、自分を確かめるために無茶をする」

 

 マチュの目が一瞬だけ揺れた。図星だ。だが彼女は笑って強がる。

 

「守るって言うなら、ちゃんと触って。見て。私のこと」

 

 許可が出た。なら、俺は甘くする。徹底的に。マチュが“ここにいる”と感じられるように。

 

 俺は後頭部を支えて、深く口づけた。乱暴にはしない。けれど逃がさない。彼女の息の間隔に合わせて、焦らさないように、置き去りにしないように。

 

「……ランガ、待っ……」

 

「待たない」

 

「ずるい……」

 

「お前が言った」

 

 マチュが押し返す力は、すぐに抱きつく力に変わる。指先が俺の背中に食い込む。俺はその力が嬉しい。縋られるのが、嬉しい。

 

「ねえ……私、攻めるの好きなのに」

 

「知ってる」

 

「でも……攻められるのも、嫌じゃない」

 

 その言葉は、俺の中の何かをほどいた。甘さを許してくれる言葉。俺の罪悪感を一瞬だけ黙らせる言葉。

 

「じゃあ覚えろ」

 

「……なにを」

 

「お前の“嫌じゃない”は、俺には許可だ」

 

「勝手」

 

「勝手でいい。今日は正月だ」

 

 マチュは悔しそうに笑って、俺の胸に額を押し当てた。匂いを吸い込む小さな音がする。俺は彼女の髪を撫でる。何度でも確かめるように。そこにいることを、俺自身が確認するために。

 

「明日も駅伝見る?」

 

「見る」

 

「お雑煮も?」

 

「作る。……今度は餅、ちぎってやる」

 

「やさし」

 

「お前には甘い」

 

 言ってしまってから、マチュが顔を上げる。目が細くなって、嬉しそうで、少しだけ意地悪い。

 

「じゃあ、もっと甘くして」

 

 俺はため息をつくふりをして、もう一度だけ口づけた。今度は挑発ではない。確かめでもない。

 

 ただ、ここにいる。明日も一緒にいる。そういう約束の合図だ。

ドゥー・ムラサメは生存する?

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